侍女
わたしの母は有能な侍女だ。
代々王家に仕える家に生まれ、幼い頃は乳姉妹として王女や王子の遊び相手になり、長じてのちは侍女として仕えた。
年頃になれば王家との繋がりを求める家から望まれ、女遊びの激しい傲慢な男のもとへ嫁いだ。
母はそんな男でも結婚しようと思わせるほどには美しく魅力的だったらしい。夫となった男は結婚早々に母が身ごもった途端、女遊びを再開したのではあるが。
数年後、母は幼いわたしを連れて王宮に戻った。婚家の悪事の数々の証拠を握って。
収賄に脱税、密輸に果ては過去の謀反への関与など多岐に渡って悪事を働いていた婚家は取り潰しとなった。元夫は逃亡先で女に刺されて死んだ。
母は国王に仕える侍女となった。
まだ若く美しい母は多くの男たちから言い寄られた。母はそんな男たちを手玉に取り、己が必要とする情報や人脈を手に入れ、国王を影で支えた。
母は人前では決してわたしを近くに寄せなかった。
そんな母を多くの者がひどい女だ、とんでもない悪女だと詰った。
私室において、どんなに母がわたしを優しく抱きしめてくれるか、愛おしそうに撫でてくれるか知らないからだ。
何のためにそうしているかを知らないからだ。
だれかが大切にしているものを踏みにじってやろうという人でなしは宮廷にはいくらでもいる。おとなしく踏みにじられるつもりは全くなかったのだけれども。
治癒師見習いになるため、王宮を、母のもとを離れることになった十四歳のとき、ろくでなしの男の娘であるわたしをなぜ愛せるのか聞いた。
母は聞かれる日を待っていたと笑い、愛する人の娘だからよと打ち明けた。
母は好きな男の子どもを宿してから嫁いだという。
開いた口がふさがらなかった。
母はわたしが思っていた以上に、したたかだった。
ろくでなしの娘ではないと判明して素直に嬉しかったが、本当の父の名は、いろいろ面倒なことになるので聞かなかったことにした。母も父に真相を告げていないという。
互いにそうと知らぬまま接してきたが、実の父はなにかとわたしのことを気にかけてくれる。
勘付かれているのではないかと母に聞けば、そういうところは鈍いから大丈夫だと一笑された。
治癒師として独り立ちし、だいぶ経ってから結婚することになり、相手を紹介すると、母はとても喜んだ。
不器用で鈍くさそうなところが、あの方とそっくり。母娘って好みも似るのかしら。
そういって母はとても満足そうな顔をしていた。わたしとしては、むしろ、図太いところが母と似ていると思っていたのだけれども。
夫となる人が遠慮がちに、屋敷で一緒に暮らさないかと申し出たが、体が動くうちは働きたいと断っていた。
思う人の近くにいたいのだろう。
いつか真相を暴露して驚く顔を笑ってやろうと楽しみにしているという。
わたしの母はしたたかで健気な女だ。