09
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。助かります。
「おかえり」
「ラスティン様!
ただいま戻りました」
教えて貰った淑女らしい礼をしてから、ラスティンの元へ駆け寄るリルム。
「ん? どうかしたかい?
久々の外出で疲れたとか…」
「いえ…そんなことは。
えぇと、まず試験の結果報告なのですが…」
玄関からリルムの部屋へとエスコートされる道中で、まずは編入試験を無事突破したことを報告する。
「ふふ、予想はしていたけれど君の口から聞けるとやはり嬉しいものだな」
「受かると信じていてくださっていたのですか?」
「信じるというか…当然のことだと知っていた、という感じかな。
君の勉強を見ていたのは俺なのだし」
「それもそうでしたね。
大変お世話になりました、ラスティン先生。
よければ今後もご指導よろしくお願いいたします」
「…先生という響きも悪くはないことに気付いてしまった」
そんな会話をしていると、いつの間にかメイドがお茶を煎れてくれている。
いつもながら素晴らしい手際だ。
「それで? どうしてそんな浮かない顔をしているんだ?」
「私、そんなに顔に出ておりますか?
実は学園長さんにも同じことを言われてしまいました」
「いや、正直分かりづらい方だと思うが…。それは年の功、というヤツではないか?
学園長のことをそこまで知っているワケではないが、この国一の識者だ、という話は聞いている」
実際、この小さなアズワルドという国が国としての体面をなんとか保ち続けられているのも、学園長の入れ知恵があってこそだという噂だ。逆立ちしたって大国ガズムには勝てないのだから、学園そのものを番を見つける場所として提供すれば良いと発案したのは学園長である彼だったとか。
「まぁ、すごい方なのですね」
「それで? リルムは何を悩んでいるのだ?」
「えぇと…」
どこまで正直に話すべきか迷うものの、結局は聞き上手なラスティンに流されて全て喋ってしまった。
自分の能力に関係なく、国から便宜を図られていたこと。
つまりそれは、自分ではなく"ラスティンの番"であれば誰でもよかったのだということ。
自分のあり方、学びたいモノを学園では学ぶことができると言われたこと。
「それで…私は何を学べばラスティン様のお役に立てるのか、と思って…」
「ふむ…。それは少し難しい問題だ。
だがまずは、ありがとう。その気持ちはとても嬉しい」
ラスティンが優しくリルムの頭を撫でる。
「正直、俺の…というよりも、俺の家に入るために必要な知識というのは多種多様で一つに限定することは難しい。
どちらかと言えば法律関係に強い方が望ましい、とは思うがそもそも国が違うので法律も微妙に異なる。それに我が家は幼い頃から国の重鎮になるべく育てられてきた者ばかりだ。言ってしまえば学んできた年月が違う、その道のエキスパートだと言ってもいい。
学園で学ぶには限度があるだろう」
「では…やはりお役には立てないのですね」
そもそも、ラスティンの嫁ぐことを認めて貰うことすら怪しいかもしれない。
リルムの表情が暗く曇る。
「いや、そんなことはない」
「そうなのですか?」
「我がディランドール家に来るとするならば、多少の知識はないとうるさい輩がいるのは否定しない。ただ、エキスパートに対して同じ方面で対抗するのは馬鹿らしい。
そうでなく、別の専門知識をもっている方が良いな。
例えば、叔父の奥方はディランドール家に嫁いできた方だが、専門は詩歌だ」
「詩歌?」
あまりにも法律からかけ離れた方面のため、目を丸くして驚いてしまう。てっきりもっとお堅い分野に秀でた人なのかと勝手に思っていたのだ。
「ふふ、驚いただろう?
一番近しいのはその方だが、他にも芸術家・学者といった面々がいるな。
何故だと思う?」
「……法律の専門家の家に、別の専門家の方が認められる理由、ですか?
ディランドール家が様々な価値観の多様性を認めておられるから、でしょうか」
「それもあるな。というより、ディランドール家がそうあろうとしている、というのが正しい。
そもそも、国政に関わるからといって国政だけを見ていればいいのではないのだ。
国政は民ありき。民が今何に関心を持ち、何を欲しているのか、どう成長しようという動きがあるのかを見極め、先回りして法を整備しておかねばならないからだ」
「その道の専門家の方からも話を聞き、新たな法を整備する際に参考にさせてもらうため、ですか?」
「正解だ」
きちんと正解を出せたことにホッと息を吐く。
わからなくてもきっとラスティンは気にしなくていいと言ってくれるだろうが、少しでも役に立つと思われたい。
ラスティンは話を続けた。
「多少法律の知識があり、なんらかに特化した知識があればそれだけで風当たりは弱くなるだろう、と俺は思っている。
だから、リルムは俺の役に~というのは気にせず好きなことを学んで欲しいんだ。
そういう意味では学園長の言葉は的を射ているな」
「好きなこと、知りたいことを学ぶ…。
でしたら私は、番のことを学びたいです」
「…番を?」
少しだけ、ラスティンの形の良い眉が寄せられる。
やはり、本質的には番というシステムを好ましく思っていないのだろう。
「ラスティン様が番というシステムのことを好きではないことは存じています。でも…」
「…考えがあるんだろう。
まずは言ってみてほしい」
「私は…ラスティン様が番でとても嬉しいです。
でも、少し調べただけでもたくさんの悲劇があちこちにありました。
私は番に見つけて貰えて幸せになれたけど、その逆の道を辿った方も多くて、それがとっても……寂しい、とか、悲しいとか…そういう感情を持ったんです」
「番というシステムに恩義を感じているようなものか」
「あ、そういう感じです」
恩義と言われてとてもしっくりきた。
リルムの命を救ってくれたのは、番であるラスティンだ。番というシステムがなければあそこで命を散らしていただろう。
「番というシステムで私は幸せになれました。でも、同じシステムで不幸になる人がいる。それが、とても悲しい。
システムが解明されれば、少しは良くなるんじゃないかなって思うんです」
「それがリルムの知りたいことであれば、俺が邪魔をする権利はないな」
「イヤ…でしょうか?」
番のことを知りたい。
けれど、ラスティンが嫌がることはしたくない。
問いかけられてしばし悩んでから、ラスティンは言葉を継いだ。
「…正直に言おう。
番については個人のデリケートな問題として扱われている。それを暴くのはあまり好ましく思われていない。
…その点で言えば、君自身と俺が協力する分にはあまり目くじらは立てられないだろう。
ただ、積極的に協力したいかというと、あまりしたくないのが本音だ」
「そうですか」
ラスティンには協力を求めないほうが良いようだ。単純に興味を持ったからと言ってデリケートな部分に踏み入るのは良くない。
そう納得しかけたところで、ラスティンが言葉を繋いだ。
「だが、そうだな。
それは俺が番というものに向き合いたくないからかもしれない。
家が番否定派だったのもあって、幼い頃から悲劇的な話ばかり聞いていたからな」
「ラスティン様…」
「正直、感情的になる場面もあるかもしれない。
だが、本質も知らずに否定するのはただの好き嫌いと変わらないか…。
調べた結果更に強固な番否定論者になるかもしれんが…それでも良ければ俺も協力しよう」
「ありがとうございます、ラスティン様」
「ただ、やはり気は進まないな。
万が一、番に惹かれずにすむ方法が見つかったとしよう。
もし、それをリルムが見つけたとしたら」
「検証は私とラスティン様で行う、と思います」
「そうだ」
ラスティンの表情は苦々しい。
リルムも不安そうな表情を浮かべている。
「君はそれでいいのか?」
「良くないです。不安でいっぱいです。
もし、ラスティン様に嫌われたらと思うとそれだけで途方に暮れてしまいます。
でも、今のままでもやっぱり不安なんです。番という未知のシステムに預けっぱなしなのも怖いんです」
慎重に言葉を選びながら、ラスティンの目を見る。大好きな紫の瞳。この感情は、ただ番というシステムにのっとってるだけなのではないかという不安はずっとつきまとうのだろう。
ならば、解明したい。胸を張って、番だからではなくラスティンだから好きなのだと言いたい。
「それでも、逃げないのだな」
「逃げたくない、です。
だから、ラスティン様…」
「なんだ?」
「番のこともそうですけど、ラスティン様のこともたくさん教えて下さい。
好きなものや、嫌いなもの。番であってもなくても、ラスティン様に好いてもらえるよう、私、頑張りますから…」
だから、捨てないでほしい、とまでは言葉にできなかった。それはあまりにも傲慢すぎる願いだからだ。
命を助けてもらい、学ぶ場を用意してもらい、さらに彼の嫌悪感を押してまで番のことを知ろうとしている。ここまで迷惑をかけて、更に強請るなんてことはリルムにはできない。
「参った。
俺が惚れた女性はここまで芯が強かったか」
暫く返事がなく、部屋には静寂が響いていた。それを破ったのは、心底驚いたという響きのラスティンの声だ。
「きっかけは番だけれど、俺は今間違いなくリルムに惚れていると断言できる。
というか、惚れ直した」
「ラ、ラスティン様?」
「ふふ、君が学園でどう活躍するのか、楽しみだな」
いつの間にか、リルムはラスティンの力強い腕の中に囚われている。相変わらずな速さだ。その癖スマートさは微塵も損なっていない。
「俺はリルムにちゃんと惚れているよ。
俺こそリルムに捨てられないように頑張らなきゃな」
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