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少しだけ出血や病気の表現があるので苦手な方は回避をお願いします。



「サシャ、その書類、明日の昼までに清書をお願いできる?」

「サシャ、こっちの帳簿、今週末までに確認頼む〜」

「午後、お役所に出す魔術契約書類なんだけど、至急書式確認してもらえる?」


 わしゃわしゃと営業担当から投げられる書類の束にサシャの机が埋もれていく。



ワイズ辺境伯領内の神殿から捨てられ……じゃなくて、逃走から三ヶ月。サシャはコーエン伯爵領地内にあるロックウェル商会の事務所で見習い事務職としてしっかり書類に埋もれていた。




◇◇◇




 あの日、神殿からポイと捨てられたサシャは、取り敢えず、夜の長距離移動は無いなと判断した。

でも帝国騎士団を名乗る人達も居るし、国は混乱状態で治安も心配。となると朝まで逃げやすそうな街外れの物置かなにかの影で身を潜めて早朝に移動を始めた方がいいかな?なんて考えつつ孤児院の裏口から少しでも距離をとろうと歩き出した時だった。



「サヨナラもないなんて、つれないな」

「困った時は助け合おうって約束したよな?」


後ろからかけられた声に驚き、続きそれが良く知る人物のものだとわかった瞬間、サシャはくるりと跳ねるように後ろに振り向いた。


「ロイ!アレク!こんな夜に二人ともどうしたの?」


思わず大きくなりそうな声を必死に抑えてサシャはたずねた。孤児院の子供は夜、勝手に外に出たら酷く怒られるし、悪い大人に攫われて売られてしまうから決して外に出ないように言われるし絶対出ない。

なのにどうみたってここは神殿の塀の外だ。


「悪い大人に攫われて売られちゃうよ?早く中に……」

「サシャだって出てる」

「私は……」


二人を気遣うつもりが何も言えなかった。


「神殿から出ていくんだろ?」

「……うん」


ロイがサシャの片手を握りもう片手で優しくサシャの頬を撫でてくれる。そんなに優しくされたら一人で歩けなくなる。

サシャが身体を離そうとすると思いの外、ロイがサシャの手を強く握っていて引き離せない。焦ってロイを見つめるとイタズラがバレた時の様にロイが笑う。


「実は俺達もう12歳でね、外で働けるんだ」

「え?」


今日は言われてわからない事ばかりだ。12歳ならなんで孤児院に二人は居るんだろう。


「俺達も色々訳有ってわけでさ、この際、一緒に外で働こうぜ」

「一応、今の神殿長に後見人の書類ももらってきたから大丈夫!」


アレクもサシャの空いた手を握ってくれた。

アレクとロイの言葉に心が踊る。三人なら怖くない。でも良いのだろうか?と躊躇い二人を見つめると


「嫌っつっても付いていくからな」


アレクがいつもの意地悪な笑みで、でも絶対譲らないと言ってくれた。


「……あ、ありがと、う……」

「泣かないで。取り敢えずここは危ないから街の外れまで急いで移動しようか。詳しい話はその後で」

「う、うん」



なんとなく場の勢いで流された感もないではないが、取り敢えず街の治安も不安だし、人攫いも怖い。三人での安全な場所への移動を承知したサシャを挟み、なぜかサシャ以上にきっちり旅支度しているロイとアレクに挟まれた。





「感動の再会?って言うのか?してるところ悪いが、お前ら、ガキの集団だけで、しかも歩きで行くつもりか」 


さて、行こうというタイミングでの今度は、暗闇からの突然の大人の声にサシャだけでなく、ロイもアレクも身を固めた。やっと先が見えて来たのに動くのが遅れたせいか。人攫いだったらと思うと足が震える。


「あんた……」

「ついてこい」


目を見開いたアレクが、目の前の男に覚えがあるのか、何か言いかけてやめた。

そんな子供たちを横目に勝手に男が顎をしゃくった方に歩きだす。


「馬を出してやる。坊主二人は自力で乗れるだろうが、お前は俺と一緒だ」

「嫌だ」


私に指を指した男にやはり知り合いだったのか、男に見えぬ所で二人に俺に任せろと指先で合図を見せたアレクが速攻反発する。


「攫わねぇーよ。信じられねぇーなら目的地まで魔術契約したっていい」

「契約、しましょう、今すぐに」


男の言葉に何を思ったのかロイが間髪おかず懐から商会で使うものより少し複雑な契約書を取り出した。


「ったく、お前ら全然信じてねぇな?」

「当たり前でしょ?」


さぁ、信頼を得たいならと書類をと差し出すロイに頭をガリガリ掻きながら男が腰から短刀を取ると指先に刃先をさして血判を押す。


「お前らが目的地に付いて、きちんと身寄りを確保するまで害を与えない。寧ろ守り導いてやる。また別れた後も、この街に戻るまでお前らに害を与えない。お前らの事も口にしない。これでいいか?」


宣誓した男に続いてロイとアレクがたがいを見た後、血判を押すと一瞬男が目を見開いた。


「お前ら『仲間』じゃねぇのか?」

「俺らにも色々事情があってね、『別々』なんだ」


アレクが笑った。仲間じゃないって何だろうと思い悩みかけたサシャにロイが血判用の針を差し出した。


「さぁ、サシャも」


促されてサシャも血判を押すと魔術契約書は一気に青白く燃えて消えた。


「おい、今の青い焔だったよな?!精霊にまで見張られるとかスゲー契約だな」


男が驚きを口にした。


「これで少しは安心できます。サシャ相手ですよ?貴方だってわかっているんでしょ?アシュリー卿」


ニヤリと笑うロイに男がまた頭をボリボリ掻きながら口を開いた。


「役職や爵位は譲ってきたから、俺はただの孤児院院長ルドルフだ」

「え、孤児院院長?!」


ええーー!!今、逃げてきた相手だよね?!いいの?いいの?!とサシャがロイとアレクを見れば

「サシャは黙ってて」

とアレクが耳元で囁いて

「じゃ、ルドルフさん、使えるモノは使わせていただきます。よろしくお願いしますね」

とロイが商会での仕事の時に見せるような満面の笑顔を見せた。




孤児院裏手に馬を3頭を用意してくれていたルドルフは孤児院院長と言うだけあって、子供相手でも色々旅の細々した事をきちんと教えてくれた。何よりロイとアレクが一人で馬にのれるのにサシャは驚いた。

予定通り、街の外れの小屋で朝を迎えた後、四人は途中の街の外れで隠れるように野営しつつワイズ辺境伯領からコーエン伯爵領地へ向けて移動した。

しかし、途中、体力のないサシャが倒れ、その時だけは街道沿いの少し大きな街の宿屋を使い、3日間の行程は2日程延長されたらしい。せっかくの初宿屋だったのにサシャの記憶には全く残ってないが。 




 宿屋の記憶は無い。

三人も何だかぎこちなくてその期間の話は聞けてない。

だが、サシャは普段は素っ気なかったルドルフにその2日間は何となく優しくされたような気もしないでもないでいる。

だって夢を見たのだ。




夢の中のサシャの周りは、いつも側にいるロイもアレクもいなくて、部屋も暗かった。


暗いのは苦手。一人はもっと苦手。


枕元の僅かに灯る明かりに思わず手を伸ばすと誰かが握り返してくれた。


「どうだ?大丈夫か?」


やっと聞き慣れた黒髪の男の声がする。一人じゃ無かったと涙が溢れる。


「ごめんなさい……。明日の朝には出発できるようにします」

「無理すんな。初めての長旅だろ?」


殆ど声になっていなかったのに、ちゃんと聞いてくれていたから、サシャは続けた。


「早く行かなきゃなんです……。早く行って大人にならなきゃ」

「なんでそんなに早く大人になろうとするんだ?」



「だって早く大人にならないと死んじゃいますもん。早く大人になって頑張って働いて食事がもらえたら幸せじゃないですか」



ハッと息を飲む気配がした。

そして、言いたい事だけ言って笑ったサシャの頭をなでるルドルフの手のひらは慣れたお爺ちゃんの手と違ってとても大きくて、そしてその見た目に反してとてもとても優しかった。



サシャはそんな夢をみた様な気がした。




◇◇◇




「早番、休憩入りまーす」


隣の机のオリヴィアが向かいの島のアーニャと一緒に席を外し、外の屋台へ向かった。

この時間、市場は昼食を求める人で賑わう。今日は二人で話題の麺を食べると朝から話していたから後で話を聞いてみようとワクワクしながら手元の書類に目を通す。

 この世界には異世界前世のパソコンの様な魔術事務機があって、魔術がちょっと得意で事務仕事がちょっと出来て、ちょっと異世界前世の記憶をそれに応用して活用できるサシャは、重宝されている。

午前中のうちにこの書類だけ片付けてしまおうと内容を確認し始めた時だった。


「サシャは相変わらず働き者だね」

「マシューさ、……若旦那様!!お久しぶりです!!」


優しく溶け込む癖に耳に残る懐かし声にサシャは思わず椅子から立ち上がった。

呼びなれた名は、この店に来てから聞いた彼の立場を考え言い直す。


「サシャ、まだ見習いなのに頑張ってるみたいだね。話は聞いてるよ。慣れた?」

「はい!皆さん良くしてくださって!!」

「そっか。……色々話しもしたいし、お昼ごはん、屋台で一緒にどう?遅番の休憩時間になったら上から降りてくるよ」

「え……いいんですか?」


サシャの見習いという立場でロックウェル商会の重鎮であるマシューとの食事というのは、仕事中の雑談ならまだしも身分違いも甚だしい。けれどサシャに合わせて店も屋台と言っている。どうしたものかと一瞬言葉を詰まらせているとマシューがコロコロ笑った。


「遠慮しない。上司命令。ここも僕の管理エリアだから」

「はぁ……」

「この街の屋台は美味しいんだよね。ちょっと上で、仕事を一つ終わらせてくるから。じゃ、後で!」


二階に上がったマシューを視線で追う。上司からの誘いだ。断る訳にも行かないからと自分を納得させて、サシャは手元の書類に視線を戻した。

どうも周りの押しが強いサシャは最近押し切られる事が多い。例えば商会の寮の件でもそうだ。

周りの席の同僚も同じ事を思ったのかクスリと気配が揺れていた。




マシューと来たのは本当に普通の屋台だった。いや前の職場でも普通に屋台で食べているのを見ていたけれど、彼の身分を聞いてしまった今、屋台でいいのかと心配になってしまう。


「皆さんお元気ですか?挨拶もせずに去ってしまったから……」

「大丈夫。国全体が混乱に巻き込まれた日だったからねみんな勝手に何となく察してる。怒ったり嫌ってなんかないよ」

「ありがとうございます……」


美味しそうに串に刺さった肉にかぶりつくマシューは同じモノを食べているのに食べ方が上品だ。

取り敢えず気になっていた事をたずねたサシャにマシューは笑顔を見せてくれる。

元々嫌われていたのに、自分の行いで更に周りの人に迷惑をかけていたらと、それだけがサシャの心残りだった。


「あの後、2日後だったかな?神殿に本物の帝国皇帝の近衛騎士団もやってきてね」

「え」

「あ、うちはアシュクロフト帝国とも商いをさせていただいているから大丈夫。神殿に居たニセ帝国皇帝近衛騎士団の皆様はあっと言う間にお縄になったよ」

「そう、ですか」


あの数日間の緊張感をサシャは忘れられない。知りたく無かった自分の生い立ちも含めて。


「サシャは今、幸せ?」

「お仕事をして、お給料をもらって、ちゃんとご飯が食べられてるから、とっても幸せです」


最初、サシャはマシューにもう二度と会えないかもしれないと思っていた。いつか会ったら伝えたいと思っていた。だから笑顔で言えていたと思う。


「良かった。ルミエールも心配してたよ。『見えてるか』って」



マシューのその言葉にサシャは手にしていた串を床に落としてしまった。




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