4.男の意地 ~お前には負けたくない~
「やあリョータ、半日ぶり! フェーリの料理はおいしかったかい!?」
壮絶なる試練(食事)を乗り越えた俺の前に、リョーは相変わらずの調子で現れた。
こいつと会うときは必ず、俺はよくわからない異空間へと飛ばされる。
周囲を闇に包まれたその場所で、精根尽き果てた俺は全身をうつ伏せに投げ出していた。
「おや、その様子だとずいぶん堪能したようだねえ」
「……ああ……。存分に堪能してやったぜ……一粒残さず」
「えっ、もしかして全部食べたの?」
うわあ、とドン引きされたような空気を肌で感じる。
なんだか理不尽な仕打ちを受けているような気もするが、しかしすぐに、
「なかなかやるじゃん。フェーリも泣いて喜んでたんじゃない?」
と、意外にもリョーからフォローをもらった。
「え? あ、ああ……。まんまその通り、泣いて喜んでたよ。お前、いつもフェーリの料理は食べないんだってな」
まさかリョーの口から誉め言葉が出てくるとは思っていなかった俺は、なんだか調子を狂わされてしまう。
「そりゃあね。あんな料理を食べられるのは君ぐらいじゃない? 尊敬するよ」
……やっぱり、俺は貶されているのだろうか?
「それよりさ、いま学校の授業が終わったところなんだ。そろそろ草野球に行く時間だから、僕と代わってよ」
「? 野球は好きなんじゃなかったのか?」
うつ伏せになっていた俺は、そこでやっと顔を上げた。
目の前に立つ、俺と同じ顔の、さらには俺の学生服を纏ったリョーは、
「野球は君の方が上手いじゃないか」
と、そんな殺し文句をさらりと口にしてみせた。
〇
次の瞬間。
俺は元の世界へと戻っていた。
「……リョー?」
奴の姿はどこにもない。
辺りを見回すと、そこは俺の部屋だった。
「っと、早く行かないと遅れるな」
時計を見ると、四時過ぎだった。
俺は素早く着替えると、さっさと家を出てグラウンドに向かった。
〇
その日もゲームは楽勝だった。
打順が回ってくる度に、ホームランを三連発。
仲間から歓声が飛んでくると、俺の脳裏ではシェーラの言葉が蘇った。
――リョー様にはできなくて、あなたにはできることが、きっと何かあるはずです。
舌足らずなその声を思い出しながら、俺は、さっきまで自分は一体何を悩んでいたのだろう……と思い返す。
――リョー様に負けないくらいのご活躍をなされば、じきにあなたも自信がつくでしょう。
その言葉で、俺は答えに辿り着く。
(そっか、俺……リョーに負けたくないんだ)
あいつに俺の居場所を取られてしまうかもしれない――昼間に抱いていたその思いは、俺を不安にさせていただけではなく、俺の対抗心に火を点けていたのだ。
そのことに気づいたとき、それまで淀んでいた心の霧が、ゆっくりと晴れていくような気がした。
俺は、リョーに負けたくない。
この世界でも、あっちの世界でも。
リョーに負けないくらいの人間になれれば、俺は――。
……と、無駄に意気込んでいたのが数時間前。
そして今、俺は再び窮地に立たされていた。
「リョーさま……」
艶めかしい少女の声。
気づけば俺はベッドの上で、女の子に押し倒されていた。
これと同じ光景を、つい昨日も見たような気がする。
薄暗い部屋。
腹に触れる柔肌の感触。
窓から差す月の光に照らされて、俺を押し倒している少女――フェーリは、一糸まとわぬ姿で、美しい微笑をこちらに向けていた。