①
ここは海の底の人魚の国。
今日は人魚の王国の末姫様の十六歳の誕生日です。
「おめでとう」
「おめでとう私達の可愛い妹」
「ありがとうございますお姉様」
人魚の王様の子供は全員女の子ですが、特に亡くなった王妃様にそっくりな金の髪に海と同じ蒼色の瞳を持って産まれた可愛い末姫を大そう可愛がり、姉達は幼い頃に母親が死んだ末の妹を大変気にしておりました。
「今日から貴女も人の世界を見る事が許されるわね」
「でも心配だわ。貴女はこんなにも可愛いからもし人間に見つかったら捕まってしまうわ」
「心配し過ぎですよ。私もそこまで馬鹿じゃあないわ」
心配する姉達を余所目に末の姫君は城を抜け出しました。
「やれやれ。お姉様達も好い加減にして欲しいわ。私も子供じゃないんだから自由にさせてくれれば良いのに!」
家族の心配する心は大変ありがたいのですが、それでもアレコレ言われるとやはり反感を持ちますし、息苦しく感じます。
こう言う時はあの人の元へ行こう。そう思った末姫様は深海へとヒレを運んだ。
「おや~? アンタ又来たのかい?」
深海の奥のその又奥に『深海の魔女』がいました。
その昔深海の魔女は何か大罪を犯し、人魚の国を追放されてこんな真っ暗な深海に住んでいる、危ないから近づいては駄目よ、と姉達から末の姫様は注意されていましたが幼い頃から殆ど毎日この魔女の元へ遊びに行っています。
と言うのも、この魔女は自分の事を冷たいのですが追い出すそぶりもしない為、周りの過保護に疲れた姫様がこうして息抜きに来るのです。
「アンタ今日は海の外を見れる日じゃあない。こんな所に来て良いのかい?」
「この後行くの。お姉様達の過干渉から逃れて来たのよ」
岩に腰を掛けて末姫様は大きく溜息を吐いた。
「本当に好い加減にして欲しいわ! 私はもう十六歳なのよ。それなのにお姉様達やお父様、爺や達も未だにに私の事を子供扱いして」
「そりゃあお前の母さんがまだ赤ん坊だったお前を残して死んじまったから、皆心配しているんだよ」
「お母様お母様五月蠅い! 私はお母様じゃない!! 記憶にないお母様の事を言われても私は分からない!!」
末姫様は母親の事は覚えていません。何せ末姫様が赤ん坊だった時に亡くなったのですから仕方がないのですが、姫様が周りに母親の事を聞いてもはぐらかすか黙ったままで誰も姫様に母親の事を教えません。
「どうして皆お母様の事を教えてくれないのだろう……本当はお母様を殺した私が憎いんじゃあ――」
それ以上の言葉は深海の魔女が姫様の頭を叩いて強制的に止めました。
「そんな訳ないでしょ! そうだったらお前みたいな貧弱な子供は産まれて直ぐに殺されているよ。さあ、こんな陰険な所にいないでとっとと海の外を見てお行き!」
末姫様の腰を叩きさっさと帰らせようとした深海の魔女。すると何かを思い出したかのように眼を見開いきました。
「そうだ。アンタ十六の誕生日のプレゼントに一つ魔法を教えてやろうかね」
「ホントッ!?」
末姫様はふくれっ面からパッアと花が咲き誇る様に明るくなりました。
前から魔法を使いたいと深海の魔女に言い続けていたのですが、中々教えて貰いませんでした。それなのに魔法を教えて貰えるなんて聞いて嬉しくない筈はありません。
「良いかい? 今から言う言葉を言いながら手を動かしてごらん。……『アバル ベラ パッセラ』」
「あばる、べら、ぱっせら」
言われた通りに腕を動かすとその衝撃で波が産まれたのですが、それが人の腕の形になったのです。
「うわー!」
その姿を見て目をキラキラ輝かせる末姫様。末姫様の後ろで深海の魔女はその姿を見て小さく笑みを作りました。
「今はちゃんと呪文を言わなかったからのと腕の振りが小さいからこんなに小さいけど、キチンと言えばこれよりも大きな波を自由に操れる様になるわよ」
「ありがとう!」
よっぽど嬉しかったのか何度も何度も魔法を使っています。
「……そろそろ行かないと誕生日が終わるんじゃあないのかい?」
「あっそうだった!! 魔女さん魔法を教えてありがとう! 又後で来るね!」
「もう二度と来なくて良いわよ」
憎まれ口を叩かれながら末姫様は海の外を見る為に上へと泳いで行きました。
末姫様の姿が見えなくなったのを確認すると、深海の魔女は視線を後ろに移しました。
「……好い加減に出て来たらどうだい?」
魔女にそう言われて恐る恐る岩陰から一人の人魚が出てきました。その人は末姫様の一番目のお姉様でした。
「アンタ達あの子に母親の事を何も言っていないそうだね? 一体何を考えているんだい?」
「……本音を言えば私達も辛いんです。可愛がったあの子を思い出すとどうしても涙が出て……」
目元を拭う一番目のお姉様に呆れたのか、深海の魔女は腰に手を当てて大きな溜息を吐きました。
「あっっっきれた! だからあの時産まれたばかりのあの子を殺そうと私は言ったんだい! それをアンタ達が私を追放してまであの子を守ろうとしたのにそんな弱気でどうするの!」
「貴女は過激すぎなんですよ。地上の国に戦争を起こすなんて父上が許すわけないじゃあないですか」
「フン! あの男が弱腰だから私が発破を掛けてやったんだ。感謝して欲しいよ!」
ツンケンドンな態度の魔女に一番目のお姉様は苦笑いをしました。
「……そろそろお帰りになりませんか?」
「嫌だね。あんな腰抜けの顔なんて見たくもない。それに此処に追放したのはアイツだ」
「……最近のお母様は、いえ、そもそもお母様は此処に追放されてから人間の国や人魚の国に危害を加える様な事をせず、ただひたすらこの深海に籠っているだけ。お父様や爺や達はお母様には悪意はないと判断されました。
民もお母様が王都へ戻る事を望んでいます。ですから……」
一番目のお姉様は只管母親を説得しました。しかし……
「戻らないよ。私は絶対に。……人間の、特に王族は許さないし……何より私自身が一番許さないのだから」
そう言うと深海の魔女は奥へ引っ込んでしまいました。取りつく島の無い深海の魔女に一番目のお姉様は又溜息を深く吐きました。




