3.聖剣の乙女 ~ロリババアと呼ばないで~
頭上からだった。
どこか舌足らずな女の子の声が、上の方から聞こえた。
「……シェーラ?」
俺は縋るような思いで視線を上げる。
天井には相変わらずシャンデリアっぽい照明がぶら下がっていた。
そして、その端。
照明の上にギリギリ乗っかるようにして、何か棒状の取っ手のようなものが覗いている。
「あれは……剣?」
確証はないが、剣のようにも見える。
『珍しいですね。あなたがそんな風に取り乱すなんて』
「!」
さっきと同じ声が、そこから聞こえた。
かと思うと、次の瞬間。
取っ手のようなものはふらりとバランスを崩し、そのまま照明の枠をはみ出して、勢いよくこちらに落下してきた。
「! わっ、わっ……」
それは回転を加えながら、俺を目掛けて落ちてくる。
すかさず横へ飛び退くと、わずかに俺の髪を掠めたそれは、俺の足のすぐそばにザクッ! と激しく突き刺さった。
「あっっっぶねッ!?」
鋭利な先端を絨毯の上に突き刺したそれは、やはり剣だった。
長剣だ。
刃渡り五十センチは軽く超えてる。
「リョーさま、大丈夫ですかっ?」
そう心配してくれたのはフェーリだった。
彼女はオロオロと落ち着かない様子で俺を見守る。
『……そんなに怯えて、一体どうしたというのです。今日のあなたはなんだかヘンですよ』
「!」
その声は、フェーリのものではない。
彼女よりも一際幼い印象を持つその声は、足元に刺さった剣の方から聞こえた。
「剣が、しゃべった……?」
俺が呆気に取られていると、今度はその剣は一瞬だけ強い光を放ち、
その刀身から、もやもやと煙のようなものを吐き出した。
「っ……次は何だ!?」
白っぽい煙は高く立ち上り、次第に一つの造形を作り上げていく。
曖昧だった輪郭がはっきりとして、色も鮮やかに変化する。
やがてそこに浮かび上がったのは、一人の少女の姿だった。
健康的な小麦肌に、美しい切れ長の目。
赤みがかった長い髪はツインテールに結われている。
歳は俺よりも明らかに下。
中学生か……あるいは小学生くらいかもしれない。
子どもらしいほっそりとした身体には黒いビキニのようなものと、その上から白く長い布がゆったりと巻かれているだけで、全体的に見ると肌の露出度がかなり高い。
「……君が、シェーラ?」
半ば放心状態のまま俺が聞くと、
『いかにも、シェーラですが。それより、なんですかその格好は。一体どこの国の衣装です?』
剣から現れたその少女は、舌足らずな声で、しかしどこか大人びた口調で言う。
高校の制服を纏った俺の姿は、彼女の目にはコスプレか何かのように映っているらしい。
「なんですかって……そりゃ、こっちのセリフだ。君の方こそ何だよその服……っていうか、ほとんど布じゃないか?」
負けじと俺も反論する。
あまりにも露出の多い彼女の格好に、俺は何かイケナイものでも見ているような気分になった。
俺の世界でいえば、児童ナントカっていう法律に引っかかるんじゃないか?
『子ども……?』
シェーラは何か不思議なものでも見るようにして、無表情のまま俺の顔を覗き込む。
『精霊に大人も子どももないでしょう。昔からずっとこの姿なのに、今さら何を言うのです?』
「……精霊?」
思いがけない単語に、俺は面食らった。
「精霊……、昔からこの姿って……それじゃあ君、もしかして不老不死とかそういう存在? 見た目は子どもだけど、実は長い年月を生きてきたとかそういう――」
『《ロリババア》は禁止ですよ』
ぴしゃりと釘を刺された。
まるでお決まりの文句のように、滑らかにストップをかけられた。
ロリババアなんて別に言うつもりはなかったけれど、もしや普段からリョーにそうからかわれているのか?
『なんだか調子が狂いますね。……まさかとは思いますが、あなた……リョー様ではないのではありませんか?』
「へっ!?」
ドキッ、と心臓が跳ねる。
いきなり核心を突かれて、俺は変な声を上げた。
『その反応、間違いなさそうですね』
確信を持ったように、彼女は頷く。
俺の背中を、だらだらと嫌な汗が流れていく。
どこか天然っぽいフェーリとは違い、このシェーラという少女は洞察力がありそうだ。
『やられましたね。また異世界に遊びに行ってしまうとは。……しかも、ここまで瓜二つの替え玉は初めてです』
「え、えっと、俺……どうなっちゃうの?」
まさか牢屋行き? と恐る恐る聞くと、
『心配しなくても、悪いようにはしません。あなたがただ巻き込まれただけの被害者だということは承知しております。……ただ一つだけ忠告しておきますが、そこにいるフェーリには、あなたの正体はバラさない方が良いです。あなたが別人だと知ったら、彼女は驚きのあまり卒倒してしまうかもしれません』
そう言うと、シェーラは自らの唇に人差し指を当て、「しーっ」と内緒話をするような仕草を見せた。
真顔で。
「なるほど……? で、でも。この会話を聞いているなら、彼女もすでに俺の正体を知って――」
そう反論しかけた俺の口元へ、シェーラは人差し指を移動させる。
細くて小さな彼女の指先が、ちょん、と俺の唇に触れた。
『彼女には、このシェーラの姿は見えていません。声も聞こえていません。シェーラはこの聖剣・グローリアに宿る精霊です。聖剣の持ち主であるリョー様以外は、シェーラを認識することはできません』
それを聞いて一度納得しかけた俺は、しかしすぐに疑問を抱く。
すかさずシェーラの耳元へ自分の口を近づけ、
「でもちょっと待てよ。俺はリョーじゃなくて亮太だぞ? リョーにしか認識できないのなら、俺にだって無理じゃないか」
そう、彼女にだけ聞こえる声で疑問をぶつける。
シェーラの姿が見えていないらしいフェーリは、俺の向かいで、頭の上にハテナマークを浮かべて小首を傾げている。
『……あなたの身体から、かすかにリョー様の魔力を感じます。おそらく、彼から力の一部を授かったのでしょう。その力が、シェーラを認識する鍵となっているのです』
そうシェーラが説明を終えたとき。
ドン、と。
一際激しい地響きが起こった。
「り、リョーさま! 早くしないとモンスターが襲ってきちゃいますよぅ……っ」
フェーリは半泣きになりながら声を震わせて言った。
俺は慌てて窓の外にいるモンスターを見る。
目が合う。
窓とほとんど同じ大きさをした目が、俺を呪い殺さん勢いで睨んでくる。
「早くしろったって、一体どうすりゃ……」
こんな大きな化け物を、一介の男子高校生が相手にできるわけがない。
途方に暮れる俺の隣で、
『……仕方ありませんね』
と、シェーラが溜息を吐くように言った。
『今回は特別に、このシェーラが戦術指南をいたします。リョー様……改め、リョータ様。あなたの身体、お借りします』