3
暴力表現、人が亡くなる描写等ありますので苦手な方は回避をお願いいたします。
サシャが自分のお腹の音で目を覚ますとあと半時程で夕方の食事の時間だった。
一緒に居たはずの、お爺ちゃんは仕事に行った様で姿はなかったが、上着を貸してくれていた。
お爺ちゃんのぬくもりと匂いが包んでくれていたので目が覚めても寂しくなかった。
「よいしょっと」
グルンと目が回る中、サシャは立ち上がった。身体が重くて動くのが辛いが食べなければ生きて行けない。
壁つたいに中央棟の中を歩いていると、いつもは静かな中央棟の大人達が一見冷静さを装いつつも気配を乱れさせていた。
「サシャ、大丈夫か?」
「さ、こっちにおいで」
いつもなら決して中央棟まではやって来ないアレクとロイが、ヒョコリと柱から顔を出した。多分仕事にも来なかったサシャを心配して来てくれたのだろう。ちょっと緩くなっている涙腺からまた漏水しそうになってサシャは目元をゴシゴシとこすった。
「ちょっと熱がでちゃって、寝坊しちゃった。ところでこの騒ぎは何?」
ふらつきが止まらぬ身体を最近サシャより少し伸びた背のロイとアレクに預けつつ、常には無いただならぬ雰囲気を尋ねてみる。
「クソ国王が命乞いして帝国に国を売った」
「は?」
声を抑える訳でもなく、めちゃくちゃ不敬な事をさらりとアレクが言った。
は?帝国に国を売った?……ってそれって、それって……。
「昨日の夜、この国、帝国に攻め入られて、今朝方まで戦闘が続いてたらしいんだけど、逃げ回ってた国王夫妻が見つかって正式に降伏したんだって。夕方帰る時にはまだ街には連絡来てなかったけど、きっと明日は大騒ぎだろうね」
ロイ、補足解説ありがとう!理解できた!
この国、レイランド王国は昨夜隣国であるアシュクロフト帝国に攻め入られて、降伏したってことね!しかも騎士様にに憧れるアレク曰く王族としては非常に格好悪い終わり方っぽい。私もなんとなく勝手に王様って国を取られる時はあえての無謀な戦闘で亡くなったり自害するのかと思っていた。自殺推奨派じゃないけど。でもそういう平和的な終わらせ方もあるんだね。そういうのって本に書いてなかったからやっぱり世の中の知識は本だけじゃ偏るのかなぁ。やっぱり外で働くって大切だわ!……って?!
「えっと……そしたら明日以後、ここはレイランド王国じゃ無くてアシュクロフト帝国領ってことでいい?」
「正式な調印済みらしいから今日からかな?」
ロイの丁寧な訂正に、はひゃーとなる。
普通、調印とか数日後じゃない?王様の周りの宰相様や大臣様達や補佐官様に達とか誰も何も言わなかったの?
あ、それとも、事前に打ち合わせ済み、折り込み済みな停戦協定や調印だったのか。
それなら納得。
「あー、うん……」
「察した?」
「察した」
「とりあえず飯食いに行こうぜ」
「うん」
よくわからないが、まぁ、庶民生活には問題無いくらいにはわかったし、二人もサシャが理解したと思ったらしいし、時間も時間なのでお腹も空いたし食堂へ三人向う。
この国の王様は庶民受けがとても良かった。庶民とほぼ変わらぬ一代貴族の令嬢との恋を成就させた王太子様時代のお話は庶民向けの大衆演劇や吟遊詩人達の十八番であり一番人気だった筈。
それはまるで前世で読んだラノベの乙女ゲームのストーリーそのままで。ああ、私はやっぱり後日談の世界に生きているのかもなーって前世の記憶から思ってた。
めでたしめでたしの後にも人の営みは続いていて、バッドエンドの先に歩み出した人にも時はきちんと進んでいく。
当たり前のことだけど、改めて凄いなって思ってた。
私も残り2年間ちゃんと働いて、少しでもロイやアレク、街の優しいみんなの記憶に残りたい。
朝のグチャグチャだった感情はとりあえずほったらかしにして、今、目の前に飛びて出てきた大騒ぎを他人事として受け止め心を落ち着けたサシャは、食事が終わる頃には一人で歩ける位には復活していた。
◇◇◇
この国が隣の帝国の配下になったらしい。
という噂はロイの言った通り次の日の朝には街中で話題にはなっていた。が、庶民の生活は差ほど変わらない。いや、隣国の方が税は遥かに低いから、より生活しやすくなるのでは?との楽観的な雰囲気まで出だしていて、神殿内と違い王都から遠い土地にあるこの街はいつもと変わらなかった。
ロイとサシャが二人でいつも帳簿整理を手伝いに行く商会も独自のルートでの裏取ってはいたようだが、この地を治めるワイズ辺境伯様がレイランド王国の王様より隣国のアシュクロフト皇帝との方が仲が良いからという市中の噂でそれを包んでいつも通り営業している。
ほとんどの大店が普通に営業していれば街の人々も落ち着いて普通の暮らしを続けている。
きっと国が変って一番不都合なのはお貴族様達なのだろう。
「庶民の生活は変わらないとはいえ、お貴族様のお家取り潰しや配置転換もあるだろうし、騎士団だってガタガタで警備所の再配備に時間もかかるだろうから、それまでの間は確実に治安は悪くなるだろう。しばらくの間は店にはギルドから用心棒を雇うが、お前らも……特にサシャ、お前なんか女顔だから気を付けて神殿に帰るんだぞ?」
ただの孤児の臨時雇い従業員なのに優しく接してくれるマシューはワイズ辺境伯領内のロックウェル商会の責任者、若旦那様だ。
ロックウェル商会の本部は王都だが隣国まで含めて手広く商いを行う。商会の一族の傍流の血筋でもある若旦那様は、『地獄を知るもの達はみな真面目で良く仕えてくれる』と孤児達を差別すること無く、寧ろ進んで受け入れてくれる。この事務所にもサシャ達の先輩が多く勤めている。
そんなマシューだが、サシャが初めて会ったとき、ストレートの長い金髪を一つに縛り、きりりとした涼やかな青い瞳に狐みたいだなって失礼極まりない事を思わずそのままに口にしてたら『あぁ、僕は狐の獣人だからね』ってひざまずきサシャの指先にキスをしてきたキザな男だ。
「はーい」
「はい、は短くっ!」
「はい、店長!で、これ、3号店の先月の仕入れと売上の表ですが、かなり計算を間違えてました。……3度目ですよね?」
先程、計算確認した書類を手渡すとマシューが涼やかな瞳に強い光をみせる。
「……でかした。これで内部調査の資料は揃った。後は現場を押さえるだけだ。感謝する」
「お力になれて何よりです」
時折現れる他所からの悪意ある混ざり物にロックウェル商会は厳しい。ここから先に何があるのかは知らない方がいいとロイにもアレクにも先輩達にも言われているからサシャはよく知らないが、前世の記憶からの判断だと懲戒免職的なものだろうと思っている。神殿の図書館にはこういった実生活のグレーゾーンの記載が無かったり、難しい言葉で装飾して隠してるからわかりにくい。
「さぁ、そろそろ裏方は店じまいですよ。特に子供達は暗くなる前に巣にお戻りなさい」
そう言うとパンパンと手を叩きながら皆に終業を伝えたマシューがサシャが手渡した書類を片手に商会事務所の階段を上がりかけ……ていた所から、ふと立ち止まり戻ってきた。
「ナニカ?」
やらかした?とサシャが固まっていると、マシューがサシャの右手を取り何かを握らせる。
「サシャ、ご褒美にお守りをあげましょう」
「ハイ?」
「じゃあ、お疲れ様でした」
あっという間に二階に消えて行ったマシューに唖然としつつ、ゆっくり手を広げて見れば綺麗な薄黄色の鳥の羽がそこにあった。
これならばポケットに隠せるから取り上げられないかな?と私物を持たないサシャは考えを巡らした後、ああ、取り上げられなくなったんだと思い出し握ったことで乱れた羽の流れを整えそっと大切にポケットにしまった。
◇◇◇
「今夜は精霊達が賑やかしいなと思ってたけど……」
夕食も無事胃袋におさめて、月の光の精霊達と夜の精霊達がお喋りを始めるころ、サシャは丁度、中央棟の井戸で喉を潤していた。
ザワザワと中央棟の前に人が集まっている。夜間は閉められる神殿と街を繋ぐ門が激しく打ち叩かれ、護衛神官達が殺気立っている。
ただ事ではなさそうなその騒動に野次馬に隠れてサシャも覗きに行ってみた。孤児達も多く外に働きに出ているから今の世間の情勢に敏感だ。沢山来ている。
「我々はアシュクロフト帝国皇帝直属近衛騎士団だ。ここに銀の髪を持つ者が居ると聞いて参った」
馬に乗ったままの横暴な態度にあれ?という違和感が付き纏う。今、帝国っていったよね?
「騎士様方、我々神殿は王国の意思を尊重し、新たな王を受け入れる事を表明しております。しかしながら、亡国王家の印、尊き銀の髪を持つ方などこちらの辺境の神殿には一人もおりません。お力になれず申し訳ございません」
副神殿長様が静かに微笑みきっぱり対応している。流石神官、神対応。客商売の勉強になる。
しかし、何かさっきの言葉、気になる事を言っていた。ぐるりと見渡せばルルの青い頭が見えたのでサシャは側に駆け寄った。
「街の魔術屋から聞いた。この神殿に定期的に銀の髪を売りに来るものがいる、とな」
「あぁ、先日までいらした高貴な方の侍女の方が手持ちの魔術薬を売っていたのかも知れませんね」
騎士達の強い語調をさらりと副神殿長様はかわしてるけれど、サシャには思い当たる単語ばかりだ。
「あぁ……そんなのも居たな……。あれらは王国騎士の手によって謀反者のとしてすでに今日の昼にそこらの山中で討たれている。ここの事はそれらからも聞いた事。我々は王国の尊き血統を保護する為に参った。尊き銀の髪の方に害はなさない」
そんな事言ってますが!貴方方、全然、害なす気満々な気配なんですけど!!
侍女さん達、確かに意地悪だったけど、酷かったけど、殺す程ではない……とは言い切れないけど、一応最後まで姫様のお相手してたのに謀反者扱いなのね。
ハイ!私です!!なんて言ってサシャが前に出たら速攻酷い目に合うの確定的な悪役感が半端ない。
「ねぇルル、お客様がああおっしゃっていらっしゃるんだけど……もしかして……しなくってもいいんだけど……いや、しない方が嬉しいかもなんだけど……姫様って、伯爵とか公爵の娘じゃなくてこの国の王族だったりしないよね?ね?」
「現国王……では既に無いですが帝国に捕らえられた元レイランド国王の妹姫で間違いないですよ。聞いてなかったのですか?」
「知らない」
あっさり……あまりにもあっさり答えられた内容に愕然とする。いや、あの我儘具合に高飛車さ、姫様って言うからにはそこそ身分は高いかな?とか思ってたけどさ!正に一の姫様だった人なの?!
しかも、サシャだって自分の髪が周りより珍しい色のなのかな?とは、周りにあまりにも同じ色合いの人を見ないため、何となく前々から何となくわかっていましたケド!精霊達も仲良く魔術の補助とかしてくれるから便利ねー、とは思っていましたケド!!王家の色彩だったとは……小さいうちから隠してて良かった。本当に。
「ちなみにこの国では貴族階級しか知らぬ事ですが、紫の瞳はアシュクロフト帝国の皇帝一族の貴色ですね」
「はぁ?!」
いつの間にかルルに手を引かれ、人の輪から離れつつ、そっと抑えられた音量とはいえ、続けられた爆弾投下に、サシャは先程の目の前の騒動よりルルに視線が釘付けだ。
何故!それを!今言うか?!もっとタイミングあったろう!!昨日の朝とか!昨日の朝とか!!昨日の朝とか!!!
「その両方を持つ御子が、『もし』いらっしゃるとしたら、まぁ、親が誰かわからずとも血筋だけはハッキリするでしょう、ね?」
「じゃ、私は……」
ね?じゃないよね?ねじゃ……。見上げたルルの眼鏡が騒ぎに灯された松明の明かりにキラリと光った。口元がいやらしく笑ってる。
確信犯ですね。ハイ。
相変わらず中央棟前の広場ではわやわやと騎士達と護衛神官達が詰め寄っている。副神殿長様は相変わらずの神対応で、神殿内部の人間達の意識が横暴な騎士達をみんなの敵だと認識し始めている。
「元々直系にしか現れない祝福ですが最近はどこの王族も貴色を持つ御子の誕生が少ないらしく、身分の低い愛人や愛妾に産ませた本来継承権のない子であっても王妃の実子と同等の養子とし、国を上げてのお祭り騒ぎだそうですが、今のサシャの環境とは正反対です」
「いいよ、私、働くの好きだし。義務も何もしないで傅かれるだけなんて怖いもの」
サシャの言葉に嘘はないけれど、そういう比較は聞きたくなかった。元々嫌われた罪人のような人の子供だから仕方ないとはわかっていても。
だって恨んじゃうじゃない。無意識に。
だって要らない子だっていわれてる様なもんじゃない。
ルルに手を引かれたまま、サシャは孤児院の方に連れて行かれる。明かりが落ちた孤児院は幼い子達は既に夢の国で遊んでいる頃だ。
「しかし、もう王国はない。副神殿長が言うように姫様の御子も居ない。合わせて、この国の人間にあなたの瞳の意味を知るものも少ない。あなたはただの孤児でしょう?」
「えっ?……うんっ!」
突然クルンと回ったルルの会話の意図が読めない。
「とはいえ、姫様の悪行がここで追い詰めてくるとは彼女の生前の行いが元とはいえ呪いじみている……。私の長い寿命の中の暇つぶしにあなたの余生を見守るつもりでしたが、どうやらゆっくり構えている暇は無いようです。私の魔術でもあなたの瞳の色は誤魔化せません。貴色とは加護を与えられる反面そうい特別なしがらみも存在します。サシャ、ウィ……いや、ご尊老の上着をまだ持っていますね?それを羽織って今すぐここから逃げなさい。あれは荒ぶった人や魔物に対し少しは目くらましになるでしょう。それから神殿からの後見人の書状を用意してあります。サシャは少し身体は小さいですが、いつもの落ち着きで2歳位は年齢を誤魔化せますよね?ロックウェル商会のマシューには話を通してあります。今までのあなたの頑張りを評価して、隣のコーエン伯領内のロックウェル商会の事務所で住み込みの仕事が続けられるように手配してあるそうです。いいですか?外では元孤児だったと言い切りいきなさい。決して姫様の事を口にしてはなりません」
「でも、だって……」
あまりの急なルルの話についていけない。半分以上話がわからない。でもついていかないときっと自分は死んでしまう。それだけはわかる。今はわからなくても、きっとルルのこの言葉は覚えて置かないといけない。
色んな精霊達が心配そうに寄ってきては力を分けてくれる。昨日の朝からなんとグルグルとサシャの人生が振り回されることだろう。
今までサシャを縛っていた縄が解けていく。
繋いでいた糸も切れていく。
「大丈夫です。沢山知識をためている貴方なら気がついたでしょう?あれは沢山の民族をまとめる帝国の騎士の姿ではない。亡国に縋りつく、いかにもと言ったただの成りすましです。このまま多分、本物の帝国軍がくるか、あなたが見つかり捕まるまで多分居着くでしょう。愚かな人間の操り人形にだけにはならないで。次の再会を楽しみにしていますから。さぁ、『私の愛しいサシャ』お行きなさい」
「うん……」
繋がれたままだった片手をとってひざまずいたルルがサシャの指先に口付けた。
時間が無いのもあるのだろうが、何も反論させる余地を与えぬように冷たく言い放つルルの耳が途中からずっと垂れていた。眼鏡の向こうの本当の表情はサシャから最後まで見えなかった。
姫様の関係者だから可愛がられていたってわかっている。ハイエルフの暇つぶしって言われたのだってちゃんと聞いていた。
でも、わかっているけれど昔は呼ばれた愛称は嬉しくて悲しくて、お別れだってわかってしまった。
サシャは手渡された男物の旅の支度に着替え、僅かしかない手持ちの物をかき集めたあと、偶然、鍵を締め忘れられていた孤児院の外仕事用の出入口からポンと外に捨てられた。
呆気ないくらいポンと捨てられた。 お爺ちゃんにもロイにもアレクにもマシューにも、そして一緒にいたルミエールにさえもちゃんとサヨナラを言えないままだった。
国王が帝国に国を売った日、サシャも孤児院からポンと捨てられた。




