2 Day2
「昨夜未明、神奈川県流日市にて暴行事件が同時に多発した模様です。警察はこの件について午前10時より記者会見を行うとしており、今のところ詳細な情報は発表されておりません。一度現場につないでみましょう、××さん、何か新しい情報はありますか?」
「はい、こちら現場の××です。今のところ警察側に新しい動きは出ていません。幸い、殺害された、というケースはなかったようですがひどいものではまだ意識が回復していない方もおられるようです」
「現場の様子はどうですか」
「……私は普段であれば閑静な住宅街の現場に来ているのですが、ご覧の通り我々含め多数の報道陣と警察が駆けつけており、異様な雰囲気となっております」
「ありがとうございました。ひきつづきレポートお願いします。さて△△さん、今回の件は犯罪心理学という立場から見てどうお考えになりますか?」
「心理学なんて、これに関しちゃ通じませんよ」
「というと?」
「……あまりに雑多すぎるんです。まだ警察の発表がないのでこれはこの番組が取材したものを正しいとして考えているのですが、今、手元に有るデータとして確認されている件数は23件なんですね」
「大変な数ですね」
「えぇ。単独犯でないのは明らかでしょう。かといってこれが組織的なものかというとそうじゃない」
「ほう」
「この23件のうち13件は比較的軽傷で中にはすでに会社に行っている人もいるとのことです。問題は残りの10件。こちらはかなり重傷だという情報があります。仮に一つの組織であるならば、暴行対象になぜここまで差があるのでしょうか。さらに被害者たちにはこれといった共通点がないとまできた」
「つまり……」
「複数の団体、組織あるいは個人が無差別にあるいは我々の知りえない何らかの共通点でもって暴力を同時多発的にふるった、ということですよ」
モニターに映ったいかにもな評論家の顔を見て、少女は言う。
「物騒だね」
「なに他人事みたいに言ってるんだ」
その背後。
少女と同年代の青年が声をかける。
少し呆れたような、しかし真剣な面持ちの少年は言う。
「ありゃ俺たちの同類がやったことだぞ」
「なんでわかるの?」
「この街はいわゆる暴力団ってのがはびこっちゃいない。多少はいるようだが、こんな目立つことを意味もなくする連中でもない。でもって事件が起きたのは昨日。しかも大多数を一気に、となると昨日の夜トの索敵としかおもえねぇよ」
空の言うことはおおむね正しく聞こえた。
ましろはこの街に住んでからそれなりにたつがそういった団体がいることはおろか銭湯などで「○○お断り」というものさえ見たことがない。
たまにある事件というのも家の中でのごたごたによるものや、環境に疲弊した自殺が精々でいかにもきなくさいといったものは今まで聞いたことがなかった。
「じゃ、今あのおじさんが言ってた、被害者に共通点がないっていうのは?」
「そりゃ神格のあるなしだろうな。パンピーにゃわからん」
「神格……前も聞いたけど……」
「あぁまて、ちゃんと説明する」
妙にしぶい顔をつくりながら空は考えあぐねる。
基本的に彼はそういう世界で生きてきた人間だ。
自分が使っている言葉も定義というよりは感覚で理解している。
それを、普通の人間に理解できるように説明するのにはこうやって少しの時間を要した。
「人間の魂には濃い、うすいってのがあるんだよ」
「うん」
「でもってある程度濃いやつってのは人間という存在から少しずれて神様だとか魔だとかそういう存在に近づくわけ。それを俗に神格って言ってんだわ」
「ううん……?要するに神様っぽい人のこと?」
「むちゃくちゃ大雑把な言い方だとそうなる。で俺らは”濃い”側なんだよ」
「……夜トだから?」
「時限付きとはいえ、俺たちは願って資格を得たときからそうなってる。敵さんはそれを基準に狙ったんだろうな」
「どうするの?」
「……そうさな、夜はひきこもってるにこしたことはねぇよ。敵はどういうわけだか組織的に動いてる。なら俺たちでやるより他の連中に任せたほうがいい。動くかどうかは、わかんねぇけど」
適当なことを知ったように喋るテレビの中の人物に無感情な瞳を向けながら空は続ける。
「勝ちに行く必要はない。負けなきゃいいんだよこの手の闘いは」
その言葉には作戦というより遠いどこかを見つめるような虚無があった。
「……夜はわかった。この館からでなければいいんだね?」
「あぁ」
「だったら昼はどうするの?というかこれから」
あえて、そのほの暗い心には触れなかった。
いや触れられなかった。
「……引きこもってもいいんだが……。一応敵さん調べとくか。昨日のお礼参りもしてぇし」
「調べる?お礼参り?」
「おぉよ」
答える空に先ほど感じたような暗さは無かった。
◇ ◇ ◇
「さて、話を聴こうか、聖護院」
「私は聖護院姓の人間ではありません」
とあるビルの屋上。
スーツに身を包んだ男と軍装のようなコートを来た女が対峙していた。
「結局のところお前が伝えるのは聖護院の意向だろう?なら、お前をそう呼んで差支えはあるか?」
「表面上はありません」
「表面上ねぇ」
「しかし。私ごときは彼の家の者として認識されるわけにはいかない」
大した忠義だと思った。
「……ならば折れよう。名前は?」
自分には決して芽生えそうにない心。
「聖護院家護衛軍”アストラルフォース”副官キカラ」
「ご立派なことで。俺のことは調べはついているんだろう?簡単なテストだ。オレの名は?」
「テスラ・黒槍殿」
「……本題に入るか」
それまでくゆらせていたタバコを消して見据える。
「要件はなんだ、キカラ」
「我々と手を組んでいただきたいのです」
「は?」
テスラが驚いたのも無理は無かった。
そもそも目の前の存在が自分のところに来ていること自体がおかしい。
目の前の女はアストラルフォース、しかもそこの副官だという。
細かいことを除けば「聖護院」という家が自分に協力を求めているという構図だ。
この世界におけるトップがなぜ自分に協力を求めるのか。
そもそもその時点で
「この宴に聖護院も参加してるっつーのか」
「えぇ、あなたには真っ当な宴の参加者としてあの方をサポートしていただきたい」
「でもって最後は舞台から降りろってか」
「……」
相手は答えない。
答える必要もない。
その苦々しい表情をみれば現実をつきつけたくはないとかいった実に優しい理由がありそうだが。
わかっている。
ソレをこの、たかだか家の私設軍の副官に求めるのは酷だ。
事実、この現状がすでにテスラ・黒槍が勝てないことを示している。
少なくとも聖護院の参加というのは、テスラから勝目を奪い去るほどには大きな力があった。
「聖護院が参加するのはわかった。俺が勝てないのも承知した。お前らは俺にどうしてほしいんだ」
「うけてくださるんですか」
「まさか、みたいな顔すんなよ、勝算があったからオレの前に出てきたんだろうが。依頼という形でなら、受けよう」
勝ちの目が見えないならせめて利益をあげねば割にあわない。
知る人ぞ知るヒットマンは”宴”での自分のあり方を、この瞬間に変えた。
◇ ◇ ◇
「というわけででてきました駅前商店街」
「なんでちょっとロケ風なの、ねぇ」
「なぁグロウス・テルスって喫茶店知ってるか」
「ええっと、グロウス・テルスだよね、知ってるけど」
「よし、つれてけ」
「え、知らないの?」
てっきり名前を知っているから場所も知っているかと思ったけれど。
「知らねぇも何も、こっちの方来たの久々だからな。正直ほぼ初めてといっても過言ではない」
「どうやって流日で生きてきたのアナタ……」
「無理な話じゃないさ。わりと俺が外での仕事が多いってのもあるがこっちにいる間は夫婦達磨が飯作ってくれるしな。南側に出てくる必要がない」
流日市、現在宴が行われているこの街はその中心に東西に走る路線と駅をはさみ、北には山を、南には海をいただくというとても単純な地形になっている。
駅から山のふもとにあたるいわゆる「キタ」はもっぱら住宅街になっており、ところどころに公園や協会などがあるくらいで大きな商業施設はほとんどない。
流日で暮らしてくにはどうしても商業施設の充実した「ミナミ」に寄る必要があるのだが。
「ヒモじゃん」
ヒモであれば可能である。
「ヒモじゃねぇよちゃんと家賃プラスαお気持ち代払ってる。こう見えてちゃんとしてんだぞ俺は」
相応の代価は払っているのだから何も問題はない、と。
「にしてもこっちに来ない理由もないんでしょ?」
「確かにそうだが行く理由もなかったな。海に興味あるわけでもねぇし」
さめてるなぁ……。
口調のせいかこれまではそうは思っていなかったが思い返せば空はどことなく冷めている。
その行動は合理的で余分というものがあまり無い。
単にセンスが変なだけかもしれないが。
初対面に変態って言うし。
「思い出したら腹が立ってきた」
「何がだ」
そしてにぶい。
恋愛方面のにぶいじゃなく単純に覚えているようなことも覚えてないのか、あるいは思い当たらないのか。
「とりあえずさっさとグロウス・テルスに行こう」
目的地は流日のメインストリートをしばらく行って中腹あたりを東に少し行ったところらへんにあったはずだ。
たぶん。
「有名なのか、グロウス・テルスって」
「どうだろう……めちゃくちゃ有名ってわけじゃないとは思うけどなぁ。学校からも離れてるし、メインからもちょっとあるし」
なんとなく頭の中に地図を描く。
高校は駅から西方向。
バスで10分ちょっと。
歩けなくはないがそれなりの距離がある。
メインストリートは駅から南へ一直線に延びているがだいたい駅の近くで揃ってしまうため、ものの五分と歩かないうちにそのにぎやかさも薄れてしまう。
地理的なことを考えればグロウス・テルスが有名になる要素はあまりない。
そもそもの話、
「高校生は駅まわりでだいたいすませちゃうしな……」
流日で最も栄えているのは駅の周囲だ。
次点で海浜公園の周り。
観光シーズンだと逆転するかもしれない。
「だったらなんでグロウス・テルス知ってるんだお前」
「趣味なんだ、喫茶店めぐり。流日のだいたいのところは行ったよ、私」
「暇人なのか……?そんなことすんの大学生とかじゃねぇの。高校生だよな、ましろ」
「……友達付き合いあまりしないからかな……」
休日とかだいたい一人だし。
「友達いるか?大丈夫?」
横を歩いている空が割と心配めなトーンで聞いてくる。
「いるよ、大丈夫……いるよ?」
疑いのまなざしを向けてくる空に言う。
「ま、友達なんていなくてもいいとは思うがな」
どっちだよ。
けれどその考えはわかる。
「一人で生きていけるにこしたことはねぇんだよ。それが無理だからつるむわけで」
「でも全部預けるのもどうかと思うんだよね」
「いちいち話を重くするな……」
少しうんざりしたように言う。
仕方ないじゃないか、そんなに友達いないんだから。
「空こそ友達、いるの?」
「……いないな」
その沈黙はあまりに重かった。
「一応いたんだよね、学校」
「あぁ……プラハなぁ……あれ学校どうこうっていうより殴り合いを別の形でいかにやりあうかみたいなトコだったなぁ……戻りたくねぇなぁ……良い処っちゃいいところ……でもなぁ……」
途中からは私にではなく、言葉は宙に向けられていた。
ほっておこう。
こうなった人に深く込み入ってはいけない。
しばらくすればグロウス・テルスにもつくだろう。
とはいえそれなりに距離がある。
うだうだ話していてもまだ半分も来ていない。
「お、ケバブ」
あ、帰ってきた。
空が気づいたのは流日でもわりと評判のケバブ屋だ。
値段あたりの量がかなり多めでごはん時であろうとなかろうと常に人が何人か待っていたりする。
とはいえさすがに朝九時から、しかも三が日に並んでいる人はいないだろうけれど。
というかこのケバブ屋、なんで二十四時間営業なんだろう。
「……ありゃなんだ」
その店の前。
外に出されているメニューをじっくり見ている少女がいた。
体躯からいって中学生前後だろうか。
服装は、あまり見ることのない黒のゴシックロリータ。
ところどころ金があしらわれている。
そして特徴的なのは―――これでも十分特徴的なのだが―――その美しい金髪碧眼と片目を覆っている眼帯。
その少女はこちらに気づいていない。
ただひたすらにメニューを、というかそこに写っているケバブを穴が開くように見ている。
そして。
「うまそうだな、これ」
いつの間にかその隣でメニューを見つめている空がいた。
そして二人はしばらく見つめる。
見つめた後。
「あの……お客さん?」
店頭で調理をしていた店員さんが声をかける。
それと同時、メニューを見つめていた2つの視線は即座にましろを貫いた。
言外に伝えている。
買ってくれ、と。
「……え?」
「いや、わかるだろ、買う流れだったろ、そこは」
「流れで買うって何」
買うこと自体に抵抗があるわけじゃない。
空については命を救ってもらったお礼も、安全な場所を提供してもらっている恩もある。
せめて言葉がほしい。
「見知らぬ女性よ、買ってくれ」
言葉があったのは空ではなく美少女。
「だとさ見知らぬ女性」
「名前知ってるでしょうが」
仕方ない、と。
肩で答えながら財布を取り出し結局。
「うめぇなコレ。なぁガキンチョ」
「本当に。おいしい。それとガキンチョではない。ハフハフ」
店先のベンチでケバブを頬張りだした。
ものの五分としないうちに。
「ごちそうさまでした」
二人とも完食した。
「礼を言おう、金色の少女」
……?
「金色?」
「なに、そう見えただけだ。いつかこの礼はする、がここは失礼させてもらう。ではな」
そう言って黒色の少女は去っていった。
「……綺麗な娘だったな」
「金色だぁ……?」
まだベンチに座ったままの空はぼやく。
「それ、なんだと思う?金色って」
「……オーラかなんかか。見えたっつってたし」
「オーラ?」
一時期はやったスピリチュアルなアレだろうか。
「元をたどりゃ同じだがな。でもよくわかんねぇな……。もしかしたら俺みてぇな術者だったのかもしんねぇけど」
立ち上がり歩きながら続ける。
「そっち方面はあまり詳しくないからわかんねぇや」
それからしばらく、とりとめのないことをだらだらと喋りながら。
「ここがグロウス・テルス……」
件の喫茶店にたどり着いていた。
来るのは二度目だ。
たしか蜜柑のタルトがおいしかった気がする。
「……あいつもう来てやがるな」
ドアを開ける。
カランコロン、と。
小気味のいい音をたててドアをあける。
見渡すと客はまばらだった。
それもそうか、まだ三が日だし。
その数少ない客の中で一人。
明らかに異様を放つ姿。
その人はこちらを見て軽く手を振っている。
「やぁ空クン。それと……まぁいいか、こっちだよ」
席を示す。
「久しぶりだね、空クン。縁があったようで何よりだ」
「なわけあるか。昨日あったろ。嫌がらせつきで」
昨日。
そういえば警察の調書をとられていたその間、空が会っていたあの帽子の人。
その表情を見て悟ったのか。
「そうそう、昨日の人だよ、で、まぁそれはどうでもいいんだけれどね」
やはり帽子をかぶっていて。
冬なのに室内とはいえあまりにもその恰好は薄い。
下はわからないが上は長袖のTシャツだけで上着の類は見当たらない。
その目元は帽子を目深にかぶっているせいでみえない。
が、その顔にほられたタトゥーはあまりに特徴的だった。
天秤を模したものだろうか。
「一応名乗っておこうか。といっても名ではないのだけれど。まぁ君の視線の示す通りだよ」
「もったいぶるな、天秤屋」
「先に言うなよ空クン。まぁそういうことだ。僕のことは天秤屋と呼んでくれれば結構だよ、お嬢さん。ところで、用件はなんだい」
「どうせわかってんだろ」
「まぁね。けれど様式ってのがあるじゃないか」
「昨日のアレは何だ」
「アレ?”太陽殺し”かい?面白かったろ?」
「殴られたいのかお前」
空は言いながらテーブルに昨日見たビー玉のようなものを出す。
それには小さいお札がはりつけられていた。
「へぇ、よくこんな札持ってたね。それとも作ったのかな。ま、いいや」
その”太陽殺し”とよばれたものに怪しげな人は手を出す。
「この”太陽殺し”は今でこそそんな言い方になっちゃぁいるけどね」
その細い指先で、札をはがす。
その指は、というより手は包帯で覆われていた。
「本来こうやって使うもんなんだぜ」
その左手から光がほとばしり”太陽殺し”にそそがれる。
「おまっ、何を」
そして周囲は昨日と同じく一瞬にして暗闇にのまれ、そして一瞬にして白に変わった。
「……なんだ、これは……」
最初に言葉を発したのは空だった。
あまりにも白いその空間はその姿形を変えることなく。
「反天神界……?」
「はっはー、惜しいよ空クン。けどそこまで大層なものじゃない。疑似的なものだ。わかるだろ君なら」
天秤屋は相変わらず笑いながら空に語り掛ける。
「力を通しさえすりゃいろいろと空間を作ることができるんだぜ。まぁ微調整は色々めんどくさいんでやらないけど」
手のひらに”太陽殺し”をもてあそびながら男は続ける。
「さて、それで君は文句を言うためだけに来たんじゃないだろう、空クン」
その怪しげな笑みが空に向く。
一方の空はこういうことはよくあることなのか、もう平然としていた。
「……”宴”について情報がほしい」
「率直でよろしい。okいいよ、承知した。代価は、そうだな」
これでどうだい、と。
虚空から大剣を取り出し、
「あぁそれと、今ここは”夜”の扱いだ」
「宴の外のやつに権能を使えってか」
「代価だよ代価」
「ほんとにむかつくな、お前」
応じるように空も虚空から刀を出す。
「ましろ、札は?」
「持ってるけど……」
その刀は対照的に細かった。
「なら少し離れてろ!」
かけだし、叫びながら空は唱える。
「 二ノ句告ゲル 五 タン 」
身体に強い光がほとばしる。
次の瞬間には天秤屋の前に、空はいた。
「相変わらずだね、空クン」
その細身な身体からは不自然なほどに軽々しく大剣をふりかざし空の刀をうける。
「そういや、小太刀じゃないねぇ?以前使ってたアレはどうしたんだい?」
札をばらまきながら、走りながら。
「折れたんだよ、大阪で!」
「 一ノ句告ゲル 十 カス 」
「おっと」
十の光弾が様々な角度から放たれる。
そのいずれも目で追うのがやっとの速さ。
それらを怪しげな男は
「そらよ」
薙ぐだけでいなす。
「さて、こっちからいこうか」
姿勢を低くして走り出す。
片手で大剣をかざしながら、目にもとまらぬ速さで振り下ろされた。
とても、空の持っている真っ当な細い刀ではあの大剣はうけきれるわけがない。
だから空はよける。
不必要にではなく、一歩。
地におろされた刀はその破壊を地面に伝える。
ただ白かっただけの世界にひびが入った。
その罅は留まることなく猛烈な速度で走る。
地面を隆起させながら地面をくぼませながら。
その先にいるのはましろ。
「ましろっ!!」
空の身体を覆う光が強くなる。
大剣の持ち主を振り返ることなく疾走した。
その速度はましろに間に合うかどうか。
ほどなく空はましろの所まで駆けつけた。
その地面の破壊とほぼ同時に。
「くそっ!!」
今持てる札でこの破壊だけをくいとめられるか。
その背中を見ながら思う。
私はこれでいいんだろうか、と。
空に守られているだけ。
それはとても楽だ。
楽だけれど、痛む。
嫌なんだ、そんなのは。
守るくらいなら、私にだってできる……!!
ちゃんと見る。
空を、その背中を。
今したいのは……!
衝撃音。
何か大きな力が壁にでもぶつかったかのような、そんな音。
「ほう、やるねぇ」
当の本人は軽く、まるで野次馬のように呟く。
その視線の先には少年少女と、彼らを守るように在る巨大な黄金の鎧。
「神器か……コレ……」
「まぁ十中八九そうだろうよ。さて、空クン。報酬はいただいた」
天秤屋は大剣を虚空に消して続ける。
「”宴”の話をしようか」
空と目が合う。
「出たな……」
「出たね……」
その鎧、といっても多分光る膜のようなものだろうが。
直前で衝撃を伝えたその破壊は止まっていた。
そしてその鎧は、安心したから、なのか、すぐに消えた。
「さて、いいものも見れたし、知っていることは全部教えてあげよう」
相変わらずの微笑をうかべつつ。
「まず参加人数だが、ここにいる人間を含めて十人。これは確定だ」
「十人……」
「てことは俺が知らないのはあと六人か……」
「あぁ、先に言っとくけれど個別のことはわからないよ、さすがに」
「なら後は何を知ってる」
「……手に入れられるモノだ」
「モノ……?」
「空クン、”大聖堂”からなんて聞いてる?」
「……あいつらはオレたちに調査しか依頼してねぇよ」
「あそ。まぁ俗に願いなんて言われてるけどそれは多分間接的なものだ。そんなちゃちなもんじゃない」
「だったらなんだっていうんだ」
「願いを叶える存在、いや叶えられる存在ってなんだと思う?」
「……?」
空は何を言っているんだというような面持で男を見る。
「神様……?」
ぼそり、と。
呟いていた。
「正解だよ、お嬢ちゃん。そうだよ、そうだ。この”宴”の景品はまさしく神の”座”」
「”座”だと!?」
そんなことが可能なのかと、そういう疑問を含ませた言葉。
「そりゃ人間を半神にするくらいだしそれくらいできるんじゃないかな。神相手に理屈は通じないしね」
「なら主催者は神だと?」
「それは情報じゃなくて推理だ。多分そうだろうけどね」
せいぜい、勝ち残ってくれたまえ、と。
男は再び”太陽殺し”を手にしながら言う。
「おしゃべりはここまでだ。それじゃ帰るとしようか」
また再び、”太陽殺し”から黒い光が広がった。
その光が消え、視界が喫茶店をうつしだした頃。
「おや、ミスったか」
そう発したのは男だった。
周りを見渡す。
その窓から除くのは赤く染まり。暗い青が混じり始めた空。
「ミスったじゃねぇよ、時間設定いじったろ!」
「さて、それはどうかな」
やはり笑いながら、あくまで怪しげに楽しげに男はうそぶく。
「くそったれめ」
「なんとでも言ってくれ。縁があればまた明日」
飄々と男は告げる。
「行くぞましろ。昨日と同じパターンだ」
「あ、うん!!」
そして空とましろはじゃぁねと手をふる男を尻目に昨日と同じようにして帰った。
「やっぱりあいつと関わるとろくなことがねぇ!!」