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アクセスありがとうございます。
虐待表現、人が亡くなる表現等ありますので苦手な方は回避をお願いします。
ルドルフがその報を受けたのは管理を任された孤児院の食堂の朝食の様子を自らの目で確認に行き、目当てのモノを見つけられずイライラしたまま執務室の椅子に戻った時だった。
「……姫様が儚くなられた、と?」
「ええ。すでに侍女の方々も……」
「後を追ったのか?」
「あ……いえ、その……」
「いえ、もう終の間近となった途端に皆、室内からあらゆる物を持ち出しここから去って行ったようですよ」
ハッキリ言わない中央棟から寄こされた上級神官にイラつけば王都からついてきた元部下の補佐官アーサーがフォローする。
「くそっ!報告が遅すぎるぞっ!!」
「情報もまともに貰えないなんて、まだまだ、信頼関係を作れてないみたいですねぇ。で、尊き方の騎士は?」
「ひっ、姫様の回復が絶望的だと分かり次第、まっ、まだ息もあるのに王都に報告に向かいました」
前半はルドルフへと向けた冷やかしまじりからのアーサーの後半の問いに、先程のルドルフの剣幕に恐れをなしたのか、今度は声を震わせながらも上級神官はしっかりと話を伝えてくる。
「まったくもってクソだ。……で、小鳥ちゃんは?」
「別れの後、倒れ今は治療院に……という噂です」
「噂、ねぇ……。まぁ、神殿長であられるルミエール様の所ならば一先ず安心ですね」
貴方よりルミエール様の方が今はよっぽど使えますからと言葉無しに存外に皮肉ってきたアーサーが、震える上級神官を下げさせると、ルドルフは思わずテーブルを力一杯殴ってしまった。
「……今回は許す。だがこれ以上舐めてかかってきたら叩き潰すぞ、おら。……とアランに伝えろ。……あ?名前なんか知らねぇと思ってたか?舐めんな。……両方追え。今後のご予定に害にならぬよう配慮をお伺いし、ご負担であるようならば姫様の側仕えとして永久の国にご同行願え。こっちだって色々を捨てて、色々を抱えてきたんだ。俺も主として根性見せてやる、お前らも神殿を底辺から支えているプライドがあんなら俺を唸らせるような成果を見せてみろや」
「ふふっ。わかりましたよ」
ルドルフが姿は見えないが何となく感じる孤児院院長の直属となる陰に向け天井に声をかけると楽しそうな笑い声と返事らしきものと共に現れた気配がすぐに消えた。
「あーあ、思い通りにならないからと物や人にあたりつけないでくださいね〜。壊すのは簡単でも作るのには時間がかかるんですから。しっかし、こんな最北の田舎街の神殿にここまで人員がさかれていたとは正直、驚きですね。特にあの事件の後、急に姿を消したルミエール様が神官なんて本当に可笑しい」
キャラキャラと笑うアーサーを苦々しく見つめながらルドルフは己の腕の薄くなったであろう古傷を服の上からなでた。
「隠しモノがモノだだけに前王も壊すことも放つことも出来なかった結果だろう。結局死ぬまで優柔不断で選べない方だった。まぁ、息子のバカ王にはここ迄の采配すら思い浮かばなかっだろうがな」
「では『戦場の漆黒の死神』と呼ばれた、つい数日前まで軍人だったルドルフが神官長によって、よりにもよって孤児院の院長に据えられた理由もそこに?」
「んなもん、決まってんだろ?孤児院なんて名前で善人ぽく偽装しちゃぁいるが、ここが神殿の防衛の要だ。護衛神官も陰もそれぞれの神殿長の下、孤児院院長が仕切ってる。孤児から使えそうな子供達を1から教育し育てるなんて素晴らしい構想、貴族の子弟中心のお遊戯騎士団も見習うべきなんだよ」
「神に仕える者が一番怖いってやつですね」
「違いない」
前職が騎士団長だった為に神殿の孤児院が神殿専用の騎士団兼育成施設とはルドルフも知っていたが、全ての神殿騎士団を統合する中央神殿孤児院院長ではなく、この最北の地方神殿の孤児院院長を指名された時はかなり不快に思ったものだ。
しかし、なんてことはない。ルドルフもアーサーもあの忌々しい『事件』に関わっているから。あの古狸が考えたのはそれだけだ。
十数年前、アーサーは兄を『事件』で失い、爵位を継いだ。そして先日、兄の息子が無事成人したのを期に、爵位を譲渡しルドルフに付いてきた。あの『事件』以降、『死神』と呼ばれるルドルフに。
着任早々のトラブルに深々とため息をつき、次の一手を打とうとルドルフがようやく椅子に座りアーサーに声をかけようとした時だった。
「アシュリー卿!大変ですっ!!王国が……レイランド王国が……」
駆け込んできたのはアーサーの他に騎士団から抜けたルドルフに個人的に付いてきた十数名の元騎士団のメンバーの一人だ。
「どうした?」
「王都からの緊急連絡ですっ!昨夜、隣国アシュクロフト帝国が王都を攻め入り、今朝、市中に潜伏中だった国王陛下と王妃様を捕縛。全面降伏に至ったとのこと。王と王妃は今後の帝国内での身分と生活の保証を条件に……国民の為ではなく、国王自らの為だけに、この国の全てを帝国皇帝へ譲り渡したそうです」
後半の言葉に話す本人のみならずその場にいる皆に怒りが滲み出る。
「……っ!!あんの、バカ夫婦!!遂にやりやがった!クソがっ!!間に合わなかった!!」
もう一度ルドルフが力一杯殴ってしまったテーブルに大きくひびがは入った。
「アーサー!至急、神殿内の警備を固めろっ!戦いの中心地は王都じゃない。この神殿だ」
「まさか姫様が儚くなられたのも?」
「関係ないとは言えん。あのバカ夫婦のことだ。もう名前さえ魔術で奪われた姫様が復権してきたらと的外れなことを不安がってたからな。せっかく自由気ままな生活を手に入れたのに、ここで反乱でも起こされたらたまったもんじゃねぇとか、勘違いしているかもしれねぇ」
「心底バカですね。しかし、バカバカと少々不敬では?」
「もう上司じゃねぇ。神殿は独立機関だ。しかもお前も言ってるぞ」
「違いない」
クックッと笑っているアーサーは先程までと違って陽気な雰囲気はなりを潜め冷酷非情さが滲み出ている。いや装うのを辞めただけだ。
「姫様が何も伝えず儚くなっちまった今、小鳥ちゃんの父方の血筋は想像しかできん。そもそも姫様の御子なのかも不明だ。だがしかし、たとえ姫様の御子でなくとも貴色を持つ子供を自由にはしておけん」
「どちらの国にとっても、いや、周辺諸国全てにとってあっという間に最高で最低の傀儡の出来上がりですもんね。じゃぁ、早速ここでの初仕事に行ってきますよ」
報告にきたオリバーと共にアーサーが手をヒラヒラとふりながら執務室から出ていくとルドルフがため息をつく間もなく、入れ替わるかの様に白髪の老神官がスルリと執務室に入ってきていた。
「おやおや、ルドルフ坊は私の小鳥を傀儡にするつもりですか?」
「化けてんなジジイ……」
ルドルフが知る姿より老けた姿で現れた神官長は勝手知ったるとルドルフの部屋の来客用のソファーに腰掛ける。
「貴方も既に情報を得ていると思いますが、私はこれから小鳥と会った後、中央神殿に行ってきますよ。しばらく帰ってこれませんが、小鳥とルミエールの世話をよろしく頼みます。ルミエールへの挨拶はまだでしたよね。この機会にちゃんと話し合ってみてはどうかな?」
「今更何を話せと……」
あの『事件』以降、ルドルフとルミエールは会っていない。
もともと性格は正反対だが、師が同じだった事で幼馴染でもありなぜか互いに気が合った。互いが出世し、騎士団副団長と魔術師団副団長という立場になれば、二人並んで城内を歩かない日は無いくらいに打ち合わせや交流が非常に多かった。
だから二人で誤った。
「そうですね。昔話が嫌ならば、例えば美しい羽を持つ小鳥の育て方なんてどうですか?守りの堅い鳥籠に入れたままでは加護どころか戦を呼ぶでしょう?」
「内乱?それとも王国と帝国の?」
「相手が人ならまだいい。私は人智を超えた方々も敵にはしたくないのです。それに王国がことの重要性に気が付くとっくの前に帝国の手の者もここに入っていますよ?」
「ジジイ、貴様、神官長にも関わらず国を裏切って手引きしたな?!」
言われた言葉に感情のまま、勢いよく立ち上がったルドルフがウィリアムの胸元を掴もうとすると、フッとその姿が消え、先程までルドルフが座っていた執務机の横に現れる。
「神のお導きです。私が何もしなくともあの子のを縛る縄はほどけて行く。そして繋ぐ糸も切れていく。ルドルフはどうしますか?憎しみを向ける存在を一度ちゃんと見つめてみるのも一興かと」
「……憎しみ募って首切るかも知れんぞ」
「それはそれで、どこまでも飛んで行ける羽を与えられると思えるように、きっと貴方もなりますよ」
殺されるのも小鳥の幸せの一つだという目の前の聖職者に吐き気がしてくる。
「病んでるな」
「この腐った国で神に使える人間なんてみんなどこか壊れてしまっていますよ」
「違いない」
ウィリアムはルドルフやルミエール達の師だ。しかし、初めて会った時にはもう人間としては壊れかけていた。子供に与える教師としてはどうかと思った事を思い返す。まぁ、壊れかけた人間だから教えて貰えることも多かったが。
「一緒にきますか?でも羽を傷つけているので、今日は見るだけですよ?ぜひ、首を切らないで、愛でてくださいね。小鳥は大切にされていると思わせていればちゃんと手元に帰って来てくれますからね」
断る道理もなかった。憎しみの対象ではあるが大元というわけでもない。元々今朝、見ようと思って叶わなかっただけだ。これから渦中の石となるモノだ。使えそうかどうかだけ確認しておこう。そう思っていた。
ニコニコと人の良さそうな笑顔をみせる古狸……いや古狼に連れられたルドルフは、図書館の隅にうずくまる、忌々しい存在の癖に、宝石の様な美しい瞳から、透明な悲しみを溢す少女を遠目に見た。
少々痩せ細ってはいるが短めで汚れた髪以外、知的な瞳にすっとした鼻に美しい唇と容姿は整っていて、本来ならば周囲に愛を与えられるべき普通の少女だった。……いや、正直に言えば美しいと賞賛され、力あるものに守られるべきものだった。
憎き姫様の面影などなかった。かと言って面影や隠し纏う色はかの姫様の血筋のものでしかない。更に瞳はあの『事件』を境に狂王と噂された男の血筋のものだった。
憎まなければいけない存在なのに、別の感情が湧き出しそになるのを抑えるため、ルドルフは足早にその場から去った。
次はサシャのお話です。




