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夜トの宴  作者: 大隈寝子
3/22

 1 → 2 Night2 side String

「なぁ父様。一つ、頼まれてくれないか」

 とある日本家屋の一室で、2人の男が向き合っていた。

 若い方の、青年とすら呼ぶには青すぎる少年は立っており、五十代も半ばといったもう一方の男は座っていた。

 普段の序列ならば、例え目線が見上げる形となっていたとしてもその長と末端という立場から、その場の支配は座っている男が握っている。

 しかし、今この瞬間においてはその支配はゆらいでいた。視線を受け止めるはずの少年が仰ぐべき長、その父を見下ろしていた。

 いや、見下していた。

 それぞれの居る場所は身分差を示すように高低差があった。

 部屋を支配するのはとても親子とは思えない冷たさ。

「戯言を言ってないで修行でもしてろ。貴様には才能がないのだから」

 無表情で実の息子にそう吐き捨てる。

「へぇ、そうかい」

 いつもなら大人しく、言葉を返すことすらなかっただろう。

 苦しさと悔しさ、言葉にすらならない積もり積もった怨嗟をただただ飲み込んでいた。

 しかし、今日は違った。いつもと様子の違う息子に父は眉をひそめる。時は日没。

 世界を支配している太陽が死に、その眠りを喜ぶように彼らは目覚める。

 夜の神に選ばれた夜トの一人、”夜徒”仮谷災浄が牙をむく。

「黙って俺に従えよクソ親父」

 普段なら想像すらできない文言を吐かれた父はしかし跪く。

「なんなりと」

 絶対的支配者であったその男が、自身の支配下に落ちたその姿は、しかし喜びとも達成感ともちがう何か、ほの暗い何かを胸の中に広げた。

 それまで連綿と続いてきた仮谷家の長い歴史において初めての反逆はただ一滴の血を流すことなく、成った。


 仮谷家の特徴は一重にその体術にある。

 仮谷はあらゆる術の行く先を体術に向けその拳を研ぎ澄まし向かい来る災厄を討ち滅ぼしてきた一族だ。

 その戦闘装束は有り体に言えば外国人が想像する忍者のようであった。全身を黒く染め、手足には防護のための甲が備え付けられている。

 しかし目をひくのは装束のあちこちに走る文様と、顔を覆う布。

 大抵の仮谷のものに走る文様は同一のものであるが一部突出した能力を持つものにはそれぞれに調整された特殊な文様が施されていた。

 一方で、どこかの妖怪のように顔を覆う布には全て同じ文字が記されていた。

「穢」

 現世を生き、その暗闇を背負うことの現れである。

「散れ」

 一夜にして反逆を成功させたその男が口にした瞬間、およそ100もの黒い影が夜闇にまぎれた。

「さて」

 その全てを「徒」の権能によって支配している夜徒がすべきことはただ一つ。坐して待つのみである。

 散り散りになったとは言え黒い影はおよそ10人強の集団9つとなっていた。”徒”が指定した命令は一つ。

「神の気配を感じ次第、強襲せよ」

 単純明快ではあるがそれゆえにもたらす結果は悲惨であった。

「……何だよお前ら!」

 一人は世間でいう「見える人」であった。

「やめて!あたしが何したっていうのよ……」

 一人はただ勘がするどい、といった程度の一般人であった。

 無関係の、そういう体質というだけの人間すらも曖昧な命令はその範疇に含んでいたのだ。

 一夜にしてその数およそ20人弱。その数は夜徒が本当の神として歩むための最初の犠牲である。

 そう災浄はわりきった。

 その犠牲の対価として。

 彼は収穫も得ていた。

 夜トの発見である。


「……これは、日本のNINJAというやつですかな?」

 隠密性に優れた仮谷の集団をその標的は認識していた。

 黒と赤がいりまじったタキシードと帽子、そしてマント。

 所々にあしらわれた金は自らの高貴を控えめながらも、堂々と主張している。

(背後に2、左1、右3、前5。注意すべきは……この距離で私に気づかれる程度ならば、本命は左でしょうな)

 その距離はゆうに200メートルはある。

 いくら人気のない通りとはいえ、その距離で自身を狙っているものに気づくのは常人ならば不可能である。

 しかし彼は術者だ。

(宴に参加するような術者であれば、よほど高位と思っていたのですが)

 どことなく落胆した表情をつくりつつ、その手の杖を掲げ、たからかに述べる。

「作法を知らぬのであれば、教授してさしあげよう。術者たるもの」

 それは厳しい教師のようでもあり

「正面から来たまえ」

 研ぎ澄まされた刃のようでもあった。


 杖が地を鳴らす。

 紳士の周囲に騎士が出現した。

 漆黒にところどころ血のような紅の装飾がほどこされている甲冑を着込んだそれはまさしく強者の体現。

 それぞれが各個の武器を持っている騎士は4人。

 背後は槍。

 左は弓。

 右は剣。

 前は斧。

 来る敵にあわせ、適した武器を構え、一人が弓をつがえ、放ったその瞬間、騎士たちはかけた。

 馬に騎乗しているわけではないがその速さは疾風の一言につきた。

 相対する仮谷も機動力という意味では国内はおろか世界を見渡しても相当の腕を誇る。

 しかし、彼らは優にそれを圧倒した。


 最初に衝突があったのは紳士の背後。

 敵の接近に気付いた仮谷はその足を止め、術式の行使に移るが、互いの速度に縮められた距離は時すでに遅く槍の射程範囲内に収まっていた。

 右手に構えられた槍は向かって左の敵を貫き、その引き際の力で石突きを右方の敵になぐりつけた。


 次の衝突は右。

 仮谷たちは気付いたと同時に正三角形を描くように散開、敵を全方位から迎え撃つ構えにうつる。

 対する騎士は刀を下段に構えつつ、その姿勢を限りなく低くし、地を蹴った。

 いくら速度に自信があろうと仮谷は所詮人間である。

 人類に不可能な行動を起こせはしない。

 ゆえに。

 騎士の音速にまで近づいたであろう爆発的な俊足でもって、先頭にいた仮谷は足をかられた。

 すれ違いざま、位置としては上方にいる仮谷が必殺の一撃を放つも音速の前ではすべてが 遅かった。

 一人目を狩った勢いのまま後方に走り、続く斬撃を見舞おうとするが、この時点で仮谷に動きがでていた。

 全く別方向への逃走。一人を追えば確実に仕留められるであろうが逆に言えば確実に一人を逃す。

 圧倒的な敵の前では非常に有効な手段と言える。

 しかしてこの騎士の動きはここで止まる。

 紳士の命は撃退であって掃討ではない。

 足を切られもがきつつも術式を行使しようとしていた一人目の仮谷の首をはね、騎士は去った。


 最後にあったのは左。

 前方に至っては衝突することなく後退を始めた。

 放たれた矢が敵に届き、拳でもって破壊されたと同時、騎士と仮谷は互いまで10メートルというところまで迫っていた。

 弓が変形し、それは歪な鎌となった。

 矢にも迫る速度で鎌をなぐ。

 ほかの仮谷であればこれに十分には対応しきれなかったであろう。

 しかし、この黒衣は違った。

 鎌の切っ先をピンポイントで踏み抜くことで鎌を封じ、かつ敵の動きを封じた。

 その足に力をこめ接近、不自然な恰好となり鎧に守られているとはいえ体の前面をがら空きにした騎士に右の手刀を突きつける。

 本来なら貫くことはおろか逆に破壊されるであろう右腕は鋼鉄の鎧を貫いた。

 ここで仮谷は異常に気付く。

 本来あるべき臓器がそこに無い。

 それが意味することは一つ。

 すなわち、敵は人間ではない。

 騎士が召喚される場面を見ていればあるいは違う感想を得たであろうが、彼らはあくまで紳士の位置を捕捉していたにすぎない。

 であるならばその形から、敵が人間であると思うのも無理のない話ではある。

 しかし、ここは戦場。

 事実の誤認は致命的な傷をもたらす。

 想定であれば動くはずのない騎士はその腕を引き、鎌を引き寄せた。

 自身と刃で敵を挟む形である。

 さながら水平に寝かされたギロチンのような状況であるが、この仮谷は冷静だった。

 右腕を引き抜きつつ左腕で手刀を作る。

 仮谷の手刀はある程度の実力を認められたもののみが伝授されるいわば一人前の証ではあるのだがその性質はこと貫く、ということに重きを置かれていた。刀というよりはむしろ槍という方が理解できるだろうか。

 仮に同じ材質でできていたとして、鎧は貫けても、鎌と打ち合うことはできない。

 あとコンマ1秒、あるいはもっと極限の単位かもしれない、わずかでも時間があれば仮谷は姿勢、体の向きをかえ、迫りくる鎌に対し、貫く構えの手刀を繰り出し弾くことができたであろう。

 しかし、敵も敵だ。

 そのような隙は与えなかった。

 間に合わなかった仮谷は万全でもって迎え撃つことを諦め、刀でいえば刃にあたる部分で鎌に相対した。

 貫く、という性質のため一度腕を引かねばならなかったのだがそれができなかったのである。

 行動を制限された仮谷は下段から上段へ刀を振るうように腕を振った。

 鎌と腕の位置が重なり、甲高い金属音が響く。手刀はその仮谷秘伝の術式によって極限までその硬度を高めつつかつ柔軟性を肉体そのままに保持した、いわば刀の極致ではある。

 しかし、彼が夜徒の権能の元に置かれているということが左腕の喪失という結果を生んだ。

 本来の彼の実力であればおそらく鎌は弾き返していたであろう。だが権能の元では夜徒の能力を元としてそれぞれの能力がある程度制限される。

 鎌を命から退けることには成功したがその代償として左腕前腕が切り取られていた。

 脅威が一時的に去ったその隙に仮谷は足に全身の力をこめ、その場を離脱した。

 夥しい血の痕を残して。


 敵の背後での惨敗、右方で一人を失った時点で災浄は夜徒を撤退させた。

 前方で衝突が起きなかったのはそのためだ。


「思ったよりも、骨がなかったかな」

 敵を撃退した余裕でもなく、その敵の力が予想を下回ったことの落胆でもなくただ自然と紳士は笑みを浮かべていた。

 人によればあるいはそれは仮面のように見えたかもしれない。

「本体をつぶせたわけではありませんが」

 先ほどの一連の騎士たちの戦闘を省みる。

「他人を操る類の権能なり神器なりをお持ちなのでしょう。聞こえるかどうか知りませんが」

 騎士たちを消失させ、紳士、シルヴァ・U・デストロは歩をすすめながら宙に言葉を投げる。

「勝利を求めるなら、敵を知るべきですが何よりも己を知るべきですよ、未熟者 (夜徒)


 遠く離れたところで、夜徒仮谷災浄は唸る。

「まるで歯が立たなかった……!」

 放った仮谷のうち誰ひとりとして敵である夜門に近づけすらしなかった上、その半数近くを失ったとあれば完敗といってもさしつかえないであろう。

 先手は取れていた。

 しかし敵の対応が速かった。

 そして先手をとったはずの仮谷たちは後手に回らされた。

 敵のことは何も知らずとも自分には軍とでも呼べるような数の有利があった。 それがただ一人の敵に否定されたのである。

 根拠なき若者の自信は研鑽によって得られた熟練の山がごとき経験を前にもろく崩れ去ったのだ。

 何よりも。

 黒衣の集団の中で最も腕利きであった仮谷の腕を失ったことは少年の精神に思いのほかダメージを与えていた。

「親父なら……、普段の親父ならあの刃は防げていたッ……!」

 その結果が少年に突きつける事実は―――少年もわかってはいたことだが―――彼自身の未熟であった。

 紳士の声は少年の心に響く。


 敵であるところの紳士は仮谷の、特にひとりで場を任された仮谷の戦闘から彼らの本質は暗殺であることに気が付いていた。

 術者のある種騎士道精神のようなものは一切持ち合わせていない、正真正銘の暗殺者。

 それに特化した戦法を持つ彼らが同等かそれ以上の力を持つものと正面きっての戦闘を演じさせれたのだ、敗北はある種必然とも言える。

 それゆえの最後の忠告じみた発言であったのだが。

 少年は才能に恵まれた方ではなくむしろ仮谷における王道よりも彼らが邪道とするものにおいてその力を発揮していた。

 それゆえ嫡子といえど任務にまっとうに参加させられることはほとんどなかったのだ。

 仮谷の使い方を知らなかったのも仕方のないことではある。


 この宴はそれほど長く続くものではない。

 短期における決戦だ。

 敵が先ほどのような経験という自信に裏付けられた者たちであればどうすればその差を埋め、生き残れるか。

 今一度。

 自身の権能と仮谷の動かし方について把握する必要がある。

 己は仮谷の邪道だ。

 しかしそれでは仮谷たちを動かせない。

 遠ざけられ、遠ざけていた王道を、今からでも行かねばならぬ。

 そういった過去の仮谷の一族としての経験は家の書庫に残っている。いくらでも戦える。

(今は現状を見ろ)

 そう思えるだけの材料と心の強さが未熟であるという事実を直視してもなお災浄の意識を戦場に向かわせた。


 それとほぼ同時。

 別の仮谷たちが新たな夜トを発見した。

(どうする……)

 自身の戦法は、自身の未熟ゆえに通じないことを悟らされた現状、そのまま挑みかかるのは無謀に思えた。

 ならば。

(考えろ……考えろ!!)


 別に動かされていた仮谷たちはその眼の前に人間とかけ離れたものを相手にしていた。

 わかりやすく言えば2体の、おおよそ人型のロボット。

 それぞれゆうに2メートルを超え、その鋼の質量が人間に威圧感を与えていた。

 一方は両手に長大な鎌をもち、もう一方はその上空で肘から先がバルカンの腕で発見した敵に照準を定めていた。

 その肩に腰かける少女がひとり。

 年齢はおよそ15程だろうか。

 白衣をはおり、ビン底のメガネをかけている。

 なぜか工場現場でみるようなヘルメットをかけ、後頭部にはメットとは不釣り合いな三つ編みのお下げがゆれていた。

 宴開始直後、右も左もわからずにたまたま成ってしまった少女を襲撃した、夜解、白縫白鳳である。

「んー。この人たちは獲物じゃないけど。裏に夜徒がいるんだね」

 夜解の権能は疑問に答えを用意する理不尽ともいえる能力だ。

 天才と世界に謳われる白鳳にはふさわしい能力ではあった。

「関わってるなら。やってあげよう」

 地上にいる方の鋼鉄が鎌を風よりも速くなぎ、仮谷たちに襲い掛かる。

 普段彼らが相手どる人間とは違い、機械には筋肉というものがない。

 無意識下で仮谷たちが動きの予測に使っているそれが見えない以上、黒衣の集団にとって非常に不利な相手といえた。

 しかし、相手は鋼である。

 柔軟性で人間に勝るわけはなく、振るわれる凶刃はことごとく躱されていた。

 敵の動きをあらかた見た彼らは転じて攻勢に出る。

 二人が左右の鎌の面をたたきはじく。

 その隙に残りが全方位から仕掛ける。

彼らは「刃」を伝授されてはいないが、仮谷の基本的な攻撃手段である拳を持っている。

それは十分に鋼鉄をうちぬくほどに鍛え上げられた一撃であった。

 が、夜解はその拳が届くことを許さなかった。

 迫る仮谷たちに上空から、弾丸の一斉掃射。

面による攻撃を仕掛けられた仮谷たちは、標的から離れることを余儀なくされた。

「そうそう簡単に僕のおもちゃを壊せると思わないことだね」

 白鳳の脳裏には日中の炎が思い出され、ちらと怒りがわいてはいたが。

 自身に直接の危機が迫っているわけではないからであろうか、その声は余裕にみち、どこかゲームを楽しむような感情さえ含んでいた。

「でも。今のままじゃ勝てないっぽいかな。仕方ない」

 笑みを深めて放つ。

「ロック解除」

 少女の声を聞いた鋼鉄たちは、ほんのわずか、動きを止める。

仮谷たちはその隙を逃さなかった。

標的は動かず、妨害にあたる方も動きを止めている。

 回避した先の距離からならば、詰めて拳を与えるには十分な距離。

 踏み込み、駆けつつ、腕を引く。

 激突までコンマ数秒というところで、ためた拳を爆発させる。

 直前。

 鎌鼬が吹き荒れた。

 濃密な風は光すらも屈折させ、周囲のものを吹き飛ばす嵐となる。

 鋼鉄のすぐそばまで駆けていた黒衣たちは風の餌食となり喉をかられ腕をかられ命をかられた。

 風の中心にはその鋼鉄がいる。

 見た目は先ほどまでとなんら変わりない。

 しかしそれは無機物でありながら、魔力をまき散らしていた。

 上空に浮かんでいるものも同様。

 白鳳は残った黒衣を睥睨しどう処理するか思考していた。

 権能を使えば最適解は出せるが使わずともどうとでもなる。

 ならば天才と称される自分は考えるべきだ。

 それゆえの思考であるが、その数秒のうちに、先ほど消し飛ばしたのと同様の黒衣が、数倍にもなって周囲に突如として現れた。

「へー。集団でくるんだ、夜徒さんは。でも、ま」

 鋼鉄が構えながら、空より告げる。

「私が負ける道理はないんだよね。解けない問題はないんだから。この私に」

 宣戦布告。

 刃が振るわれ、銃弾が飛び、黒衣が駆ける。

 まさしくそれは、戦争だった。

 仮谷のスペックが暗殺に特化されたものとはいえ、その戦闘力は並みではない。

 特に多対一の状況であれば数の暴力とでもいうべき連携が牙を向く。

 が、それは相手がまっとうな人間に限った話だ。

 恐怖ももたず、ただあらゆる反応が電気よりなる鋼鉄には数の暴力はさして意味をなさなかった。

 様々な方向から攻めてくる仮谷に対し、地上にいる鋼鉄はその長大な鎌から嵐を生むことで対処する。

 左右からそれぞれ生み出される嵐は乱気流の渦となり、不可視の刃となり仮谷を襲う。

 ただの群であればそれだけでもろく崩れ去ったであろう。しかし相手は軍であり術者であり仮谷だ。

 不可視であろうとも、刃ならば受け流し反撃に転ずる。

 迫る仮谷に対し、上空からは銃弾の雨。

 触れれば蜂の巣になることは必至のそれはさすがの仮谷もよける以外の方法はなかった。

 さらに言えば、上空にあるということが仮谷たちに圧倒的不利をもたらしている。

 彼らは距離をつめる俊足を持っているがそれは地上の話だ。空をかけることはさすがにできない。

 かつてはそういった次元にまで至った仮谷もいたそうだが当代最高峰とうたわれる仮谷牙浄でさえ、その境地には至っていない。

 仮谷の基本戦法は肉弾戦。

 遠距離からの攻撃法を彼らは所持していない。

 そもそもそういう敵を想定しない、さらに言えば仮谷たちはそういった可能性を持つ相手を標的にしないということがあげられるが、敵は知ったことではない。

 容赦ない弾幕が降り注ぎ嵐が空をさいた。

 よけるしか術のない仮谷たちはやがて、円を描くように後退する。一定距離をとれば銃弾は届かなかった。

「んー。ばれたっぽいね」

 その様子を見て白鳳は呟いた。

 彼女の作り上げた機体は武装がほどこされているがもちろんそれらも彼女のお手製であり銃弾も例外ではない。

 その銃弾は威力を重視しすぎたために放ったそばから実弾は摩擦で消え去る。

 彼女が作り出した計算式からは実弾が消失するというのはあり得ない事実である。

 が、エネルギー自体はそのままある程度の距離まで届くので天才はその事実をよしとし、理論については時間のあるときに考えることにした。

 結論から言ってしまえば、彼女の作り出したバルカンとその動きがある種の陣を描きそのため銃弾は術式として発射されていたのである。

 術師であれば容易に気づけたことであろう。

 しかし彼女は術者ではない。

 科学者である。

 その異常なまでの天賦の才を持ち、異次元の世界にまで手をかけるほどの、という説明は必要ではあるが。

 2体のロボットについても同様である。

 ただ鎌をふるうだけで嵐を生み、ほぼ反動なしで絶大な威力を生む銃弾を放つ異常な動力は単純な機構や燃料からのエネルギー変換で成し得られるものではない。

 白鳳のイメージした動きと結果、白鳳が配置した部品一つ一つが生み出す特殊な陣。

 ようするに白鳳が生み出した科学の粋が奇跡的にあわさり術となったまさしく天才の果ての産物なのである。

 おそらく白鳳以外の誰一人としてなしえない、正真正銘のワンオフ機体。

 絶対的に強力ではあるが、距離をとるなり受け流すなり現状の仮谷がするように打倒するまでいかなくとも対処は可能である。

 戦闘は膠着状態に陥っていた。

 お互いに決定打を与えられないでいる。

「作品だけで事足りちゃうのもなんだかね。どうせだし、試し撃ちといきますか」

 上空の機体の肩の上に立ち、白鳳は地上を見下ろす。

 その手には異質な輝きを放つ弓が握られていた。

 その輝きが広がるように白鳳を包んでいく。

「昨日はいけすかない剣士のせいで打てなかったし」

 脳裏にうかんだ自分より少し年上であろう少年に苛立ちを思い出しつつ、手にした弓を構える。

 神器、神弓。

 呟きながら少女は弦を引き絞り、放つ。

「そんじゃま。第一投!」


 最初に気付いたのは戦闘が起きていた場からかなり離れた、援軍、あるいは奇襲用として待機させられていた仮谷だった。

 そして気付いた時には終わっていた。

 上空より強烈な光を放つ5つの流星が地に五角形の頂点を穿つように目にもとまらぬ速度で空を奔り、堕ちた。

 それら以外のすべてが時間を止めたかに思えるわずかな時間、光を発するそれは5人の仮谷を容赦なく貫き地に激突した。

 白鳳から撃たれた五人までの距離はおよそ500メートルほど。貫いただけでも十分な殺傷力は証明されたわけだが、それではただの弓矢である。

 放たれたのは神器。

 撃たれた人間は細かな流砂となり、大気にその存在を消した。


その様子を離れたところから見ている男が一人。夜徒、仮谷災浄である。

「……何が起こったんだ?」

 わかることは空からの流星により操った駒が減ったという事実。

「とりあえず、あれは要回避に設定しといて……」

 普段の災浄ならばまよわず全兵力を結集していたであろう。

 しかし彼は直前に失敗をしていたばかりであった。

 経験の差による敗北を強いられた彼は遠距離という仮谷が苦手とする攻撃範囲にある現状の敵をみすえる。

(仮に全兵力を集めたとしてもそうでなくとも上空にいる夜トそのものを攻撃することはできない……逆にあいつをどうにかできればおそらくロボットどもは動きを止める……いや待てならば)

 ここで彼はその眼に力を込める。

(アイツの指令で動いているなら、何らかの術式で繋がっているはず……あんな柔軟な動きがあらかじめプログラミングされたもののはずがない)

 術式の痕跡をさぐるその眼。

 光眼と、彼らは呼んでいた。

 この状態の視界では使われた術式が様々な光の線となってうつる。

 術式の残り香とでも言うべきそれには遡れる限界はあるが現状使われてるものに関してはもちろん知覚可能だ。

 術者一般からすればこの能力は非常に稀有なものである。

 どうやらこれまでの歴史においても何度か他の術者が自身の家系にその能力を取り込もうとしたことがあったようだが、しかし仮谷の秘伝の一つは守られていた。


 災浄の視界には。

 白衣の女と鋼鉄の間に結ばれていた青白く光る糸が写っていた。


 おそらく、災浄の父にして現当主である牙浄であれば真っ先に光眼を使い白鳳とロボットが術式的に繋がっていることに気づいたであろう。

 そしてその時点でこの、仮谷相手には完璧といえる白鳳の戦法を打ち破っていたであろう。

 ここにも経験の差が出た。幸いなことは、災浄がその事実に気づいていないことか。


(あれがあるならいくらでもやり用はある。トドメを刺すならそれまであのロボットと弓自体をひきつけておかなきゃなんねぇが……)


 結論から言って。

 彼は最初に思いついたものと同じ戦法、全兵力の結集を選択した。

 この日放たれていた仮谷はおよそ100。そのうちの15程度はすでに負傷、もしくは死亡により邸宅にもどしている。

 残りおよそ80強。

 索敵に回されていた兵たちもすべて、ただ一人白鳳を打倒するために結集された。

 その場の人間の数だけで言えば実に1対80。

 共に夜トである者同士の戦いとしては異質な状況へと推移していたが、それだけの数を集めさせるほどの脅威を、2体の鋼鉄と白衣の少女は放っていたのである。


 数の暴力でもって敵の攪乱を始めた災浄はしかしてまだ敵の、特にその光を観察していた。

「あれは……反神の神脈……」

 反神―――二種類ある術式の一種だが―――の特徴は思い描いたイメージの具現。

 この世界に普遍に存在するルールの上塗り。

 ゆえに反神にはイメージと結果が結びついている必要がある。

 それを光眼をつかい幼少の頃から身体で覚えている災浄は気づく。

 この現状で、あれ以上に敵を仕留める突破口になりうるものは、やはり無い、と。

 物体に対する反神はその性質上、術者と特殊な道筋を残す。

 その道をたどれば術者本体へとダメージを通すことも可能である。

(からめとっちまうか)

 神脈に気づいた時点で、牙浄はじめ、熟練の仮谷たちならその攻め方を決定し、瞬時に動いていたであろうが、災浄にはまだ無理な話であった。

 むしろつい先ほどの敗北からここまで慎重に攻めることができている事自体、褒められてしかるべき動きである。

 災浄の手駒となってしまった彼らに多少の意識があれば戦闘はより効率よくすすんだのであろうが、しかしそれは架空の話である。

 そんなことも知らず、少年は敵の攻略法を思いつく。

「糸には糸だ」


 敵をみすえ、

(うちの真っ当な連中じゃ無理な話だろうが)

 両の腕を水平にあげる。


「見せてやるよ、本当の仮谷を」


 災浄の黒装束に紋様がうかび、ギラギラした光を放つ。

 呼応するように周囲に夥しい符が浮かぶ。

 その中でも両腕をとりまくように浮かぶそれは優に他者を圧倒する力を秘めていた。

「行こうか」

 誰にも見出されなかった、彼なりの仮谷の戦いが、ようやく始まる。


 局地的に膨れ上がった力はそういう面ではまったくの素人である白鳳ですら理解できた。

 そして彼女のとった行動は単純であった。

「はい。ドーン」

 一瞥、まもなく発射。

 絶対破壊の弓であれば敵を確認するだけ無駄である。

 方向さえわかれば、破滅は届く。

 流星はそのまま地面で夥しい数の符を浮かべていた少年を打ち抜いていた。

「拍子抜け……」

 はるか上空から地上にいる数多の黒衣を見て呟く。

(こんだけいりゃ、効率いいかな?)

 指を鳴らす。


 パチッ。


 その音を合図として、戦況は新たな局面へ突入した。

 まず地上にいた機体が跳躍、変形し、白鳳の元まで舞い上がる。さながら闇に紛れる黒鴉。

 それからおよそ間もなく、仮谷たちの足元に光が走る。

 先ほど5人の仮谷が塵と消えた5つの地点。それぞれから互いを求めるようにして巨大な五芒星が浮かび上がる。

「どーん」

 ほのかな笑みをうかべながら、無邪気に呟く。

 星が、弾けた。


「すごいね、神器って」

 左手に携えた弓に眼を向ける。はじけた光はそのまま、周囲の仮谷をまきこんで消え去った。存在を失ったその数、実に54名。

 実に半数以上の人員を神器は一度に消し去ったのである。想像の域をはるかに超えたその現象は数数の現象を発見、解き明かしてきた天才をもってしても驚かざるをえなかった。

 その使い方は、夜解の権能によってあらかじめ知っていたのではあるが、やはり実際に眼にすると違った。

 驚愕したのは、彼女だけではなかった。

「あぁ、恐ろしいもんだぜ全く」

 背後になにかいる。

 恐怖、はない。

 ただ疑問があった。

「あんな単純な陣で軽く大魔法だもんなぁ、本職の商売上がったりだぜ。俺の糸もなかなかのもんだが」

 勝利を確信したゆえの余裕の口ぶり。

「はっきり言ってここまで数を減らされるとは思ってなかった」


 まずもって白鳳がうちぬいた少年は災浄ではなかった。

 さらに言えば人間ですらなかった。

 神器「神糸」で作った人形。

 ある程度近くの距離で見ればまがいものであるとすぐわかるくらいの精度ではあったのだが、その時点での白鳳からの距離はかろうじて人が居ることがわかる程度であった。

 それが人間でないと判別するのは、互いの位置を鑑みれば、どだい無理な話だったのである。

 その周囲にただ魔力を込め、ブーストするだけの符を並べる。

 危機感をあおるには十分な策であり、注意をむけるという点でこの策は十全にその役割を果たしていた。


 白鳳が誤認している隙に周囲に浮かべた符の力すべてを自身の気配を消すこと、そして筋力の増強にそそいだ。

 そうすることで矢が放たれたその瞬間には、災浄は地上にいた鋼鉄のすぐそばまで来ていた。

 鋼鉄が飛翔するその瞬間、彼は神糸で神脈をからめとり、ワイヤーのようにして上空へ飛ぶ。

 その直後、白鳳の陣が炸裂し、それと同時に、彼は背後をとった。


 次になにが起こるのか。

 絶対的に蹂躙する立場にいたのが一転、窮地に立たされた夜解はそれゆえ先を知ってしまう。

 解を出す権能は数瞬先の暗闇を、白鳳に告げていた。


「おつかれさん、あんたの戦いはこれまでだ」

 走馬灯を見ることもなく、その言葉を最後に白鳳の意識は落ちた。


「なるほど、夜解……、でもって神弓……。つーことはこのロボットは自前のもんか。マジモンの天才ってわけね。権能の方も悪くねぇな」

 新しく得た権能によって早速敵だった者の情報を得る。

「失ったのは一族の半分ほど……。得たのは権能と神器、そして天才がつくった2体のロボット……単純な動作でいちいち大魔法レベルの効果を埋めると考えればプラスはでかいな。解の権能で動かし方もわかるし、なんなら敵の位置も割り出せる……。十分だ」

 勝利したことの喜びと得たものに対する興味だけがそこにあり血をわけた者の多数の死への感傷は存在の余地すらなかった。

 目の前の、その手にはもはや何も握られていない少女の眼は、光を失っていた。


 1月2日午前3時45分。

 夜徒と夜解の戦いは夜徒の勝利によって幕を閉じ、白鳳は舞台をおりた。

 白鳳の機体が起こした暴風により、戦場となった通りはアスファルトがめくれ電柱が折れていた。

 しかし家々とその中は、何事もなかったように無事であった。


「やはり久々だとちょっと甘かったか。それなりに面白かったから許そう。」

 さながら踊るように舞うように一人の人間が戦の匂いが消えた夜に居た。

 

 夜が、明ける。








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