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暴力表現、人が亡くなる表現、虐待表現等ありますので苦手な方は回避をお願いいたします。



 目が覚めたらルルが居た。

ベッドの横に置いた椅子に座ったままサシャの眠るベッドに上半身を横たえて夏の空の様に青く綺麗な髪をシーツに散らし眠ってる。

この美しい髪色と特徴的な尖った耳の組合せはルルしかないから、サシャにはすぐにわかる。

なんだか暫く会っていなかったような気がして、にぎり締めてくれていた手をそっと引き寄せ頬擦りをすると、寝惚けたままなのであろうルルは、反対の手でサシャの頬を優しく撫でて、そっと唇を寄せた。


治療院で暮らしていたころの、決して口にはしない優しい思い出だ。




「あ、れ?」


違和感を覚え思わず出た声が、掠れている。

袖を見るだけでわかる。着せられている服はあの頃のボロボロの神殿の孤児の服ではなく、貴族の娘の様な美しいドレス。

なのに今は滅多に見られない夢の中でしか会えない優しいルルがいる。


ここはいつでどこでなのだろう。



ぼっとしているとサシャの声で目が覚めたのか、先程までのふんわりとした気配を無くしたいつものルルか身体を起こし、サシャを見下ろした。


「目が覚めたみたいですね。あんな所で雑魚に誘拐なんてされないでください。予定が大きく変わってしまいました」

「はい?……あ、れ?私、お使い?……に行って……」


予定と言われてもサシャは確かルルの手で神殿から捨てられた気がする。つい最近。

そう、ルルに神殿から捨てられたサシャはコーエン伯爵領で仕事をしてて。精霊達が騒がしくて面倒くさくて体調を崩して、マシューのお世話になりつつ次のお仕事の準備をしてて……。


「私、誘拐、されかけたんだ……」


「されかけじゃなく、されてました。ここはコーエン伯領の神殿です。ルドルフとの口約束があなたを助けました」


聞いた事のある名前を頭の中でぐるりと探してみる。


「えっと……孤児院院長様との?」

「精霊に誓ってワイズ辺境伯領の神殿には戻らないと約束していたでしょう?だから転移魔法陣がサシャだけを蹴り出したんです。時空の狭間に落ちる可能性もありましたが、囚われずに済んで良かったですね」

「じ……時空の、隙間……」


確かにルドルフにワイズ辺境伯領には戻らないと約束したが、精霊に誓ってないし、そもそも時空の隙間というさらりと言われた恐ろしい言葉にサシャは唖然とする。


「サシャなら大丈夫です。願えば精霊王が迎えにきてくれます」

「それって、速攻精霊王の花嫁にされちゃう案件デスヨネ?」


大丈夫とルルは言うのは全然大丈夫じゃないやつです。精霊の祝福とか精霊の噛み跡とかいうルルが祝福してくれた傷はちょっとミスるとサシャを人の生から離すものだ。


「あなたが無事で本物に良かった。私の愛しいサシャ」

「……ありがとう、ルル」

「では、ワイズ辺境伯領に戻ってもらいます」

「は?」


一時封印されていた呼び名と共に一瞬戻ったふんわりしたルルに甘えそうになったサシャは次のルルの台詞に、再び唖然とした。


「ロックウェル商会のマシューから聞いてませんか?」

「き!聞いてないでっ……ゴッ、ゴホッ!!」

「水を飲みなさい」

「あ、ありがとう」


 手渡された水を一気に煽る。身体の中に水が広がるのに合わせてほんの少しだけだけど精霊達の加護を感じる

水を飲む、食べ物を食べる。それは感じられない位に弱いけれど必ず精霊達の人間への加護がまじってる。精霊は人間を等しく愛してくれている。


「この政変に伴いあなたの存在意義が日々大きく変わっています」

「その辺はよくわからないけど、今、ワイズ辺境伯領には戻れないって言ってなかった?」

「戻る為の魔術契約書はマシューが用意してます」


ヒラリと出された魔術契約書には、サシャとルドルフが交わしたワイズ辺境伯領にはもう戻らないと言う旨の契約の破棄を表す文面と既にルドルフの血判が押されている。


「しっ、仕事はっ?!」

「マシューが紹介した仕事ですね。それはワイズ辺境伯の屋敷での仕事ですので問題はありません。辺境伯は前国王の異母弟、前王弟殿下です。そして姫様の叔父に当たる方です」


姫様の血縁者。

初めて会う親戚はサシャを受け入れてくれるのだろうかと不安が広がる。


「私、行っても平気、かな?」

「辺境伯はあなたと姫様の関係はご存知です。どう足掻いたって、その銀色の髪があるかぎり、血縁になる方ですから、守って下さるそうですよ?」

「それって、いやいやだよね……」

「まぁ、あの姫様の関係者ですからね」

「うぐぅぅ」

「こうなったら、諦めなさい。元々翻訳をする人間は本当に探していたそうですし。まぁ、本当はもっと上手く行く予定でしたが、まさか雑魚に誘拐されるとは……」

「ごめんなさいぃ」


暗にサシャが上手く立回らなかったせいだと言われても何が悪かったのかわからない。でもルルは口うるさいのでここは謝っておく。


 誘拐なんて本当に想定外だった。しかも娼館に売られるなんて思ってなかった。孤児院から娼館に行く子もいる。けれど、売られて行く訳じゃない。仕事として選択していくから稼いだらみんな辞めて結婚したり、店を開いたりしている。売られるっていうのは他国でいう奴隷にされる様なものだ。殺されても玩具にされてもモノだから救いがない。

ああ、あの時、助けて貰って良かった……と思った所でサシャはあの男を思い出した。

『見つけた』

と言った恐ろしい男を。


「そういえばね、ルル。私、濃紺の髪に灰色の瞳の人に助けてもらったと思うんだけど。お礼を……」


会いたい訳ではない。むしろ会いたくないが礼は言うべきだろう。


「そんな人は居ません」

「え?だって……」

「精霊に拒絶される人はこの国には存在しません」


サシャの言葉を聞くことなく、けれどいつもより強く否定するルルにサシャはあの男が、これ以上聞いてはいけない人なのだと感じた。






◇◇◇





レイランドという王国が無くなって、アシュクロフト帝国の配下になってからヒューバートは寝る暇も無いほど忙しい。

元々艶がある訳でもなかった濃緑の髪は朝の手入れの時間も勿体ないと先日短くした。髪より黒味が強い瞳は疲れが強く最近は書類を前にすると眼鏡が手放せない。

旧王国宰相として新しい支配者に仕えるだけでも気苦労が耐えないのに、元国王夫妻のご機嫌取りまでしなければならないなんて罰ゲームの様だ。


「あの娘はまだ見つからないの?!」


ヒステリックな声が廊下まで響く中、ヒューバートはやれやれと歩く。

自分達が馬鹿すぎる為にこんな古城に幽閉された馬鹿に付き合わなければならない自分に心底同情する。


「ミサキ様は今日も騒がしいですね」


補佐官のセドリックが先程の声に苦笑いする。


「昔は野に咲く花の様な方でしたよね」

「ああ、君は当時学園に居たんだったな」


苦々しい思い出が詰まった若かった頃をヒューバートは思い出した。


「ええ。当時の王太子様とは2つ下の学年でした」


「それはそれは、夢を見せられた世代だろう。だが、現実は違う。覚えておきなさい。アレはこっちが本性です」


昔、学園で王太子と身分差さえ超えた清く美しい愛を育んだと言われるアレは、実際の所、当時、王太子だったオーウェンだけでなく手当たり次第に彼の側近や側近候補にも手を出していた。ヒューバートにも声をかけてきた時は正直、気持ち悪さしかなかった。だが、ヒューバートはアレの身持ちの悪さを知っていても当時のオーウェンには伝えていない。

伝えた所でアレを辱めた罪という名の冤罪で処罰されるだけだ。


例えば姫様の様に。



まぁ、同じ腐った王族の兄妹だっただけあり、姫様は姫様で馬鹿で愚かで最低だったけれど、己の冒した罪で途中で退場してくれたので実害は少なかった。

国は優秀な側近が支えれば何とかなるからという前宰相の父の言葉を信じ、馬鹿は馬鹿と結婚すればいいと思っていた。まさか相乗効果で国を傾ける程の馬鹿夫婦になるとは思っていなかったが。



騒がしい声は何時までも止まない。

それまでもそれまでだったので侍女達はあの日のうちに大半は逃げたと言うが、家の都合で逃げられなかった侍女達は大変だろう。続けたいという奇特な希望が無ければこの際、全員開放してやろう。


「あの……本当に『小鳥』様はいらっしゃるんですか?」


先程から元王妃が叫ぶ人物は、当時を知らない者からみれば、たとえ政治の中心部に居ようとも殆ど都市伝説扱いだとしても仕方がない。そう仕向けたのは自分達だ。


「……居るとしたらあなたはどうします?」

「……少なくともミサキ様には差し出したくないですね」

「おや偶然ですね。私も同感です。今更、まつり上げて見たところで、何もかわらない。この国は腐り過ぎてしまったんですよ」

「そうですか……。ではもし本当にいらっしゃるなら、私はいっそ、ヒューバート様が奥様に迎えられれば良いと思いますよ。血も支配も一つに戻りますから」


建前も力も得れるだろうと無邪気な子犬の様に笑ってみせるセドリックは年上の侍女達から可愛がられる相貌をしているのにこういう事をさらりと云ってのける。なかなかに食わせ者で手放せないところだ。




 狭い古城の一番奥の豪奢部屋の前に辿り着く。目の前の見た目は豪華な両開きの扉には帝国騎士が中を見張っている。こうも通えば顔見知りにもなる。騎士達はヒューバートに苦笑を見せながら中へ通してくれた。




 室内の長椅子に座るのは薄茶のサラサラな髪に青い澄んだ瞳のいかにも王子様風情の元国王。容姿も美しくこのまま歳と経験を重ねれば立派な王として見た目だけでも歌われただろう。けれどカーテンがひかれたままの執務室は香水と酒という怠惰なにおいで満ちている。


「オーウェン、今日もまた随分と美しいお嬢さんを侍らせているが、また、どこかの村から攫ってきたのか?」


先日、訪れた時には周辺の村から攫ってこさせた娘を侍らせていた。

かわいそうな娘には沢山の口止め料と遠く離れた、けれど村娘にしてはあり得ない位に条件は良い一代騎士への婚姻を紹介してやった。


「お前に怒られたからもう攫ってない。しかも、野の花は花の頃は美しいがやはり、王妃の様に粗野が目立つ。これは娼館からだ。やはり美しくなる様に育てられた花はいい。後で金を渡してやれ」


当たり前のように出してくる指示に後ろに立つセドリックさえも苦笑している


「無理です。あなたの自由になるお金は使い切りました」


キッパリはっきり伝えたヒューバートの言葉に、えっ?!と言う顔をした娼婦がズリズリとオーウェンから距離をとっていく。しかしそれを逃さないぞとばかりにオーウェンは女の腰を掴んで引きずり戻す。


「ならば、『小鳥』を呼ぶぞ?」


どうだと決め台詞の様に言われた台詞に自然と黒い笑いが溢れてくる。


「おやおや。あなたの様な元愚王にあの『小鳥』を上手く扱えると?」

「あれは、我が妹の子だ。貴色を持つ隠された娘が帝国に奪われた王位を取り戻すのに、伯父夫婦が協力してやるのは当前だろう?」

「最近まで子供がいない自分達を陥れようとする悪しきものだと殺そうと画策してませんでしたか?冗談にしてはつまらない。そもそも、本当に妹姫様の御子だとお思いで?」


鼻で笑ってきたオーウェンを思わず、逆に笑い返してしまう。子供でも無謀と思えたお粗末な計画は今までどれもあっけなく頓挫した。今更、他者の知恵を借りて、探し出した『小鳥』に国を取り戻させ、厄介な仕事は『小鳥』に任せ、自分達は金だけむしり取ろうと考えてももう遅い。この国の貴族は元国王にとっくに見切りをつけて既にみな皇帝に膝を折った後だ。


「何を言うっ!我が妹が『私の小鳥』と言ったのだ。疑う余地は無いであろう?」

「ええ、確かに『私の小鳥』とおっしゃいました。でも小鳥は外から出入り出来るんですよ?あの日、転移魔法陣を使えたのにも関わらすあなたはお戻りにならず、真実は数ヵ月隠された。前王は流石にあなたの失態を不味いと思われたようで、お二人の存在自体を隠されたが、それさえも理解出来ない頭でしたか?いや理解できないからこのざまか」

「おっ!お前、不敬だぞ!!」


ヒューバートが蔑んた視線を投げつければオーウェンはテーブルの上の酒瓶を掴み床に投げつけた。その隙にオーウェンに腰を掴まれていた女が扉の外へ逃げ出した。

多分外の騎士達が身柄は確保している。少々不味い内容を聞かれたので後で宮廷魔術師に記憶操作をお願いしなければならない。


「姫様の子と確証があればまだ良かった。だが、例えば王家のあなたとは別の流れを汲む子であったならと考えた事はなかったのですか?」

「何をいう?」


馬鹿はやはり馬鹿らしいとヒューバートは深々とため息をついた。


「あの子の存在はあなたが王位に相応しく無かったという証明にただならない」

「そうなれば、父上だって!」

「だから、前国王は隠したんですよ。でも貴色を纏う子を殺す決断は出来なかった。あなた方が譲位を急ぐあまり前国王を殺さなければ、あなたの子供の代で縁を繋ぐつもりだったのでしょうね。まあ、アレとあなたの子供が居なかったのはあなたの一番の功績だと私は思いますよ?」


国民が泣いて喜ぶ絵に書いた様な王子様とお姫様の幸せな恋の物語。

その結末の後に続く王太子夫妻の不仲が御子に恵まれない原因だ。国民に大歓迎で受け入れられた身分の婚姻故にオーウェンは側室や妾妃を一人も置くことができなかった。


「あなたが、あなたの手で真実を封印した。1人のなんの罪もなかった筈の生まれたばかりの命に地獄を与えた。その真実に潰され苦しむといいと私は心底思います」


 ずっと心の底で後悔していた。セドリックの言うように、ヒューバートが娶ってやれば『小鳥』とよばれる少女は少しは幸せになれるのだろうか。


「では失礼。私はもうここには参りません。この度、皇帝から称号与えらこの地を管理する事となりました。お二人には今後皇帝から一代爵位が与えられ帝国内にお引越しいただく予定だそうです。かなりの身分差の為、2度とお会いする事も無いでしょう。ごきげんよう」


主従がグルリと入れ替わる。

この時をヒューバートはずっと待っていた。唖然としたオーウェンの顔さえ、久しぶりに腹の底から愉快だ。


「貴様っ!!恩を仇で返すつもりか?!!」


手元の短剣を握りしめ立ち上がろうとしたオーウェンをさっと立ち位置を変えたセドリックがその長い足を少し伸ばして転ばせた。床に両手をつく姿はまるでヒューバートに謝っているようにも見える。


「あなたに大切にされた記憶はありませんし恩を感じたこともありません。私の婚約者を奪ったのも、そのまま捨てて追い詰めたのも私は表立ってあなたを責めませんでしたが、恨んでいなかった訳ではありません。そうそう、ずっとお話をしそこねていましたが、ミサキ様は学園のころから沢山の男を侍らせていましたよ。皆におっしゃるのです『お友達になりましょう』、『私は攻略を知っているから助けてあげる』と。ご存知でしたか?自分だけだと思っていましたか?私も生徒会室で声をかけて頂いた事がありました。『婚約者を失って可哀想に』と。アレのせいでオリビアはあんな目に合ったというのに」


親の決めた婚約者だったが、幼い頃から相思相愛だった。卒業したらすぐに結婚する予定だった。だから地下牢から出てきた姫様が抱いていた赤子に、抱けなかった我が子の姿が重なった。

オーウェンの短剣を持った手を力一杯踏み、足を捻る。痛そうに唸る声が聞こえるが、きっとオリビアの方がもっと苦しんだ筈だ。


「ああ、そう言えば、僕もかわいい子犬と学園で随分可愛がっていただきましたよ?」


笑ってそうおどけて言うセドリックと共にヒューバートは元国王とは思えぬ男の前から立ち去った。






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