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いつも誤字脱字指摘ありがとうございます。

とても助かります。


「以上で試験は終了です。お疲れ様でした」


「ありがとうございました」


 試験官の終了の言葉にリルムは思わず崩れ落ちそうになりつつも、なんとか踏みとどまった。

 少なくともラスティンに顔向け出来ないような点数はとっていないはずだ。全ての問題に解答したし、回答欄を間違えるというケアレスミスがないように何度も見直しをした。それでも、試験開始直後は極度の緊張で問題がうまく頭に入ってこなかったのだが。


「そう固くならずとも。

 番ですからある程度の便宜は図られますよ」


「えっ…?」


 入学試験はクラス分けのためのものだ。

 特に事情があって編入となったリルムは実力でラスティンと同じクラスを勝ち取らなければならないと聞いていた。

 だが、試験官の口ぶりを聞いているとどうも違うようだ。


「ガズム国の将来の重鎮間違いなし、という方の番ですしね。

 これまでの非道をお詫びするためにも実力に関係なく全力で便宜を図れ、とのお達しもあります。心配はいりませんよ。

 それに、まだざっと答案を見ただけではありますが便宜を図らずとも良さそうに見えますしね。

 では、答え合わせをいたしますので少しお待ちいただけますか?」


「はい…」


 リルムは元々感情が表に出る方ではない。というより、出さないように”しつけ”られていたと言ってもいい。そのため、試験官はわずかに陰ったリルムの表情には全く気づけなかった。そのままじっくりと答案を見ながら採点をしていく。


(…実力は、関係なかったの?)


 だが、リルムの胸の内に浮かんだモヤモヤは消えてくれない。

 このイヤな感情に名前を付けるとしたら"悔しい"だろうか。

 リルムは試験の日まで、ラスティンにしっかりと勉強を教わった。無論ラスティン自身は学生のため、学園へ通わなければならない時間もある。その間はしっかり書物を読んで知識を蓄えたつもりだ。

 確かに勉強に関係ないイチャイチャもあったが、かなりの時間を勉強に費やしたと胸を張って言える。

 それなのに、実力に関係なく、と言われてしまえばモヤモヤするのも当然だろう。


(…そういえば、私の価値はラスティン様の番であることだけ、なのよね)


 家族に忌み嫌われ、領地でもおそらくは同じように災厄の象徴として思われているのだろう。そこまで考えてしまうと気分は沈み込む一方だ。

 番であるというその価値にしがみつくしかない。


 そもそも、番とはなんだろうか。

 見捨てられることは本当にないと言い切れるのか。

 番に出会ったせいで不幸になった人は、本当に不幸と感じているのだろうか。

 番に関する衝動に抗った人はいるのだろうか。


(ラスティン様は理性的な人だ。

 番であっても、害にしかならないと判断したら…私を捨てるかもしれない)


 ラスティンに捨てられる、という考えはリルムにとって恐怖そのものだった。父親に疫病神と罵られ見捨てられた時とは比べものにならない恐怖。

 客観的に見れば、ラスティンがリルムを捨てるなどあり得ない話だ。

 確かにラスティンは番否定派だった。それは、番であるリルムと出会ってからも変わらない。番の存在は獣人を狂わすときがあるという事実は歴史が証明しているからだ。

 しかし、現在のラスティンの考えは少し変わってきている。それは出会った環境が最悪だったことが大きい。リルムを守らなければ、という本能が働いているのだと本人も自覚している。

 だから、リルムを保護した直後のラスティンは、そのまま離れようと考えていた。番は獣人を狂わせる、その考えの根本は変わっていなかったからだ。だが、リルムときちんと話をしてみて考えが変わった。少なくともリルムは獣人を狂わせてきた番たちとは違うと感じたからだ。ワガママを言うこともなく、それでいて芯の強さを感じる点がラスティン自身の好みと合致したのだろう。

 今では周囲の人間が呆れるほどリルムを溺愛している。

 だが、そういった経緯をリルムは知らない。だからこそ、こんなにも捨てられると怯えてしまうのだ。


(価値ある人間にならなきゃ…。

 ラスティン様にとって、プラスになる人間にならなきゃ…。

 でも、どうやって…)


 グルグルと考えを巡らすが、どうあがいても堂々巡りに終わってしまう。

 そもそもリルムには圧倒的に貴族の常識が足りなかった。


「採点終了しました。素晴らしいですね。

 これなら上級クラス間違いなしですよ」


 そんな試験官の言葉にリルムはハッとする。


「お時間は大丈夫ですか?

 よければこのまま学園長に報告したいと思うのですが」


「大丈夫です」


 試験官に連れられて、共に学園長へ挨拶に向かう。

 道すがら答案を返却される。正答率は90%程だが、それが貴族として通用するレベルなのかは判断がつかなかった。


「学園長、編入試験の結果を報告しに参りました」


「どうぞ」


 通された学園長室はリルムの想像とは少し違っていた。いや、正確に言えば通されるというよりはドアの隙間から見えた、といった方が正しい。

 リルムは学園長室の内部を、幼い頃に見た父の執務室のように整然としたものを想像していたのだ。しかし、見えたのは想像とは真逆な部屋。所狭しと紙や本が積み上げられ、わずかに開けたスペースに客人用と思われるソファがあった。

 が、そこに至るまでの道が完全に塞がれている。中にいる学園長はどうやって出て行くつもりだったのだろうと不思議に思った。


「あーもう学園長!

 今日はお客様がいらっしゃるって言ったでしょう!?

 せめて中に入れるようにしてくださいよ!」


「おお、しまったしまった。

 来客スペースを作ったんじゃが、入り口を塞いでしもうたようじゃの」


 中からは温和そうな老人の声が聞こえてきた。

 ガタンゴトンと派手な音がしたあと、中から白髪の老人が出てきた。


「うむ、すまないな。出てきたら来客スペースがなくなってしもうた。

 今の時間空き教室なんぞはあったかの?」


「…学園長~……」


「あの、報告だけでしたらここでも」


 内心オロオロしながら遠慮がちに言葉をかけてみる。

 すると、学園長がリルムの顔をのぞき込んできた。


「うん~? 何か浮かない顔をしてるの?

 コヤツの様子じゃと悠々合格点に到達してそうな感じじゃが、何かあったか?」


「表情から色々読み取らないで下さい。ですが、お察しの通り基準点越えで貴族クラスに編入です。

 私の報告はここで終わりですので、編入手続きをして参りますね。

 少ししたら迎えに来ますのでよければ学園長の話にでも付き合ってあげてください」


 試験官も何かを察したのかそう言い残して去ってしまう。


「ふむ。副学園長室にでもいこうかの。

 アヤツは儂と違って几帳面じゃし、お茶くらいは煎れられるじゃろうて」


 案内された副学園長室は確かに先ほどとは打って変わって整頓されていた。これぞ執務室のような佇まいだ。


「整頓しすぎて何がどこにあるかわからんの~。

 茶器は何処かさっぱりわからんわい」


「あの…お気遣い無く」


「そうかい? まぁ茶がなくても話はできるか。

 ともかく、少し遅れたが入学おめでとうリルムくん。番のラスティンくんと同じクラスに無事合格したようじゃな」


「えっと…はい」


「んん? もしかして、アヤツが余計なことを言ったかの?

 もし、実力に関係なく~などと言ったのだとしたら、それはすまんことをしたの。そういうお達しがあったのは事実じゃが、お前さんはそんな気遣いが無用なほどに優秀じゃ。

 向上心のある生徒が増えてわしは嬉しいぞ」


「はい…」


 その言葉に少し救われた気がする。

 少なくとも学園長は生徒としてリルムの価値があると認めてくれているようだ。


「ふむ? 懸念事項はそれだけではないようじゃな。

 よいよい。若い内は大いに悩むがええ。ついでにこれはアドバイスなんじゃが、儂のような老いぼれに相談してみるのも一つの手じゃぞ」


「大したことのない不安ですので…」


「うんうん、不安があるのじゃな。それはどのようなものかの?」


 グイグイとくる学園長。それを躱す術をリルムは持たない。結局色々ぼかしながらではあるが、番としての価値しかない自分という存在が不安であることを吐露した。

 

「なるほどなるほど。

 それは誰でも通る悩みじゃなぁ。

 じゃが、今そのことに気付いたのは大変幸運なことじゃよリルムくん」


「そう…なのでしょうか」


「うむ。何故ならば、学園は勉学だけに専念できる場所だからじゃ。

 大人になれば仕事に就き責務を負わねばならぬ。じゃが、幸いにもリルムくんに仕事はなく、学ぶことだけに集中出来るというわけじゃ。

 あとは何を学びたいかじゃが…まずは手当たり次第やってみると良いぞ。そのうち、知りたいこと、自分に合っているものが自然とわかってくるものじゃ」


「知りたいこと…」


 そう聞いてリルムの脳裏に思い浮かんだのは番というシステムだ。何故惹かれあうのか、抗う方法はないのか。そういった具体的なことは何も知らない。ただ、そういうもの、とだけしか知らないのだ。


「何か思い当たることがあるようじゃの。

 まずはそれを知ることから始めるといい。幸いここには知るための手段がたんまりとあるでのう」


 少し表情が明るくなったリルムを見て、学園長はニコニコと道を示すのだった。

閲覧ありがとうございます。


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