04
たくさんの感想ありがとうございます。
個別返信は控えさせていただきますが、いつも楽しく読んでいます。
今回は少し視点を変えてリルムの妹の様子になります。
「一体どういうことですの!?」
弱小国アズワルドの公爵家の一室にヒステリックな声が響いた。
彼女の名前はエルム・リー。公爵家の次女であり、リルムの腹違いの妹だ。金髪碧眼の可愛らしい顔立ちの13歳。両親に愛されて何不自由なく育った。だが、その不自由のなさが、ある意味最大の不幸と言える少女。
両親が溺愛するあまり、彼女は限度というものを知らなかった。
父親は弱小国とはいえ国の中枢を担う立場。国内のことであれば大抵のことはなんとかなった。将来は王妃として未来の王を支えられるよう教育を受け、蝶よ花よと育てられた。王妃教育のため厳しいことを言われることもあったが、彼女は健気に教育を受け、現王や王妃の覚えもめでたい。その理由は、様々な鬱憤を全てぶつけられる相手が居たからだ。
出来の悪い姉、呪われた死に神。エルムにとって姉であるリルムはそういう相手だった。
だからこそ、エルムにとってリルムはなくてはならない存在だった。
己の特別性を感じるために。そして、憂さ晴らしのために。
リルムをいじめる度に、自分は姉とは違って特別な存在、誰からも愛される存在であることを認識できた。
だからこそ、今声を張り上げている。
リルムが他国の獣に連れ去られたと父から告げられたからだ。
「どういうことも何もない。
もうリルムはいない。それどころではないのだ」
「それどころって…アレがいないと私…」
何をしても許されるサンドバッグ。
殺さないようにだけ気をつけさえすれば、焼けた火ばしを押しつけようとも、ムチで叩こうとも構わない、最高のストレス解消の玩具。最近は悲鳴も上げなくなってきたから少し手加減しないとと思って、珍しく我慢をしていたのに。
「そもそも何故ケダモノを我が家に侵入させましたの?
まず警備の者達を総入れ替えしなければならないのかしら」
苛立つエルムをなだめるように、母が肩に手を置いて言葉を発する。母はいつだってエルムに優しい。
そうだ。無能な警備の者を新しいサンドバッグにすればいいのだ。
いいことを思いついた、とエルムの顔が密かに輝く。
「お前達、家の外ではその言葉は慎むように。
そもそもこの国が存在しているのはガズム国あってのことなのだぞ!
そのくらいのことも学んでいないのか!」
父の怒鳴り声が響いた。
いつも穏やかな父のそれに、エルムは驚愕した。どうして、と混乱するエルムをよそに父はグシャグシャと髪をかき乱しながら続ける。
「アレを連れていった方はガズムの重鎮の息子だ。まさかアレが番に選ばれるとは…。
クソッ! さっさと始末しておけば良かった。
アレが今までの仕打ちを告げ口すれば我が家など潰されるぞ…」
「我が家が潰れるって…どういうことですの!?」
父の言葉に母が悲鳴をあげる。
エルムはもう何がなんだかわからなかった。
ガズム国は獣人の大国だ。確かに、我がアズワルド国に比べれば数倍の大きさがある。しかし、その本性はケダモノにすぎない、と習った。
獣人は適齢期になると発情した獣のように"番"という、たった一人を探す風習がある。それがケダモノと言われる所以だったはずだ。
「そのままの意味だ。
アレはガズムの公爵家の嫁になる。あの大国の公爵家だ、うちとは比べものにならん。
どんな告げ口をして、我が家にどんなお咎めがくるか…。
本当に疫病神だよアレは…。
情けをかけて生かしておいたというのに恩を仇で返すとは!」
激昂する父の元へ、執事が現れる。
いつも優しい笑みを浮かべていた彼もまた、今は厳しい表情を浮かべていた。控えているメイドたちも何が起こっているのかとオロオロしている様子が見て取れる。
「王の使いの方がいらっしゃいました。緊急だそうで…こちらにお通ししても?」
「…わかった。
お前達は一度下がるがよい」
「いえ…その、エルムお嬢様にも通達があるとのことで…」
「…そうか」
諦めたような父の顔。
今にも叫びだしそうな母。
何が起こっているのかわからない。混乱するエルムの心情など知りもしないで、王の使いという人が現れた。
王宮で何度か見たことがある。たしか、近衛の方だ。職務に真面目そうな方で、安全が約束されているはずの王宮内であっても忠実に仕事をこなしている人だ。その彼が、さげすむような眼差しでコチラを見ている。
何故、そんな目をされなければならないの、と叫びたかった。
彼はエルムたち家族を見て、ゆっくりと告げる。
「リー公爵家長女リルム様がガズム国公爵子息の番だと判明した。
だが、リルム様は酷く衰弱しておられる。何故そのような事態に陥ったのか、という報告をガズム国へ直接申し上げるように、という連絡が一点。
それからもう一つ」
チロリと彼がエルムを見た。
心底侮蔑したような視線。
「リー公爵家次女エルムは、もう王宮にこなくて良いそうだ」
使者からの言葉は正に青天の霹靂だった。エルムにとって王妃教育は日常の一部であると言って良い。ゆくゆくは王となる王子を支え、この国の繁栄に繋がるような賢い子を産み、育てる。そういった未来があると信じて疑っていなかった。
言われたことを信じたくなくて、思わず声をあげる。
「なっ、何故ですの!?
まだ私は学びたいことがたくさん…」
「その必要がなくなったということだ。
そもそも、王妃として一番大事なことがわかっていなかった、との判断が下された」
「嘘ですわ!
王妃様は厳しいけれど私を褒めてくださいました!
そんなこと仰るはずがありません」
エルムの悲痛な叫びは、使者になんの影響も及ぼさなかった。
「ここまで物わかりが悪いとは…やはり教育を施そうとも性根は変わらぬということの証明に他ならない。リー公爵、誠に残念です」
「どういう意味ですの!?」
「…もうやめなさい、エルム」
「ですが!」
父が止めてくるが、それでも納得がいかない。だって、陛下も王妃様もあんなに優しくしてくれた。王子だって、はにかみながらエスコートをしてくれた。それが全て嘘だったというのだろうか。
「…私見ですが」
使者は苛立ったように言葉を続けた。パニックを起こし淑女としての体裁すら整えられないエルムを見かねたのかもしれない。
「国の全ての民を慈しみ愛さねばならぬ立場のお方が、半分とは言え血の繋がった姉に死に至るほどの暴力を続けていた。それも、物心ついた頃から。
それを聞いた国民が、他国が、どう思うかすら想像も出来ぬ思慮の浅さ…どこが王妃に相応しいというのでしょうか?」
「そんな…だって…」
彼の言うとおりエルムが物心ついたときから、姉は害して良い存在だった。だって、お父様もお母様も汚らしい死に神めって罵っていたモノ。慈悲で生かされている存在、ただそれだけなのに…。
「では、こちらの用は終わりましたので失礼いたします。
くれぐれも変な気を起こさぬようお願い申し上げます」
そう言って、彼は形だけの礼をとり、リー公爵家を去って行った。
「どういうことですの…?
だって、アレは我が領地に不幸をもたらした、迫害されて当然の死に神なんでしょう? 何故そんな今更…」
混乱したエルムが呟くと、堰を切ったように母が叫ぶ。
「そうよ! あの子が生まれたから豊かなリー公爵領地が危機に瀕したのでしょう!?
それをこの子が救ってくれたのではありませんか!」
普通の価値観の人間がこの場にいれば、なんという暴論だろうという言葉が更に並べ立てられる。リー公爵家の中ではリルムが死に神、エルムが天使というのは疑うことすら思いつかない事実なのだ。
「そうよ、全部アレが悪いんだわ…!
今度会ったら死んだ方がマシという仕置きをしてやるんだから!」
リルムが死に神という価値観を、この場の誰も否定しない。そしてそれはリー公爵家にとっての真実となる。
自分は悪くない。悪いのは全てリルムのせい。そう信じ込むことによって、この場の誰もがなんとか体裁を取り繕っていた。
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