13
シンたちが留学の拠点として借り受けている屋敷の一室。
明るく整えられたその場所は、現在リルムのものとなっている。ラスティンが贈ってくれたモノがところどころに飾られており、リルムにとっては何よりも落ち着く場所だ。
その場所で、リルムは今ラスティンと向き合っている。
「大変見苦しいモノを見せました。申し訳ありません」
「いや…体調は大丈夫か?」
「えぇ、たくさん休ませていただきましたから」
エルムとの再会後、リルムは結局授業どころではなくなってしまった。
少し落ち着くのを待ってから、屋敷に帰り休んでいた。
「…思っていたよりも自分が弱くて驚きました」
「今までのことを考えれば無理もない。できればこの国の一般的な貴族のように家庭教師を雇って試験だけクリアしてくれれば…と、考えていたのだが…」
ラスティンが言いよどむ。
「…ご迷惑をおかけしたのはわかっています。その方が余計なトラブルが起きないことも」
わかってはいる。恐らくエルムの考えはリルムが地下に居た頃と何も変わっていない。であれば、サーシャがどれだけ注意をしてくれたとしても、また似たようなことが起きるだろう。あの地下の日々に戻されるような恐怖は何度味わったとしても慣れることは出来そうにない。そしてその度に具合を悪くして迷惑をかけてしまうことは想像に難くない。どう考えても煩わしいだろう。
できれば学園へ通いたいリルムだが、ラスティンの迷惑になることは本意では無い。
リルムの一番の目的は、ラスティンに、例え番でなくとも好いて貰いたいということなのだから。学園へ通うことも、番の研究も手段に過ぎない。焦る気持ちがないわけではないが、他の道を探せばいいだけのことだ。
そう、リルムは考えていた。
「そう、そうなんだ。その方がトラブルが少なく、合理的だ。
俺もそう理解している。だが…気持ちがついていかない」
「ラスティン様?」
「…少し、話をしても大丈夫だろうか? 体調は?」
「今はもうすっかり大丈夫ですわ」
「そうか。…体調が悪くなったらすぐに言ってくれ。
飲み物を用意して貰おうか」
喉を湿らせたかったのか、ラスティンはメイドを呼ぶとお茶と軽食を用意してもらってた。そういえば倒れたのは昼食時だったので、なんとなくおなかが空いたような気がする。
待機していたメイドが手早くお茶の準備をしてくれる。良い匂いのするハーブティと、クッキーなどのつまめるものまで。湯気が立つハーブティに口を付けてから、ラスティンと向き直る。
「今回のことは、下手したら戦争が起きるレベルのものだ」
「…ラスティン様の立場だと、そうなってしまうのですね」
「勿論、軽率に戦争などは起こさない。
ただ、王子であるシンのメンツがある。俺が将来的にシンの直属の部下になることは確定だ。その配偶者となる人を公衆の面前で罵倒した。
それはこの国がガズムを侮っていると思われても仕方が無い。それに相手も悪い。元とはいえ王子妃候補だった者が君を罵倒したのだから」
王子妃候補であればわかっているはずの国の力関係。このアズワルドは大国ガズムに縋ることでなんとか生きながらえているだけだというのに。
王が早々とエルムを王子妃候補から外したのは間違っていなかったというのは誰の目から見ても明らかになってしまった。
「まぁ…普通に考えれば戦争にはならない。アズワルドに戦争を起こす旨みがないからな。シンが本気で抗議をしたとしても、落としどころとしてはリー公爵家と国家から賠償金。それと渦中の彼女は処刑、といったところか」
「処刑…」
その響きにゾッとしてしまう。
リルムはエルムに対して何かを思ったことはない。あれだけのことをされたのは事実だが、憎しみなどの感情はあまり湧いていなかった。勿論、罪は償って欲しいし、反省だってして欲しい。けれど、何よりも金輪際関わらないで欲しいという気持ちが一番強かった。エルムや他の家族になんらかの感情を持つには傷が生々し過ぎる。
そのせいか、エルムの処刑と聞いてもピンとこないのが現状だった。
「ただ、サーシャがきちんと間に入ってくれたから、そういった事態にはまずならない。しかも後始末まで請け負ってくれたからな。そこまでされたのにコチラが糾弾の手を緩めなければ狭量な王子と見なされる」
「…貴族もですけれど、王族となると更にメンツなど色々大変なのですね」
「本当にな…」
心底うんざりしたようにラスティンが同意する。
立場や地位というものは、行動を大きく制限する枷のようなものだ。
「ただ、今回のことで考えたのだ。
この先、厄介なことは幾度も起こるだろう。そのときに、俺は番の存在に惑わされず正解を選べるだろうか、と。
…実は今回、頭に血がのぼりかけ、シンに直訴しようと一瞬考えてしまったんだ」
「それは…!」
「安心していい。勿論思いとどまったよ。
ただ、そういう思考が自分に生まれてきたこと自体が驚きだった」
ラスティンは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「冷静であれ、理性的であれと己に言い聞かせていたからこそ、今回の自分の心境の変化に戸惑ったよ。出来るのであれば、今からでも君と離れた方がいいのか、とかな。
…だが、出来そうもない」
「………」
ラスティンと離れることを考えるだけで、辺りが薄ら寒くなるような感覚に陥る。それが理性的に考えれば正しい場合もあるとわかっていても、だ。リルムとしては、ラスティンの判断に従うしかない。ただリルムとしてはラスティンに捨てられないように祈ることしかできないのだ。
だから、思いとどまってくれて少しだけホッとしてしまった。そのことに嫌悪感を感じながら。
「俺は、君と共に在りたい、と心の底から思う。
であれば、俺はもっと努力しなければならない。番の衝動に負けないための術を身につけなければならない、と思ったんだ。
そのためには、君の協力が必要だ」
「私の…?」
「最初は、番に関して知りたいなどと何を…と正直思っていた。
そういうシステムであり、それ以上でもそれ以下でもない。調べるにしても非常にプライベートなことだから、今更得られる知識も少ないだろう、とも。ただ、君が望むなら好きにさせようと思った。
だが今は違う。もし、この番というシステムに一部であれ抗うことができる手段が見つけられるのならば、是非とも協力したい」
「ラスティン様…」
「すまない。かなり自分勝手な願いであることは自覚している。
ただ、俺は番関係なく君に惚れている、と思う。…言い切れないのがなんとももどかしいところだが」
「いえ。いいえ。とても嬉しいです」
ラスティンの言葉はリルムにとって自分勝手どころかリルムにとって一番嬉しいものだ。
今のリルムの悩みは自分がラスティンの番でしかないことだ。けれど、ラスティンは番関係なく好きだと言ってくれる。番としてのリルムではなく、ただのリルムを見ようとしてくれているのだ。
これが嬉しくないはずがない。
「俺は君を利用することになるのだが…」
「けれど、それはお互い様では?
私もこれから番のことを調べるにあたり、ラスティン様に協力を求めることがあると思いますし…」
「研究の結果、番の衝動に抗えるようになったとき…俺は君より国やシンを優先すると言っているようなものなのだぞ?」
言われて少し考えてみる。
自分よりも国やシンを優先するラスティン。
だが、何度考えてみてもその方がしっくりきてしまった。
「…そのときになってみないとなんとも言えませんが…たぶん、私はそういうラスティン様の方が好ましいと思うはずです。
その…私はまだ自分に自信が持てていません。だから私を優先されたとしても、それは番だからであって私自身のためにというわけではない。私を置き去りにされているような気分になるんじゃないかって、思います。
だから、ラスティン様はラスティン様らしく、母国やシン様を優先してください。
私はおそばに居られるだけで十分ですもの」
ゆっくり考えながら言葉を選ぶ。とても大事なことだから、言葉選びを間違えないように、慎重に。何度も言葉に詰まったけれどもラスティンは口を挟まず聞くことに徹してくれた。お陰で、きちんと自分の気持ちを伝えられたように思う。
やり遂げた、という小さな達成感を覚える。
「…なんというか、初めて祈りたくなったな」
「?」
「君が番で本当に良かった、と神に感謝したくなった。…俺はあまり信心深くないんだがな。
本当にありがとう、リルム」
ぎゅう、と痛いほどに抱きしめられる。
まだ、何も解決していない。
リー公爵家のことも、番のことも。けれど、きっとなんとかなるような、そんな予感がした。
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