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流血表現があるので苦手な方は回避をお願いいたします。



 身体が熱くて重くてとても苦しい。まるで炎の湖で溺れているようだ。苦しいけれど、このまま沈んだ方がきっと幸せだと思ってしまう。そんな苦しさ。ああ、これはあの祝福の噛み跡を付けられた日に似ている。


『嬉しいよ、サシャ。あと4回だね。待ってるよ、サシャ』


あの日のあの人達の声が聞こえる。

赤い瞳と青い瞳の美しい人達がサシャ呼んでいる





 髪の色が銀色に瞳の色がキラキラ光る紫色に変わってしまった頃。

あの日、お腹が空きに空いて、精霊達に教えてもらいながら行った神殿の庭の奥。精霊の森に繋がっているから行っては行けないと言われていた禁足地で木の実や果実を探していた筈のサシャは気がつけば手入れされている美しい庭にいた。


花は美しく色付いた沢山の氷の花びらでできていて、果実は宝石の様に熟し煌いていた。


「おいしい、のかな?」

『人の身では口にしない方がいいかな』

「あなただれ?」


食べられるかどうかもわからない見たこともない果実に手を伸ばすと、あと少しと言う所で、後ろから声をかけられた。

その雪の様に真っ白な髪に綺麗な夕焼けの様な赤い瞳の性別不明な綺麗な人は孤児院のいたずらっ子みたいにくしゃりと笑って伸ばしたサシャの手から枝を遠ざけた。


「これたべられないの?」

『食べられはするが戻れなくなる』


同時に遠ざけられた手の先、果実がなった枝の方をサシャの指先から離したのはこちらも雪の様に真っ白い髪に夜明け前の夜空の様な深い青い瞳の綺麗な人。


「私、お腹が空いてるの」

『食べさせてあげたいのは山々なんだけどね』

「食べちゃ駄目なのね」

『サシャの為にね』


手に入らなかった果実をじっと見つめるサシャの頭を赤い瞳の人が優しく撫でてくれる。凄く嬉しいけれど、頭を撫でられてもお腹は満ちない。美味しそうなのに凄く残念。


『僕はケネス。こんなに人に虐げられている子なら貰ってもいいよね?』

「ん?」


じっと果実を見つめているとケネスと名乗った赤い瞳の人がサシャのグチャグチャの髪をかきあげ、手櫛て整えながら真っ直ぐに見つめて聞いてきた?貰うってなんだろう?


『私がここに招いた』


その言葉に見上げた青い瞳の人がゆっくりとサシャの前にしゃがみ込み頬を撫でてくれたあと、サシャの頬に口付けた。

姫様にだってしてもらったことがなかったことだからサシャはびっくりした。


『ルーファスが?』

『ああ』

『びっくりだよ!ルーファスが花嫁を迎えるなんて始めてじゃない?でも僕もこの子が欲しいな』


ケネスがとても驚いている。ルーファスと呼ばれた青い瞳をの人がサシャの瞳を真っ直ぐ見つめてくる。笑ったりしてないのに、この人は凄く優しいってなぜかわかる。


『あんなに酷い場所なのに戻りたいの?』


ケネスもしゃがみ込んでサシャに聞いてきた。戻りたくはないけど、嫌われ者のサシャには他に戻れる場所だってない。


『あの姫様がかろうじて現し世に縛り付けている』


何も答えられないでいたらルーファスがもう一度頬を撫でてサシャをそっと片手に座る形で抱き上げてくれた。嬉しい。


「サシャ、お腹がすいたの」


もう一度、空腹を訴えるとルーファスが先程駄目だと言った果実を一つもぎ取り、サシャに差し出した。


『ならばこれを。一口だけ食べなさい。一口ならば数日は腹も満たされるだろうし、印を与えればまだ帰れる』

「いいの?」


初め食べちゃ駄目と言われた果実は甘い香りでサシャの口の中を誘惑してくる。もう我慢できない。ルーファスに本当に良いのかとサシャが視線でもう一度たずねると彼は静かに頷いた。


ルーファスが持ったままの果実に手を添えるとそれは見た目に反してとても柔らかく熟しているのが指先からもよくわかる。もう駄目と言われても止めないと、勢いよく囓った果実は歯が刺さった瞬間、くしゃりと口の中となぜがサシャの足の方からも音をたて、甘くて濃厚な果汁で喉を潤した。噛み切るのに顎の力なんて必要なかった果肉はふんわりとした食感と温かさを持っているのにあっという間に舌の上から消えていく。脳も身体も一緒にとけていくような感覚の中、心とお腹の満足感は満ちていく。


美味しい。


もう一口、

と思った所でルーファスが果実を取り上げた。


『終いだ』


思わず涙目でルーファスにすがり付き見上げれば、ルーファスは困った顔で眉間に皺を寄せていていた。ならば、ケネスにお願いしようと彼を探せば、ルーファスの隣、抱き上げられているサシャの足元で片膝をついたケネスがサシャの足の付け根を愛しげにさすりながら唇の端を少し赤く塗らし笑っていた。


『噛み跡をつけたよ』

「噛み跡?」

『そう、僕が付けた。ルーファスが果実を与えたからね』


ケネスが撫でるサシャの足の付け根の辺りをみれば赤い血が沢山ダラダラ流れてる。灰色のワンピースが赤く染まっている。ルーファスの手を汚すくらいに、地面に赤い水玉模様ができるくらいに沢山血は流れているけどちっとも痛くない。先程、果実を囓った瞬間感じた咀嚼音はこれだったのかと納得するが、まるで他人の怪我を見ているようだ。そんな感じしかしない。


『サシャは5つ。僕にもルーファスにも気に入られた。だから特別。だから5つだよ』

「5つ?」

『普通は3つ。でもサシャは特別に5つ。時を戻すことと、亡くなった人間を呼び戻すこと以外なら君の願い事をどんなことでも5つ叶えてあげる』

「どんなことでも?」

『ああ、そうだよ。その代わり、5つ目の願い事が叶った瞬間からサシャは僕かルーファスのお嫁さんになって楽園の庭園で僕達と永遠に暮らすんだよ』


唇の間から見えた赤く染まった舌でぺろりと唇を舐めたケネスが嬉しそうに教えてくれる。特別に5つと言われてもお腹が一杯になった今、願い事なんて思い浮かばない。

幸福感に身体はホカホカしてきて、だんだん瞼が重くなる。抱き上げてくれたルーファスの腕の中は心地良い。このままこの空間に溺れてしまうくらいに温かい。


『早く人間になんて見切りをつけてこちらにおいで』


最後に優しく語りかけてくれたあの人達は今サシャが知る姿と違う。


……違う?




『嬉しいよ、サシャ。あと4回だね。待ってるよ、サシャ』



 先程聞こえた声が頭の中で再びこだまする。

 身体が熱くて重くてとても苦しい。まるで炎の湖で溺れているよう。

サシャを包んでくれたレスターはきっともっと苦しかった筈だ。

だってレスターはサシャを守って……守って、銀色の……


「いやぁぁ!!レスターっ!!」


自分の叫び声でサシャは目を覚ました。

見える天井は白い天蓋になっていて、こんな豪華なベッドをサシャは知らない。

匂いも漂う精霊達もいつもと違う。

とても苦しいのは夢の中と変わらない。

身体が重い。人の世界は身体が凄く重い。


「レスター!!」


記憶の最後に真っ赤になったレスターを探し求めサシャは叫んだ。立ち上がろうとすれば頭がくらりとするけれどベッドの上だから倒れることはなかった。


「ねぇ、辺境伯爵様!レスターは?!レスターはどこ?!!」


暴れるサシャをベッドに押さえつける侍女達の後ろに辺境伯様がいた。

先程別れた時と服装が違う辺境伯様に余計に心がかき乱される。


「落ち着いて。サシャ。君は一週間寝込んでいた。急に暴れないで」


薬を。と後ろの誰かに指示しながら辺境伯様はサシャの手を握ってきた。


「やだ!やだ!!レスターは?!レスターはどこ?!!」


頭を激しく振ってレスターの事をたずねると辺境伯様は渋々と告げた。


「レスターは……生きている。しかし、彼は今罰を受けている」

「良かった……。生きてた……。……あれ?……どうして?……どうして守ってくれたのに、どうして罰を?!」


レスターが生きてたのは嬉しい。とても嬉しい。でも、わからない。どうしてレスターは罰をうけているのだろう?


「サシャ、レスターは君の貴重な精霊の祝福を得た。たかだか貴族に仕える執事という存在で。その罪は重い」

「精霊の祝福?この髪のせい?」


今朝見た時より確実に伸びているように感じる、乱れた髪の毛を持って、これ?と聞いてみる。これがレスターに罰を与えているのなら、こんなのいらない。あげてもいい。


「違う。その足の傷。精霊の噛み跡だ」


辺境伯様が強くサシャを抱きしめる。

サシャを抱きしめているけど、これはサシャじゃない人を抱きしめていると何となく感じた。ルルと違いすぎる。レスターのものとも違う。


「君は3回世界をも作り変える力を持っているのにその貴重な1回をレスターに使ったんだ」


悔しそうな辺境伯様の言葉に先程の夢を見るまで忘れていた幼い頃の記憶を思い出す。


「私、5回使えるわ!ルーファスとケネスが5回って約束したから大丈夫!だからレスターを怒らないで!!」

「精霊王ルーファスと精霊王ケネスだと?二人からなのか?!」


すがりついたサシャを見下ろした辺境伯様が驚きに顔を染めている。

その後ろ、先程、治療師と共に室内に入ってきた、姿は見えないけれど、きっと偉いだろうと思われる気配の人が息を呑んだのがわかった。言っていけなかった事かもしれないと後から気がついた。でもレスターをサシャのせいでこれ以上苦しめたくない。


「ルーファスが果実をケネスが噛み跡を。だから私は5つなの。レスターは悪くない!!」


忘れていたのもあるけれど。1つ位いいじゃない。お腹が空いても、悲しくてもずっと使わないでいた。私が私の為に使っただけ。レスターは悪くない。

あの夢のせいか、久しぶりに年相応に泣いて暴れる。えぐえぐと泣きじゃくって大人に訴える。まだ私は子供なんだ。異世界前世の記憶がちょっとあるけど、頑張って大人になろうとしてたけど、まだ私は子供で、命がけで守ってくれたレスターのおかげでここに居る。

なのにどうしてレスターを叱るの?

涙で一杯の瞳をで辺境伯様を再びじっと見上げれば、辺境伯様は凄く、とても凄く悲しそうな瞳でサシャを見つめた後、後ろから手渡された小さく綺麗な小瓶を開けてサシャの前に差し出した。


「サシャ落ち着いて。話はちゃんと聞くから、落ち着いて。ほら、いい香りだろ?深く息を吸って。はいて。ね。だんだん落ち着いてきた」

「やだぁ……レスター……呼ん、で……」

「わかったよ……。次に目覚めた時にはレスターを呼んでおく。だからサシャ。今は身体を休めて。君は魔力を多く使い過ぎて良くも悪くも精霊のや魔物の影響が強く出ているんだ……」


だんだん目の前が暗くなっていく。周りに人が集まってきている気がするけれどもう指一歩動かせれない。


「……お願いだサシャ。お願いだレジーナ。やっと取り戻したんだ。もう精霊王の庭園には行かないで……」


辺境伯様が再びサシャを強く抱きしめる。いつの間にか腰の辺りまで伸びてしまっていたサシャの髪の毛に顔を埋め誰にも聞こえないようにそう囁いた辺境伯様はなんだか泣いているような気がした。




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