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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

再帰せし罪

作者: すくあ

 空に浮かぶ星羅の瞬きは冬模様。

 世界が一吹きした風に私は、寒さから体を縮こませてコートの襟を手繰る。そして、


「はあぁぁあぁ…………」


と放った暖かな吐息を、柔らかく拳を握った手で包みこんだ。

 そしてようやく学校が見えてきた頃。


「おっはよー!」


 そう勢いよく告げながら私の背中をドンッと叩き追い抜いていく。

 制服から同校の生徒だと分かる。しかし、どうにも見覚えのない顔だ。

 ──ってか……。

 叩かれた背中が痛い。

 衝撃の瞬間の、刹那的な突き抜ける痛みは過ぎ去ったが、じんわりと広がるような痛みが未だに背中に残っている。

 ──…………まあ話のネタにはなるか。

 そう浅い思いで、不意止めていた歩みを進めて前を向いた。

 しかし刹那、違和感に襲われて再び足が休まる。そして、瞬間的に正体に気付かされる。


「……っ」


 思わず喉から息を漏らす。決して声にはならない音。

 学校正門までの一本道で立っている人間は私と、私に声をかけた一人の女子生徒だけだった。

 そして、目に入ったもの。


「な、ナイフ……?」


 道端に倒れた生徒。

 女子生徒が足蹴にする教師。

 それら全ての人の背中にナイフ。


「…………」


 ──まさか……。だけど、


「はっ…………っ、はっ」


 頭の上から押さえつけられるような重さと、その重さをもろともせず湧き上がってくる焦燥から、自然と息が消えかかるように粗くなっていく。

 ──ささってない…………わけが…………!

 そう。この状況下、私だけが例外なはずが無い。

 なにせ、痛みがある。


「あれ?」


 そんな中で、聞き覚えのある声が遠くで聞こえたと思えば、


「まだ立ってるのっ?」


 耳に息が吹きかけられた。その瞬間強い下ベクトルへの力が加わり、力に反発しようとも逆らえば痛みが身体を突き抜けていく。


「っあ──!」


 アスファルトの味を知る。


「んも〜。手間取らせないでよね? こんなタイムじゃ賭けに負けちゃうじゃんかぁ!」


 私の痛みなど知るつもりなど毛頭ない彼女は、元いた正門へ向かいながらスマートフォンを取り出して、何やら文章を打ち込んでいる様子。

 ──動け……ない。

 痛い痛い痛い痛い、痛い!

 徐々に背中の痛みが増す。


「しぬの……? あ、あんなので…………??」


 息を漏らす。

 軽い挨拶でナイフが背中に突き刺さるなんて、私の中では「あんなの」だ。まだ長生きしたいし、殺されたくなんてないし、死ぬなら老衰が一番いい。何なら病気で苦しくても誰かのそばがよかった。

 後悔してもしきれない現状だ。いつもと同じ様に登校していたのだ、別に遅れたわけでも、なにかした訳でもない。

 だから、後悔なんてできない。

 「取り敢えず」で殺されかけている。

 そんな私は、地面に爪を引っ掛け、必死に立ち上がろうと試みた。だがその行動を制限したもの。


「…………動くな」


 私にナイフを刺したやつではない何者かが、私の左手の甲を踏んで動きを御する。

 男は私同様地面に横たわり、周囲を見回す。そしてなにやら、


「…………ダメだな」


と呟いて自分の中で結論をつけたかと思えば、こちらを向いて言葉を続ける。


「お前はまだ、生きたいか。…………例えどんな結末になったとしても」


 私は無言で頷く。

 迷うことは無かった。いや、実際はどんな結末なのかと少し迷った。

 だが、否定する理由など皆無だ。


「そうか。なら痛みに耐えて着いてこい」


「耐えてって──」


「生憎、」


 男は言葉を切って前を向いた。そして続ける。


「お前が生きる方法はひとつしかないんだよ」


 残念ながらその目は冷酷だった。私の救世主ではない。むしろ、これからを引っ掻き回す乱破だ。

 それでも私は、必死な思いで着いていった。地面を這いつくばって、鼻先を擦りながら。


「いいか、お前は立ち上がって片腕を前に出せ。ただ真っ直ぐ、敵に向かって手刀を突き立てるように」


「…………わかった」


 そして男は、先程敵が私の元へ接近したように目にも止まらぬ早さで距離を詰めた。

 目の前から人が消えたことで、私は行動をとる。

 右足を前に、左足で支えをつくり、右手を真っ直ぐ敵に向ける。何があっても腕が動かぬように、左腕で自らを固定した。

 そして、その腕が役に立つ瞬間はすぐに訪れた。


「耐えろッ!!」


 指先に力を込める。

 刹那。


「っぐうあぁああ!」


 なにか生暖かいものが指先に触れた直後、その感覚は腕全体までに及び、突如なにかが視界をおおったことに驚いて目を瞑ると、「べちゃ」という音がこの上なくふさわしい粘性のある液体が顔や身体にまとわりつく。

 衝撃に押され、数歩後退りしてようやく開いたまぶたの先には、つい先刻まで生きていたものがそこにあった。

 地面に「ズシャッ」と肉塊を横たわらせると同時に、私の手のひらには、サファイヤよりも深い蒼の宝石の如く煌めきを持った珠があることに気づく。

 それに見惚れていると、


「それを食え!」


 そう激が飛んだ。


「え──」


「早く!」


 言われるがままその珠を飲み込む。

 喉を通すには少し大きな珠だ。それでも、無理矢理に飲み込んだ。

 それが引き金だ。

 ──熱い…………なんで、熱いの!?

 胃の中で珠が燃えているかのように熱を放つ感覚。


「それでいい」


「……ど、こが……!」


「それがお前の制約だ」


 男は胸部に大穴が空いた敵の頭部に、血にまみれた足を乗せる。


「お前は数秒前のこいつと同じになっただけだ」


「どういうこと」


「人を殺さないと生きられないってこと、ただそれだけ」


 私は怪訝な顔をする。

 その顔を見て、私の心中を察してか聞いてもいないことを話し始めた。


「一日につき一人、お前の心臓が動くための生贄がいる。だからやつはここを狙って数十人をまとめて殺したんだよ。たまたまお前はその標的になって殺されかけた」


 男は私の心臓を指して言う。

 しかし私は、男の言動に違和感を持った。だからこそ聞き返す。


「そんなに敵のことを知ってるのに、なんで私を見殺しにしなかったの?」


「簡単だ、あいつは俺たちの仲間を殺した。だから代わりが欲しかった──そんなもんだ」


 ──「どんな結末になったとしても」って…………。

 私はたった一つの結末しか思い浮かばなかった。

 それは私の稚拙な思考しかなかったからかもしれないし、実際に答えはひとつしかないのかもしれない。だがどちらにせよ喜ばしくない結末だ。


「おいお前、着いてこい。その身体になれば背中の傷もいずれ塞がる」


 ──その身体。

 つまり私のこの身体は、もう既に人間じゃないんだ。

 ──だったら……。

 私の頭の中に流れていた映像は、つい数分前の物。

 その映像から判断し、決断した結末。


「なにしてる、早く来い。お前も贄がなければ死ぬからな、こっちで用意した人間をくれてや──」


 私の背中から抜いたナイフ。私は逆手に握ったそれを、男の前で堂々と見せびらかしてから、男が迎撃体制とる前に太い首を掻っ切った。


「てめ──」


「言葉は、」


 私は口からナイフを差し込んで、声を潰す。


「いらないよ」


 そのまま奥まで差し込んで、ぐいと捻じ回した。

 男の結末は、容易に想像できる。ただ一つのそれを。

 私は、先人から授けられたそれを、その先人の服で包んでから手の中で遊ばせると、背中にしまい込んでその場をあとにした。


短編プロローグ

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