第2話「異世界に来ました」
気づくと俺は街中で立ち尽くしていた。
辺りを見渡す、昔写真で見たヨーロッパのような街並みが続いている。道行く人々はマントのような物を羽織った人達ばかりだ。
しかし、本当にここは異世界なのだろうか。そんな疑問は一瞬で消えた。獣人だ、俺の横を後ろから獣人が通り過ぎていったのだ。ウサギのような耳を生やした少女が小走りで走って行く。
俺の横を通り抜ける際にぶつかりそうになり「わわわっ、ごめんなさい」と元気な声で謝罪をしながら走り去っていった。
少女が走って行った方向は俺が歩ていく方向と一緒だ。なるほどイベントが何かわかったぞ。
あの少女が建物で絡まれるのを俺が助ける。使い古されたテンプレではあるが、それはつまり最も安定して人気が取れるという事でもある。
俺はケモナーではないが、相手は美少女だ。獣人だろうが何だろうが可愛ければ問題は無い。可愛いは正義!
逸る思いを胸にしまい、ゆっくり歩き始めた。女神は『歩いて』と指定したのだから、多分絡まれるタイミングとかを見通しての事だと思う。
ここから俺の異世界チーレム人生が始まる。歩いた先には異世界の言葉で書かれた看板だが何故か「冒険者ギルド」と書かれているのが読める。多分チートの一つだろう。
異世界転移主人公は異世界言語チート持ち、今やこれは常識!!
ギルドのウエスタンドアの先では、きっとさっきの美少女がゲスな野郎どもに絡まれ悲鳴を上げている頃だろう。
俺は勢いよくドアを開けギルドの中に入って行き、そして先ほどの獣人の少女を発見した。彼女はカウンターに居た。
「いらっしゃいませ」
しかし、乱暴をされている少女なんていない。そこには笑みを浮かべギルドの職員として働いている先ほどの獣人の少女が居た。
入り口でキョロキョロしてみるけど、他の冒険者が絡んでくるといった事もない。テンプレのイベントが何一つ起こらないぞ。
えっと、どうしよう。予想外だ。予想外に何もなかった。
「あの、もしかして冒険者登録でしょうか?」
不自然にキョロキョロしている俺に、ギルド職員の獣人の少女が近づき話しかけてきた。
適当に「あ、あぁうん」と相槌を打つ俺に、「それではこちらへどうぞ」と笑顔でカウンターまで案内してくれた。
そして一枚の紙を出された。異世界の言葉だけど勿論読める。だが問題が。
「……だめだ、書けない」
そう、異世界の文字は読めても書けないのだ。
もしかしたら書いたら勝手に異世界の言葉に変換されるかもと思ったが、そんな事は無かった。
「えっと……これはなんて書いてあるのでしょうか?」
とても苦い顔をされてしまった。それでも彼女は笑顔を絶やさないようにしている。
「俺の国の言葉で『多田野 道貞』と書きました、文字は読めるけどまだ書けないので。やっぱりだめですか?」
「あー、なるほど。それでは代わりに私が書いておきますね。タ、ダ、ノ、ミ、チ、サ、ダ、っと」
正直言うと、別に冒険者になりたいわけじゃなかったけど。
でもまぁいきなり冒険者になるって、それもテンプレと言えばテンプレだし間違っちゃいないか。
冒険者になる事がイベントかは疑問に思うところだけど、まぁ彼女がそういう事をわかっていたらブクマだってもうちょっと増えているか。
「ハッハッハ、兄ちゃん。見慣れない格好だが異邦人か、それならそこに書いてある文字は読めたりするかい?」
そんな事を考えながら、冒険者登録の手続きの説明を話半分に聞いて「はい」とだけ答えている俺に、テーブルに座って酒を飲んでるおっさん達が、冷やかしの言葉を投げて来た。
ギルドカウンターの横、彼らの言う『そこ』には1mはあるかと言う巨大な羊皮紙がある。円状の模様に何やら文字が色々と書かれている。
「コラー、新人をからかうのは止めなさい、もう。あっ、あの人達の事は、相手にしなくても良いですよ」
元気な声でおっさん達に「めっ」と言った感じで叱る彼女を、おっさん達は笑って「おっと、これは失礼」と全く申し訳なさそうな声で返事をしている。
険悪なムードが全く無く、どちらかと言うと和んでるのを見るとここでは日常茶飯事のような光景なのだろう。周りの人間もその様子を笑ってみている。
「えっと。昼と夜、太陽と月、それらが全て交わる場所にて扉は開かれる。我を求めぬ者に我は答えよう」
なんだこれ? 何かのなぞなぞかクイズか?
とりあえず読んでみたが、わけがわからん。
そんな俺を、周りは驚愕な表情で見ている。もしかしてイベントって、これが解読されていない古代文字ってオチだったりするやつか?
俺の予想通り、壁に掛けられた羊皮紙には、解読されていない古代文字で書かれていたらしく。
冒険者の誰もが夢見る宝のカギと言われるその古代文字を、俺がチートで読み解いてしまったのだ。
「兄ちゃん、冒険者登録が済んだら俺らが兄ちゃんに依頼出すから受けてくれや」
依頼内容 古代文字解読を手伝ってくれ。
この世界の金銭の価値は知らないが、前金を渡された際に「これだけでも一ヵ月は食っていける金額だ」と言われたから相当な高額報酬なのだろう。
そして俺はおっさん達と街を出た。どうやら先ほどの文章に思い当たる場所あるらしく、そこにも解読されていない文章があるそうだ。もしかしたら宝の手掛かりになるかもしれないと言う事で一緒に旅にする事になった。
戦士のおっさん、斥候のおっさん、魔法使いのおっさんの3人と軽く自己紹介をした後、俺達は街の門をくぐった。