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深海の魔女は一人で貝殻の髪飾りを眺めていました。
「……やはり、ソレはお前が持っていたのか」
後ろから声を掛けられた深海の魔女は驚いて振り返りました。
そこにいたのは人魚を統べる王様、末姫達のお父様がいたのです。
「ソレだけはどれだけ探しても見つからなかった。もしかしてお前が持って行ったと思っていたが……」
「……何だい? コレを返して貰うだけにこんな辺鄙な所に来たのかい?」
「そうではない」
王様は深海の魔女の傍に近寄ると突然頭を下げたのでした。
「なっ?!」
「すまなかった。お前一人に全ての責任を背負わせてしまって。本当はあの子の死に一番責任を感じているのが母親であるお前である事に気付かなかった」
王様の謝罪に深海の魔女は頭を振って後ずさりしました。
「違う……違う! 私が悪いの! 私があの子を殺した! 私があの子を人間にしたからあの子は泡となって消えてしまった!!!!」
ここで一つ昔話をしよう。
ある所に可愛らしい人魚姫がいました。
その子が十六歳の誕生日を迎え、初めて海の外を見る事が出来たのですが、その時に一人の人間の王子様に一目惚れをしてしまいました。
そしてその王子の船が嵐で難破して王子様が海に投げ出されて、それを人魚姫が助けてから余計に王子様の事が気になってしまったのです。
そこで人魚姫は人魚の国で一番の魔法使いである自分の母親に一つお願いをしたのです。
「自分を人間にして欲しい」と
最初母親はソレを断りました。「人と人魚は結ばれない」「人間になっても良い事はない」と。何より可愛い末の娘でしたから余計に反対しました。
だけど我が侭を言った事もない娘が泣きながら頼み込むものですから、母親は遂に根負けし、反対する他の娘達や家来、夫の説得に買って出ました。
母親は人魚姫を人間にする代わりに声を封じました。
その方が身元の分からない娘を憐れんで保護してくれるし、あわよくば王子様が自ら世話してくれるかもしれないと思ったからです。
母親の予感は的中して、身元の分からない言葉の喋る事が出来ない美しい娘を王子様が憐れんで保護し、世話をするようになったと聞いて母親は安心し、その後は自立した娘に任せる事にしました。
しかしある日、他の娘達が怒りながら母親の元へ押し寄せて来たのです。
何でも人魚姫が好きになった王子様には婚約者がいたのです。
婚約者は隣国の姫君で、人魚姫が王子様を遭難から助けた後、砂浜で彼を介抱していた時にやって来た人間でした。人魚姫は急いで逃げたので正体はばれていませんが、人間の国では王子様を助けたのは隣国の御姫様になっていたのです。
それだけでも人魚姫は大変ショックだったのですが、悲しい事に御姫様は人魚姫の事を大そう気にいり、自ら王子様に人魚姫を側室にする事を進言したのです。
人魚の国は一妻一夫で、一夫多妻の人間の王族の文化に大変ショックを受けてしまったのです。
これには潔癖症なお姉様達は大変激怒しました。そして母親の元へ詰め寄りました。
「人魚姫をを人魚に戻して欲しい」と
これには母親も渋りました。
本当なら母親として人魚姫には戻って欲しいのですが、人間になると言ったのは人魚姫ですし、文化の違いも母親が反対した時に口を酸っぱくして言い続けた事です。ソレを押しのけて人魚姫は人間になったのです。
それに他人がアレコレ未来を指図するのも如何なものだと思い、母親は断りました。
しかし姉達は自慢の髪を切り落として対価として渡したのです。曰く父親である人魚の王様は『人魚ではないあの子はもはや我が子ではない。放っておけ』というだけで取りつく島もないそうです。
それは人魚を統べる王様の責任だからです。けっして人魚姫が可愛くない訳ではないのですが、娘達にはソレが理解できませんでした。
娘達の覚悟を受け入れた母親は、魔法が掛かった短刀を渡しました。
それで人間を傷つければ人魚に戻る事が出来る。だけど自らを傷つければ泡となって消えてしまう恐ろしい短刀でした。
母親は娘達に前半の部分だけ人魚姫に話し、「もし王子様を本当に愛し、人間の側室として一生を迎えるつもりなら、次の朝日が昇った時に海に投げ飛ばしなさい」と言う様に命じました。
これには娘達には不満げですが、選ぶのは人魚姫だと言われて渋々納得しました。そして娘達には「この短刀は掠り傷を負わすだけで効果が発揮するから、けっして殺す様に仕向けてはいけない」と念を押して渡しました。
そして次の朝日が登る時。
人魚姫の姉達だけではなく、母親や王様、そして爺やなどが人魚姫の選択を見守る事にしたのです。
そして人魚姫の姿が見えると姉達は妹の名を叫びましたが、 人魚姫はニッコリと家族に微笑むと。
自らの心臓に短刀を突き刺したのです。
優しかった人魚姫は人間を傷つける事が出来ず、だけど王子様の側室として生きる覚悟も出来ないまま、悩みに悩んだ末に選んだ選択でした。
姉達が悲鳴を上げた瞬間に人魚姫の身体が海に落ちてしまいました。
両親は娘を受け止めようと手を伸ばしましたが、落ちる瞬間から人魚姫の身体は泡となり両親の手には泡しか残っていませんでした。
悲しみと絶望に包まれた人魚達の耳に赤ん坊の泣き声が聞こえました。
急いで声の方を向くと、泡の中ら玉の様な赤ちゃんが浮かんでいたのです。下半身が魚だったので同族だと分かったのですが、一体どこの子だと慌てふためく周りに母親だけは分かりました。
この子は人魚姫と王子様との子供だと。
母親は何か覚悟を決めて夫に言いました。
「あの子を殺した人間達を許さない! 皆殺しよ!! 人間の血を引いているその子供も殺してしまいなさい!」
けっしてそんな事を言わない妻の暴言に夫や娘達は吃驚仰天して反対しました。
「そんな事をしてもあの子は望まないし、例え憎い男の血を引いていても産まれた子供には罪はない。自分達が育てる」
と言って説得しましたが、母親は耳を貸しません。
人魚の国の王様として夫は泣く泣く妻を深海へと追放しました。母親はソレに異を唱える事もせず、大人しく深海へと向かいました。
そして産まれた子供を自分達の『妹』ととして姉達が力を合わせて育てました。それが死を選ばせてしまった妹への贖罪でした。
そしてその赤ちゃんこそが末姫様なのです




