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暴力表現、女性軽視、人が亡くなる表現当ありますので苦手な方は回避をお願いいたします



 光の精霊達が沢山くるくる舞っている周りで風の精霊と水の精霊が手を取り踊ってる。この様子だと今は朝で今日はとても良い天気だが昼過ぎには水と風の精霊達が増えいきて夕方には雨になるだろう。

取り敢えず『迎えにくるよ、迎えにくるよ』ってみんなでずっと言ってるのは音量調節機能が戻ってきたので無視。

ふんわりとしたベッドに肌触りの良いシーツ。こんなの治療院で眠っていた時以来で眠るのがこんなに幸せだったかなって思えてくるけど、ちょっと不安。


仕事したい。ご飯食べたい。


あれ?私、異世界前世でいう社畜かしら?

いやいや、ちょっと違うと思いたい。切実に。



上半身だけ起こしてみれば、いつの間に着替えさせられたのか、サシャは上品で真っ白なワンピースタイプの寝間着姿だった。怪我はバッチリ治療されたのか綺麗に包帯がまかれている。治って無いのは痛みでわかったけれど、前より身体がとても軽く感じられる。というか、私、体調悪かったんだね、やっぱり。

何年もの間、床で寝てたし、最近だって椅子でしか寝てなかったからベッドから降りたいけど、多分立てない。いや立てない自信がなぜかある。……ならいっそ、このまま落ちて床で転がっていようかな。

さてどの辺で落ちたら、部屋の隅に転がって行けるかな?とサシャが部屋を見渡しているとガシャリと大きくて重そうなトビラが開いた。


「サシャ、起きた?」


扉からトレーを片手に入ってきたマシューが精霊達みたいにキラキラしてた。仕事用とも違う凄く甘い微笑みに、そう言えば寝る前に何か言われた様な気もするけれど思い出せない。

嫌いとか出ていけとかは言われてなかったと思うから、まぁよしとしよう。


「おはようございます。マシューさん」

「あ、無理して動かなくていいよ。怪我は治療師じゃなくて魔術師に見てもらったんだ。サシャの怪我は治療師じゃ治せないでしょ?魔術師も無理そうだけどね。勝手にごめんね。治療の影響で身体が思うように動かないと思うから無理しちゃ駄目だよ?」


ニコニコしてるけどマシューの言ってる事は鬼畜だ。いや、治療していただいたのは本当に有難いのだが、お薬だけでなく、魔術師の治療って……もうサシャの3ヶ月分のお給料が消えるのは確定だ。明日からお昼は近所のお粥屋さんの一択だ。トッピングも選べない。


「こ……こんなにまでしていただいて、ありがとうございます」


震える声に罪は無いといいたい。だってやっと最近串焼きや肉料理にも手が伸ばせてきていたのだ。さようなら私のお昼のお肉。こんにちは、お粥の毎日。


「そういうわけだし、多分サシャも体感しているだろうから、今日は一日、そこで寝ててね。あ、あと、慣れないからって床や椅子で寝るのは禁止」

「うぅぅ。見てました?」


先読みされていたマシューの言葉に、思わず呻きつつ聞いてみる。


「うん?感、だよ。で、どう?朝食は食べられそう?」

「お腹すいてます!」


サシャの動揺を横目にマシューは美味しそうな香りがするトレーを差し出した。


「食べる事だけはしっかりしてるサシャだからそう言うと思ったよ」


刺し出されたトレーの上には芳醇な香りの、きっと美味しいスープ。

……スープ。……スープ嬉しいけど……具ないよ?……スープ、だけ?


ちょっと視線で訴えてしまったのかもしれない。そんなサシャの気持ちを察したのかマシューがクスリと笑いサシャの頭を撫でた。


「3日間眠ったままだったから、まずはスープからね。お昼にお粥。大丈夫そうなら夜からは柔らかく煮込んだ栄養のあるものを用意させるよ」

「え?!私、そんなに寝てたんですか?……ああ!!仕事っ!!」


スープの説明は納得がいかないけど、自分が寝込んでいた期間が思っていたより長くてサシャはベッドの上なのにちょっとバタバタ慌ててしまった。実際は布団を少しフニフニさせるくらいしか動かせてなくて、ちょっと凹んじゃったけど。


「そんな身体じゃ無理でしょ?ちゃんと休んでからね。仕事はそれから。それにロイとアレクも心配してたよ?サシャが目を覚ましたら教えるって約束してたから、今日声をかけてくる。きっと夕方には二人がお見舞いにくるよ」


仕事を辞めさせる訳じゃないし、仲間との縁を切らせる訳でもない。帰る場所はあるから慌てないで治療に専念しろという言葉がサシャにとってはとても嬉しい。本当に嬉しい。


「でも早く働かないと治療費返せません!」

「元々請求するつもりなかったんだけど……。でも、いらないよって言ってもサシャは嫌がるよね」

「一括は無理ですが、立て替えていただいて分割払いでお願います……」


サシャにとって治療費は昔から自分で払ってるものだから自分で払いたい。子供なんだから気にするなってルルも言っていたけど、姫様が嫌いな人達にサシャのお金を払わせることなんてできない。神殿での治療費だってずっと孤児院から外に働きに出ていた間で貯めたお金を返した。ルルは何か言いたそうだったけど、ちゃんと受け取ってくれた。


「ん〜。そうしたら、治療費を立て替える代わりということでちょっと難しいお願いを聞いて貰えるかな?」

「難しい?」


マシューは商売人らしく、互いに納得出来そうな妥協案を提示してきたが、彼にしては珍しく含みがある言い方にサシャは首を傾げた。


「うん。うちでお付き合いのある貴族から北の公国の書類の翻訳が出来る人間を貸し出して欲しいってずっと前からお願いされたんだけど、あの公国の言葉って使える人がなかなか居なくてねぇ、困っていたんだ。サシャ、使えるでしょ?前に書類を読んでるの見たよ」

「多分読み書きはできますが、使えるかと聞かれますと……。貴族の方の所に行くんですよね?」


 確かに、あの公国の言葉はお爺ちゃんと勉強したので、時折商会の書類の中で見かけても気にしないで読んでいた。多分読み書きはできる。あと時々お爺ちゃんの知り合いという公国の神官さんとも少しお話をしたから、聞いたりす話したりする事もできると思う。しかし、相手が貴族と聞くとどれくらいのレベルを求められるのか不安になる。それに、貴族にとって庶民の……孤児院出の子供の命なんて、路傍の石と同じで価値なんてないに等しい。ふとした折に貴族の横暴に振り回されるのは正直怖い。しかもサシャには姫様という爆弾も抱えている。


「もともとうちからの人員の貸出しって形の魔術契約になるから、無体はさせないし仕事は書類の翻訳や清書だけの予定だ。それ以外の依頼をする時は事前に商会を通す様に文面を交わすから大丈夫。持ち出せない書類が多いので本当は終わるまで住み込みをご希望だけど、サシャも女の子で不安だろうからってことで通いでいいよ。ただ、ちょっと身分の高い方のご自宅での仕事になるから、ね。彼らは普通なのかもしるないけれど、礼儀作法は勿論、所作も色々言われることになることは予想されちゃってね。まぁ、そんな理由もあってこの仕事、出来る人間も限られてしまっていて給料が通常の事務仕事の3倍なんだよ。治療費くらい1ヶ月もかからないで貯まるかな?」


ウインクしてみせるマシューさん!3倍のお給料って3倍大変なお仕事って事じゃないですか?!


「あ、でも嫌ならいいんだよ?治療費は元々僕が払うつもりでいたんだし。問題ないよね?」

「やります!私やります!働かせてください!!」


思わず『わぁ……』という感情が込み上げてきたものの、治療費の話になったので思わず、はい!はいっ!はいっ!!と声と共に手を上げようとしかけて、全く挙がらない手にどんだけ私、弱いんだろうとサシャは更に少し凹んでしまう。


「ははは。わかったよ。落ち着いて、ほら。僕から見て、礼儀作法とかは多分サシャなら大丈夫だとは思うけど一応この一週間、貴族専門で仕事をしているエミリーを呼んであるから、事前準備ということで確認しておいてね。その分もお給料はでるからしっかりね」


優しい笑顔のマシューに丸め込まれた感も否めないが、大商人に相手に異世界前世のただのOLの記憶が勝てるわけもなく、取り敢えずサシャとしても仕事と食事は確保できたからいいかなという結論に落ち着いた。


 そして、話は済んだからと食べさせてもらったスープはやっぱり美味しかった。

……が、自力で腕を上げることが出来なければやっぱりスプーンなども使えず。ちょっと落ち込んでいたら満面の笑顔のマシュー自らにスプーンを差し出され、サシャは朝から小鳥の餌付けみたいに食べさせられた。





◇◇◇




 鏡の中にドレスを着た美少女が居た。



意味がわからないかもしれないけれど、サシャにはそう見えた。でも自分の美的感覚の傾向が異世界前世のものなので、この際確認しておこうと、サシャは後ろでなぜか自慢げに立つエミリーに振り返った。


「おかしくないですか?こんなドレス、着たことないので……。しかもこんな顔立ちですし……」

「ちゃんと今最新流行の帝国風の着こなしですよ。顔立ちだって、ワザと汚さないと危ないくらいに美しいんですからそんな不安そうな顔をしないでください」

「不安そうに見える?」

「ええ、保護欲を掻き立てられる可愛さ溢れたその自信なさそうなその視線!悪い虫やら悪い狐やらに付入られそうで私が心配になりますっ!」


ハンカチで鼻を押さえつつ、ドレスを乱しバンバンとソファのクッションを叩き叫ぶエミリーに着付けを手伝ってくれた侍女のお姉さん達も顔を真っ赤にしつつどん引いてる。ごめん、エミリーの言う事がわからないよね。私も理解出来ないんだ。


エミリーはマシューが紹介してくれた商会内で貴族専門で働く22歳のお兄さんだ。出るところが出てて、締るところは締まってて、泣きぼくろに口元のほくろと色気駄々漏れのお兄さんですが、胸は詰め物でホクロはメイクでした。

……そう、お姉さんじゃなくて、お兄さんで間違いないんだな、これが。

異世界前世でいうオネエ、さん。何度も着替えとか手伝ってもらった後に、仕事上、こっちが便利なので、って言われた時、サシャは白目をむきそうになった。マシューさんも笑ってたから多分大丈夫な人なんだろうけど10歳の女の子をの心をもっと労って欲しいと切実に思った。


そんなこんなで、サシャは動ける様になったら早速、エミリーに服装を正された。ちなみに短い髪は黒髪のカツラを被ることで色も長さも隠せれた。

礼儀作法や所作は小さな頃、姫様が非常に厳しく、また姫様の侍女さん達にビシビシしごかれていた経験のお陰であっという間に合格を貰った。『小さな頃の事って意外と身についているのね』っとサシャが思わず口にしてしまったらエミリーから『サシャはまだ十分子供なんですから色々身につけるチャンスですね!』ってさらに踊る筈のないダンスのステップまで覚えさせられたのは昨日の話。

病み上がりなので座学だけだったものの多分一生使うことはないと思っている。



「サシャ、女神様の生まれ変わりの様に美しいよ!」


 ここ数日、朝のお着替え後の恒例行事で、ドーンと扉が開いて飛び込んできたのはマシュー。仕事が忙しい筈なのにとてもサシャを気遣ってくれていると思う。ちなみに女神様ってこの艶々な黒髪のカツラからですよ。

 この世界、というかこの世界の多くの国が信仰する神様は二人居る。昼と光の世界を司る男神様と夜と闇の世界を司る女神様。夫婦神様だ。仲がよろしいようで沢山居る精霊王様達は夫婦神様の子供達。精霊王様が使役するのがそのへんのをふわふわしてる精霊達。

 神様の眷属が見えるってファンタジーだわーって、異世界前世の記憶を思い出した時、サシャは感動したけれど、見えて居るのが自分だけってわかった時にはかなり焦った。

 取り敢えず精霊達は強い子も弱い子も居るらしいから普段見えているのは多分弱い子なのかな?って以前聞いた神殿のお祈りの時の話でサシャは思っいる。強い子は知性も高く力も強い。精霊王の側近や何らかの意志を持って動いて居るらしいので会いたくない。

神殿の礼拝堂はさすがに神様を奉る場所だけあって精霊が沢山居て美しいけれど、孤児院の食堂と違ってサシャから魔力みたいな物を大量に奪うからあまり近づけないでいる。以前は神殿に暮らしていたけれどサシャは数回しか中に入った事がない。


「サシャ、外出したいって聞いたんだけど、どうして?」


着替えが終わったサシャをソファにエスコートしながらマシューがたずねてくる。こういう所もお勉強の一環なのでエミリーがじっとりチェックしている視線が痛い。


「エミリーにもいわれたんですが、私、基本的に神殿の中の生活しかしらないので、ちょっと知識が偏っているみたいで、少し貴族街の端っこで本物のお嬢さん達の様子を見てきた方が良いみたいなんです」


まず姫様は別として。貴族塔の元貴族様は静かな余生や隠遁生活を送っていらっしゃる方が多かったし、孤児院は日々生きるか死ぬかの綱渡り生活。間をとったと思える街の生活に至ってはほとんど商会の事務所にいたから実はあまり知らない。貴族の礼儀作法がわかってもやはりどこか生活感が欠けている、違和感が残る、とエミリーに指摘されたものの、サシャにはそれよくわからない。裕福な家の子に生活感は要らないんじゃと伝えたら、それなら一度本物を見に行こうと言う事になった。


「確かにサシャは完璧過ぎる礼儀作法や所作に下町の図々しさと大ざっぱさ、あと食い意地を持ち合わせていますから、裕福な商人の子というよりはいかにも訳有な貴族の子に見えますね」


あ、あれ?


「マシューさん、持ち上げているようで、なにげに貶してます?」

「あまり外には出したくは無いのですが……。初めて貴族の屋敷に上がる町娘という設定ですし、貴族の屋敷というのは色々な人間が出入りしていますから、確かに街を観てくるのも勉強になるでしょう。エミリー、あなたの予定はどうですか?一緒に行けますか?」

「おーい、私の話聞いてますー?」

「馬鹿狐の予定を蹴ってでも一緒にいきますよ!」

「……本当に、あんまり気乗りでは無いのですが……では、明日、知り合いの店に私の使いに行ってくれますか?3軒もまわればそこそこ様子もわかるでしょう」


軽く話に混ぜてもらえないまま、挙げられた店名は街で人気なお菓子屋さんと雑貨屋さんと本屋さん。お使いといいつつ、マシューはお嬢さん方がいらっしゃる知人の店を的確にチョイスして提案してくれた。


「せっかくだから外でお茶でも飲んでおいで。サシャもやっと食べられる様になったしね」

「はいっ!」


そう!やっと!!

3日前からやっと普通の固形物が食べられるようになったサシャにマシューは大笑いしながら珍しいお菓子を毎日、差し入れてくれる。

今回のお仕事はお昼とお茶の時間も貴族のお屋敷で過ごす事になるので食べ物にも慣らしておこうと言う事らしいが、サシャとしては、何となく餌付けして太らされている気がしないでもない。

でも食べ物に罪はないので、毎回美味しくいただいている。





◇◇◇




 マシューと屋台で食事をとってから2週間も経ってない筈なのに、久々に感じられる日差しに心が弾む。

エミリーもニコニコしている。今日は出かけるからと朝から散々着飾らされたサシャは、クッションと戦うエミリーのなぞの呻き声を数回聞いた。


 馬車で送られた街は仕事で出入りする所よりも領主様の城に近い、所謂、身分が高い方向けのエリアだった。しかし貴族向けの店が並ぶ通りの端の方は庶民の裕福なお嬢さん達も出入り出来る店構えだ。いや商品の品揃えからしてそちらがメインターゲット層なんだろう。

異世界前世の若い女の子と変わらぬノリでお買い物をする女の子達は確かに良家のお嬢さんだがサシャとは違って所作に振れ幅がある。

お使いの途中でエミリーと素敵なカフエでお茶をした時も余所のお嬢さん達を見ていたが、何となくサシャにもわかった。サシャの所作に違和感があるのは、この世界の経験値が足りないのもあるが、多分無意識に姫様を負い目にして素直に色々な事に向き合えないから。そう気がつけば、あとは異世界前世の記憶のままにこの世界を謳歌するフリをすればエミリーから『なんだ、出来るんじゃないですか』とかなり高い評価をいただいた。




 街の人々が生きる為に働いている。生きる活力に精霊達も大喜びしている。エミリーに合格ももらったのでサシャもなんだか柄にもなくワクワクしてしまって、だからちょっとフラフラし過ぎていた。

最後のお使いである本屋に向かっている時だった。店の前の道が細いからと歩きで向かっていた筈なのに、気がつくと神殿が先にみえる。どうしても精霊が集っているからサシャは無意識にこの街の神殿に足が向かってしまっていたようだ。神殿は信仰を広めるため、また、貴族が貧しい人々に施しをするため、貴族街ではなく下町に居を構えている。


「神殿に近づき過ぎた様ですね。馬車に戻りましょう」


優しく見守ってくれていた筈のエミリーの声が少し固くなって、サシャの手を握ろうと伸ばされた時だった。


「きゃっ!!」


気が付いた時にはサシャはぐいんと腰を掴まれ古ぼけた馬車に引きずり込まれた。


「サシャっ!!」


焦るエミリーのいつもとは違う低い声と刃物の音が聞こえるなか、サシャを馬車に引きずり込んだ男が、御者に馬車を出すように指示をだす。

動き出した馬車に男の仲間と思われる男も腕の傷を縛りながら転がり込んでくる。


「あのアマ、隠し武器を持ってやがった。このお嬢ちゃん、マジもんの良い所のお嬢さんだせ」


男達の会話にいくら鈍感なサシャでも気が付いた。まさか、誘拐されるなんて思ってもみなかった。


「わ、私!貴族の子供じゃありません!孤児院の子供ですっ!!」

「その格好で俺達を騙せるとでも思うのか?!」

「本当ですって。これって仕事用の変装で」


馬車の中の縄で両手を縛られそうになり、咄嗟にサシャが本当の事を言ってみるが男達は一向に信じてはくれない。確かにサシャだってこんな着飾った美少女を見かけたら貴族のお嬢さんだって思うだろう。

みるみる間にサシャは見事に荒縄でガッチリ両手を拘束されてしまった。


「お嬢ちゃん、嘘はもっとも上手につくもんだ」

「いえ、いえ、本当なんですよ!」

「この辺では見ないくらいにお上品にお買い物ごっこしてれば誰にでもわかる。お嬢ちゃんは訳有かもしれねぇが良い家の娘だ。訳有で身代金が駄目なら、娼館に売るって方法もある」

「そっちの方が高くつくかもな?」


見事にエミリーとマシューが危惧していた見解で誘拐されてしまった自分にちょっと打ちのめされる。

口元まで布で覆われてしまえば自分の身分を説明する手段もない。

男達を刺激しないように静かにしていると、暫くして馬車が止まって降ろされた。領主様の城の位置と街を囲む城壁、あと雰囲気で何となくここが下町とスラム街の境目、決して近づくなとロイやアレクから口を酸っぱくして言われていた場所だとわかった。

下町の気のいい人達の姿もなくスラム街を締める悪党達も手を伸ばさない、なにも無い空白部分だから怖い場所。


「人が1人消えてもわからない場所ってんのはあるんだよ。身代金を取るにしても売るにしても、まずは、ここでお嬢ちゃんは一足早く大人の階段をあがろうな?」


改めて男のその言葉を飲み込むとサシャは血の気が引いていくのを感じた。背筋がぞっとする。

必死にもがくが抵抗虚しく、小さな汚い小屋に引きずられていく。


「そういや、上から来てた御令嬢の件、案外こいつだったりしてな」

「そういや、そんなんもあったな。味見してから確認してみるか?」

「奪えるもんはみんな奪っちまうってか?」



『来た!来た!来た!』



男達がふざけて笑っていると、精霊達が叫びながら一斉に逃げていく。

逃げ……え?逃げていく、の?


「それは、俺のモノだ」

冷たくて尖った声が薄暗く湿った裏道に響くと同時に銀色の光が走った。

生臭い、けれどよく知ったにおいと共にサシャを引きずっていた男がパタリと倒れ音を無くす。ふと見下ろせば先程まで御者役だった男と共に真っ赤な水たまりに横たわっている。


何がなんだか解らぬまま誰かに腰を掴まれ引っ張られると、三人組の残りの男が剣を振り上げている。

危ないと思った時には目の前の男の喉元から赤い飛沫が上がっている。

どうやらサシャの腰を掴んで居る人間が切りつけたらしいと見上げれば、頬に返り血がついたままの、濃紺の髪に灰色の瞳の男が片手に抱いたサシャを真っ直ぐ見つめてきた。


助けられた筈なのに、先程よりもっと背筋がゾッとする。


下町とスラム街の間のここは人気がない。。



『見つけた』


男の唇が声なくそう動き、ニヤリと口角を上げた。





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