【4】鬼化転生
「自慢の姉なんだな」
マキトが視線を向けると、キエラは胸を貼って頷いた。
「うん。お姉ちゃんはすごい人なんだ。でも、だからこそ心配で……」
「何が?」
「いつだって、頑張り過ぎちゃう人だから。ぼくがまだ小さいからって理由で、危ない作業とかは手伝わせてくれないし」
その時のキエラは、誇りと懸念がないまぜになった表情をしていた。
年の差という覆しようがない壁を前に、
心の優しいキエラという少年は、
自分の無力を嘆くように呟いた。
「……ゆめ」
「え?」
よく聞き取れなかったマキトが耳を寄せると、
キエラは少しだけ、迷うように口をぱくぱくと開け閉めした。
数秒の逡巡の末に、彼は決心したように話し始める。
「夢だよ。ぼくら姉弟には、どうしても叶えたい夢があるんだ。
……これは多分、お姉ちゃんも言うのを迷っていたことだと思う。
でも、鬼のお兄ちゃん。敢えて言わせてもらうね」
まだ成長途中の華奢な肩にぐっと力を入れて、彼は言った。
「単刀直入に言います。ぼくらの夢には、あなたが必要なんです。鬼のお兄ちゃん」
……よほど口を開くのに勇気が必要だったのか、
彼は肩をこわばらせながらギュッと目をつむっている。
「お、おい……キエラ?」
まだその思惑を完璧に理解しないまま声をかけようとすると、
ちょうど真横にある戸口から――清涼な男の声が響いた。
「――おー起きたか坊主! まっ、俺もまだ人様に坊主なんて言える歳じゃねえんだけどな! クハハハ!」
やかましい。
その声の主に最初に抱いた感情はそれだった。
やがてそのやかましい声を発した人物は、
マキトに横に置いてある椅子を陣取った。
「よっと。失礼するぜ」
男の齢は、推定で二十歳前後。
背は170強。
印象的なのは、小麦色に焼けた肌に備えられた、鍛え上げられた筋肉。それでいて圧迫感はなく、むしろ無駄に大きな声と笑顔がフレンドリー感を醸し出している。
「もう、ヴァルガ兄ちゃん! 勝手に割り込んでこないでよ」
「ワリーなキエラルド。それにしてもよぉ」
まったく気にしていないのか、
彼はキエラの頭をガシガシと乱暴に撫でた。
どうやらキエラの名前はキエラルドらしい。
「本当にツノ生えてんだなあ、お前。――名前は?」
問われたマキトは、今更になってまだ名乗りを上げていないことに気づいた。
それはキエラも同様だったらしく、盲点を突かれたようにハッとしていた。
「あっ、そういえば……。まだ聞いてなかった」
「お前もそういう所が抜けてるよなキエラルド」
「うるさいヴァル兄。あとでお姉ちゃんに叱られちゃえ」
二人の周りには和気藹々とした空気が漂っている。
――キエラに家族以外に、こうして本音を言える人間がいてよかった。
こっそりと安堵しながら、マキトは満を持して名乗りを上げた。
「俺の名前は枝桐薪斗。マキトと呼んでくれ」
「俺は農園の専属従業員のヴァルガ。よろしくなマキト」
握手を交わした手は、とても暖かかった。
斜陽のようなオレンジ色の髪も相まって、
太陽のような男とだと、マキトは思った。
「それで、マキトお兄ちゃん……さっきの続きなんだけど」
申し訳にくそうに口を開いたキエラに、マキトはもう一度
耳を傾ける。……どうやらヴァルガもまだ同席するらしい。
「ぼくらは、お兄ちゃんに生えているツノが欲しい」
「……神妙な顔をして何を言い出すかと思えば」
マキトは苦笑いして告げた。
「取れるんならやるよ。こんなもん」
「――簡単に言うけどなあ、マキト」
そこに割り込んできたのは、またしてもヴァルガだ。
彼は意地の悪そうなニタニタとした笑みを作りながら、
半分笑いながら言った。
「お前、それ取れたら、死ぬから」