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衝撃の事実がわかったとしても、リルムのやることは変わらない。
試験突破のための勉強と、息抜きとして番に関する資料集め。それは息抜きになるのか、とラスティンやシンは心配していた。だが、リルムにとってこれは立派な休息だった。興味深くてつい読み込んでしまうくらいには。
そんな様子を見ていたラスティンが時折ガズムの文化についても話してくれるようになった。
「まぁ、ではガズムではあまり教会はポピュラーではないのですね」
「言われてみればそうだな。
土地が枯れる前に移動するといった昔の感覚が残っているせいか、豊作を神に祈るという精神は人間よりも薄いんだろう。
その代わりといってはなんだが、ガズムで広く信仰されているのは番結びの神だな」
「つがいむすび…縁結びのようなものでしょうか?
素敵な番に会えますように、というような」
「そんな感じだな。番に出会えずに生涯を終える獣人も少なくはない。だから神に頼りたくなるのだろう。
だが…感覚的な話になるが、番結びもやはり祈りとは違うものだと思う。強い願いを託すというか…。俺の偏見かもしれんが、欲でギラギラしているように見えるときがある」
番に関することから、ガズムの文化へ話が広がっていく。
あまり意識したことはなかったが、やはりリルムの故郷となるのはこのアズワルドで、ガズムは異国なのだなという気持ちが強くなる。
とても興味深いという気持ちと、その場所に自分は行くことになるのだ、という気持ちが生まれる。楽しみと不安、相反するような感情がリルムの小さな胸に踊っていた。
「そういえば…土地が枯れる前に移動するのが前は主流だったのですか?」
「国が形成されるずっと前の話だがな。
今はそれぞれの種族がその種族にあった土地に定住している」
「種族にあった土地、ですか?」
「あぁ。例えば変温動物の獣人は南の暖かい地方に住む傾向がある。じゃないと冬がしんどいんだそうだ」
「なるほど。国土が広いとそういった棲み分けができるのですね」
「あぁ。国という体裁は整えているが、地方に行くとその種族の特色が強くなる。
首都のガザリアでは、出来るだけどんな種族でも快適に過ごせるように気は配ってはいる。実は生まれが地方の人間ほど首都に居着いてくれないんだ。やはり生活環境が違うと日々の生活がストレスになるらしい」
大国には大国の悩みがあるようだ。人間は獣人とひとくくりにするが、どの種族かによって気質も住みやすい環境も全く違う。それらをとりまとめる王族の苦労は並大抵ではないことが窺えた。
様々な種族が集まる首都は一体どんな場所なのだろう、と想像が膨らむ。
だが、そこから小さな疑問も生まれた。
「では、ガズムの方がアズワルドに留学する際は少々大変なのではありませんか?」
アズワルドはガズムに比べればとても小さい。
気候は温暖な方ではあるが、その温暖な気候が辛い種族もいるだろう。
アズワルドなりに気を遣ってはいるが、そもそも人間目線の気遣いでは限界があるはずだ。様々な工夫が凝らされているであろう首都の暮らしでも辛いのであれば、アズワルドの留学は相当な苦労になるのが目に見える。
「まぁ…大変なヤツはかなり大変だろうな。だが、出来るだけ自分の動きやすい季節を選択する、留学期間を短くする、などの対策はとれる。それに仕事と違い留学は自由がきく。ちょっとした旅行気分と考えれば気分の上でも楽なんじゃないか。
そもそも番を見つけるだけなら長い期間留学する必要はない。口説き落とせる自信があるなら一週間でもいい、むしろ連れ帰ってから口説くと豪語するやつもいる」
「な、なるほど…」
正直それは人さらいではないかと感じてしまう。だが、両国の力関係を考えるとアズワルド国側の人間は断りづらいだろう。
それに、リルム自身も感じた番の魅力は抗いがたいものがある。
もし、ラスティンにいいから着いてこい、と言われたとして果たしてリルムは抗えるだろうか。正直、全くそんなビジョンが浮かばない。
「人間を見ていて思ったが、獣人の方が総じて我が強いようにも思えるな。
いや、これは人間獣人ではなく国の気質なのかもしれないが」
「ガズムの方から見るとそのように見えるのですね」
「あぁ、なんとなくな。まぁ両国の力関係もあるので一概には言えないだろうが…。
…っと、すまない。話すのが楽しくて予定休憩時間をオーバーしてしまうところだった」
「いえ。楽しいお話ありがとうございました。
これで試験勉強の方も頑張れそうです」
「リルム、何度も言うが無理だけはしないでくれよ。
君はたまにブレーキがないんじゃないかと思うことがある」
「あ、あれは…」
ラスティンが言っているのはつい先日のこと。
眠る前の読書として軽い番の悲恋に手を伸ばしてしまったのだ。ラスティンやシンに言わせるとガズムではありきたりな話らしい。番である二人だが、家がどうしても認めてくれない。二人にも成すべきことがあり、そのために相手と一緒になることはできない。それでも番としての本能が諦めてくれず…といった話だ。
二人は半ば狂いそうになり、最後はお互いの手で相手を殺し、一緒に許されぬ咎を背負おう、というもの。
そういった悲劇に免疫のなかったリルムは「このまま眠ると夢に見てしまうかもしれない」と怖くなり次の本に手を伸ばした。だが、その本もまた違った番の悲劇。というループを繰り返してしまい、眠れなくなってしまったのだ。
「だって…そのまま眠ると自分とラスティン様を当てはめた悲劇を夢に見そうだったんですもの…。だから幸せなお話が見たくって…。でも、そんなときに限って幸せな番のお話に当たらなかったんです」
モゴモゴと言い訳をするリルム。
きちんと物語がハッピーエンドで終わるかどうかを確認してから手を伸ばせば良かったのかもしれないが、それはそれで物語の醍醐味を捨てるようで悔しい。半ば意地になってしまったのだが、その日はとても運が悪くハッピーエンドの物語に出会えなかった。
翌朝、一睡もせずに真っ赤な目で挨拶をしたリルムを、ラスティンが心配したのは言うまでもない。
「あまりそんな無理をすると、夜中まで見張りたくなってしまうな。
けれど婚前にそれは良くないだろう?」
「え、と…それは、はい…」
貴族の娘として、そういったことも祖母に多少は教えて貰っていた。だから、リルムでもラスティンの言葉が何を意味するかくらいは察することができる。それが本当の意味でわかっているか、と問われると疑問が残ってしまうが。
ただでさえたくさん甘やかしてくるラスティンが夜も一緒、と考えただけでリルムのキャパを軽々と越えてしまいそうな事態だ。
「ならば、夜はきちんと眠ること。
ただ、そうだな…。悪夢を見たらこっそり俺の部屋においで。メイドにもその旨は伝えておくから。眠くなるまで話をしよう」
「い、いえ! 大丈夫です! 無理矢理寝ます!」
「そうか? 残念だ」
どこまでが本気かわからないような顔でラスティンが笑う。
その様子にリルムは顔を赤らめることしかできないのだった。
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