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5.勝利! ~そして帰還~

 

 自分で言うのなんだが、とんでもない跳躍力だった。

 以前までの俺とは比べものにならない。


 蛇の頭を踏み台にして、俺は屋根まで跳び上がるどころか、そのさらに数十メートル上まで一気にジャンプした。


「うおおおおおおッ!?」


 まさかここまで跳び上がると予想していなかった俺は、自分自身の脚力に驚愕する。


 やがて無事に屋根の上へと着地すると、すぐに後ろを振り返り、改めて蛇のモンスターと対峙した。


 とりあえず剣を構える。

 が、ここから一体どうすればいいのだろう?


『聖剣を掲げて、魔力を集中させてください』


 その声はすぐそばから聞こえた。


 シェーラはまだ部屋の中に残っていたはずだが、その声はまるで至近距離から発せられたかのようだった。


「シェーラ? どこに……――わっ!」


 直後。

 彼女はまたしても聖剣・グローリアの中から、ぼふんっと煙のように吐き出されて現れた。


『一撃必殺の魔法が良いでしょう。空に雲を呼び寄せ、モンスターの頭にいかづちを落とします』

「雷? こんな晴れてる日に?」


 蒼く澄んだ空には雲一つない。

 こんな状態から、雷雲を呼び寄せることなんてできるのだろうか。


『このシェーラを信じる……と、あなたは言いましたね?』


 俺の疑心に気づいたのか、彼女はそう言い聞かせるように、燃えるような赤い瞳をこちらに向けた。


 幼い身体に反し、どこか妖艶な雰囲気を持つ切れ長の目が俺を射抜く。


 そうだ。

 今しがた彼女に伝えたばかりじゃないか。

 彼女を信じる、と。


 だがそのとき、俺を見つめていた彼女の背中は隙だらけだった。

 俺の方へ意識を集中させている彼女の、その小さな背中に向かって、蛇は牙を向いた。


「! 危ない、シェーラ!!」


 首を伸ばした大蛇が、彼女の背後から迫ってくる。


 俺は咄嗟に手を伸ばし、彼女の小さな身体を腕の中に抱きしめた。

 そこから横方向に跳ぶと、驚異的な脚力を持った俺は瞬時にして敵の攻撃をかわす。


「っと、あぶねー……」


 間一髪、なんとか丸呑みにされずに済んだ。

 まあ、精霊であるシェーラならそもそもケガなんてしないのかもしれないけれど。


『…………』


 と、妙に大人しくなったシェーラから、ただならぬ視線を感じた。


 未だ互いの身体を密着させたまま、俺はゆっくりと視線を落とす。

 するとそこには、じいっと観察でもするかのように、こちらを真っ直ぐに見つめている彼女の顔があった。


「シェーラ?」


 俺がぽかんとしていると、彼女はそっと俺の身体から少しだけ距離を取り、その左手で俺の右手ごと、聖剣・グローリアを天高く持ち上げた。


『……剣に集中してください。そして、頭の中でイメージしてください。このシェーラの言葉通りに』

「へ? あ、ああ……」


 さっきの間は一体何だったのか。

 とりあえず言われるがまま、俺は彼女の言葉に耳を傾ける。


『あなたは英雄。この聖剣に選ばれし者……。あなたがこの剣を掲げれば、空は荒れ、大地に雷の雨を降らせます』


 集中する。

 目を閉じる。

 イメージする――晴れていた空は黒い雲に覆われ、ゴロゴロと唸り声を上げながら、青白い稲光を発生させる。


『――今です!』

「!」


 シェーラが叫び、俺は弾かれるようにして目を開けた。


 再び開けた視界に映ったのは、一変して黒い雲で覆われた空の景色だった。


 今にも稲妻が走りそうな空。

 全身の血が沸き立つように、俺の身体も高揚する。


「っ……!」


 声にならない声を上げ、俺は全精神を剣に集中させた。


 瞬間。


 カッ、と辺り一面が白い光に包まれたかと思うと、黒い雲の塊から、一筋の青い雷が落ちた。

 鋭利な刃物のように空から降り注いだそれは、大蛇の頭を貫通した。


 ギャオオオオッ……という低い断末魔が、俺の腹の底に響く。


 途端に全身の力を失ったらしい大蛇は、塔から剥がれ落ちるようにして地上へと落下していく。


 やがて、ズウゥン……と、はるか遠い地上で、敵の倒れる音が響いた。


「……や、やった……」


 勝った。


 巨大な蛇を退治した。

 俺の魔法が、敵を倒したのか。


『……なかなかの威力でしたね。あなたには才能があるのかもしれません』

「すごーいっ、さすがはリョーさま!」


 シェーラの声に重なるようにして、下の部屋からフェーリの嬉しそうな声が届く。


 俺はちょっとだけ照れくさくなりつつ、掲げていた聖剣を下ろした。

 そうして改めてシェーラに向き直る。


「ありがとな、シェーラ。お前がいなかったら、今ごろどうなっていたか」

『礼には及びません。……それに』


 彼女は美しい切れ長の目を少しだけ逸らしたかと思うと、


『……さっきは、助けてくれてありがとうございました』


 そう小さな声で、どこか恥ずかしそうに言った。


 意外だった。

 それまで常に淡々とした態度だった彼女が、こんな風に照れるなんて。


 あまり笑わない子だから、ちょっと冷たい印象があったけれど。

 実はなんてことない、普通の女の子なのかもしれない。


『で、では。部屋に戻りましょうか』


 ほんのりと赤くなった顔を隠すように、彼女はふいと背中を向ける。


「お、おう……」


 彼女の表情に釣られて、俺もなんとなく気恥ずかしい感じがする。

 と、胸の奥がじんわりと温まってきたところで。


「……あれ?」


 いきなり、目の前が真っ暗になった。


 真っ暗、というよりは、真っ黒と言った方がいいだろうか。

 目を開けていても閉じていても、ほとんど差がない。

 この暗さには見覚えがある。


「……まさか」


「やあやあ、ちょっと早いけどお迎えに上がったよリョータ!」


 そんな軽々しい声が、背後から聞こえた。


 反射的に振り返って見ると、そこには予想していた通り、俺にそっくりな男の姿があった。

 リョーだ。

 さっきはローブを羽織っていたはずの彼は、今は野球用のティーシャツとジャージを纏っている。


「って、その服……俺のじゃねーか! 勝手にタンスを漁ったのか!?」

「え? ああ。ちょっと拝借したよ。いやあ、服のサイズまでぴったりだね」


 ははは、と笑う彼に悪びれた様子はどこにもない。


「いやはや、野球は結構盛り上がってたんだけどねえ……。でも、僕がバットを折る度に周りがやけに怒ってさあ。すぐに追い出されちゃったよ」

「は?」


 バットを折る?

 何を言ってるんだこいつは。


「いやね、僕の力だと、あんな金属製の脆いバットなんてちょっと素振りしただけで簡単に折れちゃうんだよねえ」


 ははは、と尚も笑い続ける彼に、俺は嫌な予感を募らせる。


 バットを、折った?

 しかも何本も?


「ちょ、お前っ……バットを折っちまったのか!? 何してくれてんだよ。しかも追い出されたって――」

「なんだか周りがすごく怒ってたからさ。することもないし、そろそろ元の世界へ帰ろうかと思ってね」

「勝手なことばかり言ってんじゃねーよ! 俺の立場はどうすんだよ!」

「まあまあ抑えて。借りはちゃんと返すからさ。またすぐに迎えにくるよ」

「二度と来んじゃね――!!」


 そう怒りの声をぶつけた瞬間。


 ふっと、辺りが明るくなった。


「え……」


 唐突に目の前に広がった景色は、俺の部屋だった。


 リョーの姿はもうどこにもない。


 部屋の中はなぜか、今朝よりもかなり荒れている。

 タンスや引き出しは開けっ放しにされ、中身が掘り返されている。

 まるで空き巣にでも遭ったかのような有様だったが、これはリョーが漁った跡なのだろうか。


 壁に掛けられた時計を見れば、午後六時。

 そろそろ母さんが夕食の支度を終える時間だ。


「戻って、きたのか……?」


 誰にともなく呟いた声は、夕焼けの差す部屋の中に溶けていった。








 こうして俺は、異世界の英雄・リョーとの入れ替わり生活の、最初の一日を終えたのだった。


 そう、まだ初日だ。

 これから先も、俺は毎日のように彼に呼び出されることになる。


 そして二回目の呼び出しは、俺が予想していたよりもはるかに早く訪れた。


 その日の深夜のことだった。

 こっちの世界では、俺がベッドの中で眠りに就いた頃。

 あっちの世界では……ベッドに入ったリョーのもとへ、フェーリが夜這いを仕掛けてきたその瞬間だった。

 

 

 

第1話 (終)

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