【1】鬼化転生
こうして趣味で小説を書いていますと、どうしても主人公の生い立ちや性格は、作者の機嫌や状態によって変わっていくような気がします。
このコロナ自粛でうっぷんがはち切れんばかりの作者は、無意識に主人公に暗い感じの過去を背負わせてしまったようです。
別に……そこそこの人生さえ送れれば、何も文句は言わねえよ。
俺は死ぬ前に、神さまにそう吐き捨てた。
☆
目を覚ますと、そこには星空があった。
……暗い。
星明りが唯一の光源で、今の自分がどんな状況かもわからない。
ひとまずポケットをまさぐる。スマホが入っていたはずだ。ホーム画面の明かりをつければ、ここがどこかも分かる……は……ず。
「……は?」
月明かりがいい感じにあたりを包み込んで、起動する前だったスマホを鏡のように照らす。
そこに写り込んだのは、俺ではなかった。
……鬼だった。
「……ツノォ!?」
額に一本のツノが生えていた。
前提として言っておくが、
俺は人間である。
だからこんなツノが生えている時点で、
これは俺ではない。
俺の記憶を持った何か……。
変な感覚だった。
なんど見ても立っているのは癖っ毛などではなく、ツノ。
月夜を反射して妖艶に輝く――一本の真っ黒いツノだった。
「……どーゆうことだよ神さま……」
俺はひとり、吐き捨てるように月に向かって問いかけた。
「俺に鬼として、二回目の人生を送れってか」
約束が違うと、思った。
前世ではクソみたいな人生を過ごしたぶん、
ここではもっといい人生を…と、死ぬ前に、
確かにそう望んだはずだ。
……少なくとも、借金取りに殴り殺されるような人生よりは、ましな一生を――と。
「鬼になれってか。俺に、また嫌われ者として生きろってか」
鬼という生き物に、薪斗はいい印象を持っていない。
いつだって嫌われ、
迫害され、
最後は正義を気取った人間に討たれて死ぬのだ。
「……ふざけるな!!!」
空に向かって、薪斗は吠えた。
己の第二の生すら呪う、怒りの雄叫びを。
「なんだなんだ」
「こっちで声がしたぞ」
周りから、人がよってくる気配がした。鬼となったからか、様々な神経が敏感になって周囲の情報が明確に分かる。
人数は十人程度。
声音の低さから男だと推測。
……恐らく全員武装している。
彼らが歩くたびに、鎧の金属が
こすれるような音がするからだ。
――敵だ。
本能的にそう思った。
体の縁から闘争心が湧き上がって、
今なら火だろうがビームだろうが、
なんでも出せそうな気がする。
「……グルルルルッ……!」
知らずのうちに獣のような唸り声がもれる。
「……俺の人生を汚すヤツは……殺す……!」
脳裏に浮かぶのは、目の前で母や妹がバタリと倒れる凄惨な記憶。
無力な俺には何もできなくて、
借金取りに乱暴される母と妹を、ただ見ることしかできなかった。
だから……せめて超えろ。
あのクソみたいな人生を。
目の前に危機が迫ったら、刃を握れる男になれ。
「ゥガアアアアァアアァ!」
叫び声と共に、鬼となった薪斗は闇の向こうへ飛び出した。
目を血走らせ、生えるはずのない牙と長い爪を突き立てて。
そこには……。
「――これはいけんねえ。うん。実に不愉快だよ、子鬼風情が」
一瞬だけ見えた、いかにもナルシストそうなギザな顔立ちと、高い声音。
全身にまとう鎧の真ん中に蛇がとぐろを巻いたような紋章をつけている。
騎士だ。
「世のため主のため、死ぬがいい」
ザンッ――と、斬撃が繰り出される静かな音と同時に。
――細胞の泡が爆ぜるような感覚が、腹部から溢れた。
「……ぁ?」
倒れた冷たい地面に、自分のものと思われる温かい鮮血が染め上げていく。
また死ぬのか。俺は。
嫌われ者として、正義の騎士さまに討伐されるのか。
「……嫌だ」
消え行く意識のなかで、何度だってつぶやいた。
「まだ生きてえよ。温かい世界の真ん中で、暮らしてみたい……」
そのためだったら、何だって差し出すから。
「だからクソまみれの神さまよ。もう一回だけチャンスをくれ」
消え行く意識のなかで願ったのは、
この乾いていく舌を温めてくれるスープだった。
★
「……あっ、目ぇ開けた!」
また、俺は死んだのか。
そう自問自答する前に飛び込んできたのは、
そばから聞こえてきた明るく元気な声だった。
「お姉ちゃん、鬼のお兄ちゃん起きたよ!」
目の前にいた、体の小さい少年が叫んだ。
するとはたまた明るい声が上から聞こえ。
「おーほんと? ちょっと待ってて、すぐ行くー」
真上の階段からドタドタと物音が聞こえた。
彼女がせわしなく動くことでホコリが舞い、
ベッドに寝かされて仰向けになっている薪斗にそのままかかって、
咳こんでしまう。
「きみ、ずーっと寝てたんだよ。傷も深くて、大丈夫なの?」
問いかけてきたのは、ピンク色の髪の毛の女の子だった。
まだ十代の成長途中なのか、背も小柄で、警戒心も薄い。
童顔の口から紡がれる声は小鳥のさえずりのようだった。
「……ここは、どこだ?」
なんだか淡い期待を持ちながら、薪斗は反射的に聞いていた。
「魔獣ファームだよ。ようこそ――魔王軍隊直轄麾下、魔獣改良センターへ」
握手のために差し出された彼女の右手は、少しだけ獣臭かったのを覚えている。
これが俺の、第二の人生の始まりだった。
普通のほのぼの系が書けない病なのです。
小説を書き始めてから三年程度……いまだにほのぼのの領域にたどり着けません。