二度と見たくない夢
一
(うう、さむい!)
暖かい毛布をはぎとられて、目がさめた。
「うーん」と、うなったぼくは、まだ起きたくない。
(ねむい。もっと寝ていたいよう……)
毛布を探そうと手を伸ばしたら、ポチの身体だった。
そのポチが、ぼくの顏をのぞきこんでいる。
「タロウ、起きろ」と、言っている顔だ。
「えっ!」
なんと、ぼくは地面で寝ている。ポチと抱きあって、寝ていたのだ。
とび起きたぼくは、もっと驚いた。
「わっ。どうしたんだ?」
(四つ足を着いている!)
ぼくは犬になっていた。
ポチより、だいぶ大きな犬だ。
「ぼくは、どうなったんだ?」と、ポチに、たずねようとしたが、犬の言葉が出てこなかった。
ぼくは、犬たちに取り囲まれていた。
一匹、二匹、ポチをのぞいて、七匹いる。
皆が、ぼくたちのことを眺めている。
静かだ。
ここは、古い小さなお宮さんの境内で、人がいる気配はない。
「さあ、こっちだ」と、ポチの顏。
ぼくは、まっ黒な大きな犬の前に連れて行かれた。ボスだということは、言われなくともわかった。ぼくと同じぐらいの大きさだけど、迫力が違う。
ボスは、じっとぼくを見ていた。そばに来て、ぼくの臭いをかいだ。
大きな口がぶきみだった。
ぼくは、よろしくお願いします、と言わなければと思ったが、恐くて言葉が出なかった。
ボスの顔が、ぼくを見つめて「仲間に入れてやる」と、うなずいた。
ほっとした。
群で一番小柄な、右前脚の足首の先がない犬が、ぼくらのそばに来て、なにやらポチに話した。
ぼくを振り向いたポチの顔が、「さあ、夕べの残りのごはんを食べに行こう」と言った。
(お腹がすいた!)
ぼくたちは、お堂の横手にまわった。
ごはんの、パンの切れ端は、少ししかなかった。
ぼくが食べようとしたら、ポチが、「ウー」って、怒った。
「ボクが先だ。ここではボクの方が、序列が上だ。タロウは、ボクの次」と、ポチの顏に書いてあった。
(それはないだろう……)と思ったが、しかたがない。
ぼくが五つの時、生まれて三カ月ぐらいの雑種の犬が、迷いこんできた。ぼくがポチと名前をつけた。ぼくは弟のようにかわいがった。
今、ぼくは八才になったが、まだ子供だ。でも、ポチは、成犬である。犬は十数年しか生きないから、大人になるのが速いのだ。
ポチは秋田犬のような体だが、耳が大きく垂れている。おとなしくて、とても賢い。
ぼくは、ポチが食べるのを見ていた。
ぜんぶ、食べてしまうのでは、と心配した。
やはり、ポチは、半分残してくれた。
ぼくは、ガツガツ食べた。すぐに食べてしまった。もっと食べたかった。
「たりないよ」と、ポチの顏を見たら、「がまんしろ」だった。
がまんしたくないが、誰も助けてくれない。
(がまんするしか、しかたがない……)
犬の世界では、言葉数は少ない。
顔を見ればたいがいわかる。それで間に合わないときは、ワンワン、吠えたり、ウーッ、うなったりする。
二
この日、ぼくは、ポチの後を追って、過ごした。
一日中、あちこち、食べ物を探してうろついた。
お腹が空いた。
食べられるものは、見つからない。ポチはバッタを捕まえ食べていた。ぼくはキイチゴの実を食べた。草も食べた。喉が渇いて、たまらず濁った水溜りの水をペチャペチャ飲んだ。
夕方、食べ物を見つけられないまま、お宮さんに戻ると、あの足の不自由な犬が教えてくれた。
「もうすぐ、おばあさんが、ごはんを持ってきてくれるよ。工場の食堂の残飯さ。お肉とかお魚とかのおいしいところは、ボスたちが食べてしまうので、オレなんか、白いご飯とか、菜っ葉とか、パンの残りしか食べられない。でも、ずっとおばあさんが食べさせてくれるので、オレは助かっている」
お腹を空かしたぼくは、おばあさんが来るのを待った。
すると、背の高いおじいさんと太った若い男が、蓋付きのバケツを提げて、やってきた。おばあさんの代わりに来たようだ。二人の話はぼくにはわかる。
白髪の坊主刈りのおじいさんが、
「おばあさんは、今日は腰を痛めて休んだ。頼まれて代りに来たが、いい機会だ」と、その目が、だんだん恐くなっていく。
「今日、隣町の牧場でヤギの子供が食い殺されたのは、ほんとうに野犬なの?」と、手伝いの若い方。
「他に、犯人はいない。こいつら野犬は、退治せねばならない。今日は、残飯に、たくさん毒入り肉を混ぜてきた」
「おばあさんは、しょうちしているの?」
「いや。話してない」
毒入り肉という言葉に、ぼくは驚いた。
二人を遠巻きに眺めている犬たちに教えようと、ワンワン、吠えたが、伝えられない。逆に、
「ウーッ」って、ボスににらまれ、吠えるのは止めた。
二人の男が立ち去ると、ボスから食べだした。ガツガツ食べていた。次々に犬たちは食べた。どの犬も、毒なんか平気だった。ぼくらの前の、足の不自由な犬は、最後の肉の、小さな切れはしを食べた。
パンだけになって、ポチの番だ。ポチは半分、ぼくに残してくれた。
お腹が空いているぼくは夢中で食べた。チラッと、毒入り肉という言葉が頭に浮かんだが、肉なんかない。それに他の犬たちはなんともない様子なので、気にしなかった。
満足して、ぼくはくつろいでいた。
しばらくすると、ボスが、うろうろしだした。他の犬たちも落ち着かない。
毒に当たったのだと、ぼくは分かった。
次々に犬たちは倒れた。
肉を食べなかった、ポチとぼくだけが平気だった。
恐くなって、ぼくたちはお宮さんから離れた。
三
歩きながら考えた。どうして、ここへ来たんだろう?
そうだ、家出したんだ。
遊びから帰ってきて、「宿題したの?」と、お母さんに聞かれた。ガミガミ言われるのが嫌で、ぼくは、「うん」と、答えた。でも、宿題してないことがばれて、お母さんに叱られた。
夕方、お父さんが帰って来て、「お手伝いしたか?」と聞かれて、ぼくは、怒られるのが恐かったので、「はい」と返事した。
畑にバケツで風呂の残り水をやるのが、ぼくの仕事だ。
お母さんが、「私が畑に水をやりました」と言ったので、怒ったお父さんに、ぼくは表に放り出された。
それで、ポチを連れて、夜じゅう歩いて、このお宮さんまで来て、疲れて地面に寝てしまったのだ。
「タロウがウソつくから、こうなったんだ」と、ポチの顔に書いてある。
「うん」
ぼくは反省した。
そうやって、すっかり思い出したら、ぼくは人間の姿に戻っていた。
やっぱり人間の方がいい。いろいろなことを、好きなように話せるのがいい。
四
食べ物を探して歩いた。
山を越えて、国境を越えた。
上空を強い風が吹いていた。高い雲の隙間に、小さな虹が出ていた。二つもあった。
「おい、ポチ。虹が二つ出ているなんて、ふしぎだな」と、ぼくはみとれていた。
ポチには興味なしだった。
お腹が空いた。
山をくだる途中で、先に行ったポチとはぐれてしまった。
「おーい、ポチ」と呼んだが、返事がない。
ふもとに、人家があった。
庭のベンチで、ぼくと同じぐらいの年の、赤い服のかわいい女の子が一人で、ごはんを食べようとしていた。
カールした金髪を結んだピンクのリボンを揺らし、白い顔が大きな口を開けた。
腹ぺこのぼくは、道端につっ立って、そのようすを眺めていた。
うらやましかった。
ぼくに気づいた女の子は、手招きした。
きっと、食べ物がもらえると思ったら、よだれが出た。
女の子は、黙って、パンを一つぼくに手渡してくれた。
ぼくは、ガツガツ食べた。
おいしかった。
その子は、もう一つくれた。すぐに食べてしまった。
もっと欲しいが、その子のパンの半分を、ぼくが食べてしまったから、あきらめねばならない。
ぼくは、やさしい女の子に感謝した。黙って、その子に頭を下げた。
その子は、水筒の紅茶をコップに注いでくれた。
ごくごく飲んだ。
「ごちそうさん。おいしかった」と、やっと人心地のついたぼくは、礼を言った。
「ウソ、おっしゃい」と、女の子が笑いながら言った。
「えっ?」 ぼくは、びっくりした。
ぼくは、まずそうにパンを食べたのか? と、いっしゅん気持ちがへこんだが、そんなわけがないと思い直した。
「ウソじゃないよ。おいしかったよ」
女の子がまじめな顔になった。
「この国では、皆、ウソをつくのよ」
「えっ?」
ウソをついたら叱られるのが当たり前なのに、皆がウソついているなんて、信じられない。でも、ゆかいじゃないか。
「ウソついてもいいのだね」
「ええ」と、女の子は大きな声で言った。
そんな、楽しい国があるのかと、ぼくは喜んだ。
でも、ぼくは、気になった。
「じゃあ、この国では、皆、ウソをつくと言ったのも、ウソかい?」
「ウソに決まっているでしょ」と、女の子の目がまばたく。
「そうだろうな。
えっ? ウソに決まっているでしょう、も、ウソかい?」
「そうよ」と言って、こんどは、女の子はケラケラ笑い出した。
ぼくは、わけがわからなくなった。
すると、女の子は空を見上げて、独り言のように言った。
「口から出た言葉は、信じないものよ。黙っていても、本当のことは、その態度でわかります」
「それもウソじゃないのか?」と聞こうとして、ぼくは止めた。
本当かウソか、疑い出したらきりがない。ウソが混じるとややこしいことになる。ぼくは複雑な気持ちだった。
ぼくは、さっき見た二つの虹のことをしゃべりたくてたまらない。それで、話した。
そしたら、女の子が、
「ウソおっしゃい」と言って、遠くの空を見上げながら、
「私は森の中の逆さ虹を見たわ」と言った。
虹は原っぱなどにかかるもんだ。森の中では出ない。そして、虹の半円は上半分だ。逆になるなんてありえない。森の中の逆さ虹なんて、ウソのウソだ。
そう思いながら、ぼくは、その女の子の顔を見つめていた。
そうしたら、その子はきまり悪そうな顔になった。
そのとき、ワン、ワン、吠えながらポチがやってきた。
「おい、どこへ行っていたんだ? ポチ」
ポチがぼくの顔を見あげる。
「食べ物を見つけたから、行こう」
ポチは何もしゃべらないが、顔を見れば、あいつの言いたいことがわかる。そして、ポチはウソをつかない。
ぼくは、その女の子に、小さな声で「ごちそうさま」と言って、頭を下げた。
すると女の子は、黙って、うなずいた。きれいな笑顔だった。
五
ポチの跡を走った。
細い坂道のそばの草株に隠れて、丸いチーズの塊が一つあった。車の荷台から落ちて転がってきたのだろう。
お腹がいっぱいになったぼくは、草原にのんびり寝転がった。
暖かいお日さまの光に、満ち足りた気分だ。
ふと、どうしてこんなことに、なったのだろうと、考えた。
ウソをついたからだ。
どうして、ぼくは、ウソをつくようになったのか? と、これまでのことを振り返る。
ぼくは幼稚園に行くようになって、いろいろな人と話すことがおもしろかった。自分の思うことを、他の人に伝えられるのが、楽しかった。
そして、新しい言葉を覚えると、使ってみたかった。
また、よその人が話したことを、まねて、しゃべった。
おばあちゃんが、言った。
「この子は、口から先に生まれたのね。とても利発な子だわ」
ぼくは小学生になると、友だちから、「おしゃべりタロウ」と呼ばれた。
学校から帰ると、おばあちゃんが、
「今日は、学校でどんな勉強したの?」と聞く。
最初のころは、ぼくは、いっしょうけんめい説明した。
「そうなの、そんなに勉強したの。がんばるのよ」と、おばあちゃんは励ましてくれた。
でも、いつだったか、おばあちゃんに、「今日、何を勉強したの?」と聞かれたとき、ぼくは外に遊びに行きたかったので、とっさに答えた。
「忘れた」
ぼくは、面倒なことを言わないで済む方法を見つけた。
おばあちゃんが寂しそうな顔をしたのが、少し気になった。
それから、おばあちゃんは、ぼくに学校のことを聞かなくなった。
それから、ぼくは、「忘れた」が、得意になった。
誰かに面倒なことを聞かれたら、「忘れた」と、答える。
友だちに、嫌なことを聞かれたら、「そんなこと、忘れた」と言った。
ぼくは、「忘れん坊、タロウ」と呼ばれた。
学校には友だちが大勢いて、ぼくは、楽しかった。
友だちに話すときは、カッコいいことを話したかった。だから、嫌なことは、ごまかした。都合の悪いことを、わざわざ自分から言う必要はない、どうせ相手は知らないことだから、とぼくは考えた。
そうやって、ぼくはウソをつくようになった。
ある日の放課後、ぼくは忘れ物をして、教室に戻ろうと、ドアに手をかけたら、中から、
「噓つきタロウめ。あいつの言うことを鵜呑みにして、ひどい目にあった」と、聞えて来たので、立ちすくんだ。
「タロウの言うことを、信じちゃだめだぞ」
「そうだ」
「そうだ。あいつの言うことは、疑ってかかれよ」
ぼくは、教室に入れなかった。
あるとき、先生が、「明日は、なんとかです……」と、言ったのを、よそ見していたぼくは、聞き洩らしてしまった。
それで、隣の席の信二君に聞いたら、「あしたは、学校がお休みです」と、まじめな顔をして言った。
変だなと思ったが、休みならありがたいやと、ぼくは、次の日、学校に行かなかった。
ぼくは仕返しをされたのだ。
六
いつの間にか、ポチとはぐれてしまった。
お店が並んだ通りを歩いていた。
食堂からスパゲッティのゆでる匂い。コロッケ屋さんのいい匂い。ぼくは、死ぬほどお腹が空いていた。
ぼくはパン屋さんの前にいた。
パン屋の店先に並べてあったパンを、一つ、そっと、盗った。
おいしそうだった。たまらず、立ったまま、そのコッペパンにかぶりついた。
「こらっ」と、ひげだらけのおじさんに見つかった。「どろぼう」って、八百屋の兄ちゃんや、通行人の若者たちも追いかけてきて、ぼくは捕まった。
店のおじさんに、「このやろう」って、げんこつで頭をなぐられた。
ぼくは、おまわりさんに引き渡され、警察に連れて行かれた。
ぼくは、自分がどうなるか、分からなかった。不安だった。
「お前が、パンを盗ったことに、間違いないな?」と、若い、体の大きなおまわりさんに聞かれた。
そこには、ぼくを捕まえた人たちは、誰もいなかったから、
「ぼくは、パンを盗ってません」と、言った。
「えっ、本当か?」と、おまわりさんはぼくの顔をまじまじと見つめた。大きな目だった。
「本当です」
一度ウソを言ってしまうと、そのあとを続けなければならない。
「みんながお前を追いかけたのは、どうしてだ? お前がパンを盗ったからだろう?」と、おまわりさんは静かに聞いた。
「違います。ぼくではありません」と、反射的に、ぼくは言った。
「では、誰が盗ったんだ?」
「ぼくではありません。知らない人です」
ぼくは、破れかぶれで、言ってしまった。
「そうか。お前が、そんなに言い張るのなら、人違いかも知れないな。
よし、お前の言い分を、皆の前で言ってみろ。
もし、お前の言うことが本当なら、私はひどいことをしている」と、おまわりさんは悲しそうに目をまばたいた。
そして、おまわりさんは、そのパン屋さんのお店に電話をした。
「さあ、行こう」
ぼくは馬鹿なことをしたと悔いた。失敗したと思った。
ウソです、すみませんでしたとは、言えない。そんなみじめなことをするぐらいなら、ぼくは死んでしまった方がいい。
もう取り返しがつかないことだった。
だんだん恐くなって、身震いして、顔面から血の気が引いた。
ぼくは気を失い、その場に崩れてしまったのだ。
七
ぼくは、地獄にいた。
あちこちに、哀れな亡者たちが突っ立っていた。閻魔大王の裁きを待っているのだ。
大きな体の赤鬼、青鬼たちが、忙しく動き回っている。
白い着物を着た亡者が、ぼくに話しかけてきた。
「あぐ、あぐ、あぐ」
舌がないから、言葉にならない。
でも、その男のまじめな目がぼくに語ってくれた。
「ウソをつくと、俺みたいに舌を抜かれる。お前は正直になれ」と、注意してくれたのだ。
ぞっとするほど青い、怖い顔をした青鬼が、ぼくの首根っこをつまんで、閻魔大王の前へ連れて行った。
恐いお顔の、閻魔大王。
にらまれたら、金縛りにあったようで、身動きできない。
ぼくは、ガタガタ、ふるえていた。
青鬼は、ぼくがおまわりさんにウソをついたことを話した。
「ウソつきの刑に処す。この子の舌を抜け」と、大声がとどろく。
ぼくは、頭の中が真っ白になって、気が遠くなりそうだった。
すると、帳面を見ていた、大きな赤鬼が顔を上げ、言った。
「この子は、まだ死んでいません。娑婆に戻さなければなりません」
「そうだったか。こんど地獄に来たら、舌を抜いてやろう」と、閻魔大王の声に、ぼくは助かったと思った。
ぼくは必死で言った。
「もう、ウソはつきません」
閻魔大王が、じっとぼくを見つめていた。
赤鬼が、ぼくの手を引いて地獄の門の外へ連れ出した。
恐い赤鬼の目がやさしくなった。
「もう、ここにはくるな」
「もう、ウソはつきません」と、ぼくは誓った。
そんなぼくの顔を見つめた赤鬼が、「ちょっと待ってろ」と、言った。
そして、自分のお弁当の包みを持ってきた。
「家に帰るまで、お腹がすくだろう」と、半分っこして、大きなおにぎりを一つくれた。
八
ぼくは家に向かって歩いていた。とても遠い道のりだが、歩くしかない。
ハナを垂らした小さな男の子が、道端にしゃがみこんで、しくしく泣いていた。
「どうしたの?」
「お腹がすいて、もう歩けないの」と、その子が言った。
かわいそうだった。
ぼくは、赤鬼からもらったおにぎりを、あげた。
その子が、おにぎりにかぶりついているのを見たら、ぼくのお腹が、グウッ、と鳴った。
そばにいた、腰の曲がったおばあさんが言った。
「お前も腹が、すいているのに……、ありがとう」
「いいえ、ぼくは、お腹がすいてません」
そうでも言わなければ、ぼくの気持ちが折れてしまう。
すると、しわだらけの顔の、やさしい目が
「そんな、ウソをついて……」と、ぼくの顏を見つめた。
(えっ、ぼくはウソをついてしまった……)と、哀しくなった。
おばあさんは、思いついたように、うなづいた。そして、財布から、一枚の券をとり出した。
「この引換券を持って、隣町のパン屋さんへ行きなさい。好きなパンがもらえるよ。
私は隣町まで歩けないけど、お前なら行けるね」
ぼくはうなずいた。
ぼくは、「あのう」と、その券を、パン屋さんにさしだした。
振り向いたパン屋さんを見て、ぼくは、
「あっ」と、とびあがった。
あの、ひげだらけのおじさんだった。
券を手にしたおじさんが、
「おや? お前は、あのときの……」と、気づいた。
ぼくは逃げた。
「まて」
おまわりさんの顏がちらついて、ひっしで走った。
閻魔大王の顔が浮かんできたら、足がへなへなと崩れた。
ぼくは、そのおじさんに捕まった。
「なんで逃げるんだ。好きなパンをあげる」
九
目が覚めた。
ぼくは、ふとんで寝ていた。
ぼくは、うなされて、ハアハア息を切らしていた。
夢の中で、走っていたのだ。
どこから夢がはじまったのかわからないが、ぼくは夢を見ていた。
外は真っ暗闇。
ポチはどうしているか、心配したら、犬小屋で寝ていた。
(おわり)