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夜トの宴  作者: 大隈寝子
6/22

 2 → 3 Night3 side Wand

 天王洲ユラは卓越した術者ではない。

 そしてそれは本人も自覚している。

 コンプレックスという形ではあるが。

 術式はどういったものであれ、また一族秘伝ともなるようなものであればなおさら生来の要素、才能が影響する。

 ユラにはそれらがなかった。

 それなりに扱えはするが、人並みの域を出ず天王洲の名を背負うには稚拙であったのだ。

 先天的なものはどうしようもない。

 ゆえに彼は後天的なものをのばすことにした。

 人脈である。

 術式を扱う人間は自身のイメージを強化しようという意図があるため特定の人間、ごく少数の人間以外とは付き合いを持ちたがらない。

 閉鎖的な環境はその意識を自己にむけ、自身の術式の強化につながる。

 術者、にとっては合理的な話である。

 しかし、世間一般の世の中としては不合理極まりない。

 自身の強化に努めるため、そういった人種は自身の傍には血縁のもののみを置き、どうしても対外的に必要である場合、あるいは雑事をさせる場合にはそれ用に人を雇っていた。

 現に天王洲をはじめ、そういった旧家、名家は必要以上に人を雇い日々を過ごしてきた。

 ユラはまずそうした本来ならば余分な人間を味方にすることを始めた。

 術式はともかく、もう一つの天王洲の強みであった「器」の扱いに長けていた彼は人を使い、「器」を用い、客観的に正統な力でもって天王洲家当主の座を得た。

 「天王洲」を掌握した彼が次に行ったのは他家との交渉である。

 そもそも天王洲家のルーツは一組の夫婦が生み出した術式と「器」にある。

 「器」の方はのちにユラの祖父によって改良され、ある程度の汎用性を得た。

 それまで天王洲でも一部の者しか使えなかったものをおおよそ魔力が込められるならば誰でも使えるようにしたのである。

 これにより、最初に生み出された「器」、オリジナルには到底及ばないものの、量産化にも成功した。

 しかし術式の方は依然として秘匿されたままであった。

 大まかな言い方をすれば、その術式は輪廻に干渉するものである。

 すなわち生死の操作。

 さらにさかのぼれば、陰陽道、泰山府君祭などにたどり着くのやもしれないが、そこまでのことは明確にはなっていない。

 が、ユラにとっては起源などはどうでもよいことであった。

 この術式は自分にとっては武器も同然だと。他家に対する強い交渉材料になる。

 都合のいいことに術式はいくらかの段階にわかれそれぞれが別個の術式として機能していた。

 これらを小出しにすることでユラは人脈を作った。何も自分が戦うことだけが生き残る術ではない。

 力がないならば他人を使えばよい。

 そう考える彼ゆえの行動であったのだが、それゆえ昨夜の、見知らぬ夜トの戦いはおよそ理想として映った。

 自身の手を使わず、しかし支配下にある力を用いて敵を倒す。

 実際のところトドメをさしたのは夜徒、すなわち仮谷災浄自身であったのだがその事実はユラの預かり知らぬところである。

 彼にとっては操り人形を用いていること自体が重く写っていた。

 彼を興奮させているのはその戦法だけではない。その戦法を自身も実行することが可能であるということだ。

 “豊”の権能、宴に参加する夜トのすべての権能の行使。

 オリジナルに比べ、その力は一段劣るものになるが。

 彼の手中にはこの権能と、天王洲の人間、そして交渉によってつながりを得たおよそ20を超える家の人間。

 手駒にしうる人数はゆうに1000を超える。

 “徒”を使用するにあたっての制限は人数。

 本家が制約さえみたせば無数の人間を操れるのに対し、“豊”が“徒”を介して操れるのはおよそ50名。

 それでも一人の夜トを相手取るのであれば十分な手駒である。

 唯一の気がかり、懸念材料は“豊”の制約。

「利用した権能は次の夜は使えない、か」

 しかし、その気になれば“徒”に頼らずとも今までしてきたように交渉によって人員などどうにでもなるであろう。

 ならば使うべきだ。

 ユラがここまで強気に出られるのは実のところ彼の言う交渉がほぼ輪廻を操ることで知られた術式をちらつかせることによる脅迫であるからなのだが本人は交渉であると割り切っていた。

 自身の力はさほどなかろうと、家の長に君臨し、他家の代表者たちの上に立てるほどには、彼は強かだったのである。

 もっともどうでもよい家の人間に“徒”を発動する。

 3日目の夜は、ユラの侵攻から始まった。


 ◇ ◇ ◇


「うーん、こんなものかな」

 流日市大ホール。

 そのステージの上に一人の壮齢の男はいた。

 シルクハットにタキシード、手にはステッキ、誰がどうみても胡散臭い奇術師と言うであろうその姿はしかし見る者が見れば魔的ではあった。

 襟元、そで口、ベルト、その他いたるところに火を象徴とするものがあしらわれている。

 自然現象、こと火に特化した奇術師は明日のショーのリハーサルを行っていた。

 ショーにおいても扱う主な仕掛けは火。

 これらは術式とは違い、タネも仕掛けもある、世間からすれば真っ当な奇術。 しかし、そこにも術者としての意図はある。

 彼は術者としてもっぱらイメージを具現化するものをベースとして火の術式を使うが、他人にも自身と火のイメージを結びつけさせることで術式を強化しているのだ。

 術とは世界との交渉である―――男の師でもあり父でもあった人間はそう言っていた。

 シルヴァ・U・デストロはステッキで床をつき、片手の指を鳴らす。

 ステージ上の椅子や輪、人間大の箱、はては何に使うのか一目ではわからないような謎のオブジェ、そういったもろもろの仕掛けが一瞬にして燃え、消えた。

「ショーと宴が重なるとは……私もついてない」

 溜息をつきながら、上を見上げる。

 市のホールとは言いつつ、それは一般的に想像される公民館とは全くかけ離れていた。

 ステージに面する壁は豪奢なステンドグラスがあしらわれ、入り口からステージにいたるまでの両側の壁は所々に歴史という重みを感じさせる彫像が12体。

 そして天井には美と生を追及した女神の像が夜空を背負い慈愛の眼差しで地平を見ていた。

「完全ガラス張りの屋根とは……聖護院らしいといえばらしいか」

 さながら聖堂のような空間の中、シルヴァは物思いにふける。

 続く静寂は、突然の来客に乱された。

「ショーは明日からなんだがね。気が早いというにはいささか度がすぎるよ、お客様方」

 客席の最前からステージを見るように立っていたシルヴァの背後、客席後方や彫像に隠れるようにしておよそ30人。

 気づかれてからは早かった。

 30人のうちシルヴァに近い10人が接近、残り20人は鎖のようなものを射出した。

 射出されたそれは直進することなく、空中で不自然に軌道を変え、前方の10人の間を縫うように、シルヴァの逃げ道をふさぐようにして陣をいくつか形成していた。

 この鎖が汎用化された「器」である。

 逃げ場はない。

 敵は接近している。

 しかしシルヴァは振り向きすらしなかった。ただ悠然とせまる瞬間を無視した。

 そして燃えた。

 初撃が届くと思われたころには、シルヴァは消失し、焼失していた。

 その場に残されたのは奇襲が空振りに終わった30名の意思なき兵士と、灰。 彼らを介してその場の状況を知るユラは把握はできても理解はできない。

(逃げた……?いや、まさか、どこにいる?)

 突如として消えたこと、灰、赤の衣。思い至った時には遅かった。

(火か!)

「殺しは趣味ではないのだが」

 声と同時に業火がホールを埋め尽くす。

「時として仕方あるまいよ、長いこと生きているとロクなことがない」

 心底ごちる。残されたのはさきほどにましてはるかな量の灰。

 そして。

「さて、あなたは別口かな?新たな客人」

 ホールの入り口部分に立っていたのは怪人であった。

 頭を覆う白い仮面と帽子、体格をまるごと隠すようなマント。

 そして背にたずさえた大剣。

 シルヴァがその視線にとらえる。

「おひさしぶりというべきでしょうかね、“亡霊”」

 明らかな憎悪。

「私はあなたを処理しなければならない。デストロの名において、あなたの血をひくものとして」

 先に動いたのは仮面。

 直進。

 ほぼ同時にシルヴァは杖を鳴らす。

 次の瞬間、仮面を中心として爆発を起こす。

 しかしその次に来るはずの爆風と音は、待てど暮らせど来なかった。

「四神相応…か」

 仮面がその口を開く。

 入り口付近に巨大な亀。

 ステージ右手に龍。

 同じく左手に虎。

 そしてシルヴァのすぐ傍に、不死鳥がいた。

 中国の伝承に残る東西南北を守護する聖獣。

「なるほど、君の神器はそれか」

 マントは消し飛び、服はところどころその用途を成していなかった。

 しかしその肉体に傷はなく、手は大剣を握りしめ、足は地をふみしめていた。

「君は、火に関しては特筆すべきだったけれど、他はたいしたことなかったはずだ?古の神獣をまともに使役などできようもないだろうに」

 仮面の下の眼光が、獣とシルヴァを貫く。

「良い神器を引き当てたものだな。多少は骨が折れそうだ」

(不可解……。四神相応は大魔法の中でも対処の難しい術式のはず……それを無傷とは)

 そもそも本来、自身の数代前の縁者がなぜ自身と同じ時を生きているのか。

 なんらかの術式を用いたものとばかり思っていたが。

(直接目にしても、まったく魔的ではない、ただの人間……)

 自身の肉体に術式を用いてなんらかの操作を施している場合、それなりの実力者であれば何かの術式を使っている、ということはほぼ確実にわかる。

 シルヴァは、歳に応じた経験をこれまでに得てきた。

 その揺らぐはずのない自信に裏付けされた術者である彼にも、仮面はその見た目以外変わったところがないように見えた。

(彼が、なぜ生き続けているのかは不明だ。が)

 その視線を握られた大剣に向ける。

(今、注意すべきはあの大剣……!!)

 さきほどの爆発の中、シルヴァは敵の動きを観察していた。

 術式が発動するわずかな気配に気づくところも、それに応じて握った剣をふるい、自身の周囲の爆発をほとんど無効化したことも。

(大方の術者なら初撃で倒れていただろう、しかし、奴は四神を消し飛ばした)

 そもそも四神相応とは、かの四体の獣を正確に対応する東西南北に配することでその場の陰陽と方位をただし、それと元の差異を爆発的なエネルギーに変えて敵にぶつけるという、いわば不可避の爆撃だ。

(術が消えた、ならば)

 獣たちは一斉に動き出す。

 玄武が霧を生み、視界を奪う。

 白虎と青龍が左右双方から仮面を押しつぶさんと襲い掛かる。

 逃げ場は朱雀とシルヴァが炎で埋めた。

 確実な一手をうむための連携。

 逃げ場を断ち、牙をむく。

 仕掛けられた攻撃に対し、仮面がとった行動は一手。

 右手に剣をかまえ、その場で廻転。

 それだけだった。

 炎と霧はおろか、近づいていた白虎と青龍すらもふきとばす。

 まともな術者ならば直感で、本能でわかる。対峙してはならぬと。畏れを持って、礼節を持って、いかなる理由をもってしても、歯向かってはならぬ。

 そういった存在が聖獣。

 生命としての上位存在。

 それらを操ることを可能にする神器、“神杖”もさることながらおそるべきは仮面の存在である。

 ただの剣戟のみで4体の聖獣を軽くいなしたのだ。

(やはり剣だけではなくあの男自体が不可解……。一切の術式の行使がわからない)

「ふむ、聖獣を目にするのはいつ以来だったかな。長生きするものだ」

 ただ珍しいものを見た、それだけの感想。

(4体もの聖獣を使ってこれとは……)

「1つ忠告してあげよう。君の持つ属性と四神全体の方位とは総合的にかみ合っていない。そもそも基盤とする理論が違う君のそれは火だが、対して四神は無だ。術者に求められるのは万能ではなく……」

 仮面の底の眼がほのぐらく輝く。

 刃をかかげ、

「ひたすらに研ぎ澄まされた、一本の刃だよ」

 ふりおろした。

 爆風と轟音。

 円状に広がる破壊の旋律が、四神を襲った。

 獣たちの苦悶の声があがる。

 そしてその姿がぶれた。

「炎環、廻りて、眼あざむけ」

 獣たちを炎がつつむ。雛を守る親鳥のように。

「門よ、閉ざせ」

 カツン、と杖が地を鳴らす。

 同時。

 三体の獣の背後に無骨な扉が現れた。

「ほう、こっちが権能か……」

 炎ごと、獣たちが扉の向こうにいざなわれる。

 残ったのは炎の鳥。

「朱雀だけを残したか」

 結果としてシルヴァは仮面の言葉に従うことになった。

 事実として四神全体を操るよりは火の属性を宿す朱雀だけを残す方が総合的な力として強くなるのである。

 別の観点からすればそれほどまでにシルヴァの扱う火が強力だったのである。 四獣の位置と属性を利用した四神相応はそれぞれの属性を昇華しあい、最終的には「無」の属性とその地のもともとの力を利用し膨大なエネルギーを爆発させる術式だ。

 しかし、シルヴァの火はそれが存在する空間において占める量により発揮する力そのものが変化する。

 ゆえに膨大な「無」がもたらすのは反面、シルヴァの火の相対的弱体化である。

 そして今。

「では、ここからは王が織りなす殺戮を始めましょう。あなたにも踊ってもらいますよ、亡霊」

 力を爆発的に増した火はその量を増しながら仮面に迫っていく。

 蛇のように龍のように。

「ふんっ!」

 襲いくる火に対してただの一閃、上から下へのあきれるほどまっすぐなふりおろし。

 仮面の周囲の火はそれだけで消し飛んだ。

(やはり何の術式も感じない)

 シルヴァは考える。

 愚直に火をせまらせてもふり払われて、いたずらにこちらが疲弊するだけ。

 かといって朱雀を特攻させるにはあまりにも早計。

 ならば術式を消し飛ばすなんらかのカラクリを無効化するしかない。

 ほんのわずかな思考の一瞬。仮面は膝をおりまげ、不可解なほど人間離れした膂力で弾丸のように一直線にとんだ。

 朱雀へと剣が、凶刃が、火の鳥に迫る。

「―――」

 この世のものとは思えぬしかし気高く尊い声を発し、朱雀は火炎の弾丸を翼から打ち出す。

 本来ならば、それだけで必殺。

 しかし剣がそれをはばむ。朱雀が散らされるまであと一秒もない。

 ―――瞬間、仮面が地へと叩きつけられた。

 上方からの予想外の攻撃、その衝撃は床に円形のくぼみを作るほどであった。 朱雀の前面、先ほどまで仮面がいたところに居たのは若く、紅い炎の王。

 炎の鎧と王冠をいただき、その両脇には巨大な剣を握る炎の玉。

 地におちた仮面を睥睨する。

 その目に油断はない。

「ずいぶんと若くなったもんだね」

 叩きつけられた仮面がたちあがる。

「どっちが本当の姿なんだい?」

 言葉は返されなかった。

 代わりに術が放たれた。

 炎をまとった軍勢が、王のもとに参じる。

 その身体は、灼熱で出来ていた。

「王あるところに死は集う」

 呼び出された数多の炎の死兵と朱雀の炎、そして王の剣が一斉に仮面を襲った。

 全方位からの逃げ場のない炎熱。

 死兵はその形が炎で揺らめいているために判別しづらいが一言で表すのならば鎧をまとった骸骨といった風体であった。

 その手に防御のための盾はなく、ただ敵をうち滅ぼすだけの刃のみが手に握られていた。

 呼び出された彼らがとった行動は単純。

 敵の確認、そして直行。

 ほとんどが歩兵のような出で立ちではあったがやはり魔の存在であるだけにその動きは常軌を逸している。

 弾丸のようなスピード動く彼らは、並みの人間であれば、その瞳にとらえることすら難しいであろう。

 しかしこちら側の存在であるはずの仮面の男もまた、常識を粉砕していた。

 剣を水平に掲げ、片足を軸に一回転。

 接近していた5体の死兵の腕が、足が、首が、とんだ。

 が、それだけだった。

 体がどれだけ欠損しようが、その動きは止まらなかった。

 初めて仮面が驚きをあらわにする。

 それは一瞬のほんのわずかな行動の停止を生んだ。

 思考のない、感情によるささいな間。

 命をかけた闘争においてもっとも忌避すべき行為。

 炎と刃が仮面に届いた。

 正面から、背後から、死兵の刃にその身が貫かれていた。

 その内の一つは明らかに心臓をとらえている。

(まだ、まだ何かある……!)

 炎の術式の行使の代償として幾分若返ったシルヴァはそれでも勝利を確信していなかった。

 たしかな手ごたえはある。

 だがそれ以上に残る違和感。

 完璧な答えの中に潜む完璧すぎるがゆえに誤っているのではないかというような、ささいな疑念。

 すべて消すために、確実な勝利を得るために。

 自身の傍らの両の剣をふりあげ、そして下した。

 コンマ数秒の、記録にすら残らない極限の世界。

 シルヴァの脳内はこの戦闘が走馬灯のように流れていた。

 何かが引っ掛かる。

 四神相応に対しても。

 火に対してそして死兵に対しても。

 仮面は剣で対応していた。

 無骨な剣。

 おそらくは術式の一切を無効化する剣。

 それに類似したものが世界にないわけではない。

 ロンギヌスの槍や、結果として時代の英雄、王者を滅ぼした武具のほとんどはそういった性能を備えている。

 言ってしまえばありふれている。

 刃が仮面をとらえるが、その瞬間シルヴァは答えに至った。

 違和感の正体。

(目の前の敵は神器を、権能すらも使ってない……?)

 ほとんど本能的な気づき。夜トのみが持ちうる、第六感のような何か。

(奴は……ただ自身の能力だけで……?)

 そう思ったときには遅かった。

 振り下ろされた刃は、やはり刃によって受け止められていた。

「体が欠けようが行動できるってのは、反則じゃぁないかね?」

 炎の大剣に刃をあわせつつ、その声色は日常のささいな友人に話すようなそんな呑気ささえ持っていた。

 言いつつ、刃をはらい、空いた片手で死兵を握りつぶす。

 術式によって。

「久しぶりに使ったな」

 つかんで握りつぶす。

 それだけの単純な行為。

(明らかな術だが……死兵を握りつぶして存在を消すだと)

「……軽い術で呼んだにしてはずいぶん凝った作りだな。神器も使っているのか?」

 こともなげに仮面が問う。

 死兵を構成するにあたってはシルヴァはかなり非効率な方法をとっていた。

 あちら側の世界から呼び出した魂に神器の能力を用い、あとは数百もの術式を使用していた。

 さながら幾万もの細胞が一つの人体を構成するように。

 それぞれの術式のつながりを意識しなおかつ大量の兵を扱うには想像を絶する熟練と精緻さが要求される。

 本来ならば1つの術式で死兵を構成するのであるが、シルヴァが今回このような方法をとったのはひとえに仮面の剣の対応のためである。

 1つであればふれただけで消し飛んでしまう。

 ならば、複数であれば、部分が消えようと全体は維持できる。

 事実、その方法は正しく、死兵の攻撃は届いた。

 しかし、通らなかった。

 仮面の一握りで死兵は霧散する。

 あれほどの単純な動作によって数百の術式を瞬時に破壊するようにはどれほどの感情がこめられているのであろうか。

(まっとうに攻撃を通すために用意した「数」という有利……それが通じないとなると……)

 ホール内の死兵たちを駆逐すべく仮面が動いた。

 ほぼノーモーションからの右方向への跳躍。

 剣で死兵の腕を落とし、片手で頭を砕き、殺す。

 それを幾度か繰り返した果てにそれは起こった。

 ふれるまでもなく斬るまでもなく、死兵のすべてが消え去ったのである。

 消えたのは兵だけではない。

 シルヴァの上空にいた朱雀もまたその姿を消していた。

 かわりに。

 シルヴァのまとう炎は、炎という概念を揺らがせるほどにゆらめき、増していた。

 さながら太陽、その姿は陽炎のように不確か―――

 気づいたときには眼前に迫っていた。

 下段から上段へ走る炎剣の逆袈裟斬り。

 仮面が反応できたのはここまで一切使用していなかった権能によるものであった。

 部分的な肉体能力の強化。

 炎剣を無効化するために腕を前面に残しつつ後退。

 結果、剣に触れた腕はそのまま押し返され仮面の胴には右わき腹から左胸にかけてやけどを伴う大きな傷を残した。大量の血が地面に落ちる。

 あまりにも長く生きている仮面にとって感情の起伏は得難いものである。

 特に驚きという反応は仮面の男に歓喜すらももたらした。

「フフ……フハハハハハハハ!!!!!!いいぞ、とてもいい!戦闘で高揚するとは、フハハハ!!」

 両腕を広げ、張り裂けんばかりの哄笑。

 対するシルヴァは恐怖と焦りを感じていた。

(今ので反応するか……。それに、この王の状態も長くは持たない……)

 炎というのは消滅と再生の象徴、イメージを表象しやすい。ゆえにシルヴァが行っているのは肉体がつみかさねた時間の消失。

 それによって全盛期の肉体を再現し、「炎で炎を再生させる」といういわば炎による無限ループを発生させている。

 仮面の腕が押し負けたのはひとえに消滅の速度より再生の速度が速かったからだ。


 この術式、「炎環の王天」自体、ほとんど隙は存在しない。

 問題は術者だ。

 これほど完璧な術を発動させるにはそれだけで精密な操作と自分をどこまでも信じ続ける集中力が要求される。

 ゆえにこれまで放ってきた死兵の群れなどにくらべ、格段にその消耗というのは激しい。

 その肩代わりとしているのが肉体に蓄積された時間である。

 ほとんど瞬間移動のように思える移動も、術式によって消滅と再生の間にひと手間加えているに過ぎない。

 シルヴァはこの術式を扱うことを念頭に置いていたため、老いというものを感じるまで術の研鑽とは別に肉体の、有体にいえば全盛期の状態を長らく維持していた。

 ゆえにコストとしての肉体からの時間の消失を、弱点ではなく強みに変えることを可能にしているのである。

 最高の状態で最強の術を使う。

 超高密度の炎の鎧と剣、太陽がごとき騎士は王の威厳を放っていた。

 それぞれに剣を携えた、常軌を逸した2つの視線が交差する。そこから先に言葉はなかった。

 仮面の握撃すらもおしのけた炎の大剣はやはりというべきか術を無効化する仮面の剣とも互角に打ち合った。

 ギン!!ガン!

 ときに近づき、時に離れ、二人は剣戟を重ねていた。

 幾度も幾度も、相手の先の先を読みそれでもなお、また先を読む。

 すべてが調和しているような、しかし激しく苛烈なそれはまさしく赤と黒の狂想曲―――!!


(決定打がたりない!)

 剣が時を刻むにつれ、シルヴァは焦りを増す。

 この状態は長くは使えない、のちの宴のことを考えれば、ここで全力を使い果たすわけにはいかない。

 力が尽きる前に灯が消える前に目の前の敵を撃たねばならない。

 しかし現状の実力は互角。

 この互いのむき出しの魂を削りあうような凄まじい剣戟の、終幕が、その果ての勝利がシルヴァには見えていなかった。

 その曇りが、焦りが、シルヴァのほんのわずかな油断を生み、隙を作った。

 刀を振り上げるのが、瞬刻、遅れた。

(しまっ……)

 気づいた時には遅かった。

 上から凶刃がせまる。

 走馬灯すら流れない。

 死を覚悟するまもなく。

 そしてその瞬間は訪れなかった。


「時間切れのようだな」

 仮面の先には、地平を紅く染める太陽がのぞいていた。

 宴として夜トが踊れるのは日の入りから日の出まで。

 図らずも、シルヴァは宴のルールに救われた。


 言い残して、仮面は跳躍、その場を去った。


 戦いの後。

 術式を解いたシルヴァは生き残った喜びよりも、仕留めきれなかった悔しさに打ちひしがれていた。

「まだ……足りないと……!!」


 3日目の宴が幕を閉じた。





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