Breaking Dawn
宴の後に残ったのは願いではなかった。
二つの正真正銘。
「夜ト」とはくらべものにならない本物の神格。
それはかつて人間に成った神のソレとその妹が持っていたものだった。
月が浮かび、桜が咲き誇った世界は消え、空とましろは金剛銀城家の跡へと帰ってきていた。
「終わったんだな」
実感はない。
未だに敵対した神の憎しみをかみ砕けていない。
処理できていない。
虚脱感というのが一番近いかもしれない。
一本となった刃は、それぞれ元の姿に戻っていた。
銀髪の、少し幼い少女と、黒髪の、少し大人びた少女。
夜人神になった空と、夜ト神になったましろ。
付け加えて言うなら、ましろは鬼と混ざっていることさえ自覚したのだ。
しかし、彼らにその実感はない。
実感を唯一持っているのは銀城だった。
「……本来あるべき姿になったと考えるべきかのう……お主らにまだ実感はないじゃろうが」
そもそもの始まりは一人の男が神に挑み、娶ったところから始まる。
かつては神を人に落とした。
イマは人が神に成った。
「なにはともあれ、生き抜いたことを祝うべきかの……空も、ましろも、金剛も」
紅の瞳はましろの奥で混ざり合った妹を見つめる。
「それはこちらのセリフよ、お姉ちゃん」
ましろが言うその言葉には違和感があった。
「ましろ……?いや金剛か?どっちだ?」
ほんの少しの違い。
それはまとう雰囲気であったり表情であったり、接していたからわかることであった。
「うーん、どっちかっていえば、ましろかな」
「どっちかって言うと?金剛はどうした?」
「金剛の方の私は80%くらいは眠っているの。いつか別れなきゃいけないだろうから、その準備。残りがましろである私と混ざってるんだけれど……。ちょっと混ざりすぎちゃってて」
えへへ、と少女は軽く笑った。
「えへへじゃねぇだろ……混ざったのはウチが焼けたあの動乱のときか?」
竹林にいたもう一人の子供、それがましろだったのか。
「うん、その時に金剛ちゃんに魂と肉体を繋ぎとめてもらってたんだけど、その後に混ざっちゃった」
うっすらとではあるが、ましろの頭部には二本の金色の角が見えていた。
「まぁ、いずれどうにかなるじゃろ。死に直結するわけでもあるまいし」
あっけらかんと、銀城が言う。
「いいのか、それで」
「長く生きとりゃこういうこともあるじゃろ。どこにいるかわかっただけでも御の字じゃ」
いずれお主らにもわかる、と。
銀色の鬼はいたずらっぽく笑った。
夜が、明けていく。
反応は様々だった。
一度帰ったボロ屋敷は「人外が増えた!」とドンチャン騒ぎにいたり、少年少女と夫婦達磨以外の全員が酔いつぶれた。
その後、酔いつぶれ這いつくばった大人たちをほっておいて、彼らが向かったのは病院だった。
そこにはどこか神々しさ放つ少女、沙羅がいた。
簡単にまとめてしまうと、沙羅は軽い挨拶を交わし、近寄ってくる空の頬をピシャリと叩いた後、大粒の涙をこぼしながら、抱きしめた。
後々わかったことだが、道風が勝手に事の顛末を伝えていたらしい。
空はただ泣きじゃくる沙羅の頭をなで、ましろはそれを見ていた。
それから二人はなんとなく、特に考えもないまま喫茶店へと向かった。
グロウス・テルス。
もう帽子を目深にかぶった寒そうな恰好の男のいない喫茶店へ。
神になったという実感は未だにない。
「これから、どうしようか」
「そうだな……いったん大聖堂に戻るべきか否か……」
「プラハだっけ」
「あぁ。一応今回の宴は大聖堂から行って来いって言われて参加したから、義理としてなら帰って報告するべきなんだろうが」
「なにかダメな理由があるの?」
「たぶん帰ったら研究サンプルにされる気がする」
神話の時代ならともかく、この数百年で人が神になった例など存在しない。
なにかと理由をつけてがんじがらめに大聖堂に縛り付けるはずだ。
「その考えは正しいぞ、空」
不意にその少女は現れた。
ましろの隣に。。
見覚えがあるきららかな金髪に片目を覆った眼帯。
黒と金でまとめ上げられたゴスロリ。
「どっから湧いてでたケバブ娘」
「私の名前はアリスだと言ったはずだが?」
挑みかかるようにアリスは言った。
「いつの間にいたの、アリスちゃん」
「いつの間に、というならずっとだ。私は夜ト神に捉えられ、そいつが作った空間の中にいた。そこからようやく出てきただけの話だ。思ったより時間がかかってしまったが」
腕を組み、憮然とした表情でアリスは言う。
「この喫茶店はケバブはないのか?」
「あるわけねぇだろ聖護院」
間髪いれずに空が言う。
「なんだ、気づいてたのか」
「夜ト神に直接会っていた可能性、いや事実か。それを言ったあげく大聖堂を知っている。さらにはその力の量だ。いくらなんでも気づく」
空のコトバを聞き、アリスは笑う。
「それをわかっていながらあんな態度をとっていたのか」
「確信したのはさっきだよ。そうじゃねぇかとは思っていたが」
「えと……話についていけないんだけど……」
恐る恐るましろが小さく手を上げながらぼそりとつぶやいた。
「あー……簡単にいうとそこにいるケバブ娘は大聖堂のトップに君臨する聖護院家の娘だ。力に関しちゃ今のましろならわかるだろ」
「……つまりいいとこの娘さん?」
「まぁそういうことだ」
「だいぶ次元は違うがな」
多少のイラつきを見せつつ、アリスは続ける。
「大聖堂には私が報告する。お前たちはわざわざ捕らえられることもない。この地にせよどこにせよ好きに暮らせばいい」
「随分気前のいいことだな」
聖護院という存在がこんなにも譲歩するイメージはなかった。
「なに、ケバブの礼だ。素直に受け取っておけ。空。金色の娘もな」
それだけ言うと少女は去っていった。
どこかツキモノが落ちたかのような表情をして。
「驚いたな、アイツ。金剛が最初から見えていた。いや感知してたのか」
思えば数日前、初めて会ったときから彼女はましろのことを金色と呼んでいた気がする。
その力量は驚くべきという域をはるかに超えていた。
また、二人に戻った。
「これからどうするかね……」
大聖堂に戻らないとなるととりあえずしばらくはあのボロ屋敷にいることになるだろうが。
「ねぇ空。私はどうしたらいいと思う?」
大きな瞳でましろが空を捉える。
その表情にはあまり憂いはなかった。
むしろ
「なんか楽しそうだな、ましろ」
コーヒーをすすりながら返す。
妙に甘い味だった。
「なんかね、ようやくしっくり来たったカンジ。自分がなんなのか、少しわかったからかな」
あの長い眠り。
十年前に落ちたあの世界で、死に寄り添うことがなかったのは金剛という鬼の存在のおかげなのだろう。
「ここから先、か……」
大聖堂の仕事をこなしてぼんやりと過ごし、いつか死んでいく。
そう思っていたが。
「まぁ……なんだ……」
この街でゆっくり過ごしていくのも悪くはないだろう。
幸い神とやらになったことで時間だけは無駄にある。
―――その時間が対価になるかもしれないぜ
ふと友人と思っていた、いや未だにそう思っている不気味な男の声が心に響く。
その男の生きざまを思いながら。
「大丈夫だよ、俺は一人じゃない」
お前と違ってな。
目の前の少女が急に独り言を言いだした少年を不思議そうに見つめていた。
―――そうかい。じゃぁ。
「あぁ」
縁があれば、またいつか。
終わりました。去年の年末から大分時間あきましたがとりあえず完結です。どれだけの方が通して読んでいただいているのか、はっきりとはわかりません。まだまだ直していきたい部分もありますが、ひとまずここで区切りとさせていただきます。
ましろと空の話はまた別のところで広がっていくかとは思いますので、もしそういう方がいましたら楽しみにしていただけると幸いです。
それでは、縁があれば、またどこかで。




