治癒師
わたしの妻は変わり者の治癒師だ。
初めて会ったのは、新人たちを治療室に連れて行ったとき。
若い女の治癒師に浮かれる新人たちに、魔物によってつけられる傷の危険性について詳細な説明をしながら、死ぬほどしみる薬をぬりこみ、彼女は微笑んでいた。新人たちの顔色は治療を受ける前より悪くなっていた。
初めて言葉を交わしたのは、魔獣による攻撃をかわし損ねて傷を負い、手当を受けたとき。
治り具合を比較したいから、四本の爪痕それぞれに違う薬と治癒術を試してもいいかと尋ねてきたので了承すると、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。気絶しそうになった。近くで手当されていた同僚は気絶していた。
私的な会話をするようになったのは、麻痺作用のある薬草茶の試飲を頼まれたときから。
わたしは我慢強すぎるので、被験者に向かないと文句をいわれた。後輩たちが渋さに悶絶したり、あまりの臭さに吐き出したりしていた。そんなものかと首を傾げるわたしを彼女は面白そうに、後輩たちは恐ろしそうに見ていた。
告白したのは比較的安全と思われた地方巡視に彼女が治癒師見習いたちを引き連れて同行したとき。
突如として大型魔獣が複数体出現したために、負傷者が多数出た。あまりの怪我のひどさに怖気付く治癒師見習いたちを彼女は叱り飛ばし、手の空いている者は誰でもかまわずこき使い、髪を振り乱して治療に当たっていた。徹夜明けで目の下にクマをつくった彼女の手を取り、愛を請えば、額に手をあて熱をはかられた。正気に返れと上官も部下たちもうるさかった。
結婚を申し込んだのは、重傷で死にかけたとき。
張り手をされて無理やり意識を引き戻された。ぼろぼろ涙を流しながらわたしの口へ薬を突っ込もうとする彼女に、結婚してくれるなら飲むといってもう一度張り手をくらった。隊長が壊れたと部下たちが騒ぐのを尻目に薬を飲んで、そのまま三日ほど意識を失った。死んだ方がマシなのではと思うくらいまずかった。
それから半年後、彼女は約束通り妻になってくれた。被験体を確保するのが目的ではないかと祝宴の席で囁いていた連中はてきめん腹をくだした。彼女の助手に頼んで保管庫から脱毛剤を隠しておいた、わたしの英断には感謝してもらいたい。
仕事に研究に励む妻に不満はないが、下宿中の幼馴染の息子と怪しげな呪術を共同開発するのはちょっとやめてほしかった。本人たち曰く「ささやかな息抜き」で宮廷を震撼させたのは、さすが我が妻と幼馴染の息子と思ってしまったが。
開発された毛根老化促進の呪いは、国王陛下の勅命で公に発表されることはなく、術士院の奥深くに封印された。被験体にされなくてよかった。
彼女の治療を避けるために新人たちは訓練をさぼらなくなった。
彼女が改良した傷薬や治癒術は多くの命を救った。
彼女たちが共同開発した呪いは、幼馴染の息子を間接的に守った。
わたしの隣で微笑む彼女はわたしよりも部下たちに恐れられると同時に慕われている。
わたしの妻は情の厚い、優れた治癒師だ。