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~彼の場合~01

好きな要素だけを詰め込みました。

202X年。その日、世界は一瞬で変貌した。


 高層ビルをすり抜けていくデュラハンやグリフォン。アスファルトを疾駆するユニコーン。街中に溢れた異形の者達に、人々は恐怖に陥った。

 それを恐れて逃げ惑う人々の事故。鍵をかけても壁をすり抜け入ってくる彼らに為す術もなく、たちまち病院と教会が満員になった。世界中のニュースがその異変を告げ、誰もが世界の終わりをはっきりと自覚した。


 ――が、それは長くは続かなかった。都心部ではひと夜と経たずに彼らが消えたからだ。


 世界の首脳や学者が何日も議論を重ね、出た結論は『世界に新しいレイヤーが足された』だった。今までの世界とは違う世界が、重なった。そう結論付けられた。

 では、なぜ彼らが消えた場所と残った場所があるのか。速やかに法が整備され、彼らがどこに残っているかの『棲息マップ』が作られた。その結果、どうやら彼らの住める場所と住めない場所は彼らに必要な『空気』の濃度が違うと研究結果が出た。『空気』の濃い場所から出てしまうと、彼らは霧のように消えてしまう。しかし『空気』の濃い場所であれば、彼らにも普通に触れることができる。『空気』はやがて『魔素』と呼ばれるようになり、世界中の人間の注目を集めた。もし魔素が人類のために利用できれば、科学史に新しいページが刻まれるかもしれない。いつか枯渇すると言われるエネルギーに変わる要素になるかもしれない。こうして、人類は新しいレイヤーが生み出した魔素に希望を抱くようになった。


 その頃には、魔素がどうして現れるのかが解明されるようになった。原理は簡単だ。魔素が特に濃い場所には、異界と通じる『ゲート』が現れたのだ。ここから魔素が漏れ出しているのだと推測された。

 では、その異界のどこまで人類は踏み込めるのか。それは未知数だった。前人未到の場所であるが故に、世界の主要国は集まって私人の勝手な往来を禁止した。いかなる危険があるかも分からないという、人道的な理由である。しかし、研究は必要不可欠。やがて、世界は魔素を生み出すゲートを、世界が協力して研究していく事になる。


 世界にレイヤーが増えてから数年後。次第に人類も彼らを受け入れる者は魔素の存在する場所に住み、受け入れられない者は魔素のない場所に居を移した。こうして「彼ら」と「我ら」は隣人として生活を送り始めた……。



 203X年。すでに世界に『隣人』達は馴染んでいた。


 日本では『座敷童の居るマンション』が大々的に売り出される。ロンドンの新しい地下鉄は、ノームの力を借りて安全かつ最適な場所に開通した。雑誌には『家妖精に住み着いてもらうには』『週末はゲートでパワーチャージ! お菓子をあげた妖精さんと記念写真♥』と言った文字が並び、世界的アーティストの恋人がリャナンシーだとすっぱ抜かれる。ドワーフに弟子入りした鍛冶職人が素晴らしい作品を作ったとのニュースは、毎年の恒例となった。

 ゲートの向こう側がどうなっているのか。それは人類の新たな命題となっていた。とある街は、ゲートの周りにできた新興の街だった。ゲートの周りは魔素も濃い。当たり前のように『隣人』がいるその街に、世界数か国が協力して作り上げた研究所はあった。



「……ここが、最寄り駅か……」

 電車を降り、少年は溜息を吐いた。車窓の風景は、とても牧歌的な――有り体に言えば、ど田舎が続いていた。その、ど田舎のど真ん中、この駅に少年は用があった。

「えーと、街に行くには……」

 書類には街の最寄り駅と、交通機関が記されている。少年は書類を見つめ、また溜息を吐いた。

(馬車って、そんな……)

 21世紀である。馬車なんて、今や観光地でしか見かけることはない。しかし、駅を出てみると――。

「……いた」

 果たしてそこには、馬車が停まっていた。

「……すみません、ニューシティまでお願いできますか?」

 少年の声に、うつらうつらと船を漕いでいた御者が顔を上げる。

「あいよ。荷物は乗せれるかい?」

「大丈夫です」

 大きなスーツケースをふたつ乗せ、最後に少年が乗り込むと馬車が動き出した。

(馬車だ……本当に馬車だ……)

 車や電車とは違う、なかなかアグレッシブな乗り心地。しかし、行き先を考えれば交通機関が馬車なのも仕方ない。近年の研究で、ある程度の魔素は排気ガス等の不浄な空気で霧散することが分かってきた。大都会に『隣人』が居ない理由である。逆に、『隣人』の研究のためには綺麗な空気か、不浄な空気に負けないほど魔素の強い場所が必要だった。そのため、ゲートの傍には研究都市ができた。隣人を許容できる者が住み、さらにその中心に、政府が身分を保証した者だけが入ることのできる研究所がある。無論、研究所のさらに中心にはゲートがあるのだ。少年は、その研究所へと向かっていた。


「交通手段が馬車しか無いって大変じゃないですか?」

 一人の道行きには飽き飽きしている。少年は窓から顔を出し、御者に声をかけた。

「荷物は運べるから重宝されるよ。気軽に移動したいやつは、シティで自転車を買ってるね」

(そうか、自転車か)

 それがひとつあれば、随分移動範囲は広がるだろう。

「シティってどんな感じですか?」

「普通の街さ。あまり『隣人』の居ないところから来たのかい?」

「僕の街は家に小さいのが住み着くくらいでしたね」

「はっ、じゃああの街に行ったら驚くぞ!」

 愉快そうに御者が笑う。

「ほら、見えてきた!」

 丘の向こうに、塔が見える。あれは、シティの研究所だろう。

「……あれが、ニューシティ……」

 森に半分埋まったような街が高台から一望できる。扇形になった街の、要に当たる部分にその塔はあった。

「じゃあな、大荷物の移動が必要な時はいつでも電話で呼んでくれ」

 街の入り口に少年を降ろし、馬車は去っていった。


(まずは研究所に行かないと)

 塔を目印にすれば、街の中は分かりやすい。

(……確かに、ここはすごいな……)

「朝露で染めたスカーフだよ。色が七色に変わるんだ」

「妖精レシピのヨーグルトはいかが?」

 都会では見たこともないような品が、軒先に所狭しと売られている。そして何より、売っているのは人間ではない。鱗の生えた者。形容し難い動物のような者。美しい顔が胴体についた樹。角の先を光らせる鳥や、霞がかって見えない者。初めて見るタイプの『隣人』に、少年の目は釘付けだった。

(……すごいところに来てしまったような気がする)

 望んでやって来た場所だが、理解の範疇は軽く超えている。

(……いや、もっと彼らを研究してみたい……)

 あちこちを見ながら歩いていると、いつしか研究所へと着いていた。

「あの、すみません」

 受付に声をかけると、いささか年を取った女性は目を丸くした。

「あら! ……いいのよ、名乗らなくて! 私に当てさせて!」

「えっ……」

(『当てさせて』……?)

 女性の言っている意味が分からず、呆気にとられる。

「あなたの目……アウイナイトかしら!」

「……何だかよく分からないけど違うと思います。僕は……」

 持ってきた書類を見せると、女性の目がさらに丸くなった。

「あら! まあ! ごめんなさい私ったら! 突き当りを右に行って、奥の部屋のドアを叩いてちょうだい!」

「はあ……ありがとうございます」

(何だったんだ……)

 ミスを笑って誤魔化す女性に軽く会釈し、教えられた通路を行く。

(……ここか)

 突き当りを右に曲がった、奥の部屋。軽く深呼吸をし、少年はドアを叩いた。

「どうぞ」

「……失礼します」

 返事を確かめ、ドアを開ける。

(わ……)

 最初に目に飛び込んだのは、美しい緑だった。赤い服を着た、黒髪の男性。その吸い込まれそうな緑の眼は、男性の顔の造形の美しさの中でも一際輝いて見える。

「あー、こっちだよ、こっち」

「!?」

 あらぬところから声をかけられ、少年は思わず振り向いた。

「やあ、君が今日配属になった新人かな」

 ロマンスグレーと言っていい細身の紳士は、人好きのする悪戯っぽい笑顔を浮かべ、少年に手を差し出す。

「ルーク・アレン・メイソンです。初めまして」

「やあルーク。私はクラウス・ヴァルトシュタイン。この研究所の責任者だ」

 クラウスの手に握られた紳士用の杖。その握りに嵌め込まれた大粒のガーネットが、光を反射して燃えるように光った。

「さてルーク。早速だが、君をここに受け入れる試験をしよう」

「えっ……」

(試験って……そんなもの、聞いてないぞ!?)

 この研究所で学ぶため、大学を出たのだ。運良く採用され、期待に胸を膨らませて来たものの最終試験があるなどとは書類には一切書かれていない。

「すまないね。これは政府の指示なんだ」

 すまない、と言いながらもクラウスの表情は静かな微笑みを湛えている。

「君にやってもらいたい仕事は、世界の一部の人間しか知らないことだ。しかし、その仕事には適性があってね」

「……ゲートの、研究では」

「そうだとも。だが、その研究をするためにはちょっとした適性が必要なんだ。難しいことじゃない。……が、適正が無ければ君には帰ってもらう」

「……」

 大変な所に来てしまった……ルークはそう思っていた。まさか、自分がやってきた就職先が、ここまで来て仮段階だとは。だが、このまま文句を言っても、最終試験も受けずに帰されるだけだろう。

(適性がなんだか分からないが、やるしか無いな……)

「……分かりました。試験を受けます」

「おお、そうそう、若人は冒険心に溢れてないとね」

 クラウスの表情が、また人好きのする笑みへと戻る。

「ガーネット、案内を」

「いいとも」

 ガーネット、と呼ばれたのは、最初に目に飛び込んできた男性だ。細身のクラウスとは違い、鍛えられた身体が服の上からでも見て取れる。クラウスとは違うタイプの『大人の男』。概ねの男性の理想像のような人物だった。

「此処へ」

「……どうも」

 案内されたのは、クラウスの部屋の向かい。何も無い部屋の中に、ぽつんとアーチが建っている。が、ルークが気付いたのは、そのアーチが不自然に発光しているという事だった。

「……これ、まさか……」

「そう、『ゲート』だ」

「!」

 間近で見たこともない、興味の対象。ぼんやりと光るゲートの奥で、違う光が時折瞬いているのが見える。

「……まず、最初の質問だ。君は、普段から身に着けている宝飾品はあるかね?」

「……えっ?」

 思いもかけない質問に、ルークの口から間抜けな声が出る。

(宝飾品って……何かあったっけ……?)

 指輪や髪飾りと言った宝飾品。10代後半の少年であれば、身に着けている物のほうが少ないだろう。しかし、これは最終試験。『持っていなければいけない』と、ルークの勘が告げている。ここで落ちれば、全てを諦めて理不尽にも帰途に着かねばいけない。ルークは必死に、何か身に付けていないかを思い出そうとしていた。

「……クラウス、その質問には合格のようだ」

「えっ」

 答えたのは、ガーネットと呼ばれた男性だった。

(何か身に付けてたっけ……!?)

 自分を振り返っても、そんなものは見当たらない。

「君の、シャツの中だよ」

 そう言われて、ハッとした。

「これ……!?」

 首にかけた細い鎖を、慌てて引っ張り出す。

「おや、それは純金製か。君は運がいいねえ」

「どうも……?」

(最終試験って、何なんだ……?)

 それは、祖母に幼い頃から持たされていた小さなロザリオだった。

(これに、何が……!?)

 十字架を握り、はっとする。自分の体温以上に、そのロザリオが熱くなっている。

「さあ、次だ! 『ゴールドよ!』そう、『彼』を呼べ! それで試験は終わりだ!」

 クラウスの言っている意味が分からない。だが、クラウスの目は何かを期待しているようだった。

(何だか分からないが、やるしかない……!)

「ゴールド!」

 ロザリオを見て、はっきりと叫ぶ。すると――……。

「え……?」

 一瞬、そのロザリオが重くなったような気がした。

(何だ、これ……)

 何かがおかしい。見ているものと、感じているものに差が起こっているような気がする。

「……嘘だろ……?」

 そのロザリオに、何か目に見えないものが集まっていくような感覚。そしてそれは――……。

「わっ!?」

 しばらくして、一気にルークの手から弾けた。

「痛た……何だ今の……」

 衝撃で手が痛む。だが、握っているロザリオに変化はない。

「ルーク、(おれ)はこっちだ」

「……」

 クラウスとも、ガーネットとも違う、若い男性の声。顔を上げると、そこには人が増えていた。

「……どちら様ですか」

「今、お前が呼び出したのだろうが!」

 金の眼。黒い髪。褐色の肌。ルークと同じ年頃の少年は、そう言ってルークの額を弾いた。

「痛っ!」

 その様子を見て、クラウスが笑い出す。

「おめでとう、ルーク! これで君も研究所の一員だ!」

「すみません、説明してもらえませんか……」

 何だか分からない、理不尽な最終試験。急に現れた、金の眼をした少年。いくらルークでも、一度に処理できる話ではない。

「ああ、こうなったら君は仲間だ。この研究所が、何を研究しているのか、一から話すとしよう。まず、研究対象はあのゲート……そこは推測できるね?」

「……はい」

「しかし、ゲートの向こうを目指した者は、帰らなかった者も多い。それは学校で習っただろう。そのため、政府はゲートを管理し、ゲートの勝手な往来を『危険だ』という理由で禁止した」

 クラウスの言っている話は、子供でも知っている話だ。

(……それと、この試験と何の関係が……)

 ルークの思っていることが分かったのだろう。クラウスがにやりと笑う。

「しかし、我々も無能ではない。実はもう、ゲートに入って無事に帰ってくる方法があるんだよねー」

「えっ……ええっ!?」

(習ってないぞ、そんな話…!!)

 そんな技術が開発されたなら、もっと世の中に広がっているはず。ルークの驚きように、ガーネットと呼ばれた男性も喉の奥で笑いだした。金の眼をした少年も、にやにやと面白そうにルークを見ている。

「今、何で世界に知られてないんだって思ったでしょ」

「……ええ、まあ……」

「それが、この最終試験なんだよね」

「……おっしゃってる、意味が分かりません」

「ルークよ、お前神童と言われた割には勘が鈍いな」

「えっ」

「ゲートの行き来には、我ら(clarus)が必要なのだ」

「そうそう、ゴールドくんの言うとおり。私達人間だけじゃ、行ったはいいけど帰ってこれないんだ。だから私達には、彼らという案内人がいる」

「案内人……?」

「彼ら……そう、鉱物の精霊さ」

「えっ……じゃあ、『隣人』の……」

「馬鹿者、我ら(clarus)はそこまで遠い存在ではないわ」

「そう、彼らはこの世界で私達人類に全面協力を申し出てくれた。『隣人』という距離ではない。最早『友人』だ。『友人』の助けがあって、私達は初めてゲートの向こうへ行くことができる。ただ、『友人』を呼び出せるかどうかは、その人間の資質にかかっている。だからこれが、この研究所で働くための最終試験という訳さ」

 クラウスの説明を聞いても、ルークの頭の中は混乱していた。……が、じきに考える事自体を止めた。

(僕の研究ができるならそれでいい。とにかく僕は、試験に残ったんだ……!)

「納得できない部分も多々ありましたが、今後共よろしくお願い致します」

「君と同じような新人が揃ったら、歓迎会を開くとしよう。なにせ、この試験は同時にはできないからね」

「ルーク、お祖母様に感謝せよ。魔除けにと(おれ)を与えたのはお祖母様であるぞ」

「……どうしてその話を……」

 幼い頃、何度も祖母から聞かされた話。それを、どうしてこの少年が知っているのか。

「だから、そのロザリオが(おれ)だと言うに! ルークよ、ここでは我ら(clarus)も身体を持つのだ! 覚えておけ!!」

「……分かった」

 何だか理不尽な怒られ方をした気もするが、ルークは大人しく頷いた。

「さて、新人が揃うまでは街で好きに過ごすといい。おい、新しい子を寄越してくれ」

 クラウスが、自分の足元に向かって声をかける。すると――

「承知した」

「!?」

 ルークの足元から、低い声が応えた。

「今の――!」

 声の主を探すと、何もない場所――いや、ルークの影から、ぬっと鼻先が突き出た。

「え……」

 頑丈そうな鼻先が、金色に爛々と輝く眼が、太い脚が――ルークの影から現れたのは、闇のような色の毛皮をした、巨躯の狼である。

「あ、ごめんごめん、言い忘れてたけど、君、犬は平気?」

「平気です……」

 何があっても、最早驚いている暇もない。

「じゃあ、その子に名前を付けて、可愛がってあげてね」

 ウインクひとつを残し、クラウスとガーネットが部屋を出ていく。

「では、部屋へと案内する、マスター」

「はい……」

 狼に声をかけられ、ルークは呆然と歩き出した。



<続く>

読んでいただきありがとうございました。

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