国王
わが君は苛烈な王だ。
不正を働こうものなら、どれだけ高い身分の貴族だろうと厳罰に処す。即位以来、開国より連綿と続いていた貴族家が半分に減ったといわれるほどだ。
しかし、幼い頃は身分のなんたるかを理解していない貴族の子息どもに囲まれてグズだのノロマだのと罵られ、いじめられていた。
特に気にならないので放っておいたらしいが、毎回毎回、乳母の娘であるわたしが突っ込んできて、弟分をいじめるクソガキどもを容赦なく蹴散らしては、きつく叱責されるのを見て、自分で仕返しするようになった。
誰それはまだおねしょをしているとか、誰それは母親に叱られて泣きべそをかいたとか、たわいのない、しかし、どうやって集めたのか分からない情報を、囲まれるたびに披露した。
遠巻きにされるようになり、本人は静かになったと満足していたが、ご両親たる国王夫妻はそろって頭を抱えた。おっとりしていると思っていた末息子が、複雑で高等な術を駆使して情報を得ていたことが判明したからである。
術士院から教師が呼ばれ、本格的に術士として教育を受けることになった。作物の研究をしたがっていた本人は不服そうだったが、虫避けの結界などをつくり出して満足するようになった。
何もなければ、術士として興味の赴くままに研究をしながら生涯を送ったであろう。
流行病で国王夫妻が身罷り、即位した兄王も時をおかずして同じ病で亡くなった。軍人だった第二王子は、兄王の死亡直後に起きた姉婿による叛乱で戦死し、その留守を守る第三王子は裏切り者によって毒殺された。第四王子であったわが君も暗殺されそうになったが、瀕死の第三王子の手によって危ういところで長兄の忘れ形見たちとともに難を逃れた。
混乱の中、わが君はわずか十四歳で即位した。夫の叛乱を制止できなかった長姉を冷酷に切り捨て、その夫を捕らえるや否や処刑した。反乱に組みした者は容赦なく厳罰に処し、何もせずに傍観していた貴族たちは閑職に追いやった。
これだけのことをしてのけることができたのは、軍部の助力と次姉の嫁ぎ先である隣国の支援に加えて、自身が籍を置く術士院の後ろ盾があったからだ。
わが君は先頭を切って魔物討伐に赴く次兄の役に立てばと数々の解毒術を編み出し、魔物の毒に苦しむ多くの軍人を救っていた。
毎年大発生する魔蟲に悩まされる隣国に自身の研究結果である結界術を惜しむことなく伝えていた。
己がつくりだした術は、危険性のあるものをのぞいて、すべて誰にでも使えるように広く開示していた。
おひとよしだの、愚かだのといわれていた、その行為が、自身を、国を救った。
わが君が即位してから三十年以上過ぎた。
国は安定し、長兄の忘れ形見である王太子は貫禄を備えた立派な中年となり、その子どもたちも成人している。
わが君は、そろそろいいだろうと十年以上前から譲位を申し出ているのだが、王太子本人によって、のらりくらりとかわされている。強引に押し付けてしまえばよいものを、こんなところは昔と変わらず不器用で鈍くさい。
諦めたのか、わが君は王太子の息子へ即位を促すようになった。王太子の子どもたちは我が君を祖父のように慕い、尊敬しているので、まだ早いと言いつつも協力的だ。王位を継ぐのは面倒だという王太子の思惑通りである。彼は影で画策するのが性に合っているから、それで良いのだろう。
ようやく、肩の荷をおろせると、近頃は時折ではあるものの人前でも昔のように穏やかな表情を見せるようになった。
王でなくなったなら、また以前のように名前で呼んでほしい。
わが君はそんなささやかなお願いをする、かわいい男である。