表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

~ある真珠の話~

『隣人』が増えてしまった世界での、ある真珠のお話。

 その日は、春子さんにとって忙しい1日でした。


 いつもより少し早起きをして、家の中をいつもより念入りに掃除します。壁のカレンダーには、今日の日付に花丸が付いています。家中をピカピカにしてしまうと、春子さんは杖を持ってゆっくりゆっくりと道を歩いて行きました。


 やって来たのはスーパーです。カゴをいっぱいにした春子さんに、顔見知りの店員さんが声をかけました。

「今日はいっぱい買ってくね。重くない? 大丈夫?」

 春子さんは笑って言いました。

「今日はね、とても大事なお客様が来るのよ」


 帰り道は重い荷物で行きよりもずっとゆっくりとしか歩けません。それでも春子さんは、重い荷物を持って帰って来ました。


 さあ、帰って来たら今度は料理です。煮物にいなり寿司……テーブルにはご馳走が並びました。


 そして、月が登る頃……。

「春子さん!」

 元気な声と共に、戸が開きました。

 金の髪に金の眼。白い肌と赤い唇。一目で分かる、この世のものではない美しさ。服は今時見る事もなくなった水干。妖しい美貌の少年が、嬉しそうに顔を見せたのです。

「はいはい、一月ぶりね」

「うん!」

 美貌とは裏腹に、表情は年頃の少年そのもの。少年の笑顔に、春子さんの顔も綻びます。

「春子さん、何か手伝う?」

「じゃあ、お皿を運んでくれないかしら」

「分かった!」

 春子さんと少年の、二人きりの宴です。春子さんは少年を迎えるために、1日準備をしていたのでした。

「やっぱり春子さんのいなり寿司はおいしい」

「いっぱい食べていってね」

「うん!」

 楽しく話しているうちにどんどん月は傾きます。料理があらかた片付いた頃、春子さんはぽつりと言いました。

「……これが、最期になるのねえ」

 春子さんの言葉に、少年の顔から笑みが消えます。

「……来週で、街のホームに行ってしまうの。そこは空気の違う土地だって……」

「……ここでも、満月の日が精一杯だもん」

「そうねえ……。ありがとうね、毎月わたしに付き合ってくれて」

 春子さんの言葉に、少年は潤んだ目で春子さんを見上げました。

「あの人は早くに逝ってしまって、子供もいなくて……でも、あなたが来てくれるようになって、本当に嬉しかったの。……勝手に、『お母さん』の気分を味わってたの。ありがとう、わたしに夢を見せてくれて」

 少年は、小さく鼻をすすりました。

「……でも、おれも連れてってくれるだろ? 話せなくても、姿を見せられなくても、おれ、春子さんの側がいい」

 少年の言葉に、春子さんはにっこりと微笑みました。

「もちろん、一番いいスーツの胸にあなたを飾ってホームに行くわ。いつだってそこがあなたの特等席よ」

 春子さんの言葉に少年も微笑みます。その目から、真珠のような涙が流れて行きました。

「……春子さん、最期までおれを連れて行ってよ」

「だから、ホームにも……」

「その先も。おれ、春子さんと一緒がいい」

「……でも、それはあなたも燃えちゃうのよ?」

「おれが燃えても、別のおれが春子さんを覚えてる。でもこのおれは、春子さんと一緒に行く。行って、『おれを選んだのに春子さんを置いてくなんて!』ってあいつに説教してやるんだ」

 少年の話に春子さんは目を見開き……そして、声を上げて笑い出しました。

「そうね、あなたを選んだのはあの人だったわ。……あの人、二人で行ったらどんな顔するかしら」

「そこまで、ちゃんと一緒に行くからね!」

 少年が差し出した小指に、春子さんも指を絡ませます。

「約束だから」

「……ええ、一緒に行きましょうね」


 月が沈む頃、部屋には春子さんが一人。そしてその手には、見事な金色の真珠のブローチが握られていました。



<おしまい>

読んでいただきありがとうございました。

元の話の間にこういう別の鉱物の話を挟んでいければいいな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ