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【3】鬼化転生


「太古から鬼族っていうのは、とても稀有な存在なんだ。何百年か、何千年かに一度――どこからともなく現れると言われている」


小屋のような小さな部屋のなかで、キエラの話は続く。マキトは学校の授業を聞くような感覚で、彼の話に耳を傾けた。


「そこから、鬼という単一の種族は違う世界から来たのではないか、という仮説が提唱された。それを裏付けるように、現れた『鬼』は必ず、この世界の人間が知らない不思議な知識を持っていた。伝承では、『クルマ』や『ヒコウキ』と呼ばれる鉄の怪獣や、『センシャ』という火を吹く兵器をかつての王に伝えたと言われている。都市伝説だと、その時に作られた『センシャ』が、古代兵器として残ってるとか、残ってないとか……。あっ、ちなみにこれはぜんぶ、僕らが小学校で習うことなんだけどね?」


自慢げに話し終えると、キエラはえっへんと鼻を鳴らした。


確かに、それはマキトが生きていた頃の世界の軍事力に間違いない。

重大なのは、遥か昔に転生したと思われる人々がいた、ということ。

ならそこから、マキトは自分が生き抜くための指標を見つけなければならない。


「……ああ。確かに俺が生きてきた世界には、そんなものが溢れていた」


「へえ、興味深いな。ぼくがお兄ちゃんの質問に答え終わったら、

『クルマ』や『ヒコウキ』について聞かせておくれよ」


「いいとも。だが、その前に……」


マキトが先を促す。


「はいはいっと、確かにまだ説明が足りなかったね」


キエラは咳払いすると、また饒舌に喋りだした。


「僕たちが住んでいるのは、魔王軍という軍警が管理する一つの国家の上に成り立っている領地だ。国の名前は『ベルゼ』。ベルゼには敵対する王国があって、その国は『勇者』と呼ばれる屈強な義勇兵を募り、国の戦力を拡大してきた先進国だ。ぼくらが魔王軍を指揮する王様は、その国の王様と仲が悪くて、昔から争いが絶えない。しかし、『勇者』は魔族の連合舞台である魔王軍をいともたやすく蹴散らしたんだ。魔族だけでは、明らかに戦力が足りない。そこで百年前、戦線に投入されたのが――人知を凌駕した圧倒的な力で『勇者』をなぎ倒す、魔獣だったんだよね」


自分を主張するように、トリスが「ギャー」っと甲高く鳴いた。


「トリスも、立派な魔獣の一角なんだよ。彼のような鷲とうさぎをマナによって混合させた魔獣を、人は『キメラ』と呼んだ。かつて起きた魔王軍と勇者の大戦で、戦況を大きく傾けた最強の魔獣は『キメラ』だったんだ。そこから、魔獣は品種改良が繰り返され、こうして時代の流れとともに、『魔獣ファーム』という場所が誕生した。僕らは代々続くファームの七代目に当たるんだよ。すごいでしょ?」


無邪気な顔で、キエラはにぱっと笑う。


「まあ、本当にすごいのはお姉ちゃんなんだけどね」


「そうなのか?」


「うん。ここにいる魔獣の大半は、お姉ちゃんが飼育しているんだ。ぼくができるのは、トリスみたいなキメラの試作品を実験で作るていど。ファームの経営を支えているのは、紛れもなくお姉ちゃんだ」


「エストラが一人で? ご両親はいないのか?」


マキトはその質問を悔やむことになる。


「……死んじゃった」


重苦しい口調でキエラは言葉を紡いだ。


「魔獣の品種改良中に、マナが爆発する事故が起こったんだ。それで一度家が吹き飛んで、それ以来、僕たちは新しく建てた母屋にずっと暮らしている」


「……すまん」


「いやあ、お兄ちゃんは悪くないよ」


キエラの胸の痛みは痛いほど伝わった。


家族が死ぬ、という事象にマキトはぶつかったことがない。

親父は借金だけを残してどこかに消え、あとに残ったのは

か弱い母と、年端もいかない妹だけだったから。


マキトの心の中で、たしかに親父は死んでいた。

そこに悲しみが生まれた試しは一度もない。


しかしそれは、彼が父のことをなんとも思っていなかったからだ。


彼らは違う。

愛していたのだろう、父と母を。両親を。

その痛みをマキトが憂慮するなんておこがましいことだ。


「お姉ちゃんは――エストラは、本当にすごい人なんだ。たった一人の女手でファームを持ち直して、こうして『シルバー』の称号まで取り返した。……あ、ええっとね……ファームにはそれぞれランクがあるんだ。ブロンズ、シルバー、ゴールドの三等級。うちは元々ゴールドクラスの農園だったんだけど、事故以来魔獣の出荷数とかも大きく他の農園と差がついちゃって、一時期ランク外まで落ちちゃったこともあるんだけど……」


そのときにお姉ちゃんがこう言ったんだ、とキエラは続ける。


『キエラは、パパとママが好き?』


『……うん』


『じゃあ、継がないとね』


『何を』


『意思を、だよ。パパとママは、魔獣を商品だなんて思ってなかった。一匹一匹に対して、まるで本当の子供を相手にするみたいに接していたでしょう。そんな愛情のこもった農園を、絶対に私たちが守って、次に受け継ぐの。――魔獣こどもを消耗品だと思ってる連中に、負けたくなんかない』



「ふー……」


問題が発生した魔獣の馬房を清掃してから、エストラは一息ついた。


マナが一定に保たれていないのは、ペガサスの馬房だった。

馬と鷲を接合していたマナの分量が基準量と異なっていて、

このままでは商品として……いや、家族の一員として機能しなくなるところだった。


(……今頃、キエラがいろいろ話しているころかな)


私たちの過去を語るぶんには一向に構わない。

過ぎてしまった過去はもう戻らないし、改変することもできないのだから。むしろ、両親の意思を継いでここまでのし上がってきた実績は私たちの矜持であり、誇りだ。存分に誇張して言いふらしてやれ弟よ。


……でも。


(あの事まで、話しちゃってもいいのかなあ……)


「ヴモーッ!」直後、高い唸り声が耳に届いた。


「はいはーい! 今行くからねー!」


次はミノタウロスの牛舎か……。

一時休む暇もなく、姉は走った。



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