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夜トの宴  作者: 大隈寝子
9/22

 4 Day4

 あれから、空は術式を一つ放つだけで館から一歩も出ることはなかった。

 放った術式は、三羽の雁。

 通常に生息するそれとは明らかに大きさの異なるその雁たちは夜を飛び一つの報告をもって帰ってきた。

 “聖護院”が告げたことを確たるものとするその報告。

「仮面を付けた男が、いた」

 他にも複数の夜トがいたようだが、戦いの熾烈さ故に、存在を確認するのが限界だったという。

 大剣を背負っていたというその仮面の男。

 それだけではまだわからない。

 ただ雁達の伝えた映像が、10年前のあの惨状を思い起こさせた。

「どうするの?」

 部屋の片隅から唐突に声がした。

「悪い、ましろ、起こしたか」

「うんうん起きてた」

「……ちゃんと寝とけ。いつ戦闘になるかわからないんだから」

 見ればその顔はすこぶる眠そうである。

「でもここにいれば安全なんでしょう」

 たしかに、それは事実である。

 このアパートは大家をはじめとして住んでいる連中はみな妖怪といってさしつかえないモノ達ばかりだ。

 ゆえにこの建物とその周囲は少々異界になっている。

 術者が新たに拠点を構える場合、術的な意味でフラットな空間を選ぶ。

 その方が、自分の色を作り上げ、染めやすいからだ。

 絵をかくのにわざわざ黒いキャンバスを選ぶのが奇特なのと同じである。

 ゆえに。

 この宴当初からそういったくせのある場所、神社仏閣をはじめこうした空間はそもそも奇襲をかける場合の対象外となる。

 たしかに、この建物は安全だった。

 少なくとも“聖護院”以外に対しては。

「まぁそうなんだが」

「それに私、夜寝れないタイプだし」

 どこか遠くを見るようにつぶやいた彼女はえらく儚げだった。

「体こわすなよ……起きちまったなら飯でも食おうか」

 午前6時17分。

 少々早めではあるが今日の予定を決めるうえでもちょうどいいだろう。


 ◇ ◇ ◇


 部屋を出て木造の廊下をきしませながら一階へと降りると、広間にはすでに旅館もかくやといわんばかりの料理が並んでいた。

「張り切りすぎだろ、夫婦達磨」

 昨日に引き続きというか、私が来てからというものの、いつものそれとはうってかわって食卓は華やかさを増した、らしい。

「いやぁ空も大人になったもんよな」

「ほんとにねぇ」

 無表情ながらその背景にニコニコと出てきそうなくらいほがらかに喋っているのはこのアパートの大家の夫婦達磨である。

 そういえば空はいつからこの夫婦と知り合いなんだろうか。

「うるせぇよ。つーか年末までは目玉焼きとウィンナー、サラダ、飯が関の山だったのに急にどうしたんだよこれは」

「いやねぇ、空ちゃんの大事な御客さんでしょう?しなきゃいけないじゃない、おもてなし。フフフ、腕がなるわぁ」

 奥さんの方、色でいえば赤い方がやはり無表情で答える。

 楽しそうだ。

「それはそうとはよ食わんか。冷めるぞ」

「へーへー……いただきます」

「いただきます」

 文句を言いながら席に着くその隣に座り手を合わせる。

 まともな朝食というのはやはりいい。

 並べられていたのは空も言った通り、旅館の朝食のようなものだった。

 ごはん、漬物、味噌汁、サラダ、温泉卵そして小さな鍋。

 昨日に引き続きとても豪華なラインナップだった。

 このアパートに来るまで朝はほとんど食べていなかったけれど、これだけいい香りでいい見た目だと自然とお腹がすく。

 現金なものだ。

 一応、命がけのわけのわからないことに巻き込まれているはずなのに。

 あまり実感はないけれど。

 三十分ほどかけてたいらげると外はすでに明るくなっていた。

「この後どうするの」

 食後のまったりした時間の中、さっき聞き逃したことを改めて聞く。

 なんとはなしに聞いていたけれど、どうにも空が驚くような動きがあったのは確からしい。

 基本的に夜は引きこもるという戦法はこだわりはない。

 現状、命をかけた宴といっても心の底から恐怖したのは始まったあの夜だけであとは、なぜだかそういったものはなかった。

「昨日、うちの前まで来たあいつの言うことを鵜呑みにするわけじゃないんだが……確認しなきゃいけないことができた」

 少し。

 ほんの少し、また空が暗い瞳をしていた。

 触れるのが怖くなるような、暗さ。

「……」

「どうした?」

「いや、何も」

 そこには触れてはけない気がするのだ。

 まだ。

「会ったところで確実ってわけでもねぇけど……天秤屋のところにいく」

 グランス・テルス。

 そこには得体のしれない人間がいた。

「うげぇ」

 思い出すだけで妙に嫌な感覚を与えられるその男は天秤屋と名乗った。

 空いわく情報屋をこじらせただけ、とのことだけど。

「一般の感覚からしたらそうなるわな。仮にこの宴が終わった果てに戻りたいと思うのなら、ああいう手合いには関わらない方がいいぞ」

「やっぱあの人、空たちからしてもなんていうか、その……やばいの?」

 うまく言葉が出てこなかった。

 あの、危険とは違う、しかしそれでもそうとしか思えない感覚をどう表せばいいのだろうか。

「やばいね。その言い方は的を得ている。俺たちの世界は基本的に閉鎖なんだよ。術式とかにも“家”のカラーとか出るし。とはいえ排他的なわけじゃない。たとえばましろみたく巻き込まれた奴とかもいる。そういう人間にはちゃんと説明するし、自衛のためバックアップをつけたりもするんだよ」

「バックアップ?私の場合は空がそうなの?」

「ましろの場合、宴が絡んでるからちょっと違うんだが……。なんにせよ基本的に俺たちの世界にいるやつってのは自分とは関係ないところでこの世界に関わりをもった奴なんだよ。家とか事故とかな。ただアイツはそうじゃない」

 空が言った範疇にあの天秤屋は含まれない。

 となるならば

「自分から関わりを持った……?」

「そうだ。基本的に術者であったりまきこまれた奴だったりってのは大聖堂っつーでかい組織がその名前をリスト化してる。少なくとも存在を把握してる。それをまとめたのを“目録”って言ってるんだが、その中にアイツの名前はない」

 大聖堂の創始者が当時あるいはすべての時空において比較しても圧倒的な絶対的強者だったがゆえになしえた制度である。

 その者は科学というものの成長を予見していた。

 それゆえかどうかはわからないがその人物はすべての者を同胞とみなし、リストを作り上げたのである。

「でもってだいたいそういうやつは“目録外”、アンノウンて呼ばれてる。そしていつの時代にも厄介ごとの裏にあいつらがいる。バルバロス事変て知ってるか」

「知ってるけど。たしかどこかの国で起きたクーデターだったよね。失敗したんじゃなかったっけ。アンノウン関係なの……?」

「それとミストシティ連続殺人事件。一般人が知っているような中でもこの二つはほぼ確実に“アンノウン”が関わってる」

 バルバロス事変もミストシティ連続殺人事件も日本国外の話だ。

 それでもそれぞれの事件発生時、まだ私は小さかったから断片的にしか覚えてないけれどテレビや新聞がにぎわっていた気がする。

 多分、私より年齢層の上の人ならほぼ確実に事の成り行きを話せるんじゃないだろうか。

「でもそれ、全く別の事件だよね」

「あぁ。大聖堂は自分たちが把握してない奴全員を“目録外”っていうカテゴリにぶちこんだんだ。あいつらは全くもってなんの組織にも属してねぇよ」

「で、その“目録外”っていうカテゴライズに天秤屋さんも当てはまると」

「思いっきりな。何かを起こさない限り大聖堂も動きはしないだろうが、だからといってあいつが周りに影響を与えないわけじゃない」

 窓の外、ほんの少しつもった雲をみながら空は続ける。

「いつか必ず、アイツは何かをしでかす。その時近くにいたらタダじゃすまない。だからまぁ、ああいう手合いはなるべく避けとけ。そういうのは俺らのやることだ」


 それからしばらくして。

 11時を過ぎた頃に私と空はアパートを出た。

 朝ごはんを食べて空と話した後、私はぼーっとしていた。

 一時間に一本というなかなかのダイアで走るバスに乗り、駅前までゆられる。

 三が日明けとはいえ平日昼間だからか普段に比べると駅前の人の数は少なくいつもの賑わいはその姿をひそめていた。

「ガチャガチャしてんだかすっきりしてんだかわかんねぇな」

 空のあいまいな発言はおそらくビル街と繁華街のコントラストをさしているのだろう。

 どういうわけかこの流日駅のすぐ周辺はオフィスビルでうめつくされており、それが一区画ほどあった後に商業施設がたちならぶ。

 外から来た人にとっては最も大きい駅ビルをとりまく摩天楼はなかなかに近代的に見えるのかもしれない。

 そういう整然とした建物が周囲の繁華街にあてられてか不器用に飾り付けをしているのだ。

 中にはクリスマスツリーに賀正とかかれたプラカードをぶら下げているものまである。

「オーバーブリッジは……」

 この数日一緒にいて気づいたことだが空は地理に弱い。

 あのイノシシいわく

「感覚で動いているから道理がわからず道に迷う」

 とのことだけれど。

「一昨日も見たはずなんだけどな……」

「一回みただけで覚えるなら学生は苦労しねぇよ。食ったら覚えるパンでもあるまいし」

「それもそうだね」

 適当に返しておく。

 多分国民的アニメの全くシークレットでない道具のことを言っているのだろうけれどあいにくと私にその知識はあまりない。

「こっちだよ」

 バス停から右手に出て南へ直進。

 そこにオーバーブリッジがある。

 そんな大層な名前だが要はでかい歩道橋だ。

 ちょっと駅をまたいでてさらには駅ビルを貫通してるくらいで本質は横断歩道のない迂回路と変わりはない。

 ものすごくでかいけど。

「この橋、見た目近代的だけど結構前からあるよな。物心ついたときにはあった気がする」

 たしかこの橋は駅ビルの改築とあわせてできたらしいから今の形になって二十年はたっているはずだ。

「驚いた。空って地元ここなんだ」

「あぁ、ガキのころにはな。確か今は……流西公園だっけか。あのあたりに家があったぞ」

 流日の西にあるから流西公園。

 どうせなら流星公園と名付ければなんて声もあったらしいのだが北の方が星は良く見えるということから却下されたらしい。

「へー……そこらへん大きい家多いよね」

「そうなのか?昔いただけで最近いったことねぇから知らねぇや」

 言っているうちにオーバーブリッジを渡り終える。

 そこから先は大きな一本道があり海まで一直線に続いている。

 バスもあるにはあるが目的地のことを考えると歩いても大差ないだろう。

「三が日もう明けたのにあまりお店やってないね」

「流日も古い町だからな……古い慣習がぬけてないんだろ」

 見れば食品関係の店は軒並みシャッターをおろしており、開いているのは一部の雑貨屋や服屋のみで全体の三分の一程度だった。

 そのせいでなのかはわからないけど普段にくらべていまいち人がおらずなかなか面白い雰囲気になっている。

「とはいえこれも宴の影響がないとは言えねぇんだろうな」

「へ……?」

 “宴”は簡単な話、特別な世界の特別なイベントだ。

 それが普通の世界に影響を及ぼすというのは、よくわからない。

「人間が思ったよりハイスペックだって話は知ってるか?」

「いや、あんまり……」

「眼の話はわりと有名だったりするんだが。人間ってのは認識してないと思ってても無意識のうちに脳が処理していたりする。で、それに応じて行動したりするわけだが。何もそれは眼についての話だけじゃない。あらゆる感覚について言える」

「つまり……人間は無意識に宴を感じ取ってあまり外に出てないってこと?」

「簡単に言うとな。虫の知らせとかああいうのだよ。ましろが天秤屋をなんとなくやばいと思うのと同じ道理だ」

「あー、なるほど」

 なんとなくだけれど、わかった。

 どこかで誰かが言ってたっけ。

 予感なんてものは感覚じゃなく経験や想像、さらには判断が生む実に論理的な思考の果てなのだと。

 このメインストリートの普段と異なった淋しさはそういうことを言っているのだろう。

 ならば。

 避けるのではなくて逆に自分から行くものは無意識に好きになっているということだろうか。

「あ……」

 ストリートをいってしばらく。

 一昨日お世話になったケバブ屋と。

「よ、また会ったなガキンチョ」

 その前にたたずむ少女。

 よくよく思い返してみれば一昨日もこれくらいの時間に通ったかもしれない。

「ガキンチョではない」

 相変わらず綺麗な娘だった。

 相変わらず、というほど時間は空いていないけれど。

「私には名前がある」

「へぇ、なんていうんだ」

「……いう必要があるか」

「言わないならおごってやらねぇぞ」

「アリスだ」

「大将、ケバブを二つくれ」

 流れるように、空は店員に注文を告げた。

 財布を持っているらしい。

「……ましろ」

「わざとやってんでしょ」

 結局、私が払う羽目になった。

「やっぱうめぇな」

「美味」

 頬張る。

 頬張る。

 ほどなくして二人は食べ終わる。

「ごちそーさん」

「馳走であった」

 その少女の目は半分見えないが、半分だけでもわかる。

 どうやら満足しているようだ。

「さて」

 ベンチから立ち上がり。

「私はこれで失礼する」

「じゃぁなガキンチョ。また会ったらおごってやる」

「ガキンチョではない、アリスだ」

 そしておごったのは私だ。

「さらばだ、金色の娘」

「じゃーなー」

「さよなら、アリスちゃん」

 またどこかで会うだろう。

 そういう予感があの娘にはする。

 

 それからしばらく。

 私たちはグランス・テルスの中にいた。

「……なんでアンタがいるんだ」

 私たちの向かい側には赤い衣服に身をつつんだ紳士。

「なんで、と言われてもね」

 シルヴァ・U・デストロがいた。

「まぁ伝手をたどって色々と探していたらドンピシャだったというだけの話さ」

「……そうかい」

 コーヒーに口を付ける。

 思ったより苦くはない。

「てことは探してたのか。俺たちを」

「頼みごとがあってね」

「頼み事?アンタが?」

 腕組みをしながら空は言う。

 少しその口調はつっけんどんだ。

「どうも、というかこれは確定事項なんだけれどね。僕が前から個人的に狙っているやつがいてね。ただそれが別の夜トの支配におちた」

「やられたってわけじゃなさそうだなその口ぶり」

「そう。操られている、というのが正しいのかな。おそらくは権能だと思うんだけれど」

「その操っている奴は?」

「……黒装束に、君たちは会ったかい?」

「なるほどだいたい察しはついた」

「さすがにここらへんの土地勘があると理解がはやいね。そうだ、おそらく敵は仮谷」

「仮谷……?」

 脳裏に一人の少年の顔が浮かぶ。

 クラスにいた、仮谷という姓をもつ少年。

 知り合い程度でしかないけれど。

 そのわずかな反応が顔に出た。

「お嬢さんの知り合いだったか」

「いえ、それほどじゃ……」

 確かにそれほどではない。

 けれど。

「で、どうしろと?」

「あの二人の夜トの分断。そしてできるなら仮谷の始末」

「……ッ!!」

 要するに仮谷君を殺せということだろうか。

 この優し気な紳士はそういったのか。

 殺す、というその現実感が胸に冷たく、苦いどろっとしたものをためていく。

「大丈夫だ、ましろ。殺しは俺のやり方じゃない」

 ひざの上で固く握っていた手に暖かい手が載せられていた。

「とりあえず戦闘を個別にできるようにして、なんなら仮谷と思われる夜トを倒せってことだろ」

「できるかい?」

「……どうせいつかやらなきゃいけねぇしな。横やりが入る可能性は?」

「それは正直わからない。あの黒装束が件の宿敵を操るその瞬間を見ていたんだけどね。その時夜トと思しき人間が二人倒れていた」

「ようは十二分にあるってことだな」

「まぁおそらくね。そればかりはどうしようもないよ」

 と、軽く肩をすくめる。

「連絡はこれで」

 紳士は胸ポケットから古ぼけた紙を取り出し空に渡す。

「またレトロなものを」

「雰囲気が出るだろ?」

 それじゃ、頼むよ、と。

 赤い紳士はその席を後にした。

「……空」

「なんだ?」

「戦うの?」

「……大丈夫だ。殺しもしねぇし、死んでもやらん。それに殺させもしない」

「……うん」

 その手は優しく握りしめられていた。


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