焦がれるは秋②
その人はいつも窓際の席に座っていた。お店の入口から三つ目の席。観葉植物に背を向けながら、テーブルに置かれた原稿用紙の上で筆を走らせていた。勢いよく手を動かしていると思ったら手を止めて窓の外を眺める。行きかう人たちの動きを目で追い、時々空を見上げては小さく欠伸をした。そして暫くしたらまた原稿用紙の上でペンを躍らせる。耳袋から垂れたピアスが窓から差し込む光を反射してキラキラと揺れた。
「ふーん、ああいう人がタイプなんだ」
僕の淹れた珈琲を飲みながら小説を読んでいたシオリがぽつりと言った。今日淹れた珈琲はこのあいだ淹れたものよりは上手く淹れられたと思ったが「この前のより不味い」という酷評を受けた。
「別に。そんなんじゃないよ」
シオリの言葉にハッとして、コーヒーカップを洗う手に集中した。珈琲のシミがカップに残らないように、洗剤で泡立たせたスポンジで優しく汚れを洗い落としていく。
「君、新人さん?」
「え、」
突然投げ掛けられた柔らかい声にソーサーを持っていた手が狂って、カップから珈琲が少し溢れた。
「……!すみません、すぐ取り替えてきます」
「いいよいいよ。せっかく持ってきてくれたんだし。それにもったいないでしょ?」
彼女は特に慌てる様子もなく、優しく微笑んでくれた。
「でも、それ……」
僕が指差すと彼女は「ああ」と初めて気がついたように声を漏らした。原稿用紙の角が茶色く染まっていた。
「大丈夫よ、まだ白紙だし。それに、ほら」
彼女は紙を持ち上げて言った。「君の耳みたい」と。その時僕は特に返す言葉が見つからず、気恥ずかしくなって自分の耳を掻いていた。何故かは分からないけれど……。
「ーくん。シュトレンくーん」
意識の端っこから僕を呼ぶ声がしていることに気づいて、洗い物をしている手を止めた。横を振り向くと店長がシワだらけの手を振っているところだった。
「もう大丈夫だよ?」
「ん?」
何が大丈夫なのだろうかと思って自分の手元を見てみると、その手にはすっかり綺麗になったお皿と、ぐしょぐしょに濡れた白い布巾が握られていた。それはさっきまで洗ったカップの水滴を拭いていた物だ。
「それはもういいから、これお願い。三卓のお二人さんのところね」
「……はい」
僕は布巾を堅く絞って干すと店長から珈琲が二つと、生クリームと苺のパフェを乗せたお盆を受け取った。
「こりゃ重症だね」とシオリが呟くのが聞こえ、店長が「どうしたもんかね」と嘴を爪で掻くのが横目で見えた。動揺を隠すようにしっかりと両手でお盆をもってカウンターを出た。カップの中で揺れる珈琲の水面に、猫人の青年の顔が写っていた。その顔はいつもより茶色いだけで、そのほかに特別変わった様子はない。
ほんと、どうしちゃったんだろう……。
僕の心はカップの中の珈琲のように揺れていた。