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怪我や病気、虐待表現等ありますので苦手な方は回避をお願いいたします。



「やっぱり『見えてない』よね?しかもすぐに屈めないくらいに怪我が悪化してるかな?」


 サシャが落とした串を見つめたマシューが確信を得たとばかりに語調を強めた。

線が細い優男に見えてマシューは豪胆さも兼ね備えた絶妙な商いをする。


「マシューさ、……若旦那様はルルと知り合いだったんですか?」


咄嗟に話題を逸したくてサシャはあの神殿から旅立った日からずっと疑問だった事をたずねた。


「サシャ、その言い方っ!ん〜……何を聞いたのかは、なんとなく予想がつくけどね。サシャ、僕は僕。変わらないから前みたいにマシュー呼びでいい。その呼ばれ方、本当は好きじゃないんだ」

「……はい、マシューさん」


 この街の事務所で働き出した時、マシューは傍流とはいえロックウェル商会の会長から直々に次代と指名をされるくらいに優秀で期待されている雲の上の人物だと聞かされ驚いた。一線を置くべきだと思っていたから、以前の親しみを持った呼び名を使っていいと本人に言われ口にした途端、あの日、挨拶も出来ぬまま別れ、離れた距離が急に縮まった気がしてほっとする。

少し固くて冷たくなりかけていた、胸の中の何かがふんわりあたたまる。思わず自分か溢していた笑顔に、マシューも周りの人々も一瞬視線が釘付けになるのを気が付かぬまま、サシャは手元の果実汁を口にした。甘酸っぱくて身体に染みる。


「あ……ああ、それで、僕とルミエールの関係だっけ?今回の件が切欠じゃないから気にしないで。サシャが生まれる前から僕らは知り合いだよ。ルミエールと僕は同じ学園に行っていた事があるんだ」

「そ、そうなんですね」

「うん。僕は色々あって卒業出来なかったけれど」


屋台の日差し避けの端から入る強い光からサシャを庇うように座る位置を変え通りからサシャを隠したマシューがさらりと語った。




きっとそれは姫様に関わることのせいだ。



なんとなく、鈍いサシャでも分かってしまった。

話す内容の残酷さに反し、サシャを見つめ涼やかな瞳を微かに伏せながら微笑むマシューの美しい表情から姫様に関わった人達が絶対に持っている筈の、こびりつかせている憎しみを思わず探してしまう。

前も優しく笑ってくれたマシューだけど、今の方がもっと壁がなくて甘えたくなるような優しさがある。けれど、マシューは沢山の顔を使い分ける商人だ。



やりかけだった仕事は全部終わらせてあるし、前回の経験から引継ぎ書は常に用意してある。

私物は殆ど持ってないし、大切な物もない。神殿の後見人の書類も、少しだが貯めたお金も常に身につけている。

この街には大きい街道が何本も通っていて、この時間ならまだ長距離の乗り合い馬車にもかけ込める。

街の暮らしも慣れたし、旅だって前回経験済みだ。


出ていけと言われればすぐに旅立てる。



「でさ、サシャ。話はもどるけど、今『見えてない』よね?それとも……もしかして、その怪我でワザと『見えなくしてる』の?」

「っ……」


何を言われても大丈夫だと自分を叱咤して視線を上げると、いつの間にか、テーブルの上からでマシューが一見そう見えないようにサシャの腕を強く握っていた。

いつもは一つにまとめられたマシューの金色の髪の中に尖った同色の大きな耳が2つ見えている。膝まである長い上着の裾からはゆらゆら揺れる先が白い金色のふっくらとした尾までが見え隠れしている。

どうしよう。腕が全く動かせない。

狐の獣人というマシューの言葉を冗談だと思い込んでいたサシャは、マシューの半獣化に驚きつつも、振り払うタイミングをはかるため周りを見渡すが、活気付いた屋台街はちょっとしたトラブルなら自己解決する位には腕自慢が集まっていて、見るからに大店の若旦那様と使用人の身分差の二人の間で今騒ぎを起こしてもすぐにサシャが捕まってしまうのは目に見えてしまった。


「以前は仕事に集中していても、時間も、これから来る突然の客も、外の天気もわかっていたのに、今日は僕が声をかけるまでまったく気が付かなかったでしょう?」

「あ、え、っと……疲れて、感が鈍った、みたい、な?」


ぎこちなく笑って答えるが隠せてない。絶対に隠せてない。隠せていないのはわかっているが、サシャは出来るだけ笑顔でそんな事ないと否定する。

そもそも『見えている』なんてマシューにも、ましてやルルにもサシャは話した事はない。



 気が付いたのはルルが祝福と言った足の怪我の後。

病室に差し込む朝日の中、いつもの様に光を纏い舞う彼らを見て腕を伸ばした時、丁度様子を見に来た治療師の怯えのまじった怪訝そうな顔を見てサシャは自分の異端さを知った。


怖くて誰にも聞けてないけれど、多分他の人には見えない精霊達がサシャには見えている。

記憶にも残らない位に小さい頃からずっとずっと見えている。




「ああ、体調が悪いのにこんな所で長々とお話を聞いちゃ駄目だよね。ちょっとあっちで詳しくお話しようか」

「ご、午後のお仕事が……」

「いま、俺に何か言われたらうちの店を出ていく気満々だったよね?しかも体温がいつもより高くなるくらいに足の怪我がかなり酷い状態なのに、どの口が仕事なんて言ってるのかな?うちは大切な事務員が怪我をしているのに働かせるような悪徳商会じゃないよ?」


咄嗟の言い訳も虚しく、ズルズルと、本当にズルズルと片手をマシューに持ち上げられ、有無も言わせぬまま所謂お姫様抱っこで固定されたサシャが屋台街から連れて行かれたのは住宅街の見知らぬ大きな屋敷だった。

取り敢えず、大切な事務員って言って貰えたから今すぐ出ていけと言われることもなさそうなのは少し嬉しい。

願わくばルルやお爺ちゃんみたいな、姫様とサシャの関係を知ってもサシャに意地悪をしない人達の方だったら更に嬉しいなとサシャは少しだけマシューに期待してしまった。



◇◇◇



「ただいま。ちょっと話をするから人払いしてください」


玄関に迎えに出たグレーの髪の年配の男性に一言伝えるとマシューは勝手知ったる我が家の如く屋敷の中を突き進んでいく。

いや、ただいまってさっき言ってたから勝手知ったる自宅なのだろうか?

ワイズ辺境伯領の神殿の中央棟や貴族棟に負けないくらい高そうな美術品が沢山飾られた屋敷の中の、かなり奥まった部屋のソファにサシャは降ろされた。


 大きな執務用の机とソファと書棚で構成された部屋はこの屋敷の主の執務室だろう。

ソファにサシャを降ろしたマシューは慣れた手付きで部屋の棚から木箱と執務机の上から水差しを持って来るとサシャの前のテーブルに置いた。

マシューの可愛い耳が常にサシャの方を向いていて、逃げるに逃げられないままいると、サシャの隣に座ったマシューが木箱から薬を取り出し、水差しからコップに注いだ水と共に差し出した。


「安心して飲んでいいよ。ただの痛み止め。うちで取り扱ってる商品だからサシャも見た事があるでしょう?」


異世界前世の記憶ではちょっとした体調不良でも薬を飲んでいたようだが、この世界の薬は安いものではない。いや、むしろ確実に贅沢品であり、孤児院の子供達は病気になっても薬は飲めない。治療院の治療魔術なんてもっと高価だ。だから自力で治せない病気や怪我は致命的なものになる。

仕事はクビにならなそうだし、これは後でお給料から天引きかな……と思いつつサシャは渡された薬をコップの水で流し込んだ。


「なんで、微熱があるって気が付いたんですか?自分でも気が付いていなかったのに」


喉を流れる水が冷たく感じられ、ふぅーっと息を吐く。思っていた以上に確かに熱っぽかったかもしれないと思う。でもどうして自分で気づかない発熱にマシューが気がついたのかサシャは気になった。


「いつもより、サシャの香りと血の匂いが強いからね。発熱してるなってすぐにわかったよ」

「私、汗臭い?」


お行儀は悪いが、言われてクンクンと身体のにおいを嗅いでみる。仕事がら人に会うからと、沐浴は二日に一度だがちゃんと毎日身体を井戸水で拭いているが、周りを不愉快にさせていたのだろうかと心配になる。


「そういうにおいじゃないかな、血じゃない方は。獣人にはとても……そう、とてもいい匂いだし、僕にしか……いや、人間には感じられない匂いだから大丈夫だよ」


サシャの隣に座り、まるで美しい薔薇の香りでも語るようなマシューのうっとりとした表情に、サシャは獣人の嗅覚が人間の何倍も優れていて、何倍も変わっていた事を思い出す。

臭いと言われなければ取り敢えず良いとしよう。


「でも、血の匂いは駄目だよ。傷を見せてくれる?」

「あ……」


蕩けるような表情から一気に眉間にシワを寄せサシャの額を指先で突くマシューに視線が泳ぐ。

見せれと言われてもサシャはずっと髪の短さから男の子の服を着て外で働いていた。

今も服装は男の子の物で、怪我は右足の太腿。


「僕は獣人だからサシャが女の子だって知っている。隠さなくていい」


隠さなくていいと言われても、さすがのサシャでも人前でスボンは脱げない。

え、まさか獣人の子は脱ぐの?あ、獣化する時は裸なんだっけ?……いやいやいや、無理、やっぱり無理。てか、女の子って気が付いていたんだ。いや気が付いていたなら、ここで脱がすな!!


「あ、あの……恥ずかしい場所なので……」

「あ……。……うん、まあ、傷は後で治療師を呼んてからでもいいか。で、何があったの?」

「何って……何もないですよ?」

「目が泳いでる。サシャは事務仕事は出来るけど商いの駆け引きには向かないよね」

「そ、そんなことないですよ?」


思い切って無理だと言ったらなんとかなった!!とサシャが内心小躍りしていたら、顔を赤くさせた様に見えていた筈のマシューに手加減なく思い切り上げて落とされた。

確かにサシャは腹芸は苦手だが、互いに堅実な取引は得意だ。


「ロイもアレクも心配していたよ。ここ2〜3日はベッドさえ使った形跡がないって」


ギクリとする。

寮での暮らしが始まった時、部屋割りは二階西の二人部屋をロイとアレクが二人で、サシャは東の二階の二人部屋を追加の人員がくるまで一人で使う予定だった。けれど寮長がサシャを男の子と勘違いしているのをこれ幸いにとサシャが意見を言う間もなく二人は簡易ベッドを西の二階の二人部屋に入れて三人部屋を完成させた。

押し切られた感というか、丸め込まれた感に打ちひしがれていたら、二人はその手腕を見込まれて外回りの仕事に駆り出されている。先程の事務所のメンバーのなんとも言えないあの笑いの原因だ。

二人はあの神殿から捨てられた日の旅で……というか多分その前から気もするけれど、サシャが女の子ってバレていたけどまぁ、まだなんとか一緒に暮らせている。多分気を使ってくれているんだとは思っているけど、勝手に三人部屋にされたんだから我慢しろとも思ってる。


 しかし、三人部屋だからこそ、バレていたらしい。しまった。


「眠れないくらい、何に怯えてるの?」


マシューの重ねられた質問の意味がサシャはわかるけれどわからない。

怯えて……は、いない。うん。


「あの日、何があったの?」

「あ、あの日って……?」 


とても残念な事に、サシャにとっての思い当たる『あの日』がここ3ヶ月間にあり過ぎてマシューの言ってる『あの日』が見当たらない。いや見当たり過ぎてわからない。

どれだろう?


「街を出た日。ロイとアレクとルドルフと旅立った日。……旅の途中に何があった?」


はいはいはーい!

その日ね。その日!

何となくそんな気してましたー!その後の旅の最中の熱で殆ど記憶がないけどね。


「途中、サシャは旅の疲れで寝込んだと二人から聞いていたけど、違うよね?疲れもあったかもしれない。でも何かが負荷になったんじゃないの?」


マシューの言葉にあの日した約束を思い出した。そう、あの日、サシャは約束していた。でも……


「それは、違う」


ハッキリとしたサシャの言葉にマシューが真っ直ぐ見つめてくる。何かはあったよね?と。でもあの約束は違う。


「……ごめんなさい。それは言えない……。私の罰だから。ごめんなさい」


ペコリと頭を下げたサシャにマシューが大きなため息をついた。


「前から言おうと思ってた。悪いのは姫様だよ。確かに姫様は僕も恨んで憎んじゃっていゆけど、サシャは別。サシャは何もしてない。姫様との関係を考えれば何も思わないと言えば嘘になるけど、ね。……それでも、サシャの真面目な姿、素直な性格はその根底にある概念すら壊す力がある。実際僕はサシャ自身に出会って色々変わったよ。サシャを大切に思えるから今だって匂いに暴走しそうなのに理性が押さえつけられる。サシャが苦しみ怯える必要はない。ましてや両目、両耳をあえて押さえる必要なんてないんだ」

「違うの」


自分で思っていたより大きな声がでてしまった。でもサシャの今の状況とそれは関係ない。マシューは勘違いしている。誤解を解くのは的確に真実を話すことだろうか。


「確かにあの旅は体力の無かった私には辛くって、そのままなにもしないでいたら怪我が悪化しちゃったの。でも寝れないのは別の理由。両目両耳塞ぐのはうるさいから」


「大丈夫。サシャはここにいていいんだよ。煩い奴らをサシャに近づけないために僕はいる。ここにいるよ。大丈夫。今までサシャの周りにいた男達のように消えない。居なくならない。ずっとサシャの側にいる」

「違う……。そうじゃない。『来る』の」


そうじゃない。そんなことにサシャは怯えない。ずっと一人だったから、そんなこと気にもしない。

どうもマシューは酷く勘違いしている。サシャは覚悟して、マシューに本当に本当の事を言う。


「何が?」

「精霊達が……」

言っていた。


マシューが訳がわからないと首を傾げると長い髪がさらりとと揺れる。


「何て?」

「時がきたって……」


あの長旅を切欠に昔の傷の調子も確かに悪かった。精霊達との交感調整も上手く出来なくなっていた。だから両目両耳を塞ぎ、それをあえてそのままにしていた。

見ないように、聞かない様にしていた。

覚えてもいない小さな頃からサシャを大切にしていた精霊達の姿も声も全てを遮断した。


「迎えにくるって」


ほらとサシャが指を伸ばした先、沢山の精霊が集まってくる。きっと今なら、獣人のマシューも感じられる筈。


この国が変わった日から、日に日に多くなり日に日に強く主張するようになってきた。

今はみんな囁く。


『迎えにくるよ。迎えにくるよ』


どうして、これが見えて聞こえるのが自分だけなのか。

何が迎えにくるのか。

ハッキリ教えてくれないくせに、ここ2日は気がつけなかった体調悪化で調整が上手くいかないのもあってか耳を塞いでも眠れないくらいに気配だけでもうるさかった。身を守れないけど、仕事が出来なくて食べられない方が大変だから全ての感覚を切り離していた。


ふっと意識が遠くなる。多分痛み止めが効いてきたのだろう。ずっと熟睡できなかったのもあるかもしれない。久々に精霊達の声を調整なしに聞いたからかもしれない。

精霊達は綺麗で優しくて基本には好意的で嘘をつかない。でも姿を見て声を聞くには魔力みたいな何かを無意識に沢山使うみたいで、サシャは『弱く』なってからとても疲れてしまうようになった。

指先にいたこの屋敷に住まう精霊がふわりと舞ってサシャの頬に口付けた。

このまま寝れたら夢もみないかな。


「今だけ。今だけは彼から守ってあげられるから。ね、サシャ。僕の小鳥。今だけは僕の腕の中で眠りなさい」


サシャの頭を優しく撫でながら囁くマシューの言葉はまるで朝日を舞う精霊達の様に優しく温かくサシャを包んだ。






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