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02


 地下牢と言って差し支えない場所から連れ出した少女は、15とは思えないほどに軽かった。

 白銀の髪と薄汚れた肌。身にまとったモノも酷く汚れていて、所々血がこびりついている。その様子を見て、また頭に血が上りそうになった。

 何も言われなくても分かる。彼女は拷問を受けていたのだ。それも、実の父親から。

 軍の人間であれば吐く情報もあるだろう。けれど、彼女はそんなものは持たない。ただ、彼女の家族が加虐心を満たすためだけに暴力を振るわれる。

 例え相手が番でないとしても、許されざる行為だ。


「ラスティン、まずは彼女を安全な場所へ。

 それと医者も呼ばないとまずい」


「…あぁ」


 ぐぅ、と唸って返事をする。こうして居る間にも彼女は命の灯火を消そうとしている。生きるのを、諦めている。

 やっと見つけた番なのに。


 ラスティン・ディランドールはアズワルド国の隣に位置する獣人国・ガズムの出身の狼の獣人だ。自国内では番を見つけることが出来なかったため、留学生としてこの国にきた。

 ずっとずっと、この国の方角から何かの気配を感じていたのだ。


 ラスティンはもともと番と言う概念を毛嫌いしていた。人間はよく獣人が番に執着する様子を「ただのケダモノだ」と嘲笑う。実際、ラスティン自身も同じように感じていた。

 獣人は、獣の身体能力に理性を宿した誇りある種族だと自負している。それなのに、ただ一人運命の番に出会っただけで身を滅ぼした獣人が何人もいるのだ。

 どうして嫌悪せずにいられるというのか。


 だというのに、だ。

 一応一族の手前、留学した。その先で番を見つけてしまった。

 しかも、今にもその命を消されようとしている。

 怒りで狼の血が騒ぐ。番の敵を八つ裂きにしろと本能が命じる。

 どうにかそれを理性で押しとどめ、抱き上げた少女に影響がないよう走り出した。

 母国とは比べものにならないほど整備されていない街道だ。万が一転びでもしたら彼女の命も危ない。彼女は丈夫な自分たちとは違う。


「冷静なお前がそうなるとは…やはり番という存在は恐ろしいな」


「本当にな。

 あんなに嫌悪していたのにこのザマだ」


 自分を皮肉るようにラスティンは笑う。

 今にも人を殺しかねない殺気を放っているだろうに、飄々とついてきてくれる男に内心で感謝した。

 彼はシン・ガラド。ガズム国の第二王子だ。彼もまた、アズワルド国に番を探しに来ていた。本来であれば臣下の身分であるラスティンの都合で振り回すのは言語道断であるはずだ。だが、この王子の何でも面白がる性質が幸いしたと言えよう。また、乳兄弟として育ったという気安さもある。

 ちなみに、今二人は馬車にも勝る速さで疾走している最中である。


「ガウムズが先行してくれているよ。俺らのねぐらに人間の医者を手配してくれているはずだ。

 お前さんはそのお嬢さんに負担をかけないことだけ考えてな。

 しょうがないから面倒事は俺が背負ってやるよ」


 ガウムズは自分たちと同じ留学生の身分の豹の獣人だ。彼は仲間内で一番足が速い。彼に任せておけば自分たちが着いた頃には準備できているのは間違いないだろう。

 早く着かなければと焦る一方で、余計な負担をかけてはいけないとやきもきする。


「…すまん」


「いいさ。お前が怒るところ久々に見た。

 いいもん見たねぇ」


「茶化すな。

 …本当であれば八つ裂きにしたい」


 折れそうに細く、死臭をまとわりつかせた己の番。

 死神が、今にもその細い首を刈り取ってしまいそうだった。

 健気にこちらの問いかけに返事をしようとして、出来ないでいた。恐らく、長いこと声を発してこなかったのだろう。

 思い出すだけで目の前が赤く染まりそうだ。


「茶化してないと、お前理性吹っ飛びそうじゃないか」


 シンに指摘され、一度深呼吸をする。

 相変わらず、死臭がする。そして、それを上回る芳しい香り。最初に嗅いだときよりも、さらに芳香が強くなっている。匂いに惑わせられて、理性が飛びそうなのは確かだった。


「…匂いが、濃くなっているんだ」


「…それマジでやばいってことじゃないのか?」


 番は死の間際にひときわ強い芳香を放つと言われている。置いて逝くことを詫びるように、慰めるように。

 ラスティンの番はどうやら本当にまずい状況のようだ。

 シンはふざけていた顔を引き締める。


「折角見つけた番だ。生かすぞ。

 お前に腑抜けられては困る。誰が俺の公務を肩代わりしてくれるんだ」


 彼らしい言い分に苦笑を漏らしつつ、更に足を速めた。

 やっと手に入れた番を、こんなところで失うわけにはいかない。


「瞳の色も知らないまま、手放したりなどしない」


 出会ってからずっと瞳を伏せたままの少女に、ひっそりと語りかけた。

 実の親に、死神だと言われた少女。

 派手な物音がして怖かっただろうに、頑なに目を開けようとしなかった。恐らくそれも家の人間に言われていたからだ。

 だからラスティンは番である彼女の瞳の色も、きちんとした声音も知らない。

 何も知らないままこの手からこぼれ落ちてしまうなど冗談ではなかった。


「今までの記憶を思い出せない程に愛情で埋め尽くしてやる」


「こわいこわい。それ、一歩間違えたらストーカーとか狂愛のレベルになるんじゃないのか?

 間違っても監禁とかするなよ?」


「…彼女が望むのなら考える」


「忠告しなかったらやるつもりだったのかお前」


 半ば呆れたような声が咎めてくる。


「仕方がないだろう!

 あんな姿を見せられたんだぞ!

 心配にならない方がどうかしている!」


 また地下室に力なく横たわる彼女を思い出してしまって思わず吠える。

 あんな姿を見せられたら、あらゆるモノから守りたいと思ってしまうのは至極当然のことではないか。

 出来ることならば誰の目に触れさせることもなく囲い込んでしまいたいくらいだ。


「うーん、ごめん。今のところ俺番居ないし、出来れば見つけたくない派だし。

 っていうか、お前が理性ぶっ飛んでるの見てマジでゴメンだなって思った。

 心配だから監禁するって、お前彼女を虐待してた奴らと結果的に同じ事になるんだぞ?」


「ぐっ…それは…」


「いやほんと番って怖いな。なんだよ、鎖か何かか?」


 つい先日まではラスティンもシンと同じ言葉を放っただろう。

 けれど、出会ってしまった。

 この世界で唯一の相手に。

 もう出会う前には戻れなかった。


「鎖でも構わん。今はただ、彼女の安全を確保して言葉を交わしたい。それだけだ」


「出会いがアレだったから更に過保護になってんのかね?」


 シンはラスティンを刺激しないように言葉を選ぶ。あまり出会いの光景を鮮明に思い出せば暴走しかねないと思ったのだろう。

 事実、ラスティン自身も暴走しかけている自覚はある。

 つなぎ止めているのは理性と腕の中の少女の存在だ。今は何より彼女の延命をしなければならない。

 ただ、シンの言うとおり、出会ったときの彼女が酷すぎたせいで庇護欲が急速に出ているような、そんな気はする。


「わからん。可能性は否定できんが…」


「全く、番というのはわからん概念だよな」


「本当に厄介だよ」


 本当に忌々しい。けれど、ラスティンはもうこの死の匂いが混ざった芳しい香りのする少女を手放す気になどなれなかった。


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