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午前の授業をつつがなく終えて、リルム、ラスティン、シン、サーシャの四人は昼食をとるべく連れだって歩いていた。
「あの…皆様、私に合わせた授業で本当によろしかったのですか?」
それぞれとるべき授業があるだろうに、先程の授業時間は全員がリルムに付き添って同じ授業を受講していた。リルムにとっては興味のあるものだったが、他の面々にとってはあまり意味があったように思えない。
研究熱心な貴族以外は大概家で勉強を済ませ、試験を受けて必須単位を取得し、授業を受けないまま卒業する。シンとラスティンは一応母国からの留学生という立場もあって授業には参加するが、それでも興味のあるものだけだと言っていた。
今回はリルムの興味を引いた歴史の授業だったため、退屈だったのではないだろうかと心配になってしまう。
「懸命に授業を聞くリルムもなかなか良いと気付いた」
大真面目に答えるラスティン。随分熱心だと感じていたが、どうやらその熱心さは別の方向に向いていたようだ。
「本当にコイツ理性派なんだろうかと疑問に思えてきたぞ」
「まぁまぁ。
私は一応ほとんどの必須単位とっちゃったんで、あとは卒業を待つだけって感じなんですー。でも、授業も普通に受けてみると新鮮でいいですねー」
「あの…でも…。
このあと受けようと思っている初級マナーの授業は流石に…」
「初級マナー?
リルムが受けるのであれば中級が妥当だろう。先に初級の試験を受けてみるといい。どのくらいのレベルかわかる」
「そうなのですか?」
自分のマナーレベルがわからず困惑するリルムに、シンが解説を入れてくれた。
「初級ってね、庶民の子たち用なんだよ。この学園はどんなとこかーとか紳士淑女とはーとか…。
ほら、庶民の子でも優秀であれば国や貴族に仕えたりするでしょ?
そのためにマナーの基礎の基礎を学ぶってわけ」
「リルムは基礎はしっかりしている。あとは実践だけだ。俺が保証しよう」
「ありがとうございます、ラスティン様」
目の前で繰り広げられるイチャイチャに、シンとサーシャはちょっと辟易している。授業中は真面目だったが、開始前後は中々に酷かった。番否定派のシンがますます頑なになる程度には。
「ところでー。
お昼どうします? 今からだとどこもちょっと混雑してそうですよねぇ。
お二人は普段はどこで食べてたんですかー?」
「俺たちか? ほとんど購買で買ってるか…たまに弁当を用意して貰うこともあるな。
大概は中庭なんかの屋外で食べている」
「あら、意外~。てっきりお貴族様御用達食堂に行ってるかと」
サーシャの言うお貴族様御用達食堂とは貴族クラスがあるA棟に一番近い食堂のことだ。学生が食べるにしては高級な食材が使われた食堂で、敷居が高いせいか平民はあまり立ち寄らない場所でもある。
「人が多いと鼻がな…。酔いそうになる」
「あぁそうか。獣人さんって鼻が良い方が多いですもんねー。
というか凄く不躾な質問いいですかー? シン様って何の獣人なんです?」
「俺か? ナイショにしてるわけでもないんだがな」
「そうなんですかー?
なんというか、王子様なので聞くに聞けないって感じだったんですよねー」
「俺は竜だ。細かく分類すると火竜」
「そうだったのですね!」
初耳だったリルムが驚きの声をあげる。そもそも、竜という種族が実在するのかという驚きもあった。
「まぁそんなワケで俺もそうだし、狼のラスティンだって匂いがキツイとこはあんまり近づきたくないんだよなぁ」
「香水単体ならまだいいのだがな。混ざると俺はなかなかにツラいものがある」
「まぁ…」
「あ、もしかして私がリルムちゃんに近づくのオッケーだったのって、無香料だから!?」
「それも大きかったな」
「結構あっさりオッケーでてびっくりしたんですけど、納得しました」
確かに貴族女性はリルムでもびっくりするような匂いを纏っていることがある。人間よりも鼻がきく獣人にあれば更にキツイだろう。
「だが、今の時間だと他の場所は混んでいるだろうな。
仕方ない、A棟で食事にするか」
「あー。それなら休憩室借りてきましょうかー?」
「そういえばそんなものもあったな」
「休憩室、ですか?」
「ほら、この学園って授業は選択式でしょうー? それで空き時間が出来ること多いじゃないですかー。そういう時間に利用するための空き部屋があるんです。申請すれば誰でも借りられますよ。この時間なら逆に食堂でおしゃべりしてる人の方が多いでしょうし」
「そういうものがあるのですね」
「では、すまないが頼めるか?」
「そういうのの存在は知ってたけど俺たち利用したことないからねぇ」
休憩室の空き確認をサーシャに任せて、リルムたちは食堂へと向かう。貴族御用達のA棟食堂は休憩室へのデリバリーも請け負ってるらしい。サーシャは「私の分は本日のオススメでお願いしますー」とだけ言って休憩室に向かっていった。
「そういえばリルムに好き嫌いはあるのか?」
「いえ…なんでも食べられれば嬉しいと言いますか…」
「あー…。でもちょっと食細いよねぇ」
三人は和やかな会話、特に食に関する会話をしながら食堂までの道を歩む。ラスティンとシンは獣人というイメージに違わず、どちらかと言えば肉の方が好みだという。そんな他愛のない会話を交わしながら食堂に入り、注文をしようと待機していると、突然リルム達の背後からヒステリックな声がかかった。
「良くもまぁノコノコと顔を出せたものですわね、この疫病神!」
リルムが後ろを振り向くと、そこには妹のエルムが立っていた。
エルムの姿は目を開けるのを禁じられていたせいで、何年も直視したことがない。けれど、あの地下でずっと罵倒の声を聞いていたのだ。聞き間違うはずがない。
リルムとは違う、絵に描いたように美しい金髪碧眼。きっと顔立ちは愛らしいのだろうが、憎々しげに歪んでいてよくわからない。
さっと、ラスティンがリルムの姿を隠すように立ち位置を変える。しかしながら、長年染みついた妹の罵声までは遮ることができなかった。
「あなたのせいで我がリー公爵家がどれほどの被害を被ったか、わかっておりますの?
まぁ構いません。今すぐ公爵家へ戻りなさい。そうすればいつもの躾で勘弁してあげますわ」
躾という言葉を聞いただけで、リルムの体が震えた。
いつもの、とはどれだろう。心当たりがありすぎてわからない。
鞭や道具を使ってぶたれることだろうか。
焼けた火箸を押しつけられることだろうか。
泥水に沈められることだろうか。
それとも…。
躾と称されて行われたことの数々が、一つ一つ脳裏に浮かんでは消えていく。ヒュ、と呼吸が意図せずおかしくなる。上手く空気が吸えない。地上にいるのに、まるで溺れているかのようだ。
番としてラスティンに見出され、甘やかしてもらった。その穏やかな日々が嘘のように崩壊していく感覚。リルムの心は疫病神と罵られ虐待されて過ごした地下の時代へと戻りそうになる。
「リルム、大丈夫か」
焦ったような声と、優しい芳香がした。
ラスティンだ。だが、ラスティンの声だと理解はできても、その内容までは理解できなかった。頭が恐怖でいっぱいになっているせいだ。
「リルム、リルム?」
「…なによ。番だかなんだか知らないけれど、アンタにはあそこがお似合いよ。
戻りなさい!」
言うことを聞かず反応がないリルムに腹を立てたのか、エルムが激昂する。口調も取繕わない地下の時のまま。それがリルムには怖くてたまらなかった。
近づいてくるエルムが、まるでスローモーションのように見える。
振り上げられる手。此方に向かってくる気配。それはリルムの身に馴染んだものだった。
避けることは許されない。避けたらあとでもっと酷いことをされるから。
ただ、身を固くして息をひそめ、早く終わることを祈るだけ。
だが、エルムの掌はリルムに当たることはなかった。
避けようともしないリルムをラスティンが抱き寄せたから。
それと、エルムを阻む手があったから。
「はいはーい、風紀として学園内の暴力は見逃せませーん」
休憩室の予約をしてくる、と言っていたサーシャの姿がそこにあった。
「何するのよ!」
「風紀の名の下に、元王子妃候補さまにご指導入りマース。
風紀委員、集合集合~」
サーシャが周囲に声をかけると、何名かが集まってきた。中には食事の真っ最中だった者もいるようだ。同時に、誰かが報告したのか、学園内に配置されている警備の人間も集まってくる。
その人員にテキパキと指示をだすサーシャ。既にエルムは何人かによって拘束されていた。何事かをわめき散らしながら、どこかへと連れて行かれるようだ。
そして、サーシャはリルム達の方を振り返る。
「いやー…まさか今日の今日でコトが起こるとは思ってもいなかったんですよ。声かけてよかったー。
ガズム国のお二人におかれましては、我が国の恥がご迷惑をおかけしました。リルムちゃんもね。
休憩室は無事とれたのでそちらの方でお休み下さい。お昼も適当に注文して届けるよう手配しますんで。
あ、そこの君、こちらの皆様を案内してー」
そうまくし立てると、サーシャは忙しそうに去って行った。
残された三人は案内するよう指名された男子生徒に連れられて、予約したという休憩室までいく。
なんとか休憩室まで気力を振り絞ったリルムだったが、三人だけの空間になると限界がきた。
「あ、あ…」
小さく悲鳴を上げ、ぎゅうと己の身を抱きかかえる。呼吸が乱れ、ヒュ、ヒュ、と細かく震えるような音がリルムの喉から聞こえた。
「リルム。落ち着け。もう大丈夫だ。リルム」
明らかに焦点の合ってないリルムを抱きしめ、ラスティンが努めて優しい声をかける。だが、その表情はとても険しい。出来ることならばリルムの妹だというあの女を八つ裂きにしたくてたまらなかった。
「…め、なさ…」
「リルム? 大丈夫だ。もう大丈夫だぞ」
悲鳴のような小さな呼吸の合間に、リルムが何事かを呟く。まだ心がこちらに戻ってきていないようだ。
耳を澄ますと、呟く言葉がハッキリと聞こえた。
「ごめんなさい、うまれてきてごめんなさい」
その悲痛なつぶやきは、何度も言わされた癖のようなものだとわかってしまった。
シンもラスティンも出来ることは何もない。ただ、リルムが落ち着くようにと祈ることしかできなかった。
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