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「リルムさん、ようこそ学園へ。
私はAクラス担任のガルーダといいます。今後私が死んだり胃を痛めたりしない限り、卒業まで担任は替わることがありませんのでよろしくお願いしますね」
死んだ目で挨拶をしてくれた担任は、見るからに顔色が悪かった。
よく考えればAクラスは所謂貴族クラスで、今回に限って言えば大国ガズムの第二王子が来ている。毎日神経がすり減らされるのも無理はないだろう。しかもそこへ、その第二王子の側近の番がきたのだ。ガルーダ先生の胃に穴が空いていても不思議ではない。
「あの…ご迷惑をかけないように頑張りますね」
「いえいえ。いっそのこと胃壁貫通したほうが私も楽になれるかもしれませんし、遠慮などする必要はありませんよハハハ」
口調はとても明るいが、目が全く笑っていない。
どうフォローしたものかと考えたが、リルム自身がガルーダ先生の胃壁に負担をかけている一因なのだ。せめて負担にならないように、と先導する彼とはぐれないように歩調を速める。
「挨拶は考えてきましたか?」
「あ、挨拶ですか?」
「この学校の歴史の中でも編入生というのはとても珍しい存在なのですよ。
なのでどう紹介したものかと私も悩んだのですが…まぁ、普通が一番ですかね?」
「そう…ですね。あまり目立ちたくはないので…」
「なるほどなるほど。リルムさんは控えめなのですね。実に素晴らしいです。
…まぁ、立場が立場ですからちょっと難しいかもしれませんけど…っと。
教室に着きました。Aクラスはここです」
基本的に貴族クラスであるAクラスは、朝のHRですら参加自由だ。試験さえ突破すればそれで構わない緩さだ。
ガルーダ先生のあとについて教室の中に入る。
途端に、値踏みするような視線が突き刺さった。
(…事前に聞いていて良かった。
知らずに入室していたら足がすくんで動けないところでした)
浴びせられる視線が怖くないワケではない。けれど、ラスティンやシンから事前に情報を貰い、屋敷のメイドたちにも協力して貰った。だから今かろうじて踏みとどまっていられるのだ。
もともとあまり表情が動かないのも幸いした。
親しくない人達から見れば、涼しい顔をしている様に見えるだろう。
「皆さん、今日からAクラスに編入してきたリルムさんです。仲良くしてあげて下さいね」
学園では基本的に名字を名乗らない。平民に名字を持たない者も少なくないからだ。
学力によってクラス分けはされているものの、優秀な者は平民でもAクラスに所属していたりする。学園の中では、身分はない、ということになっているのだ。
「リルムです。皆様よろしくお願いいたします」
手短にそれだけを告げて自己紹介を終わる。
舌がもつれなくて本当に良かった。
けれど、値踏みするような視線は未だに止まない。
「本日のHRは以上です。
今日は編入生がいたため原則全員出席でしたが、これ以降はいつも通りで結構ですので」
予想していたよりも人数が多かったのは、編入生の顔見せのため原則全員出席と言われていたかららしい。そのせいで精神やら色々削られた気がするが、まぁ過ぎたことなので仕方が無い。
思っていた以上にあっさりとした紹介ではあったが、疲れたことには変わりなかった。
「やぁ、お疲れ様リルムちゃん」
「大丈夫か? 具合が悪くなっていないか?」
先生が教室を出た後、シンとラスティンが側に来てさりげなく視線から守ってくれた。それだけでホッと息をつける。二人がいるのにも関わらず未だにぶしつけに視線を寄越すような人は流石にいなかった。
解散を告げられてすぐに席を立った人間も多い。人数が減ったことにより、少し息がしやすくなった気がする。やはり人前はまだまだ恐怖が先に立つようだ。
だが、折角編入してきたのに何も授業を受けず帰るのはちょっともったいない気がする。
「大丈夫です。
折角ですから、できれば何か授業を受けたいのですが」
「リルムちゃん真面目だなぁ。
でも無理は禁物だよ?」
「そういえば昨日最後まで迷っていたが、どちらにするか決めたのか?」
「あ、はい。今日は二限目の…」
「シン様たちってば、編入生ちゃん二人占めしないでよねー」
三人で受ける授業の相談をしていると、背後から明るい女性の声が響いた。
「初めましてリルムちゃん。
私はサーシャと言います」
ニッコリ笑って握手を求めてきたのは、珍しく教室に残っていた人間だ。
明るい栗色の髪に灰色の瞳。人間族の女性にしては大柄な方で、身のこなしがスマートだ。
このクラスにいる人間族は、大抵が貴族だ。そういった人間は、原則全員出席と言われたせいで渋々出席した人がほとんどである。そのためHRが終わるとそそくさと帰っていた。逆に、獣人族は授業を受けたり気の合う者同士で雑談をするために残っている者が多かった。
そんな中サーシャと名乗った少女は人間でありながら教室に残った珍しいタイプだった。
「あ、はじめまして」
絶賛勉強中の淑女の礼をとろうとする。が、サーシャの言葉に遮られた。
「あーいいよいいよ、私そういうの苦手なんだよね。
学園にいる間は身分関係ないって言われてるからそういう貴族っぽい堅苦しいのヤメにしない?」
「そうですか。
ですが、私は今マナーなども勉強中の身ですので、出来れば付き合っていただけると嬉しいのですが」
「んー…それなら仕方ないかなー?
私も100%善意とかじゃ全然ないし、むしろ打算モリモリで近づいてきたのでー。
ただ、私が無礼なのは大目に見てくれると嬉しいかなー?」
「それは勿論です。私が練習したいだけで、皆様に強要する気は全くありませんので」
どうやら裏表のない性格らしく、あっけらかんと打算アリと自己申告してくる。裏で何を考えているかわからないよりはよっぽど付き合いやすそうだ、とリルムは感じた。
だが、シンやラスティンがどう思うかはわからない。今の対応はまずかったかと後ろにいた二人を振り返る。が、少々遅かったようだ。
サーシャは満面の笑みで二人に話しかけている。
「そんなワケで、ご本人の許可も得られましたので私もついてって良いですよねシン様達」
見ればシンとラスティンは少々めんどくさそうな様子だ。
「…ダメ、とは言いづらいな」
「警備の面で非常に面倒なのだが…」
「あ、その辺りは気にしないでいいですよ。
私、この国の近衛隊長の娘なんで腕に覚えアリですとも。いやー私女の子なのに厳しいのなんの。
それに、この国の人間がガズムの王子様になんかするとか絶対あり得ないですしねー」
「…世の中には絶対はない」
苦虫を噛みつぶしたような顔をするラスティン。だが、リルムが親しくしてしまったせいで断る口実を見つけられないでいるようだった。
「あの…ラスティン様」
「ほらー。リルムちゃん悲しそうな顔してるー。
でもでも、私結構お得ですよ? そこそこ腕に覚えありますし、何よりリルムちゃんと同性。お二人や護衛の方が立ち入りづらいところまで護衛できますしね。
具体例を挙げるならトイレや更衣室!」
確か表立って傍にいてくれる護衛の面々は皆男性だったはずだ。
そもそもラスティンやシンが番を見つけるとは露程も思っていなかったため、周囲は男性で固めて留学している。
確かにそういった男性が立ち入りづらい場所での警備は今憂慮している事柄の一つだった。
「まぁいいんじゃないか、ラスティン」
「…わかった」
「あの、なんというかすみません」
「…リルムのせいではない。それに、同性の友人がいた方がいいのは確かだ。…友人に相応しいかはわからんが」
「お、保護者様の許可いただけましたー。
んじゃ頑張って護衛兼友人やりますかー」
こうしてリルムは初めての同性の友人ができたのだった。
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