15
「リルムちゃんがここまで頭いいとはなぁ…。
嬉しい計算外ってやつだ。
小国アズワルドのとはいえ、卒業資格があればガズムの学園に編入はできるだろうしね」
「ガズムの学園…ですか?」
卒業に必須な授業の試験を片っ端から受け始めて一週間。初日は簡単な授業やリルムの得意授業(ガルーダ先生を除く)を中心にサーシャとともに受けた。国のすべての子供が通う学園の卒業資格ということもあり、ブランクありのリルムでもなんとかなるものが多かったのは嬉しい誤算だった。
リルムはこの国の一般的な貴族と比べると教育を受けた期間が短い。けれど、祖母が懸命に様々なことを教えてくれていたお陰で基礎的な学力は問題なかった。地下にいた時も、幸せだった頃の記憶として祖母との会話を反芻していたのも記憶の定着に一役買っていたのだろう。
だが、過去の教育だけで卒業できるほど甘くもない。地下に閉じ込められていた間に変わったもの、進化したものはこれから学ばなければならないのだ。
今リルムは、編入試験のときよりも更に入念に準備しているところだった。
ラスティンを家庭教師として、空白の年月を必死に埋めていたところ、シンからそんな声がかけられたのである。
ガズムの学園とはどういうことだろう。
「そうそう…ってあれ!?
もしかして言い忘れてた? 俺だけじゃなくラスティンまで!?」
「…完全に失念していた。すまない。
番のことで頭がいっぱいだったようだ」
「あの、どういうことでしょう?」
リルムの頭にたくさんの疑問符が浮かぶ。
「マジ? ラスティンどんだけ番にうかれてたの…。
うわー伝えるタイミングまずったなぁ…。
って言ってても仕方ないか。リルムちゃん、落ち着いて聞いてね?」
そういわれて、コクリ、とうなずく。だが、言われた内容は予想を越えたものだった。
「俺たちの留学期間って、半年なの」
「半年!?」
「うん。半年。
で、年が明ける前には帰る予定なんだ。ちょうど冬休み始まるタイミングだね」
「えっ…えぇっ!?」
リルムの驚愕は無理もない話だった。
もうとうに夏は去り、秋も深まっている頃合いだ。残された時間はリルムが思っている以上に短い。
「うん、ていうか正直半年も留学期間いらないというか…。
俺らが留学してる目的って結局いるかいないかもわからない番を探すためなんだよね。今回はラスティンが見つけられたからまだマシな方。成果なく無為に半年を此処で過ごす奴多いんだよね」
「ガズムの一般的な貴族の留学は最近では一ヶ月が主流だな。否定派はそもそもこなかったり、義理を果たすためだけに1週間だけ、というのもいる」
「俺はこんなんでも一応王子だからさぁ。外交的なアレソレで友好を示しますーって感じで半年間。
でも新年は国で迎えたいからってことでこういうスケジュールになっているんだ」
「え、ええと…はい、事情はわかりました」
よく考えれば大国の王子やその側近候補がこんな小さな国の、しかも平民が通う学園で学ぶことはほとんどないだろう。
「あ、でも誤解しないでね?
研究員の資格をとるのは無意味なわけじゃない。むしろ、一緒にガズムの学園に行くならプラス要素だよ」
「サーシャたちの話によれば、研究棟にいた方が色々と安全そうなことは間違いないだろうしな」
「はい…」
色々フォローしてくれてはいるが、やはり想定よりも期間が短かったことにたいする心理的ダメージは大きい。まだリルムは研究の入り口にすら立てていないのだ。
未来に対する不安が大きく膨れ上がる。
「おーい、大丈夫ー?
だいじょばなさそう…」
「いきなり目標に期限を切られたようなものだからな…。
すまない、俺も浮かれていた」
「あ、いえ…あの。
びっくり、したのと…あと、なんていうか…」
なんと言えばうまく伝わるだろうか、とリルムは悩む。
リルムにとって、今いるこの小さな国が母国だ。愛着があるかと言われれば答えるのが難しいものの、それ以外の世界を全く知らない。
「先のことがわからなさすぎて、急に不安になった感じ、です」
ラスティンとともにありたいという気持ちは変わらない。そのためにできる努力を惜しむつもりもない。
けれどそれが現実的に眼前に迫ってくるとどうしても不安を感じてしまう。
未知なる場所への恐怖と、先行きがまったくわからない不安。
それらがグラグラとリルムの足元をゆらしていた。
「俺らにとってガズムは母国で帰る場所ではあるが、リルムにとっては全く未知の場所だものな」
「しかも頼りにしてる相手がこれだけボケてたら不安にもなるよねぇわかるわかるー」
「ぐっ…」
「ラスティン様のせいでは…」
「いーや、今回のことはラスティンが全面的に悪い。普段は段取りで失敗なんて滅多にしないくせに。ちょっと番がいて舞い上がりすぎてるんじゃないの?」
「返す言葉もないな」
普段やり込められているせいか、シンはからかいまじりにラスティンを責める。だが、言っていることは的を射ているためラスティンも反論できなかった。
「国捨ててガズムにくる番って割りと珍しくないし、制度もそこそこ整ってる方だとはおもうよ。それは俺が王子として保証する。
ついでにコイツの家それなりに金持ってるし、ラスティン自身だってそれなりに仕事こなしてるからさ。そこまで不安にならなくても良いと思うよ」
「はい。ありがとうございます、シン様」
「未知のことで不安になるのなら、学べばよい。
失念していた俺が言うことでもないがな。今後のこともきちんと話さねば…。
だが、あまり多くを追いすぎてもよくないだろう」
「そうですね。まずは研究員の資格をとることに集中します」
不安はなくならない。
番否定派だというラスティンの家の人々にどう思われるだろうか。
研究をするといったけど今のところ何も目処もたっていないのに大丈夫だろうか。
探せば不安はどこからでも湧いて出てくる。
けれど、人間にできることというのは限られているのだ。
いつ死ねるかを考えていた日々に比べればずっと楽しく充実した日々だと思い直す。
「あまり気負わなくてもいいんだぞ…と、言い切れないのが厄介だな。
ただ、絶対に無理はしないでくれ」
「はい、ラスティン様。
…じゃあ無理をしているように見えたら、ガズム国のお話をたくさんしてください」
「それ結局覚えようとして休まらなくない?」
シンの言葉に確かに、と全員から笑みが溢れた。
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