【幕間】家族として
「なかなか肝座ってんじゃねえか、お前。――改めて、俺はヴァルガだ。ここの従業員……兼、キエラルドのボディーガードっつったところか」
「ああ、よろしく」
ボディーガード、という言葉にひっかかりを覚えたが、今は聞かないことにした。
握手のために右手を差し出す。――すると、ヴァルガは交わした手をぐいっと自分の間合いまでひっぱって、囁くように言った。
「今夜、俺の部屋に来い。面白いモン見してやるよ」
まるで女を口説くような口調と色気に、思わず男のマキトもドクンと胸が跳ねた。
マキトですらこうなのだから、女子がやられたらひとたまりもないのではないか……と思い、ふとエストラがいる方向を見ると――。
「……うん。よろしく、ね」
どうも気まずそうにこちらを見ていた。
……うーん……。
マキトは心の中で懊悩していた。
さすがに、さっきの「俺を家族として弔ってくれ」という言葉は、深い意味を持たせすぎてしまったかもしれない。
マキトにとってあれは、「だからあまり気にしないでくれ」とか、「お手柔らかにな?」とか、そういう軽い感じのノリと、せめてもの希望を言葉に含めた結果だったのだが……。
実はとてつもなくシリアスなことを口走ってしまったのではないかと、
今更になって後悔し初めていた。
事実、エストラはマキトの言葉を必要以上に重く受け取ってしまっている。
その証拠に、今、彼に向けている視線は、明らかにとまどった時のものだ。
……どうしよう。
空気を一転させる言葉を探すも、上手いジョークすら出てこない。
そんな重苦しい空気のなか、
混じりっけのない言葉がヴァルガから飛び出した。
「なんだエストラ。お前、もしかしてこいつに告白されたと思ったか?」
「「……は?」」
エストラとマキトの二人の声がかぶると、
ヴァルガはわざとらしい神妙な顔で……。
「俺を家族として……って、こいつお前らの家に嫁ぐ気まんまんだぞ?
いいのか? ここでエストラ、お前が『よろしく』って言っちまったら、
こんないわく付きのガキが婿になっちまうんだぜ?」
「そっ……そんなわけあるかあ!」
言ったのは、エストラだ。
相当男子に対しての免疫がないのか、それともよっぽど嘘をつかれることに慣れていないのか、どちらにしろ、かわいそうなほど顔を真っ赤にして彼女はヴァルガの戯言に反応してしまっていた。
呆然とするマキトに、ヴァルガは親指と舌を突き出した『おちゃめ』な顔で――
――「(なっ? こいつチョロいだろ?)」と訴えていた。
――「(それにしても、限度ってものがあるだろう……)」
マキトは頭を抱えた。彼女の弟であるキエラも、右に習った。
なんてことでしょう。
あんなにも重苦しかった空気が、いつの間にかピンク色に染まりつつある。
ヴァルガ、本当に読めない男だ。
空気を一変させる饒舌な手腕もそうだが、
何か他にも、大切なことを、隠していそうな気がする。
……まあ、その件は置いておくにしろ。
(……これじゃあ、ツノを取られたくらいでおちおち死んでいられないぞ)
俺がエストラを世話してやらなくては。変な男にひっかかる前に。流されない術を教えてやろう。
「……はあ」
ため息をつきながら、この世界での目標を見つけたことに、静かに安堵するマキトだった。