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「リルム、少し相談があるのだがいいだろうか?」
「はい、私で良ければ」
先日の、リルムがラスティン大好き暴露事件から早数日。
あれ以来更にリルムにべったりとなっていたラスティンだったが、今日はかなり真面目な顔をしている。いや、いつだって真面目ではある。真面目にリルムを溺愛しているだけだ。
ただ今回はそれと真面目の方向が違った。
「うちの国の人間から相談を受けたんだ。
番が見つかったのだが困っている、と。
良ければリルムも一緒に相談に乗っては貰えないだろうか」
ラスティンに頼まれては、断るという選択肢などあるわけもない。話を聞くだけならと承諾し、相手との時間を合わせる。
相談を受けたのは次の日の昼。学園のサロン内でだ。
現れたのは水色の髪、赤い目、そしてフワフワのうさぎの耳が生えた獣人の女性だった。
「本日は厄介な相談事をお聞きくださり、ありがとうございます。
私はガズム国で商人をしている者の娘、ユグと申します」
「丁寧にありがとうございます。リルムと申します」
「話は聞けるが解決にまで至るかは分からん」
「念を押さなくても承知しておりますよ、ラスティン様。
すっかりお変わりになられましたね」
どうやらユグとラスティンは旧知の仲のようだ。何気ないやりとりに親しさが透けて見える。
少しだけ、いや、かなり。羨ましいと思ってしまう。
「くだらんやりとりでリルムが誤解したらどうしてくれる。
いいからさっさと概要を話せ」
「勿論。本題に入らせていただきます。時は金なり、ですからね」
ユグはからかうような雰囲気から一点して相談を始めた。
彼女の悩み事は彼女の従者のことだ。彼女は立場上、番を探しにあちこちへ行かなければならない身分らしい。そうしないと、お付きの人達が遠慮して所帯を持てないんだとか。
「私は前のラスティンのようなガチガチの番否定派ではありませんが…商売を継ぐ身としては居ない方がめんどくさくなさそうだな、といったスタンスなのですよね。
仕事が番になってくれればどんなにいいか」
話している内にユグの態度が砕けてきている。ピンと警戒するように経っていたうさ耳もへにょりと垂れていた。
「そんなわけでさっさと番を見つけるなり、見つからないならさっさと撤退と思っていたのですが、色々なしがらみからそういうワケにもいかず、一ヶ月の留学が決まりました。
まぁ、そこまでは仕方ありません。家のメンツもありますからね。
問題はそのあと…」
そこまで言ってユグは大きくため息をついてからこう言った。
「従者の一人に番が見つかりました」
「まぁ…それは…おめでとうございます?」
獣人にとって、誰であっても番が見つかったということは喜ばしいことのはずだ。祝うのは間違いではない。が、ユグの表情は晴れない。
「えぇ。本来ならばとてもおめでたい事なんです。私だって祝福したいわ。
けれど、その相手が問題だったの。
言っておきますが、私は人種や身分で差別をする獣人ではないわよ?」
ユグの従者の番はアズワルドの孤児だそうだ。
彼はユグの従者――ティアという猫の獣人だそうだ――に度を超えたおねだりをするらしい。
身分があるのはユグで、ティアはあくまでもユグの従者でありそこまでの権限はない。けれども愛しい番の願い事はなんでも叶えてあげたい、と奔走している。最近ではその奔走のせいで本来の従者の役割を放棄寸前らしい。
「まさかあの子が番に狂うとは思ってもいなかったのよね。ティアにいなくなられるのは私としても大きな損失。
…叶うならそのバカな男を八つ裂きにしてやりたいわ。
けれど法的にもそれは無理だし、何より番を失ったティアが狂い死にしたら本末転倒でしょう?
どうしたもんかと悩んでいたところ、ラスティン様のことを思い出したの」
ユグは、リルムとラスティンを交互に見つめた。
「理性派の家に生まれて、番否定を堂々としていながら番を見つけたって聞いてどんだけ狂ってしまったんだか、って正直思っていました。
けれど、ラスティン様が番に骨抜きにされた様子はないでしょう? 少なくともシン様のお付きとして十分ちゃんとやっている。というか十分以上。
だから最初はラスティン様に話を聞こうと思ったのだけれど…」
「と、いうわけだ。リルム、事情はわかってくれたか?」
「はい、とても大変そうなことはわかったのですが…えぇと」
リルム自身は確信を持っているとはいえ、未だ仮説にすぎない瞑想を彼女たちに教えろ、ということだろうか。客観的に見てあまりにも信用性が低い、ということをユグの前で言ってもいいのか躊躇ってしまう。
「ティアを正気に戻せるような方法があれば是非教えて欲しいの。
この際眉唾でもオカルトでも構わないわ。このまま行けばティアはクビか狂い死にの二択なんだもの…」
ユグの言葉からは本当にティアを心配している様子が窺える。その熱意に押され、まだ仮説の段階で効果がでるかは分からないと念押しをしつつ、リルムは瞑想の方法を教えた。
意外にも、獣人であるユグだったが、瞑想への抵抗感はないようだ。
「へぇ…いかにもオカルトって感じだけど、やること自体は簡単なのね?
ありがとう。ティアをひっ捕まえて私も一緒にやってみるわ」
「ユグ様も、ですか?」
リルムとしては協力者は多ければ多い程良い。たくさんのサンプルがあるほど研究は進むからだ。けれどユグにはあまりメリットはないように思う。
不思議に思って質問すると、いかにも商人らしい答えが返ってきた。
「えぇ。だって私がやったら皆やらざるを得ないでしょう?
それに私が将来番に出会った時も冷静な判断が出来る可能性が上がるとしたら一石二鳥じゃない。おトクなのはいいことだわ。
あ、安心して。効果が出るにしろ出ないにしろ経過報告はきちんとするし、レポートで別途料金なんて請求しないから」
「なるほど、抜け目ない」
感心したようにラスティンが笑う。
「経過報告はとても嬉しいです。
ですが、瞑想はとても個人差が大きく、まだ全てが確認されたわけではない分野です。一日二日で結果がでるかは分からないので継続していただければ幸いです」
「勿論。こういうオカルトで結果がでれば儲けものってだけよ。ほんと藁にも縋りたい気持ちだったんだもの。
ただ…もうちょっと協力してもらえたら嬉しいなーなんて思ったり」
「はい、協力できることでしたらなんでも」
ユグに協力して貰えるのであればレポートも充実しそうだ。何せこのサロンにくるまでの間にそれなりの人数の獣人と出会っている。彼らは皆ユグの従者や友人らしい。その人数全てに協力して貰えれば仮説の根拠が増えることになる。
そんな思いからつい安請け合いの言葉が口をついて出てしまった。
「あ、コラ。リルム。こういう商人の前で迂闊なことを言ってはいけない」
ラスティンが窘めるが、時既に遅し。ユグはにんまりとした笑顔を見せた。
「ふっふっふ。言質とりましたとも。
とは言っても、そんな難しいことを要求するつもりはないから安心してください」
「…リルムが危険な目に遭うようなことなら承知せんぞ」
「それは勿論。
私のお願いというのは、ティアの番側のお話も聞いて欲しいってだけですよ。
瞑想に関する詳細なレポートの対価、ですね」
ニッコリ笑うユグの前で、リルムはそっと迂闊な自分の発言を後悔したのだった。
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