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文化祭準備と最後の報酬

 中間試験週間がはじまり、珍しく清春も真剣にテスト時間前に教科書を開いていた。いままでは、学生の本分である勉強を真面目にしていると親へアピールすることだけが目的だったが、今回は報酬を勝ち取るため、自分のためだけに順位に固執している。しかし、そんな意気込みも試験が近づくにつれ、夏休みに塾の夏期講習をみっちり受けていた上位陣の仕上がりを目の当たりにして萎んでいった。非学習塾組の奏は土壇場で逃げ腰になり、万が一どちらも一位が取れなかった場合の勝敗は点数で決めようと直前にルールを変更していた。四日間の試験が終わったらすぐに文化祭準備に入る。

 奏たちAクラスの出し物はもめることなく満場一致でコスプレ写真館になっていた。衣装や小道具はすべてレンタル業者に予約済みで、クラスに三人もいる写真部およびカメラ好きを最大限に活用し、スタジオ撮影の他に予約制で校内出張撮影もメニューに加え画像はデータ配布。大掛かりな出し物を企画したクラスは準備や練習に夏休みから追い込んでいるというが、Aクラスは教室を仕切り撮影スタジオにして飾るだけで済むという、対外的には好印象を残しつつ手抜きを追求した完璧なまでの出し物だった。「青春の思い出」とでも銘打っておけばだいたいの高校生は釣れるだろうし、受けが悪かったとしても自分たちだけで遊んでいればいい、という目論見だ。

 試験が終わりようやく全員の顔色がゾンビから生者に戻ったころ、貸衣装から小道具までがすべて揃った。全員分担にしたがって、スタジオセットを組み立てライティングテストをしたり、貸衣装のしわをのばしてラックに並べていく。女子生徒をメインターゲットにしているため衣装は女子向けばかり、一般的なコスプレ以外にもゴシック系、スチームパンク風に中華風のドレスが多く、他にもアイドルやゲームアニメキャラ物もあるが、教師から厳重注意されていて露出の多い衣装は一切ない。

 カメラテスト兼、写真見本作成のため女子が楽しそうに衣装を選んでいるなか、ゲームアニメスタジオ担当の男子チームから名前を呼ばれた。

「白川さん、これ着てみてくれない?」

「やだ」

 何かはわからないが嫌な予感がして即断るも、退路を阻む三井と長谷が猫撫で声で説得しようとする。

「まあまあそう言わずにー」

「これ有名な格ゲーキャラの衣装だから変なものじゃないよ」

 ほらねと言って広げられた衣装は、白地に赤い縁取りと特徴のある模様が入ったアイヌ風の着物で、露出もすくなく確かにおかしくはない。かといってモデルになる気はなく何度も断っていたが、ゲーム側の写真見本も必要だからと男子一同から懇願され、仕方なくTシャツの上から渋々着る。髪の毛を下ろして太めの鉢巻をつけさせられ、最後になぜか傘を手渡された。

「これを、こう持って」

 開いた緑色の傘を指示された通りに持った瞬間、その場にいた全員が顔を背けて吹き出した。そのまま写真を撮られ、肩を細かく震わせている写真部に見せられた画像でそのコスプレがなんだったのかを理解する。アイヌ伝承の小人コロポックルだ。男子スタジオの賑わいを聞きつけて画像を見に来た女子はかわいいと褒めてくれたが、明らかに半笑いだった。

 この衣装の使いどころ自体が間違っているという奏の抗議は通らず、写真部から「傘は蕗の葉に画像加工するから安心してくれ」と諭され、写真見本のネタ枠のひとつとして2-Aの壁の一角を飾ることが決定した。晒されるのは心底嫌だったがクラスメイトは楽しそうだし、奏としてもまたひとつ両親に見せられるものができて良かったと思うことで自分を無理やり納得させたのだった。

 鉢巻きをはずしたところで外で木工作業していた班が教室に戻り、そのうちのひとりである清春が奏の姿を見てぎょっとしていた。

「なに、コスプレ?」

「写真見本の撮影」

「見たい見たい」

 恥ずかしさにふて腐れたまま、清春にハンガーを持たせて脱いだ衣装をかける。

「加工してから壁に貼るって言ってたよ」

 騒がしい教室にチャイムが響き、作業を切り上げて下校するよう放送が流れた。それと同時にBクラスの子が慌てた様子で飛び込んできて、教室のドアから清春に向かって手招きをしている。どこから走ってきたのか肩を上下させて息を切らせていた。

 手入れの行き届いたつややかな髪にすらりと背が高く、垢抜けた顔つきは抜群にかわいくて、清春が隣に並ぶととても様になる。このクラスの生徒とも馴染んでいる社交的な子が、すこし震えた声で言った。

「清春くん、今日一緒に帰ろう」

 いつもは数人のグループで帰っているのに、その子ははっきりと二人きりで帰りたいとわかるような言い方をした。Bクラスの子を躊躇いながら見ている清春の横顔を眺め、奏は彼の手からハンガーをそろりと引き取る。清春は振り返ったが、奏は衣装をスタジオに戻すためその場を離れた。

 カバンを掴んで教室を出て行く清春を、その場にいた全員が無言で見送ってから一斉に話に花を咲かせはじめた。新たな文化祭カップルの誕生にみんな賭けをはじめたが、ワンサイドゲームすぎて賭けにならないと盛り上がっている。報酬はいったい何にするのだろうか。

 担任教師が教室へ入ってきて帰宅を命じ、明日は答案返却だと付け加えた。教室中に叫び声が響き渡るなか、奏は帰り支度をしながらいまさら試験のことを思い出す。学校生活で一番楽しみな日、試験後の数日は数分ごとに思い出すと言っても過言ではないほどあれだけ待ち遠しかった結果発表の日が、今は忘れるほどにどうでもよかった。


 朝から成績評価シートの配布が行われ、担任教師がおめでとうと言った。奏はぎりぎりながらも一位奪還に成功していた。全員に配布が終了し、夏休み明けでクラス全体がたるんでいることや、成績が落ちたことを教師が残念そうに話している。窓際の席を盗み見ると清春は頬づえをついて窓の外を眺めたまま、一度も奏の方を見ようとはしなかった。

 文化祭準備で学校中が賑わいでいて、他のクラスはまだ大慌てで作業をしているがAクラスのスタジオセットはすでに完成していた。準備最終日だけ遅くまでの作業続行が許可され、奏はみんなと最後の教室の飾り付けをしている。もちろん壁には奏のコスプレ写真も飾られて、その見事な出来栄えにクラス中から励まされることになった。校内にフライヤーの設置や広告を貼る作業で半数以上のクラスメイトが教室から出払っていたが、カバンはあるが誰とどこへ行っているのか最後まで清春の姿を見かけることはなかった。

 帰り道、父からメッセージが届いていることに気づいてすぐに返す。文化祭準備で帰宅が遅くなることを連絡していたが、父からも今日は会社に泊まりになるからと返信があった。あまり仕事ばかりしていては新しい彼女にも逃げられてしまうのではないかと心配になる。父は離婚のことを長いあいだ引きずっていたようだから、同じ轍を踏まぬよう気をつけてほしい。仕事にのめり込みすぎて周りが見えなくなってしまう父を見ていると、母親の言う通り自分はやはり父親似なのだろうと思う。彼女がどんな人かは知らないけれど、今度こそは相手をよく見て大切にしてほしいと願うばかりだ。

 父宛に体に気をつけるように、と短い文章を打ち込んでいると、玄関にもたれかかっている清春の姿が視界に入る。直接来たのか制服でカバンも持ったまま、奏に気づきリーフレットを見せてきた。

「あ、ごめん。忘れてた」

「おい」

 その場でお互いに成績評価シートを交換し、玄関を開けてなかに入りいつも通りリビングに行く。奏はキッチンへ向かい、お茶のペットボトルを取り出しながら清春の順位を見る。点数は悪くないが四位だった。

「頑張ったつもりだけど、俺瞬発力しかないから継続は無理だわ」

「狙い続けるのはきついよね」

 奏も二位とは僅差で、今回は塾組が健闘しかなり危なかったのだ。リビングに戻りお茶を清春にも渡す。いつもと違うよそよそしい会話をしてからリーフレットを開封し、ちいさく折りたたまれた奏の公正証書を清春に渡す。清春はメモ紙を広げたあとしばらく固まっていた。

「……これどういう意味?」

 顔は俯いたまま、視線だけを奏に移して言った。紙片には奏の文字で〈清春〉と書かれている。

「文字通りだよ。私がほしい報酬は、春くん」

「それ俺のこと好きだって解釈であってる?」

「うん、大好き」

 清春は嬉しそうに笑ったあと、すこし困ったようにくちをすぼめた。開封したときにどんな顔をするかいろいろと想像しながら名前を書いた。今まで見てきた奏にしか見せない表情を想像したが、困った顔は想定していなかった。すこしの沈黙がつづいたあとぽそりと愚痴る。

「あと一日早く知れたらよかったのにな」

 一日遅かったのか。いまだに名前すら知らないBクラスの子の笑顔が頭によぎる。昨日あの子に誘われた清春を本当は止めたかったが、自分にその資格があるのか躊躇してしまった。

 夏祭りで清春の気持ちを知ってから、いままでのことを思い出して清春の手を離したくないと思ったのに、言いそびれて日がたつにつれて自分の気持ちを伝える勇気がどんどんと減っていった。清春が願うなら何でも許してしまう、ずっと答えは出ていたのに誰かに取られそうになるまではっきりと気づけなかった自分の気持ち。

 正直な気持ちを伝えるために自分は報酬なんかに頼っているが、あの子は正々堂々勝負に出た。結局、清春に対する真剣な想いはあの子の方が上だったのだ。

「そういえば、俺が勝ったとき奏に参考書あげたでしょ、奏も俺の願いを叶えてくれたら嬉しい。駄目かな」

「また服従とかは駄目だよ」

 いつものように平然と言ってのけ、落ち込んでいる自分を必死にごまかす。敗者にも希望報酬を与えたら賭けの意味がなくなるのに、それでも清春がそう望むなら叶えてあげたい。

「そんなんじゃないよ。これが最後だから、真面目に書いた」

「……いいよ」

 最後だから、そんな言い方をしないでほしい、そう思いながらまだ見ていなかった清春の報酬の紙をリーフレットから取り出した。清春はうつむいて手に持った奏の報酬が書かれた紙片をじっと見つめ、すこし泣きそうな顔をしている。そんな顔をさせるために書いたつもりではないのに。

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