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 ラスティンからアポがとれた、と聞いてから数日後。

 リルムはラスティンと共にガズム国内にある修道院を訪ねていた。

 孤児院を兼ねているこの場所では、遠くで楽しそうに遊ぶ子供たちの声が聞こえてくる。温かな雰囲気のある良い修道院だと思えた。


「シスターシャルロッテ、本日はお時間をいただきありがとうございます」


「いえいえ。こんなおばさんの話が役に立つのであれば」


 ニコリと品良く笑ったシスターシャルロッテは、年の頃は40代だろうか。優しそうな女性だった。このような人が何故番を振り切ってここに住んでいるのか、それが今回此処を訪ねた目的だ。


「不躾な質問をするかと思います。もし、答えたくなければ遠慮無く仰って下さい」


 ラスティンは横についていてくれるが、基本的に質問はリルムがする。研究しているのはリルムなのだから当然だ。

 正直なところ不愉快な思いをさせないか気が気でならない。

 そんなリルムの気持ちをよそに、シスターシャルロッテは楽しそうに笑っていた。


「ふふ、もうねぇ。この歳になると、自分の恥も若い人の糧になるならいいかなーなんて思っちゃうのよ。だから気兼ねしないでじゃんじゃん聞いてちょうだい。

 …といっても何処から話せばいいかしら。

 私が未亡人ということもご存じだったかしら?」


「いえ…そうだったのですか」


「そうなのよ。夫はね、軍人さんだったの。

 『武功をあげてくる』なんて言って、小さくなって帰ってきちゃったの。酷い人よね。

 …でも、それでも…今でもずっと忘れられない大切な人」


 そう言って笑う顔は嬉しそうなのに寂しげだった。どれほどその人を思っていたのかがなんとなくわかる。


「夫が亡くなってからね、私はこの教会にきたの。

 それから数年後よ。あの人に会ったのは」


「商人のダーヘル・ウィズマンですね」


 ラスティンがそう確認するように尋ねる。

 シスターシャルロッテのことを調べてくれたのはラスティンだ。番にフラれるというのはそうあることではない。もしかしたらガズム国内ではちょっとした有名人となっているのかもしれない。どこの世界でも噂好きはいるものだ。


「えぇそうよ。フクロウの獣人でね。

 目がギョロリとしていて…最初はちょっと怖かったわ」


 そう言って懐かしそうにシスターシャルロッテは目を細めた。


「その当時の私なんて結婚適齢期をとうに過ぎているのよ? しかも、シスター。何言ってるのかしらこの人ってマジマジ見てすぐに『からかうのはやめてください』ってバッサリ言っちゃったわ。

 それなのにまぁ何度も何度も情熱的に口説かれてしまって…ふふ、ほんと、どうしようもない人」


「でも…断ってしまったのですよね?」


「えぇ。だって…夫を忘れるようで怖かったんですもの。

 …でも、ここだけの話。ただ意地になってただけの気もするのよね。あの人は夫を忘れなくてもいいって言ってくれていたのに、バカみたい」


 もしかしたら、シスターシャルロッテは誰かにこの話をしたかったのかもしれない。

 そう思えるほど饒舌に彼女は話を続けた。

 そこから汲み取れたことは、亡き夫への愛と番に対する不信感、そして後悔だ。

 若さ故に番を信じられず突っぱねてしまったことを、彼女は今でも後悔しているように見えた。


「今でも迷われているのですか?」


「そうなのよ、困っちゃうわ。もしあの時に戻れたら、なんてしょっちゅう考えちゃうの。

 シスターなんて言われているけど、いつでも私が迷える子羊なのよ。

 …それでも、ここに居れば子供たちと接することが出来る。私は夫との間に子供がいなかったから…あの子たちは我が子同然に思ってるのよ。これはここのシスター皆が思っていることかもしれないけれどね」


 迷っているとは言うが、シスターシャルロッテの顔は清々しい。

 思い出すことはあっても吹っ切れている、ということだろうか。

 リルムにはまだ難しい感情だ。


「迷ったときはね、祈ったり、瞑想したりするの。

 そうすればあの人の香りを思い出しても落ち着いていられる」


「…祈り、ですか?」


 ふとリルムは今まで積み上げてきた調査結果を思い出す。

 番の魅力に抗えた者のリスト。その中には聖職者もいた。それから、孤児も。

 この国の孤児は大抵こういった修道院で育ち、学園へ来るはずだ。


「あ、あの! 祈りと瞑想は違うのですか?」


「私は違うと考えているわ。同じ、という人も居るけれど…。

 祈りは神様への感謝ね。今掌の中にあるものは、偶然ではなく神様が与えて下さったものですもの。食べるものがあることも、住む場所があることも、今生きていることも全ては導きですから。

 瞑想は…己を見つめる感じでしょうかね。今此処にあることをただ受け止めるの。

 どちらも己に執着しすぎることを良しとしないのは同じかもしれないわね。

 そうすると、あの抗いがたい魅力を持つ香りを思い出しても、スッと落ち着くことができるのよ」


「瞑想と、祈り…か」


 ふと横を見ると、ラスティンが疑わしげな表情をしている。それは無理もない。獣人の間では神に対する信仰はほとんどない。祈りや瞑想と言われてもオカルトの類いとしか思えないのだろう。

 リルムもそういった気持ちは理解できないでもない。

 それでも、とても馬鹿馬鹿しい仮説かもしれないけれど、もしかしたら、と思う気持ちが同時に湧いていた。


「でも、だめねぇ。

 記憶の中にあるあの人の香りには抵抗できても、実際に香ると違うってわかっちゃったわ。まったくもう…連れてきてしまったの?」


「え?」


「そうか。俺があれだけ離れていてもリルムを見つけられたのだから、このくらいの距離ではわかってしまうのか。

 騙し討ちのようなことをして申し訳ない」


「…ふふ、困ったこと」


 ラスティンとシスターシャルロッテの会話を聞いてやっと察することができた。

 番同士であれば認識できる範囲に、シスターシャルロッテの番であるダーヘルという人がいるのだろう。


「あなたが望まなければ会わない、ただ元気にしているかを知りたい。これが交換条件だったもので」


「仕方のない人だわ、本当に。

 お元気なんですか?」


「番と結ばれなかった獣人は大半が焦がれてどうにかなってしまいますが、彼は比較的元気な部類かと。

 今もお一人です」


「あの…お会いしないのですか?」


「今さら会って…何を言えばいいのかしら…。

 だって、もうこんなおばさんなのよ?」


「年齢は同じだけ彼も重ねています。それに、あなたのことを思っていなければこんな条件も出さなかったでしょう。

 遠くから一目見るだけでもいい、もし俺が無理矢理会おうとしたら止めてくれ、とまで言って」


「…相変わらず、優しいのね」


 そう言ったきりシスターシャルロッテは黙ってしまう。

 リルムもラスティンも何も言えず、沈黙が響いた。


「お日様のような、土のような、暖かい優しい匂い。これが夫との思い出に重ならなければ、あのときすぐにでも手をとれたのかしら。

 だめね、やっぱりまだ迷ってばかり…」


「迷っても、いいんじゃないでしょうか。

 でも、一人で迷うよりは、二人で迷った方が楽しいって、私は思います」


「二人で迷う…。そうね、そうかもしれないわ」


 そう言ってシスターシャルロッテは、外へと足を踏み出した。

 その様子をリルムは自分の拳を握りしめながら見守るのだった。




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