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ユグに瞑想のことを教えて数日がたった。
ユグからは経過報告が毎日届いている。
やはり最初ティアは結構抵抗したようだ。曰く、そんなオカルトに傾倒するなんて、とのこと。けれど番も理屈が解明されていないから似たようなもの、とバッサリ斬って捨てたとか。ティア本人も番に振り回され迷惑をかけている自覚があったようで、それ以上抵抗することなく一緒に瞑想をやるようになった。
その後、少しずつではあるが改善の兆しが見えている。ユグの仕事と番のおねだりが重なった時、迷うことが多くなった。以前は迷いもなく番の元へ行こうとして、その度にユグをはじめとする周りの人間が声をかけてやっと立ち止まるような有様だった。最終的にはティアに狂われたくないユグが許可を出す形に落ち着くのだが、それでも変化は見られる。
そんな報告と感謝の意、そして、そろそろティアの番の様子を見に行って欲しいということが経過報告には書かれていた。
「…行かなきゃですね」
「うーん…リルムちゃん、人が良いのはいいことなんでしょうけど今回のは…」
サーシャが言いよどむ。
普段気を遣っているのか、あまり否定的な言葉を使わないサーシャがここまで言うのだからやはり相当迂闊だったのだろう。その事実に更にヘコんでしまう。
「はい、迂闊でした。
商人という人種はやはり抜け目ない方が多いのですね」
「いやぁ…ジャンルは違いますが貴族も相当だと思いますよー。ラスティンくんのお嫁さんになるつもりならそういうところちょっと改善しないとめちゃくちゃ危ういかと」
「が、頑張ります…」
サーシャにしっかり指摘されてしまい、リルムはがっくりと項垂れる。
もう二度と安請け合いを誘発するような言葉は使わないと深く反省した。このままではラスティンにも迷惑がかかってしまう。
「まぁ今回は良い教訓になったと思って、チャチャっと片付けちゃいましょう。
しかし…その商人の方もやり手ですよねぇ。こちらにも利益は大きいですもの」
「そうですね。現状の私たちでは獣人の方に協力依頼を取り付けるのは大変です。そもそも獣人の方は瞑想やオカルトの類いに抵抗があるわけですし。
そこで何人も協力して貰える、しかも一人は現在番関係で困っているとあれば大変貴重な資料になりますもの」
「瞑想をやること自体は実質タダ。時間だって5分もあればOKですしね。まぁレポートを見る限りでは顔を合わせればとりあえず瞑想って感じで回数を多くしてるみたいですけど」
リルムにとってはお金を積んでも手に入らない生きた資料がごそっと手に入ったのだ。そうなるとやはり相手にも協力したくなるのは心理的に仕方が無い。実にうまいやり方だと思う。
「元手をかけずに大きな利益を生む…やはりやり手。
むむむ、私も負けてはいられませんねー」
「えぇと…サーシャさんは騎士では…」
「心意気の話ですよー。
いやぁでも久しぶりに学園内歩きますねー。今まで研究棟にこもりきりでしたもの」
「そうですね」
サーシャは久しぶりの校舎にちょっと気分が弾んでいるようだが、リルムは実はビクビクしていた。いつ、どこからエルムが現れるかわからないからだ。
ラスティンやサーシャがずっと傍にいてくれるお陰で、リルムの精神は最初よりずっと安定している。また、意識して瞑想をするようになったこともあり、悪夢で飛び起きることはほとんどなくなった。
それでも、いつエルムが現れるか分からない校舎はちょっと怖かった。
何かがあってもサーシャが守ってくれる。そこに疑いはない。それでも、できるなら対峙することは避けたかった。無意識にキョロキョロとあちこちを見渡してしまう。
そんなリルムの様子を知ってか知らずか。サーシャは明るい声をかけてきた。
「えーと、ティアさんの番さん…ジークくんでしたっけ?」
「あ、はい。事前に情報はいただいてます」
サーシャに問われて、リルムは頭を切り替える。今はユグに依頼されたティアの番の案件を考えるべきだ。
ティアの番、ジークはアズワルド国の修道院出身の孤児だ。アズワルド国は小国ではあるが、やはり孤児や遺児の問題はなくならない。ポツポツとではあるが、修道院に併設された孤児院がある。
その中でも彼が在籍していた修道院はあまり経営状態が良くなかったところのようだ。経営が良くない孤児院は総じて子供への扱いが悪い。学園へ来る前は辛い生活を送っていたようだ。
「あー。たまにありますよね。
どうせ12になったら学園へ行くんだし、それまで生きてりゃどうとでもなる、みたいなところ」
「法規制で労働力として扱うところはなくなったはずですが、実態はまだまだなのかもしれませんね」
どんなに良い法律を作ろうとも、浸透するには時間がかかる。
それにどんな法律であっても抜け道というのは残念ながら存在するのだ。そうでなければリルムへの仕打ちだってとっくの昔に明らかになっているはずだ。そうならないのは、法が万能ではないからだ。
「いやーでもー。
しんどかったのはわかりますけど、折角現れた番にそういう仕打ちします?
正直渡りに船って感じかと思うんですが」
「その辺りはなんとも…。
個人の資質と、置かれた環境に左右されることはわかりますが…」
少なくともリルムはあの環境から救い出してくれたラスティンに心から感謝している。
では、何かの偶然で学園へ行き、そこで見出されたとしたらどうだろうか。
「…もっと早くに見つけてくれていたら苦しみも少なかったのに」
「え?」
「いえ、その方の心情を考えてみたのです。
やっと修道院を抜け出せた、頑張るぞ、と心機一転した矢先に「番だ」「ガズムへ行こう」なんて言われたらどう思うか、と」
「あー…」
修道院に居た頃の心の支えは、恐らく「学園へ行けばなんとかなる」「学園で頑張れば未来が開ける」といったものだったのは想像に難くない。
そしていざ学園へ来て、頑張っている最中に見出されたらどう思うか。
人によってはラッキーとその提案に飛びつくだろう。けれど、そうは思えない者もいるはずだ。恐らくジークという人物はそちら側だったのだろう。
そして、素直に受け止めきれない感情の反動を、番であるティアにぶつけている。
「とりあえず、修道院に探りいれときますねー。変な場所なら然るべきところに届け出しとかないと」
「ふふ、サーシャさんはいつでも風紀って感じで安心します」
「えーだってー…折角国が色々頑張ってるのにそういう輩のせいで隅々まで行き渡らないのって腹立つじゃないですかー。
…っと、あの人みたいですね。とりあえず声かけてみましょうか」
そんな話をしていると、ちょうど目的の人物を見つけることが出来た。
ごく普通の人間の少年。青みがかった黒髪に、灰色っぽい瞳。この国では特に目立つことのない容貌の少年が、木陰で本を読んでいた。
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