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夜トの宴  作者: 大隈寝子
21/22

 6 → 7 Night7 side Sword & White

その男は仮面に黒い外套を羽織り、大剣を背負っていた。

「その姿なら思い出したぞ。十年ぶりにな」

 銀城は怒りを隠すこともない。

 まだ、空とましろは呆然としていた。

「お前……!」

 空が驚いているのは二つ。

 十年前のその凶刃が現れたという事実。

 そして

「夜屠だったのか……!」

「その通り」

 言いながら、長大な鎌を出現させる。

 それはまぎれもなく、神器。

「死にそこねているのは今のところそこの鬼だけなんだよ」

 と。

 仮面は迫っていた。

「下がってろ、ましろ!」

 銀色の刀で、鎌をうける。

「そういえば君の神器を知らないねぇ!」

 情報を扱うその男が言う。

「嘘つけ!どうせ知ってんだろうが!」

 弾き飛ばされる。

 片手で振られたその刃はあまりに重い。

「クソッ」

 札を取り出す。

 初撃でこれなら、最初から全力で行かなければ、勝てない。

「 四ノ句告げる 彼の子ろと 寝ずやなりけむ はた薄 裏野の山に 」

 取り出すのは月が描かれた赤と黒の札。

 明確な、これといった効果はない。

 ただ空の全てを底上げする。

 空の身体を赤い光が包む。

 血の滲んだような、あるいは鮮烈な夕陽のような。

 そういう赤。

 速度が格段に上がる。

 恐らく敵の攻撃は受けきることはできない。

 “刀”は折れないだろうが、身体が持たない。

 鬼の力を今引き出せば落ちる。

 なら受ける前に切り結ぶ。

 懐に入る。

「それじゃ足りないよ、空クン」

 振りかぶる剣は鎌ではなく大剣で受けられた。

「!」

 なんだ今の速さは。

「驚くなよ、僕だって夜トだぜ。権能くらいあるさ」

 そのまま、ふた振りの凶刃で空にせまる。

 地を蹴り、後退。

 去り際に

「 一ノ句 」

 もはや、まともに詠唱すらできない。

 そういう速度で、術式を放つ。

 敵は意にも介さず鎌と大剣で振り払った。

「……そういえばさ。君の家には鬼が二体いたはずなんだけど、もう一体はどこにいったんだい?」

 せまりながら軽口を交わすように仮面は言う。

 やはり、一手足りない。

 敵が持つ武器は二振り。

 こちらは一振り。

 術式さえも

「 三ノ句 」

 間に合わない上に

「残念」

 大剣でかき消される。

 “最上級”を使えるならまだどうにかなる。

 しかしそんな余裕はない。

 ヒットアンドアウェイの形になるがまともなヒットが与えられない。

「銀城!!」

 内に呼びかける。

 その鬼に。

「力を出してやりたいのは山々じゃがの」

 言外に無理だと伝える。

 一昨日の鬼化の反動がまだ残っているのだろう。

 どうする。

 このままじゃ力押しされてしまう。

 何度目の剣撃を受けた時か。

 その動きが止まる。

「ダメだよ、空クン。殺す気できてくれなきゃ」

「……」

 肩で息をする。

 ちらとましろを視る。

 神鎧を展開していることを確認し、視線を戻す。

「さっきから神器ばかり狙っちゃって、“宴”からひきずり下ろせば僕が止まるとでも思ってるのかい?」

 大剣を肩に担ぎ。

「忘れてる、というか実感が無いのかな。君の一族をぶっ殺したのは僕なんだけど」

 言葉は響く。

 静かな湖面に水滴を落としたように。

 波紋は広がっていく。

「たしかに、実感はねぇよ。十年前はまだ夢みてぇだし、お前は、その大剣は“天秤屋”としか思えねぇ」

「あまちゃんだねぇ」

 その仮面の下は微笑だろうか。

「なら仕方ない。思い出してもらおうか」

 大剣を、仮面は投げた。

 その行く先には、ましろ。

 空は駆けた。

 正直“神鎧”の防御は曖昧だ。

 何を弾き、何を弾かないのかよくわからない。

 しかし、あの術式をはじく(・・・・・)大剣はまずい。

 およそ20m。

 到底間に合わない。

 あの凶刃を防ぐには。

 ましろを守れるなら。

 堕ちてもいい。

 新たな光が空を包む。

 黒く、鈍重な光。


 ましろは握り締めていた。

 空から渡されていた桜の札を使うとしたらこういう時だろう。

 大剣がせまる。

 あぁそういえば。

 始まったときもこんなんだったな。

 今、私は何をすればいい。

「使わなくていいぞ、ましろ」

 受け止めていた。

 その右手は大剣を捉えていた。

 その大剣は空の左肩を穿っていた。

 大剣を抜き、地にさす。

 左肩は血が溢れていたが、徐々に治癒していく。

 後ろからはその表情は見えない。

 代わりにその頭部。

 浮かび上がるように角が現れていた。

「空……!」

「大丈夫だ、ましろ」

 自分に言い聞かせるように

 空は言う。

「“神鎧”は展開してろ」

 言葉を残し、空は走り出した。


「ハハッ!」

 殺人鬼は笑う。

 そのむき出しの殺意に、怒りに。

「決着をつけるってんなら俺だけでいいだろうがッ!」

 格段に上がったその速度に、力に。

 殺人鬼は笑う。

「僕を誰だと思っているんだい?」

 銀色の刃をあわく光る鎌でうける。

「殺人鬼。君とは違う鬼の形だぞ」

 そこから先に言葉はなかった。

 地をかける銀色の光と甲高い剣撃の音。 

 まさしく、鬼と死神の戦闘だった。

 鬼が振るい、死神が薙ぐ。

 互いにかざすはひと振り。

「権能は使わないのかい?」

 死神が鬼に問う。

 猛り狂ったその鬼に。

 角は完全に具現化しており、その半身は完全に人を捨てていた。

「うるせぇッ!」

 その速度が、ほんのわずか死神を凌駕した。

 刃の切先が、肉を捉える。

 防御は間に合わず、死神の右腕は地に落ちた。

 血が滴る。

「……」

「うかない顔だねぇ空クン」

「……」

「だんまりかい。まぁいいや」

 落ちた腕は塵となって消えた。

「なっ」

「驚くことはないだろう。僕がなんて呼ばれてるか知らないわけじゃあるまい」

「……“亡霊”」

「そう、亡霊だ」

 その右腕は何事もなかったかのように元に戻っていた。

「すなわち」

 カラン、と。

 仮面が落ちる。

「僕は死ねないんだよ、空クン」

 その顔には微笑があった。

「だからさ、殺してくれないか、その神器で」

 聴き終えると同時、空は駆け出した。

 怒りは安らいでいる。

 さきほど心を占め、頭に血が上ったような感覚はない。

 ただ衝動が。

 肉が、殺せと叫ぶ。

 真っ直ぐ、その切先をその心臓へ。

 刃は身体を貫く。

「ダメなんだよ、それじゃ」

 刃を抜き、下がる。

「ただ切るだけじゃ意味がない。僕から魔的な意味を取り除かなきゃ意味がない」

 これは呪いなんだと。

「君ならできるだろう、その神器で」

「……解呪師ならいくらでもいただろう」

「無理なんだよ、人間の範囲じゃこの呪いは解けない」

「だから神の……神器に頼ると?」

「色々試した。儀式も、自殺も“動乱”も。でもダメだったんだ」

 肩をすくめる。

「“動乱”ならと何回かためしたんだけどね。一歩たりなかった」

 笑いながら、どこか楽しさを感じさせさえするように死神は続ける。

「死にたいんだよ、僕は!こんな身体にされて制御のきかない衝動も植えつけられた。わかるか?!ずっとだ!この八百年!この呪いが叫び続ける!生きたい!殺したい!死にたい!だから生きた!だから殺した!」

 そのドス黒い感情。

 これがコイツの根源か。

「だから早く殺してくれ、その神器で」

 と。

 神器を持つ死神は走る。

「……やっぱり俺の神器を知ってんじゃねぇか」

 その素顔が見えたこともあるのだろう。

 見据える。

 せまる殺人鬼を。

 たしかにこの神器なら“天秤屋”だったこの男を倒せるだろう。

 だが。

「らぁッ!!」

 刀をふる。

 それでいいのか。

 それは

「足りんッ!」

 お前の願いを叶えることじゃないのか。

 動きが益々速くなる。

 その鎌の迫る速度、攻撃の重さも増している。

「……ッ!!」

 ついに、はじかれ、飛ばされた。

「来い、“Libra”」

 男が片手をのばす。

 地に刺さっていた大剣が応えるようにその手のひらに収まった。

 術式を無効にするその大剣。

「それじゃ死ねなかったのか」

「いつだったが忘れたがね。かつて僕はこれに可能性を託した」

 大剣を視る。

「結果はご覧の通りだ。人の業じゃ僕は死ねない。僕の呪いは神のソレだったから斬るなら神の御業か、それに匹敵するものじゃないといけない。だから君なら!鬼と、そして今、神の器を持つ君になら!」

 大剣と大鎌をふるう。

 速度は最初のソレに倍しているといっていい。

 単純な重さ。

 単純な強さ。

 そして手数の差。

 もはや、略式の詠唱すら術式を放つことは叶わず。

 ひたすらに受けるだけになっていた。

「君なら僕を切り伏せることができると思っていたんだけどね」

 その猛攻が止まる。

「……なぜ止めた」

 肩で息をする。

 それほどまでに。

「僕の剣はそんなに速かったかい?」

 その眼は冷めている。

 いや、失望か。

「気づいていないようだから言ってあげるけどね、君、急速に遅くなってるよ」

「……なんだと?」

「別に僕の速度は速まってなんかない。最初からずっと同じペースだ。君が、遅く弱くなっているだけだ」

「何を……」

「そういう半端な契約だからそうなったんだろ。もうひとりの鬼はどうした」

 思わず笑えてくる。

「お前のせいでどこにいるかわかんねぇんだろうが」

「そういえばそうか。まぁでもいいや。君には期待してたんだけど」

 残念だとさえ、言われない。

 両方から刃が迫る。

「クソッ」

 一度距離を取ろうとして、足が動かなかった。

 刺すような痛みが全身に走る。

「かはッ」

 血が、身体のいたるところからあふれた。

「使いすぎたか、銀城」

 もはやその内の存在すら聞こえない。

 両刃が迫る。

 ガキン、と音がした。

 やわらかな感触がする。

「ダメ、空。死んじゃダメ」


 気づいたら走り出していた。

 守れるという確信があった。

 だから守れた。

「立って?」

 今こういうことをいうのは酷なことなんだろう。

 それはわかってる。

 でも。

「私も力になるから」

 何ができるかなんでわからない。

 けれど、今は空を支えたい。

「……下がってろ」

「今の空よりは強いと思うよ、私」

 輝く黄金の鎧の中で、空を視る。

 ボロボロだ。

 あちこちから血が出ている。

 なんか角みたいなのも生えてるし。

「……そうかい」

「使うよ、空」

 札を握り締める。

 桜と幕が描かれた美しい札。

「ただ強く思えばいい」と空は言っていた。

 だから、願う。

 空の力になりたいと。

 隣で一緒に戦いたい。


 その光は白く、白く。

 空を包んだ。

 それはやがて、黄金へと変わっていく。

 銀と対を成すように。


「……なんだい、それは」

 全てを知っているはずの“天秤屋”が、そう問うた。

「さぁな、強いて言うなら」

 黄金の刀と鎧を新たに手にした鬼が返す。

「願いだよ」


 そこは庭だった。

 さっきまで居た、あのきれいな庭。

 いわく、空のおうち。

 その庭。

「お主が来るとは思ってなかったぞ、ましろ」

「銀ちゃん……」

 現実に現れていたときとは少し、その姿は違っていた。

 身体のいたるところに赤い痣がういている。

 まるで血管のような、そんな感じ。

 その爪もするどく、瞳も赤みを増している。

 なにより。

「鬼、なんだね」

 浮かび上がるように、二本の角が現れていた。

「最初からそう言っとったじゃろ」

 薄手の白いドレス。

 白銀という言葉が、とても似合う。

「うすうすそうじゃないかとは思うておった」

 赤い眼が私を捉える。

「暗闇に弱いところも、どこかボーッとしておるのも、その懐かしい感じも」

 幻想的な雰囲気の中で、銀色が言う。

「お主の中に……いや混ざり合っておるのか」

 銀城が言う。

 私の中のもう一つの存在。

「金剛」

 口が開く。

「久しぶりですわね。姉さん」


 その瞳は半分が赤く、角も一本だけが生えていた。

 黄金色の光をうっすらとまとったそれは、半人半鬼。

「少しばかり、身体借りますわよ、ましろちゃん」

 髪の色が変化していく。

 漆黒のそれから、金色へ。

「本当だったら、ちゃんと出るべきなのでしょうけれど。私とましろちゃん、ちょっと混ざりすぎちゃってて」

「なるほどの……そりゃわしですら気づかんわけじゃ」


 自分の身体なのに自分のものじゃない。

 勝手に動く。

 不思議な感覚。

 でも、怖くはない。

 むしろ、安心する。

「力を貸せ、ましろ、金剛」

 その声はどこからか聞こえた。

 響き渡る空の声。


 開いた傷はふさがらない。

 けれど、そこから流れるのはわずかな血だけだ。

 白銀と黄金、ふた振りの刀。

 そして。

「大丈夫?空」

 恐らく“天秤屋”には見えていないだろう。

「大丈夫だ」

 傍にいてくれるましろの存在。

 霊体とも違う、気配の濃縮とでも言えばいいか。

「ついてきてくれ」

「うん」


「……それが金剛銀城の真骨頂かい?」

 期待に胸が踊っていた。

 恐らくアレが、完全な契約の形。

 答えは剣で返された。

 さきほどまでとは比べものにならないほどの、速さ。

 狂気する。

 ふるうふた振り。

 聞こえてくる音は、パリンと。

 何かが砕けるような音だった。

 眼を見張る。

 右手に持っていたその神器“神鎌”が、砕けていた。

 その勢いのまま、突っ込んでくる。

「簡単に殺してなんかやんねぇぞ!」

 白銀で右腕を、黄金で左腕を切り飛ばす。

 そのまま、左手を。

「“神護”」

 金剛銀城空が、はじめてその神器を使用した。


 左腕に巻きつけられていたのは、細いブレスレットのようなもの。

 その輝きが左腕をつたい、死神の体へ打ち込まれる。

「生きてから、死ね!」

 死神の身体に、陣が浮かぶ。

 それは全てを封じる鎖のようだった。

 死神が膝をつく。

「殺してはくれないのか、僕を」

「……正直なこと言うと殺したいさ」

「なら」

「でもそれをしてしまったなら、俺はただの鬼になっちまう」

 俺は人でありたい、と。

 かつての子供はそう言った。

「一回きりの神器を僕に使ってよかったのか」

 微笑みながら死神だったものは語りかける。

「壊れなきゃどうってこたねぇよ」

 その存在は、完全な鬼となっていた。

「……その鎧は、ましろチャンのだね」

「……だろうな」

「鬼が神の鎧を着込むってのも変な話だ」

 まるで神話のようじゃないかと“天秤屋”は言う。

「……今になって、というべきか。ようやくわかるよ。これが心臓の鼓動なんだな……。これが生の感触か……」

 その胸に、死神は手を当てる。

「……空クン、来客だ」

 彼の視線の先に、女性がひとり立っていた。

 スーツを着た麗人。

「お前、“聖護院”の……」

 先日、空の居場所を突き止め、“仮面”の存在を伝えたその人物。

 その女は左腕を失っていた。

「久しいな、鬼」

 その言葉は以前の丁寧なソレとは違っていた。

 そして気づく。

「お前……なぜ神格がある?」

 その身体からにじみ出る神の気配。

「なぜも何も神だからだよ。君たちみたいな半端ものじゃなくてね」

 言うと同時、

「あぁ、お前もいたのか“亡霊”」

 その距離50mを、一足に縮める。

「用済みだ」

 右腕で、その首を狩った。

 血が、人間の肉のニオイがあふれる。

「暇つぶしにはよかったよ。他の神に目をつけられなくてよかったといったところか」

 落ちたその首を見て、無感動に言う。

「何してる……?」

「何だって?」

 振り返りながら。

「何ってそりゃ後始末さ、この男をここまで生かしたのはこの私だ。責任をとって殺すのも、私の仕事だろう」

 こともなげに、神は言った。

「いい加減片腕ってのも不便だな」

 どうしたものか、と。

 その女は思案する。

 そしてその目が空を捉えた。

「あぁ、そうか。自己紹介がまだだったね。私は夜人神(ヤヒカ)だ。君たちの“宴”の主催者だよ」

「夜人神……?」

「おや、君の中の鬼は知っているはずだよ、この私の名を」

 夜人神と、この宴の主催者と名乗った人間の形をしたソレが言う。

「知ってるか、銀城」

 内にいる鬼に問う。

「……知っておる。その名はいまの今まで忘れておったが」

 記憶が流れ込んでくる。

 笑い合う二人の男女と、泣き叫ぶ一人の少女。

「宿主たる君にはピンと来ないだろうね。まずはカタチを整えようか」

 その片腕を、地に伏した“天秤屋”の身体につきさした。

 数秒とすることなく、その腕が脈を打ち始める。

 まるで、何かを吸い出しているかのように。

 そしてそのカタチを変えていく。

 妙齢の麗人から、ましろと同年代の少女へと。

 短かった髪は長く、夜よりも深い色へと。

 それをはじめとしてあらゆる部分が変化していった。

 スーツは黒と白の入り混じる着物へ。

 肌の色も、その溢れ出す力も。

 そしてその眼は深い憎しみと深い愛情がうずまいていた。

「会いたかったよ、鬼。会いたかったよ、空」

 その半分は憎しみと、もう半分に愛情が込められていた。

「まず空」

 慈しみすら感じられる。

 “天秤屋”から何かを吸い出してカタチを変えた神は、瞬く間すらなく、空の前にいた。

「君にこれをあげる」

 蠱惑的に、その声を震わせ、両手を胸に添えた。

 よけることを思いつくことさえできない速度。

 身体にふれたその両手から、「何か」が身体に入ってくる。

 身体に染み入るような、支配されることのない何か。

 異物が入ってくるにもかかわらず、嫌悪感が一切わかない。

 むしろ、清流に身を任せるようなそんな心地よささえある。

「感じるかい?これは本来君が持っているものなんだ」

 身体から力があふれる。

 傷がふさがっていく。

「わかるかい?その力が。それは君の先祖が残した力だ」

「先祖……?」

「名前を夜ト神という」

 その頬を胸によせる。

 身体は、温もりを持っていた。

「私の姉のものだ」

 その声に、愛おしさが含まれている。

 身体が、動かない。

「あなたの身体の半分にその血が流れている。姉さんの愛しい、優しい血が。そしてもう半分、流れている。憎い憎い憎い!あの男の血が!」

 怒声とともに、神は離れる。

「その刀だ!!その瞳だ!!その力だ!!全部、全部が憎い!!何もかも!!」

 激昂していた。

 その感情の吐露だけで、空気が震え、地が揺れた。

「私からお姉さまを奪ったあの男が憎い!」

 怒りというものが、憎しみというものがカタチを持ったなら、それはこういうカタチをしているのだろう。

「だから半分は殺す」

 その右手に槍が、その左手に鎌が、その背中に翼が。

 二つは見覚えがない。

 一つは克明に覚えている。

 “天秤屋”が持っていた、神器。

 同時、身体を覆っていた黄金の鎧が、消えた。

「最後まで残っていた君には悪いけれどね。月夜の娘。お前は邪魔だ」

 その力ゆえに、大地が爆発する。

 ただ前進するだけで、空気が割れた。

 その鎌は、空ではなく、明らかにその背後。

 見えないはずのましろを狙っていた。

 その刃が残りわずかになったところでやっと回避行動にうつった。

 刀をかざしながら、地を蹴る。

 去り際。

「 三ノ句告げる くれなゐの 牡丹落ちたる 玉盤の 」

 赤と銀で彩られた巨大な盾を出現させた、

 その大きさに、空自身が驚いていた。

 普段ならせいぜい将棋盤程度の大きさのものが、人間大で出現したのだ。

 ふりかぶった鎌でその盾を砕きながら、夜人神は言う。

「なにを驚くことがあるの、空」

 槍を突き出す。

「いまの君は、正真正銘、神なんだから」

 その槍はまたしても、ましろを狙っていた。

 ちょうど空の顔の右横。

「させるかッ」

 黄金で、槍をはじく。

「その刀……!」

 表情が怒りにゆがむ。

「憎い鬼!」

 

 その夜人神と名乗った神は、さっきから私を狙ってきている。

 その理由はわかる。

 さっきから記憶が私の頭の中に流れ込んでくる。

 十年前の惨劇。

 それまでの幸福の日々、

 別れ、出会い。

 そして原初の契約。

 “姉”とともに交わした人間との契。

 あまりにも膨大すぎる記憶は私という存在を震わせる。

「いつもお前達が邪魔をする!全てが始まったあの時も!」

 夜人神の身体がうっすらと光を放つ。

 夜トが権能を使うときの、あの光。

 夜人神はその影から数え切れないほどに分裂した。

 その一人一人が神器を持っている。

 おそらくかつての宴の参加者が発現させたものであろう。

 けれど。

「ねぇ(おねぇ)ちゃん」

「なんじゃ、ましろ(金剛)

 空の内で、話しかける。

「覚えてる?アレ」

「覚えとるよ、一つ残らずな」

「なら、空をお願い」

 答えは聞かず、私は飛び出した。

 やることはわかっている。

 私は鬼だ。

 空の、刀だ。

「少し、離れるね空」

 刀を身体に変え、飛ぶ。 

 どれくらいの数がいるだろう。

 数えるのも面倒だ。

 多少撃ち漏らしてもお姉ちゃんと空が対応できるだろうけれど。

「踊って」

 出せるだけの刀剣を出す。

 全て、黄金。

 せまる数多の夜人神にむけて。

「いっけぇー!」

 掃射。

 一本では消せないだろう。

 でも二本なら。

 三本なら。

 持てるありったけなら。

 神の偽物など、消せる。

 力尽きていく夜人神たちは夜に溶けて消えていった。

 空と銀ちゃんも、ほとんど傷つくことなく立っていた。

「さっきまでのが信じらんねぇ動きっぷりだな」

「だって鬼だもん、これくらいしなきゃ」

 傍らに立つ。

 黄金の刀を持って。

 前に刀を持った時はとても重かったけど。

 今はそうじゃない。

 重さすら感じない。


「どこまでもその鬼が邪魔をする。十年前でさえ、やっと見つけたっていうのに、あの時も邪魔された!」

 叫ぶたびに周囲に呪詛がまかれる。

「夜トの一人が鬼と同化していたのは驚いたけれど、だからどうってことはない。君も、その銀色も壊して!空を、姉さんを返してもらう!」

 もはやその怒りが。

 夜人神からあふれる怒りが黒い念となり、感情の持ち主にまとわりついていた。

 並び立つ金銀に黒が突っ込む。

 鬼を従えた神と、怨念にまみれた神の戦闘。

 その一太刀が、そのひと振りが、周囲を無に帰した。

 黒の神の狙いは単純。

 銀色の刀と黄金の鬼だ。

 対する金銀はただその力を削ぐ。

 金剛銀城の完成形の、そのさらに上に行くカタチ。


 どうも術式は強化されているらしい。

 さきほどの牡丹でさえ、三ノ句であれだ。

 ならば、この術は神に通じうる。

「全テ告げる ほととぎす 鳴きつるかたを 眺むれば ただ有明の 月ぞ残れる 」

 いつもなら精々対象の肉体をツルが縛る。

 それだけの術式だが、本当の神格を得、鬼を完全な契約を成した今なら。

 まず大地が蠢いた。

 そして隆起し、木の枝とも見紛うツルが幾本も出現し、荒ぶる黒き神の四肢を、捉えた。

 さながら磔のように、

「だいぶ姉さんの力を使いこなしているじゃないか、空」

 夜人神が言う。

「俺に神格を与えてまで……お前は、何がしたい」

「何がしたいだって?そんなの決まっているじゃないか。ただ姉さんと、大好きな姉さんと生きたいだけなんだよ、私はッ!」

 黒がうずまく。

「私のあの幸せな日々をッ!」

 夜人神をとらえているツルが揺れる。

「もうあの孤独は嫌なんだッ!」

 その動きは、神の力を得ていたがゆえに見えた。

 そしてその動きは神の力を得ていないがゆえに見えなかった。

 ツルを破壊し、そのまま飛び出し、両腕を刃に変えて、ましろに突っ込むその動作を。

 空には見えていた。


 私は見えていなかった。

 気づいたら空が目の前にいた。

 その胸を黒い腕が貫通している。 

 いつか見たような光景。

「神になっても案外……痛いもんだな……」

 夜人神の腕を引き抜きながら。

「何をしている……空……?」

 黒い神はその眼を見開いて震えていた。

「何してるってそりゃ守っただけだろ。大切なものを」

 その胸の穴から、血が溢れる。

「私はお前を殺したくはない!姉さんの忘れ形見を失いたくはない!」

 慟哭する。

 現れてからずっと、この黒い神は銀色の刀と私を狙っていた。

「すこしだけ、黙れ」

 空が夜人神に言う。

 そのまま

「全テ告げる 花 」

 その光が周囲を照らす。

「来い、金剛!」

 刀としての私を叫び、夜空に飛んだ。

 ただ一足の跳躍で、どこまで飛んだのだろう。

 いつかみたいに、私は抱えられていた。

「空、胸……」

 貫かれた胸部にはぽっかりと穴が空いていた。

「大丈夫……でもねぇ。正直な話な」

 少し、その顔は青ざめているように見える。

「このまま戦ってたら多分、力を使い果たして消える、と思う」

「そんな……」

 あの一撃は神の本気の一撃だった。

 それならば、神を死に至らしめうる。

「銀城が回復させてくれるけど」

 その後は、言葉が続かない。

「ましろ、渡すものがある」

 そう言って、空は左腕の腕輪を砕く。

 それは役割を終えた神器。

 空の身体から、光が溢れ私に流れ込んでくる。

「これは……?」

「神格……正確には“天秤屋”の言ってた神の座だ」

「でも、そんなの!」

「あいつは姉さんに返すとか言ってたけどな。これは俺のじゃない。宴の勝者に与えられるべきだ」

「空ッ!」

 その間も光は入ってくる。

 身体に染み渡るような、暖かいもの。

「私は……」

 もう、ちゃんと空が見えない。

 滲んでいる。

「そんな顔すんなましろ」

 抱える手に少し力が入る。

「少し待っててくれ」

「 全テ告げる くれなゐの 白葉の露の 夕時雨 」

 三枚の札が宙を舞う。

 ただ一枚を残して、空は全ての札を渡した。

「じゃぁな」

 そういうと空は。

 額に口づけを残し、落ちていった。

 私は動けない。

 空の張った結界が、それを阻む。

「空ァァッ!!!」


 ましろの声が聞こえる。

「悪いことしたかな」

「……お主アレでよかったのか」

「……よかったさ、多分」

 身体が空を切る。

 まだ肉体強化の術式は残っているからか痛覚はまるで反応しないが。

「どれだけ持つと思う」

「……持って一発じゃろ」

 少し、不機嫌に聞こえる。

「わりぃな、巻き込んで」

「……いつかこんな日が来るとは思っておった」

 銀城が答える。

「それが今日とは思ってなかった。それだけの話じゃ」

「ましろは、金剛はいいのか」

「……むしろアレ相手にどちらかが生き残れるなら僥倖じゃ」

 地に足がつく。

 鬼の力を限界まで。

「何をしてたんだい、空」

 視線の先の夜人神が問う。

「姉さんのモノを手放してまで、何をしてたんだい」

 その顔は笑っている。

 されど空気は怒りに震えていた。

「何したっていいだろ。本来俺のだって言ってたじゃねぇか」

「だったらなぜソレを渡す!」

 その神は空に詰め寄る。

「そんなに大事か!あの黄金が!」

 古くよりいる神が自分に語りかけている。

 それも怒りをもって。

 “大聖堂”からすれば見逃したくない状況だろう。

 そう冷静に見ているうちに、笑えてきた。

「黄金……金剛もそうだけど、ましろは大事だよ、そりゃ」

 夜人神がその手を添える。

 空の手に、赤子を抱くような柔らかさで。

「なぜだ。何が、あの娘の何がそうさせる!」

 その問いは昨日聞いた。

 夜斗の問い。

「そんなもん決まってる」 

 その姿を思い出す。

 その生き方を。

 その温もりを。

 その思いを。


「ただの、一目惚れだよ」


「……は?」

 神が、不快をあらわにする。

「今なんていったんだい、空」

「何回も言わせるな、恥ずかしい」

「……思い出したよ、空、君は姉さんの忘れ形見に違いないけれど、あの男の、私から姉さんを奪ったあの男の忘れ形見でもあったね」

 眼を伏せた。

 その感情が、重力として現れた。

「……ッ」

 押しつぶされそうな感覚。

 膝が震える。

 左手の刀を落としそうになる。

「ダメだよ、空。倒れちゃ。今から私が殺してあげるんだから。また一人になっちゃうけれど、仕方ないよ、君が言うことを聞かないんだから」

「大丈夫だ、心配すんな。一人にさせやしねぇ」

 夜人神の背後から、空もろとも銀色の刃が貫いていた。

「今の人間の君が、一太刀で私をどうにかできるとでも……?」

「わかってんだろ、夜人神。この刃は、銀城は、お前の姉に勝ったひと振りだぞ」

 声は震えていた。 

 血が抜けていく感覚。

「 全テ告げる 赤き月 」

 右手に持っていた札が、光を広げていく。

 世界を侵食する。

「じゃぁな、銀城。ましろと仲良くしてくれよ」

 刀を引き抜き手放した。

 そして世界が隔絶する。


「無茶はしちゃいけないよ、空。そんなことしたら死んじゃうじゃないか、僕が殺す前に」

 その世界は芒が揺れていた。

 空は赤く、月は妖しいまでに白い。

「その通りだな、お前は殺せないよ」

 もう、限界だ。


 空が落ちていってすぐ。

 結界が消えた。

 持てる速度全てで、地に降りた。

「空ッ!?」

 探す。

 空が降りていったそのときから、心がざわついて仕方ない。

 見つかったのは、打ちひしがれた銀ちゃんだけだった。

「銀ちゃん!」

 茫然自失。

 その表情からは何もわからない。

「ましろ……」

 その眼には涙さえ浮いていた。

「空は……、行ってしもうた」

「どこに?」

「わからぬ……あいつの術式だとは思うが」

 声にも、力がこもっていない。

 震えてすらいる。

「わしは今までずっと、誰かの傍に、誰かの中におった。金剛とあの家の者たちと。十年前に別れてからは、それでも空の内におった。今じゃからわかる」

 鬼のカタチをした一人の少女は、何かを掴もうと、虚空に手を伸ばす。

「一人が、こんなにさびしいとは思わなんだ……」

 赤い瞳から、涙が溢れている。

「大丈夫、大丈夫だから」

 抱きしめる。

 こんなに小さかったのか。

「探しに行こう、空を」

 下を向いていた銀ちゃんと目が合う。

「でも、どうやって……」

「空は私に札を残していった。わからないことは専門家に聞く」

「じゃがお主、呪は」

「大丈夫。力ならあふれるほどある」

 その頭部に存在する二本の角。

 黄金の神鬼は。

「来て、道風さん!」

 呪にすらなっていないただの願いを。

 赤い衣の男が描かれた札にのせ、放つ。

 その札から、赤い貴人が現れた。

「また少しみんうちにわけわからんことになってからに……」

「道風さん、空が」

 その居場所を聞こうとした私は、勺を向けられることで制された。

「みなまで言うな、ましろちゃん。自分に流れる力でだいたいわかっとる。“月”も使っとるみたいやしな」

 その目線は私の持つ札を見ていた。

「“月”……?」

「空が持っとる中で多分最強の術式ぞ。外からの隔絶。そして内部における“力”の喪失。あれほどタチの悪いもん、そう無いやろ。もちろん代償はでかいが」

「代償……?」

「術者の血、ようは空の血やな。対象の力によって吸われる量が決まっとる」

 ならば、神が相手なら。

「どっちゃにせよ死ぬやろな。それは空の覚悟やろ」

「ねぇ道風さん」

「……なんや?」

「どうやったらそこに行ける?」

 道風の眼が細まる。

「空の覚悟を無駄にする気ぃか?」

「無駄にはしない。私はまだ色々と返せてないものがあるから」

 それに。

「空にいなくなってほしくない」

「……それをわがまま言うんやで」

「それくらい言うよ。だって私は鬼で神様だもの」

「……契約は切れとるんか」

「銀ちゃん」

「わしは……ダメじゃ。たどれんほどに細うなっとる」

「ましろちゃんは?」

「……ほんの少し」

「なら、わかった。片道だけは送り出したる。多分それが僕の限界や」

「ありがとう、行こうか」

 それは刀としてなのか鬼としてなのか、わからないけれど。

銀城ちゃん(お姉ちゃん)

 そう言っていた。

「行こう」


 黄金色の芒が数多揺れる中で、空はゆっくりゆっくりと倒れた。

 天に浮かぶ、月を見ながら、笑って倒れた。

「……空、こんなことになんの意味があるというんだい」

 返事はない。

 もはや聞こえてるかも怪しい。

 愛しい相手を喪った悲しみと、憎い敵を殺せたその喜びがないまぜになる。

 これが愛情だけだったなら。

 これが憎悪だけだったなら。

 どれほど楽だったろうか。

 溢れる心は何も生まない。

 地が震えることも、空気が揺れることもない。

 はからずも、空のこの術式、この世界は“聖護院”の最高峰が成し得なかったことを、神の無力化をやり遂げた。

 あまりにも大きな犠牲を術者に強いてはいたが。

 ただの無力。

 混沌とした感情ゆえに夜人神はかけよることもできない。

 ただその非力な身体では、空を抱きかかえることも、力まかせに消し去ることもできなかった。

 ただ、打ちひしがれるだけ。

 姉さんと、一緒に居たいだけなのに。

 あの男を消し去りたいだけなのに。

 どうして。

 こうもうまくいかない。

 あの男が、あの男と鬼が現れたあの日から、全てが狂った。

 いまだにアイツの憎い笑顔が脳裏にちらついて仕方がない。

「空……君は姉さんによく似ている」

 だからこそ、愛憎がまざった。

 この何百年、何千年をずっと金剛銀城の一族の血を愛し、憎んだ。

 最初の百年は荒れ狂った。

 世界のあちらこちらで、動乱が起きた。

 それから、やっとその血を探し始めた。

 鬼を従える、その血を。

 そうして各地で“宴”を行った。

 何年も何年も見つからない。

 暇つぶしに、ほんのたわむれに私と同じ時を生きれるようにある男に呪いをかけた。

 心は癒されなかったが。

 そして十年前。

 その男のおかげと言うべきか。

 ようやく見つけた。

 鬼を持つ一族を、姉によく似た少年を。

 それ以外のあの男の血をひく者たちは憎しみのまま消した。

 そうしても、またしても鬼が、私の手から姉を拐かし、逃げた。

 あれから十年。

 やっとここまで来た。

 この世界なら、この世界では。

 空とずっと永遠に二人っきりだ。

 姉の神格がないことを除いては。

 その神格は少女の中にある。

 空が託した目の前にいる少女に。

「また、邪魔をしにきたのか。鬼」


 空が倒れていた。

 その横で、小さな神が泣いていた。

「……違う」

「なら何をしに来た」

「願いを叶えにきた」

 赤い空の世界に、白い桜が舞う。

 天空に罅が入る。

「……何を」

 言葉は続かない。

 夜人神はわかったのだ。

 この世界にましろが現れた理由も、今から何が起きるかも。

 世界を塗り替えていくように、その罅は走った。

 そして地からは、芒を押しのけるように、幾本もの桜が生え、舞う。

 淡く、白く、その世界で。

 銀色の刃と黄金の刀を手にしたましろは叫ぶ。

「生きなさいッ!空ッ!」


 その声が響く前から、夜人神はわかっていた。

 この桜の世界はその主の思いをカタチに変える世界だと。

 ただ、憎しみだけが、心を支配した。

「いつも……いつもいつもいつもいつもいつもお前がッ!邪魔だぁッ!」

 距離を詰める。

「私は今、あなたが邪魔」

 ふた振りの刃で答える。

 神鬼と神の闘い。

 その衝突は、その力は、追うことも量ることも不可能。

「何がッ!お前たちにそうさせるッ!」

 手にとる神器はもはや形も曖昧だ。

 振るう前から、それは刃に砕かれる。

 鬼は、ましろは笑っていた。

「決まってる」

 刀を振るう。

「一緒にいたいからだよ、ずっと」

 それは夜人神が持っていた願い。

 何度も何度も何度も諦めた。

 ただ一つの願い。

「それを邪魔したのは、お前たちだろうがぁぁぁぁッ!!」

 黒の神器があらゆる方向から飛来する。

「いける?お姉ちゃん」

「誰に言うとる」

 一閃。

 そして二閃。

 黒は届くことなく、全て斬られた。

「先に謝っとくよ。神様、私はあなたを」

 それは覚悟だ。

 願いをなすための。

「殺します」


「起きろ、空」

 声と同時、蹴り飛ばされた。

 にぶい痛みが走る。

 目を開けた先に写っていたのはひび割れた空と月と、桜。

 それと

「道風……」

 赤い衣を来た道師。

「死んだと思っていたんだがな」

 起き上がることもなく、ぼやく。

「それは正解や、君は一度死んだ」

「……ならどうしてここにいる」

 あの時みたいに、鬼が内にいたわけでもない。

「うすうす勘付いとるやろうに、そう言いな」

 脳裏に浮かぶ一人の少女。

「ましろか……」

 そのまま、逃げて欲しかった、

 彼女には生きて欲しかったのだが。

「すげぇな、神ってのは」

 生き返ったというよりはこの世に呼び戻されたというべきか。

 現に身体はあちこち痛む。

 胸に穴が開いている。

「あの河を渡ってない魂なら、ヒヨっ子の神様でもわけあらへんやろ」

 白いそれが、頬に落ちる。

「桜……」

 最初から、出会ったあの日から渡していた札。

 “桜に幕”

 それで世界を外から塗り替え、あまつさえ肉体を生かしたのか。

「無茶しやがって」

 立ち上がる。

「ありがとう道風」

「僕はなんもしてへんよ」

「たたき起こしてくれたじゃねぇか」

「……それもそやな」

「ちょっとだけ行ってくる」

「あぁ、はよ帰ってこい。皆待っとるさかい」

「あぁ」

 空は駆け出した。

 叫ぶ。

 その名を。

「来い、銀城!金剛(ましろ)!」


 聞きたかった声が、名を呼んでいる。

 心がざわつく。

「待ってたよ、空」


 それはただ刀とは呼べないものだった。

 片方の刃が銀。

 片方の刃が金。

 大剣とも少し違う。

 あえて説明するなら限りなく大剣に近い大斧といったところか。

「わりぃ。……待て、俺悪いか?」

 その存在が答える。

 肩に手を置かれたような温もり。

「……悪いんだよ多分。勝手に死んで」

「それもそうだな」

 笑う。

「それよりこりゃなんだ」

 刀を見ながら言う。

「一本の方が慣れてるでしょ」

「……助かるね」

「感謝せいよ、わしらが仲良くないとできんからの、コレ」

 鬼の声がする。

「ありがとう。じゃ、行くか」



「……空」

 夜人神はその名を口にする。

 愛しく、憎いその名を。

 姉の面影を持つ、その名を。

 視線の先にある、その名を。

「わるいな夜人神。契約した鬼がわがままでよ」

「それは君もだろ」

 黒の瞳に憎しみが覗く。

「……違いない」

「ソックリだよ。その喋り方」

 黒い刀が出現する。

 幾本も。

 ひび割れた空を覆い尽くすほどに

「あの男にッ!」

 幾千もの剣が飛来する。

 左手に持つその剣を、両手で持ち上げる。

「じゃぁな」

 振り下ろす。

 鬼と神の刃が、世界を裂く。

 その一撃。

 せまる刀を意に介することもなく。

 夜人神に届いた。

 光の奔流が、世界を壊した。

 空が、割れる。

「……痛いよ、空」

 夜人神は言う。

 その身体には大きな穴があいていた。

 ちょうど空の身体にあいたものと同じ部分。

「お揃いだね、空」

 まだその顔には、痛みを感じていないかのように笑みを浮かべていた。

 歩き出す。

 その身体は、もはや輪郭がぶれている。

 存在が、不確かになっているのだろう。

 一歩ずつ一歩ずつ。

 神は近づく。

 空の元へ。

 身体が消えていく。

「……その穴を」

 空の身体にその指が触れる。

「あけたのは私だったね」

 もはや触れた感覚すら伝わってこない。

「……埋めてあげるよ」

 力が流れ込む。

 二度目の感覚。

「夜人神……」

「これからは君が名乗るんだ」

 その手が頬に触れる。

 慈しむ。

「憎くて愛しい……」

 消えていく。

「姉……さん……」

 空には月が、見守るように浮いていた。


「終わったね……」

「あぁ……」


 宴がようやく終わった。



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