【5】鬼化転生
「お前、それ取ったら、死ぬから」
ケラケラと笑いながらヴァルガは言うが、
その真実はマキトにとって他人事ではない。
「ヴァル兄!」横からキエラが割って入る。
「すまんなマキト。だが、本当のことだ。
俺らが欲してるのはお前の生命の源たる、
鬼の一角――ただ一つ」
「……じゃあ、キエラたち家族の夢を叶えるために必要なのは……」
俺の、死――
「だから、待ってってば!」
命を拾ってもらった恩人に、恩をアダで返すわけにはいかない。
一瞬だけ本当に命を投げ打ってもいいと思ったマキトだったが、
キエラの叫びによって引き戻される。
「……たしかに僕らがお兄ちゃんの『鬼の一角』を切り取ったら、お兄ちゃんとツノを接合している部分のマナが暴走して、体内で血流の逆流が起こって死に至る……かもしれない。でも、別にそうと決まったわけじゃない。鬼のツノを切り取った直後に治癒魔術をかけて、生命を維持しできた記録がないわけじゃない。でも、鬼っていう種族が稀有だから……残ってる記録が少ないって、だけで……」
キエラの言葉尻は段々と弱くなっていて、心なしか顔色も悪くなっている。
非常な現実を突きつけることに慣れていないのだろう――無邪気な証だ。
「一つ、聞いていいか」
「ガラスハートなキエラルドの代わりに、俺が答えてやろう。何が知りたい?」
答えたのはヴァルガだった。
その双眸はすでに、マキトの思惑を見抜いているように見えた。
「どうして……鬼のツノが欲しいんだ?」
「もっともな疑問だ。答えは――とある最強のキメラを錬成するのに、そいつが必要だからさ」
ヴァルガは瞳をふせて、言葉を続けた。
「うちら魔界の王様と、勇者サマたちを率いる王様との不仲は、もう聞いたよな?」
「ああ……」
「その戦争はまだ続いていてな。今は冷戦状態にあるが、いつ昔のような大規模な戦線が開かれるか分からねえ。そのために魔王軍は、もっと巨大な魔獣を、もっと強い戦力を求めている。だから昨今、うちも、うちの競争相手もいかに強いキメラや魔獣を製品出荷できるかに死に物狂いでね。そこでうちが、たまたま目をつけたのが――お前だ、鬼の少年」
聞けば、瀕死のマキトを見つけて運び込んだのも、従業員であるヴァルガらしい。
「あくまで伝承の範疇を出ないが、鬼のツノをつけたその魔獣は、太古より災厄の象徴として恐れられているみたいだ。それさえ作って軍に献上すれば、うちの農園はゴールドどころか、それ以上の農園規模になることだって夢じゃない。そうすりゃ、キエラルドの姉――エストラの負担もちったあ減るだろうよ」
キエラも口を挟まないところ見ると、概ねその意見で合っているらしい。
なら、「命を差し出して欲しい」と頼まれたマキトの行動は、ただ一つ。
「別にかまわないよ」
「……えっ、えええ!?」
一番に驚いていたのは若輩のキエラだった。ヴァルガは「そういうと思ったぜ」とも言いたげなニヤついた視線を向けていた。……読めない男だ。
「所詮、これは拾われた命だ」
等価交換だと、
マキトは思う。
拾われた命には命を持って返すという、
ただそれだけの話。
「……でも、一つだけ、死ぬ前の願いを受け入れてくれるなら」
前世の執着は、ここでは無意味だとわかっていても。
彼らを見て、その願いを口に出せずにはいられない。
「このツノを取るまでのあいだ、俺をあなた達の家族にしてくれないか」
前世でぽっかりと心に空いた穴。
それを修復するのに必要なのは、暖かさだ。
家族の温もりだ。
何にも代えがたい平穏だ。
どうか心から安らげる場を、と――。
枝桐薪斗は乞わずにはいられない。
「……だってよ、エストラ」
ヴァルガが視線を向けた先には、いつの間にか仕事から戻ってきたエストラの姿が。
「どうする」
「どうする、って……」
その瞳には、不安が浮かんでいた。
到底言葉に表しきれない感情の渦が、涙となって溢れてきそうだ。
「マキトさんは、それでいいの?」
「ああ。だから俺を殺す時は――」
マキトは屈託のない笑みで言う。
「家族として、俺を弔って欲しい」
――彼の過去について言及する者は、
誰もいなかったという。
どんどん暗くなっていく……(汗)ぜんぶコロナのせいだ。
次回から場面転換します。