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~彼女の場合~01

世界の説明は前回もしてるので冒頭全て省略してます。

今後全部「――略――」です。略します。

202X年。その日、世界は一瞬で変貌した。


――略――



「……すっごい……」

 田舎、と言葉を紡ごうとして彼女は口を噤んだ。車窓の風景は緑一色。遠くに羊が遊んでいる、大変牧歌的な風景をしばらく見た後だ。想像はしていたが、駅を降りても見事に何も無い。

(小田急線っぽいとは思ってたけど、それ以上では……)

 しばらく呆けた後で、思い出したように彼女はバッグを漁った。

「ここでこうしてる場合じゃない、街に行かなきゃ」

 彼女の目的地はこれよりも先の街にある。バッグの中から封筒を取り出すと、中に入っていた書類をまじまじと見た。

「……私の訳が間違ってなければ……公共交通機関は馬車って書いてあるけど……」

(人力車なら家の近くを走ってるけど、馬車なんて……)

 文面はとても信じがたい。何せ、今は中世などではなく21世紀である。しかし書類の入っていた封筒には、間違いなく蝋封が押されている。半信半疑で駅の周りを探ってみると、果たしてそこには馬車が居た。

「……すみません、ニューシティへはこの馬車で行けるんでしょうか?」

 恐る恐る声をかけると、御者の男が顔を上げる。

「行くよ。荷物は乗せられるかい?」

「あ、お願いします……」

(本当に、馬車だ……)

 まるで、おとぎの国の入り口に立っているような気分になる。

(ううん、これは現実……だって、あんなに辛い就活があったんだから……!)

 大学を出て、どうしても研究を続けるためにはここに来なければいけなかった。あの時の苦労を思い出すだけでもぞっとする。

「はいよ、馬車に乗りな」

「あっ、はい……!」

 声をかけられ、彼女は我に返った。

(やっと見つけた研究職、頑張らなきゃ……!)

 熱い決意を載せて、馬車は野を駆けていく。車ではありえない揺れ。クッション性の無い座席。

(……うっ)

「お嬢ちゃん、あれがニューシティだ」

 御者がそう声をかけた頃には、彼女はすっかりグロッキーだった。

「じゃあな、何かあったら電話でいつでも馬車を呼ぶんだぞ」

「……ありがとう、ございます……」

 大荷物を下ろしてもらい、馬車が去っていく。

(……まだ地面が揺れてる……)

 とは言え、空気は美味しい。何度も深呼吸をするうちに、やっと気分が落ち着いてくる。

「……はぁ……空気を清浄に保つためとは言え、馬車は想定外だわ……」

 『隣人』の研究の為には、彼らが生息できる清浄な空気が必要である。清浄な空気のある場所には、濃い魔素が生まれやすい。

(……確かに、鎌倉よりずっと魔素が強そう……)

 彼女の出身地は、都心にもほど近い割に魔素の強い土地である。とは言え、ニューシティ程徹底的に車が規制されている訳ではない。

(ゲートの研究のため、これくらいでへこたれるわけには……)

 大きなため息を一つして、彼女はキャリーを引いて歩き出した。


(えーと、まず研究所に行かなきゃ行けないんだけど……)

 街の端から見渡しても、周りには可愛らしい家があるだけだ。

(……そもそも、この街が分からない……)

 携帯はもちろん圏外。郵送されてきた書類にも、親切な地図は無い。

「……はぁ……探せってことね……」

 誰かに出逢えば道も聞けるだろう。ここに立ち止まっていてもどうしようもない――そう思い、彼女は道を進んだ。

 しばらくすると、何やら人の声が聞こえてきた。騒がしい、だが活気のある声だ。誰かに道を聞くために、彼女はその声のする方向に足を進めた。

「わ……!」

 そこには、市場が広がっていた。簡易な布のテントの下では目を引くような物がいくつも売られている。

「朝露を閉じ込めたイヤリングはどうだい?」

「蜘蛛の紡いだレースが安いよ!」

(気になる……!)

 通るだけで目移りしそうな品々に、思わず歩みが遅くなる。

(でも、品物もだけど……色んな『隣人』がいる……)

 鎌倉で見る『隣人』と似たようなタイプ。全く違うタイプ。きっとこの市場を一日中見ていても飽きることはないだろう。

(いや、まずは人間を探して道を聞かなきゃ……!)

 いくら『隣人』との共生の為に作られた街とは言え人が居ないわけではない。辺りの人を捕まえて道を聞くと、すぐに塔の見える場所が研究所だと教えてくれる。

(アレを目指していけばいいのか)

 街の端からも見える塔。目印としてはとても分かりやすい。彼女は塔を目指して歩き出した。


「すみませーん」

 受付に声をかけると、女性が顔を出す。

「すみません、こちらの研究所に新しく配属されたサクラ・イシガミと申します」

「はいはい、突き当りを右に行って、奥の部屋のドアを叩いてちょうだい」

「ありがとうございます」

「受かるといいわね」

「? ありがとうございます」

(受かるって……何が?)

 女性の言葉に疑問を感じながら、桜は言われた通りの部屋へ向かった。

(……ここか)

 胸に手を当てて深呼吸する。そして桜はドアを叩いた。

「どうぞ」

「失礼します」

 返事を待ち、ドアを開ける。

(え……)

 最初に目に飛び込んだのは、美しい緑だった。赤い服を着た、黒髪の男性。その吸い込まれそうな緑の眼は、男性の顔の造形の美しさの中でも一際輝いて見える。よく鍛えられた身体にまとっている服は、オーダーのようだ。そうでもなければ、ここまで着こなせないに違いない。ハリウッドスターの様なその男性に、桜の目は釘付けになっていた。

(……かっこいい……)

 その瞳を見つめることに、抗えない。そんな桜の視線に気付いたのか、男性は小さく微笑んだ。

「!」

「こっちだよ、こっち」

「!?」

 思わぬ方向から飛んできた声に、桜は慌てて振り向いた。

(……ダンディの二乗では!?)

 最初の男性よりも年は取っているものの、ロマンスグレーの紳士と言っていい男性がそこに居た。きっちりと撫で付けられた白髪。眼鏡の奥には、知性の光を湛えた暗い青の瞳が見える。その手には大粒の赤い石が嵌め込まれたステッキがあり、それが余計に彼を紳士然と見せていた。そんな彼の人好きのする笑みは、桜の緊張を少し和らげてくれた。

「す、すみません、本日よりお世話になりますサクラ・イシガミです……! あの、これつまらない物ですが!」

 バッグから出した菓子折りをさっと差し出す。

「おや、私が貰っていいのかい?」

「は、はい、お菓子なので食べてください……」

 お菓子、という言葉に老紳士の顔が輝く。

「これ、わざわざ日本から持ってきたの?」

「はい、初めてのご挨拶ですし……」

「うーん、日本人は几帳面だねえ。ありがたくティータイムに頂くとしよう。……中身、なに?」

「カステラ……卵風味のパウンドケーキみたいなものです」

「いいねえ。ガーネット、合いそうな紅茶を淹れてくれよ」

「分かった」

(あの人、ガーネットって言うんだ……宝石とおんなじ名前……)

 老紳士が声をかけたのは、最初に見た魅力的な男性だ。

(こっちでは宝石の名前を付けたりするんだ)

 女の子に『瑠美衣(るびい)ちゃん』と付けたりする風潮は数十年前からあるが、男性の名前では珍しい。由緒ある名前なのだろうと勝手に納得していると、老紳士が手を差し出す。

「紹介が遅れたね。私はクラウス・ヴァルトシュタイン。この研究所の責任者だ。……君みたいな子が居てくれるといいんだけどね」

「?」

 その言葉には、どこか含みがある。

「さてサクラ、早速だが」

「はい」

「君をここに受け入れる最終試験をしよう」

「……えっ?」

「悪いけど、うちの試験厳しくてねー。筆記と面接だけじゃダメなんだよね」

「ええっ!?」

 耳を疑うような言葉。それも当然である。通常日本では、内定どころか職場に入ってさらに最終試験などとは聞いたこともない。

(試験って……それに落ちたら、せっかく日本を出てきたのも全部パーってこと!?)

「……そんなこと、書類には……」

「うん。うちの研究所の特性上書けないんだよー」

 あまりに軽いクラウスの口調に、目眩がする。

「ごめんねー、政府がそうしろって言っててねー」

「はい……」

「サクラにやってほしい仕事は、世界の一部の人間しか知らないことなんだ」

「……ゲートの研究じゃ……」

「うん。大まかに言えばね。でも、その研究資格……適性があるかは別なんだよね」

「そんな……」

「ほんとごめんねー。難しい事じゃないけど、適正の有無が大きくてね。君にその適性が無かった場合は……ごめんね?」

「……」

 クラウスの軽い口調とは裏腹に、話の内容は重い。何しろ、その『適正』とやらがなければ日本からここまできても追い返されるのだ。

「試験は二段階あるんだけど……一段階めは合格だねえ」

「……はっ?」

(合格って……何基準で!?)

 ここに来てから、雑談のような話しかしていない。

(何!? 何を見られてるの!?)

 自分を見回しても、合格基準が分からない。そんな桜をクラウスが促す。

「さて、次の試験は向かいの部屋だ。こっちが問題なんだよねー」

「……」

(ここまで来たんだから……絶対に受からなきゃ……!)

 こんなにすぐ日本に戻る訳にはいかない。桜は覚悟を決め、クラウスに着いていった。


「じゃ、最終試験ね」

「はい……あの、あれって……」

 案内された部屋は、変わった部屋だった。何も無い部屋の中央に、ぽつんとアーチが建っている。

「うん、あれが『ゲート』」

「!?」

(あれが……!?)

 通常、ゲートへの接近は固く禁じられている。だからこそ、選ばれた者しか研究として近付くことができないのだ。人が通り抜けられるくらいの石のアーチ。だが、その向こうは部屋の壁ではない。ただ、闇があるだけだ。しかし、その闇の奥では時折何かの光が瞬いている。

「……熱っ!?」

 気が付けば、桜の指には熱が走っていた。――正しくは、桜の指にはまった少々レトロなデザインのルビーの指輪からである。

「……さあサクラ、その石から『彼』を呼び出すんだ」

「彼って……」

「心を込めて、その石の名を呼んでこらん。それが最終試験だよ」

(そんな試験ある!?)

 ツッコミたいが、そんな空気ではない。

(もうどうにでもなれ……!)

「ルビーの、指輪よ……!」

 指輪が、熱い。やがて、ゆっくりとその指輪が重たくなっていく。

(……何かが、集まってくる……)

 それは、何の重さなのか。だが、指輪が周りの魔素を集めているような気がする。そして、やがて――……。

「……はぁ……」

 誰かのため息が部屋に響いた。

「……ん?」

(何も、起こらない……?)

 指輪を見ても、何の変化もない。

(え……。だってこれ、最終試験って……)

 何が起これば合格なのか。それは聞いていない。だが、さっきのため息は明らかに落胆の色を含んでいた。

「え、何これ初めてのパターン」

「えっ!?」

「ねえガーネット、どうなってる?」

 クラウスが傍らのガーネットに声をかける。

「ルビー、招きに応じる気はあるんだろう?」

(……ルビー?)

 この部屋には、桜とクラウス、ガーネットの3人しかいない。だが――4人目の声が、部屋に響いた。

「ちょっと魔鉱師、アタシ出なきゃダメ!?」

(誰!?)

 クラウスでも、ガーネットでもない男性の声に桜は周りを見回した。

「協力してくれるって契約でしょ? サクラ、君の持ち主だし」

「ちょっと、持ち主って言ってもアタシ付けるの今日が初めてよ!」

「……サクラ、その指輪はサクラの?」

「え……はい、祖母の形見で、就職するからって今日……」

 クラウスとガーネットが顔を見合わせる。

「じゃ、サクラのだね。はい、文句言わずに出てきて。サクラは合格で」

「ええっ!?」

「はあ……因果な契約しちゃったわー」

 集まっていた何かが、急に桜の指から弾ける。

「ひゃっ!?」

 衝撃でよろめいた桜を、ガーネットが抱きとめた。

「あーあ、せめて留美子なら快く出てきたんだけど」

 桜の目の前に急に現れたのは、別の男性だった。赤い髪。赤い服。赤い瞳……全てが、燃えるように輝いている。端正な顔立ちだが、その『赤』のせいで派手な印象を受ける。

「留美子って……おばあちゃん!?」

 赤ずくめの男性の口から出てきた祖母の名に、桜は驚いた。

「はいはい、積もる話は後でね。じゃあサクラ、試験は合格。よかったねー」

「え……はい……?」

 あまりにも理不尽な試験。返事をしてから我に返る。

「ま、待って、説明してください……!」

「いいよ、サクラはもうウチのメンバーだからね。ここがゲートの研究してるのは知ってるでしょ?」

「はい……」

「じゃあ問題です。ゲートの向こうに人間が行くことはできるでしょうか!」

「え……行っても、無事に帰ってくる確率は低いのでは……」

「大正解! ……表向きはね」

「ええっ!?」

「最初に『政府に言われてる』って言ったでしょ? それはこの、ゲートの向こうに安全に行って帰ってくる方法が世間にバレないためだよ」

「そんな方法が……!?」

「そう。便利な世の中になったよねー。で、その秘密の方法が……彼らです」

「……は?」

 話のつながりが見えない。

「ゲートの向こうにただ行くことはできる。だが、帰って来るのは難しい。では、帰ってくるのは何が必要か。……それが、彼ら……『友人(amicus)』だよ」

「早い話が、アタシたち(clarus)がアンタたち……人間の、魔鉱士と契約を結んであげたのよ。鉱物の精霊である、アタシたち(clarus)がね」

「鉱物の、精霊……」

(だから、おばあちゃんの指輪に反応したんだ……!)

 ここまで聞いて、やっと桜にも合点がいった。一つ目の試験は、『何か鉱物を身に付けていること』。そして一番大事な特性は、『精霊を呼び出せること』。この二つが揃い、やっとここの職員として正式に採用されるのだ。

「アンタたちだけじゃ帰り道が分からないから、親切なアタシたち(clarus)が帰り道を教えるために一緒に中に行ってあげるってワケ。感謝しなさいよ?」

「え……ありがとうございます……?」

 何故お礼を言っているのかあやふやなまま、桜はルビーに礼を言った。

(何だか大変な場所に来たけど……まあ、実家を思えば懐かしい……かな?)

「じゃあ、サクラが最後の試験者だから、明日にでも新人全員を集めて歓迎会をしよう。……そうそう、サクラは犬は好きかい?」

「え? はい、昔家でも飼ってましたけど……」

「それはよかった。おい、新しい子を付けてくれ」

「?」

 クラウスが声をかけたのは誰でもなく、自分の足元。だが、一呼吸の間を置いて――

「承知した」

「!?」

 桜の後ろから、低い声が聞こえた。慌てて後ろを振り返るが、誰もいない。だが、不意に桜の影が揺れた。

「えっ……ええっ!?」

 出てきたのは、太い前脚、そして鼻先……桜が何も言えなくなっている間に、ついに巨大な狼がその姿を表した。

「……うそ……」

 へたりこんだ桜を、金の両眼が見下ろしている。だが、闇のような毛色の狼は言葉を発した(・・・・・・)

「歓迎しよう、新しい主よ」

「!!」

「その子は彼ら(amicus)と同じくサクラをサポートしてくれるので、名前を付けて可愛がってあげてね」

「え……はい……」

「では部屋へと案内しよう」

 へたりこんだままの桜を尻目に、狼がくるりと背を向ける。桜の後ろから、ルビーの大きなため息がまた聞こえてきた。



<続く>

読んでいただきありがとうございました。

次話、彼と彼女とは別の話。

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