2.幼馴染も攻略します ~勘違いしないでよね~
結局、その日は一睡もできなかった。
広い屋敷の中でフェーリから逃げ回るうちに、夜は更けていった。
朝方になると、まるで何事もなかったかのようにリョーが迎えにきた。
「やあリョータ。無事に貞操は守れたかい?」
俺と同じ顔でへらへらと笑っているこの男を、俺は一発ぐらい殴る権利があると思う。
「てめえ、悪びれもなく……。俺がどれだけ苦労したかわかってるんだろうな?」
「うんうん、わかるわかる。僕もいつも逃げ回ってるからさあ」
困っちゃうよね、とか抜かしてるこいつが元凶であることを、本人は自覚しているのだろうか。
「なんでお前まで逃げるんだよ。だいたい、お前がちゃんとフェーリの相手をしていればこんなことにはならないんだろ?」
「だからさー、僕はまだ子どもを作る気はないんだってば」
そう言ってひらひらと手を振っている彼に『誠意』なんてものは微塵も感じられない。
「それよりさ、ほら、早くしないと学校に遅刻するんじゃない?」
「お前にそれを言われるのは癪だけどな……」
しかしそう呑気なことも言っていられない。
言いたいことは山ほどあるが、それらを吐き出していたら日が暮れてしまう。
俺は寝不足のまま、元の世界に戻って学校に向かうことにした。
〇
教室に入って自分の席に着くと、珍しい客が俺を訪ねてきた。
「ねえ亮太。昨日のアレって何だったの?」
と、出し抜けに質問を投げかけてきたのはクラスメイトの女子だった。
お互い小学校の頃からの付き合いで、昔はたまに遊んだこともあったけれど、今はそれほど仲が良いわけでもない。たまに会話を交わすことがあるくらいの間柄だ。
名前は美衣。
肩まで伸びる茶髪にウサギのヘアピンがトレードマーク。
笑った顔が可愛い、と男子からはそこそこ人気がある。
「? 昨日のアレって?」
いきなり『アレ』と言われても、俺には何のことだかさっぱりわからない。
昨日は彼女と会話した記憶もない。
帰宅した後も俺は草野球に行っただけのはず――と思いかけたところで、
(……まさか、リョーが何かしたのか?)
嫌な予感がした。
昨日は帰宅してすぐ、俺はリョーと入れ替わったのだ。
俺がいない間に、奴が何かしでかしたのかもしれない。
「だから、昨日の電話よ。あんな夜中にいきなり電話してくるとかさ。普通に考えたら有り得なくない? ほんとにいきなりだったから何事かと思ったわよ」
「電話?」
予想外の言葉に、俺は固まった。
リョーが電話をかけた?
メルアドすら交換していない彼女に一体どうやって――と考えを巡らせたとき、ふとラインのグループのことを思い出した。
そういえば、クラスの全員が登録しているラインのグループがある。
そこから彼女のところへたどり着いたのか?
「電話……そういや、かけた、かな?」
とりあえず話を合わせてみると、
「そうよ。普段あんまり喋らないくせにさ、いきなり電話してきてデートしようとか……あんた、そういうキャラだって知らなかったわよ」
「…………」
まさかの内容だった。
普段それほど仲の良いわけでもない異性を相手に、いきなり夜中に電話して、あまつさえデートに誘っただと?
俺ならばそんなことはしない。絶対に。
「言っとくけど、約束した日は別にデートじゃなくて、普通に遊びに行くだけなんだからね。間違ってもヘンな気とか起こさないでよ」
「へっ……?」
こいつ、今なんて言った?
「いいわね。絶対に勘違いしないでよ!」
そう釘を刺すように言うと、彼女は逃げるようにして俺の席から遠ざかっていった。
心なしか、その両耳はほんのりと赤く染まっているようにも見える。
え、なに。
俺、何か約束したの?
デートに誘ってオッケーもらっちゃったの?
「……リョーの仕業、だよな」
俺のいないところで、知らない話が進行している。
そろそろ奴の暴走を止めなければ、なんだかとんでもないことになりそうだった。