05
あけましておめでとうございます。今年もたくさん作品を書きたいと思いますのでよろしくお願いいたします!
リルムの救出劇から数日が経った。
体力回復のためラスティンは甲斐甲斐しく、ともすればうっとうしくなるような頻度で世話をしていた。そのお陰か、ようやくリルムは起き上がれるまで回復していた。
「不自由はしていないか?」
「はい、ラスティン様」
出会った当初のガラガラ声からは想像がつかないほど透き通った声。
まだ怪我の多くは治りきってはいないものの、命の危機は脱した。そのことにラスティンは喜びを隠さない。まだまだ軽い体を抱き上げて喜ぶ。今もまた、そうして抱き上げられていた。
「ラ、ラスティン様…」
その瞳には羞恥と困惑と、そして嬉しさが滲んでいる。
虐げられる原因となった瞳は、今は閉じられることなくきちんとラスティンを見据えていた。ラスティンが「誰も君を虐げない」と説き伏せて、懇願して、やっと見つめられた紅玉のような瞳。その瞳で見つめられるだけでラスティンは嬉しそうに微笑む。ちなみにこの微笑みは本国では、というかシンもあまり見たことのないレアモノだ。
対するリルムはあまり表情が動かない。というより、動かすことを忘れてしまったという方が正しいだろう。それよりも、生きることだけに必死だった。だが、その瞳は雄弁だった。少なくともラスティンにはそう見える。
嬉しいも楽しいも、恥ずかしいも心細いも、言葉が少ない分紅玉の瞳は雄弁に語る。
ラスティンにとってそれが可愛くて仕方がなかった。
「お前帰宅するなりそれか」
呆れた様に声をかけてくるのはシンだ。
王子だというが、祖母が語ってくれた物語の中の王子像や歴史の話で学んだ王子像とは少々かけはなれた印象を受ける。最初は獣人だからか、と考えたリルムだったが、これが彼の自然体なのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
シンは番というものに否定的な考え方だ。それは、出会う前のラスティンも同じだったらしい。けれど、ラスティンはリルムという番に出会ってしまった。その変貌振りを間近で見ていたシンは番というシステムそのものに不信感を抱くようになったようだ。
救いなのは番システムそのものを厭ってはいるが、リルムに対しては嫌悪感を表していないところだろうか。
「仕方がないだろう。心配なのだから」
「そんなに心配なら一緒に学園行けば良いんじゃないか?
それとも、交流留学の目的は果たしたから国に帰る?」
「…お前のお目付役という大義名分の手前、俺一人で帰るのはダメだろう」
「んー…俺はそこまで気にしないんだけどな」
「そろそろ立場を自覚してくれ」
「してるってー。
兄のスペアだもん、俺」
ここ数日で分かったことなのだが、この二人はしょっちゅう言い合いをしている。主に自由奔放過ぎるシンをラスティンがたしなめるような形だ。
しかしながら、リルムに関してだけは立場が逆転する。そのことに、シンはとても楽しそうにしていた。
ただ、立場が違いすぎるが故にリルムは二人の言い合いをオロオロと見ていることしかできない。口を挟むなど言語道断だった。
「まぁまぁ。小言はいいって。
それよりリルムちゃんの扱いだろ?
マジでどうする?」
「それは…」
名前を挙げられて少し身を強ばらせる。
ラスティンの立場はシンのお目付役だ。現在は留学中だが、国に帰ればシンとともに国の政治を担う立場にあるのだろう。
もし、ラスティンが口にした「結婚」というものが本気であれば、リルムにも相応の立場と責任がついて回ることは想像出来た。虐待され、いないものとして扱われていたが、その前は祖母から貴族の責任などの話を聞いている。
だが、それでも異国の文化や風習などは全く分からない。不安でキュウと体が縮こまった。
「あ、リルムちゃんそう固くならないでいいよ。
うちの国は番探しに留学制度作るくらいだから、割と文化の違う番さんでもおおらかな目で見てくれるところが大半だよ」
シンの言葉を聞いて、ほう、と無意識に詰めていた息を吐き出す。
「ま、ラスティンの家はちょっと事情が違うんだけどね」
「おい、シン!」
「ホントのことじゃん?
うちの国でも珍しい"番否定派"筆頭のディランドール家。ていうか、俺もお前も否定派だし」
「あの…」
番とはこの世界に存在する概念、システムのようなものだ。実際に存在しているそれを否定というのはどういうことだろう。そんな疑問が表情に出ていたらしく、シンが苦笑を交えて解説してくれた。
「あぁ、否定派っていうのは"番に頼らず、己の理性で自分に相応しい相手を選ぶべき"って感じだと思ってくれば良いよ。
人間でいうところの政略結婚派みたいな?
ほら、やっぱり貴族って立場だと結婚って恋愛よりも家の結びつきの方が大事になっちゃうじゃん?」
シンは積極的に、ラスティンは言葉を選びながらガズムの文化を教えてくれる。
ガズムの平民と大半の貴族は番賛成派なのだそうだ。ただ、番という概念に引っ張られ、身を滅ぼした話は後を絶たない。故に、番と出会うべきではないと考えるのが否定派。
意見の多様性はあるに越したことはないが、現在の国王であるシンの父親自身が肯定派であるため国としてもそういった雰囲気になっているようだ。
逆にラスティンのディランドール家は一族全員番ではない相手を選び、番を否定している。理性派、保守派とも呼ばれているらしい。
「…そういうわけで、君を今国に連れて帰ると嫌な思いをさせかねないんだ」
申し訳なさそうにそう言葉を続けるラスティン。
リルムは怒るか悲しむか、そう思って表情を伺う。だが、リルムの目はそのどれとも違う輝きを放っていた。
「リルム?」
「あ、あの…すみません。
興味深くて…。私、祖母に教えて貰ったこと以外は何も知らなかったから」
少し前のリルムにとって、世界は真っ暗闇と苛烈な痛みだけだった。
けれど、ラスティンに出会ってからは違う。目を開いて、様々な情報を受け取ることが出来る。それが、リルムには新鮮で楽しかった。
確かに人の目も、態度も怖い。今だってお世話をしてくれる侍女がいつか仕置きをしてくるのではないかと思ってしまう。けれど、それ以上に瞳に映る何もかもが新鮮だった。
そんなことをたどたどしく話す。
「私は、自分の気持ちすら、よくわからないです。
ラスティン様が番ということしか、わからない。
けれど、もし私がラスティン様のお役に立てるのであれば、出来ることをきちんと頑張りたいって思います」
正直、結婚とか恋愛とか、そういうものはリルムにはよくわからない。
けれど、ここまでしてくれたラスティンに対して、自分に出来ることがあるのであれば全力で頑張りたいと思う。
そう告げればラスティンが大きな掌で顔を覆ってそっぽを向いていた。
失礼なことを言ってしまったのかとリルムはたちまち青ざめる。あまりにも失礼な物言いをすれば、いくら番であっても見捨てられるかもしれない。
「……す、すみません。さしでがましい口を…」
「違う! そうではなく、だな」
「リルムちゃん安心していいよ、こいつ照れてるだけだから」
「やかましい!」
番とか貴族とか、リルムにはまだわからない。けれど、シンとラスティンの温かな態度はリルムに安心を与えてくれていた。
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