~彼の場合~02
さて、『彼』は狼にどんな名前を付けたのか。
202X年。その日、世界は一瞬で変貌した。
――略――
(現実……だよな……?)
案内された部屋の中で、ルークは呆然と今までの出来事を思い出していた。
あまりにも理不尽な、最終試験。初めて見たゲートに、多くの『隣人』。そして――……。
「ここが新しい部屋か。……うむ、日当たりも良い。気に入ったぞ」
「歓迎会はもう少し先になるだろう。……何人が残るか、まだ分からないからな」
(……現実、だな……)
勝手に窓を開け放つゴールドと、闇色の巨躯。自分と同じ年頃の少年が、自分のロザリオから現れたとはとても思えない。それならまだ、人語を喋る狼の方が余程受け入れられる気がする。
「さてルークよ。其奴に名をやらねばならんだろう」
「……えっ?」
ゴールドの指し示す先には、こちらを見据える狼がいる。……とは言え、尻尾はどこか楽しげに揺れている。
「あ……」
『その子に名前を付けて、可愛がってあげてね』……先程クラウスに言われた事が頭をよぎる。
(名前って言われても……)
「……ねえ、どうして名前を付ける必要があるのかな」
「個体の識別には名が無ければ不便だろうが」
「いや、それはそうなんだけど……」
何かが引っ掛かる。だが、それが形になるほどの材料を、ルークはまだ持っていなかった。
「……これから私は、マスターに付き従う。此方でも、向こうでも、マスターを護ると誓おう」
「向こうって……」
(それは、ゲートの……)
どれだけ調べても出てこなかった、ゲートの向こうの話。だが、この狼が言うには、いつかそれを己が目で見る事があるという事なのだろう。
(……友人を案内人にして、と確かにクラウスも言っていた……)
先程見たゲートが、鮮烈に脳内に蘇る。見たことのない闇と、その先で瞬く光。あの向こうがどうなっているのか……どんな危険があるにせよ、自分はもうそこへ行く資格を得たのだと思うと、ルークの背筋にぞくりとした恐怖とも、快感とも分からない感触が走っていく。
とにかく此処に自分は受け入れられたのだ、とルークは思った。ずっと知りたかった『向こう側』の世界を知ることのできる数少ない人間になったのだ、と。
(……なら、どんな不思議だって拒むわけにはいかないな。友人も、この狼も……協力してくれるというのなら、こちらも礼を尽くそう)
「……分かった。君にあげる名は……そうだな、『Alexander』はどうかな? 『守護者』という意味なんだけど」
アレクサンダー。その名を聞いた瞬間、狼の金の目が光った。そして、闇色の毛が一層黒く、輝きを増す。
(え……)
「……礼を言おう、マスターよ。私の名は今日からアレクサンダー。名の通り、マスターをこの身に変えても守り通すと誓おう」
(……パワーアップ、した……?)
ゲームじゃあるまいし……そう思ったが、そんな考えは飲み込む。
「……じゃあ、よろしくね、アレク」
「うん、なかなか良い名だ」
いつの間にかベッドに寝転んだゴールドが、面白そうに言った。
「……さて、ルークよ。お前、街を見て回りたいのではないか?」
「え……うん、どうやら歓迎会まで暇みたいだしね。アレク、案内はできるかい?」
「承知した」
行儀よく座っていたアレクが、立ち上がる。ルークがその頭をひと撫ですると、アレクは嬉しそうにまた尻尾を振った。
<続く>
読んでいただき、ありがとうございました。
次は『彼女』がどんな名前を付けるのかです。