【7】素材集め
「いい、お兄ちゃん? これからぼくらは、一時的に木こりになるんだ」
目的の山に至るための参道を歩きながら、
道中に言い聞かせるようにキエラが言った。
「山に入る検問所には、王国から派兵された兵士たちの駐屯所があるんだ。普通の一般人が魔物のいる山に入ったら危ないから、それを警告する為の検問所でもあるんだけど……。彼らが派兵されている、本当の目的は――」
「野生の魔物を悪用されないため、か」
キエラは神妙にうなずく。
「僕らは魔王軍から支援されている農業機関であって、王国側の人間からは『兵器を飼育し培養する悪魔の手先』って思われてるから。きっと」
それが彼の思い込みでなさそうなところが、また恐ろしい。
事実……転生された夜に出会った兵士たちが
マキトに向けた視線には憎悪が混じっていた。
まあ、彼が受けたダメージと怒りのほうが大きいわけなのだが。
「……そういえば」
「うん?」
「――鎧の真ん中に蛇がとぐろを巻いたみたいな紋章をつけた兵士ってのは、王国側の……つまり、敵側の兵士だと思って間違いないんだな?」
それはあの日、鬼となったマキトを惨殺した兵士がつけていた紋章。
「うん。それも主力だね。その紋章をつけたのは、王国兵士の中でも選ばれた者だけがつけることを許される特級兵士の証。うちの魔獣たちが束になっても勝てるかどうか……ってレベルの強さ」
「……そうか」
思えばとんでもない人に牙を向けていたのだ。
どの道、この世界での知識も力もレベル1の
マキトが敵う相手ではななかったのだ。
だからと言って、次に合ったら引く気はないが。
「……っと、検問所だ」
マキトが腹の中で憎悪を燃やしているうちに、
二人は敵が駐屯する検問所まで来ていた。
「止まれ、そこの者たち」
彼らは剣をちらつかせて、
二人の行く手を遮るように立ちふさがった。
「ここから先は我々王国兵が統治する土地だ」
彼らに、特に敵意は感じなかった。
ただ設定されたセリフを言っているだけ。
顔立ちを観察するに若いのが伺える。
……きっと新兵なのだろう。
「我々は宮廷専属の木こりです」
キエラもこれと言って臆することもなく、
慣れた手付きで通行証を彼らに見せた。
「……はい。確認しました、お通りください」
すっと道を譲られて、警戒していたマキトは
面食らう思いだった。
「おーう新兵! やってるかー」
そんな心境の中、彼の視界に飛び込んできたのは年配そうな兵士。遠目からでも酒臭い。顔も赤い。どう見ても業務をまっとうしているようには見えなかった。
「この森の治安と資材は我々によって守られているんだー。きばって検問していけよー。怪しい奴を見つけたら斬り殺してよし! 上官である私が認めてやるからな。ガハハハ!」
「は、はい……上官殿。あはは……」
それに絡まれているのは、さっきまで
マキトたちを検査していた新兵たち。
(……かわいそうに)
いつだって未来ある若者の道は、
腐りきった大人たちが塞ぐのだ。
★
「さてと。マキト兄ちゃん、魔物と魔獣を区別する定義はなんだったかな?」
「……確か、魔物が魔獣の一歩手前の存在で、進化させるには一定の育成が必要……だったか?」
「うん、正解」
道中を進みながら、マキトはキエラが出す一問一答に答えていた。
木漏れ日が差し込む森は、なんだか神秘的な雰囲気があった。
都会で育ってきたマキトには知る由もない緑の絶景。
深い緑色の葉っぱは踏むたびにサクサクと音が鳴り、
ときおり水辺にいるカエルや小鳥――のような生物も
元気よく鳴いていた。ここは、自然の音で溢れている。
「魔獣のすべてがキメラとは限らない。
中にはマナの接合なしでも、体内のマナを増幅させることによって魔獣へと進化できる個体が存在する。今日のぼくたちの目的は、その『魔獣』の元になる『魔物』を捕獲することだよ。
これを業界用語で『素材集め』と言います。わかったかな? マキトくん」
うなずくと、キエラは「ふふ、よろしい」と満足げだった。
そんな平和な時間が続くなか、
頭上から――うなり声がした。
「さっそく出てきたかな」
複数の白い猿が、マキトたちを木の上から見下ろしている。
その猿の指から伸びる爪は異常に長く、
目元はナイフのように鋭利だった。
「カッターモンキー、だね。活きも良い。
魔物のレベルとしては中の下くらいかな」
さすがに場馴れしているというべきか、
キエラの冷静さは目を見張るレベルだ。
「よし――捕獲しよう」